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tonami
2026-02-06 00:59:13
8741文字
Public
50音
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50音/さ行
50音短文詰め③
1
2
3
4
5
せ/現パロ。不穏。
蝉時雨がうるさいほどに降り注いでいる。
夏休みだからと早朝から実施された剣道の稽古を終え、家路についた頃には夕方になっていた。とは言っても、真夏の午後四時はまだ昼間同然に明るい。コンクリートから立ち昇る熱気に苛まれつつも、一日好きなことに打ち込めた充実感に満たされていた。これが夏休み期間ずっと続くと思うと楽しみで仕方がない。師匠にも稽古をつけてくれるようねだってみようか、と倒すべき目標とも言える世界最強を思い浮かべながら、通い慣れた道を駆ける。
今日も今日とて入れ替わっている不思議道を三十分。周囲の景色からしてそろそろ家に着きそうだと、汗を拭う。真昼より和らいだとはいえ、まだまだ外気温は四十度近い。遠くに陽炎を見る。その名のごとく、炎のようにゆらゆら遊糸が揺らぐ。揺らぐ。
――
揺らぐ。
「
……
っ!!」
揺らめきのなかに、人影が見えた。そも、住宅街なのだから他に人がいてもなんらおかしくはない。おかしくはない、けれど。
人影は遠目からでもやけにはっきりと見えた。上背のある男だ。黄色いシャツに青いジーンズ、白いキャスケット。肩には目の醒めるような青いコート。そして、片腕に大きな一振りの刀。
どっと全身に冷や汗が溢れた。末端から体温が引いていく。カチ、と上下の歯がぶつかって音を立てる。肺が詰まっているかのように息がまともに吸えない。
――
逃げなければ。
咄嗟に逃げ出した自分を褒めてやりたかった。来た道を必死に引き返す。物心ついた時には人とは違うものを視ていたから解る。あの男は、この世の人間ではない。そもそも生きていようと死んでいようと、あんなのは不審者どころの話じゃない。殺人鬼かなにかの類いだ。
もうどこをどう走ってきたのかわからない。ひたすらに足を動かして、目についた角を曲がる。その瞬間、ぼすんと何かにぶつかった。勢い余って受け身も取れず、尻餅をつく前に体が浮き上がった。
「おれから逃げるなんて酷ェじゃねェか」
ゾロ屋、と教えてもいない名前を呼ぶ低い声。目の前が菜の花みたいな黄色に染まる。
「おれはずっとお前を探してたってのに」
キャスケットの影になった暗い金色がたわむ。なじる言葉とは裏腹に嬉々とした色を浮かべるそれに、腹の底がすうっと冷えた。喉がひりついて思うように声が出ない。まるで宝物のようにゾロの体を抱える腕から抜け出さなければならないのに、体は動かない。
「前は間に合わなかったからな。あんな思いをするくらいなら、こうしてとっととお前を攫っちまえばよかったんだ」
くつくつと男が笑う。言っている意味はわからないが、自分が誘拐されるらしいということだけは理解できた。身に危険が迫っていることを改めて突きつけられ、カタカタと震えるゾロに男は至極いとおしそうに表情を緩めた。
「大丈夫だ、お前に酷いことはしないよ。約束する。だから、おれを怖がらないで」
大きな手のひらがゾロの背中を撫でる。ひたすらに優しい手つきは誘拐犯とは到底思えない。恐怖で浮かぶ涙を生温かい、湿ったものが拭っていく。
「おれにはずっとずっと昔からお前だけなんだ、ゾロ。
――
愛してるよ」
どろどろに蕩けた声がゾロの耳に愛を
私語
ささめ
く。左の目蓋に、柔らかいものが触れた。
その感触を最後に、ゾロの意識は黒く塗り潰された。
「
――
ごめん。もっかい言って。ロロノアが、なんて?」
『だから、ゾロが行方不明になった。犯人はたぶん、つーか確実にてめェらのキャプテンだ』
衝撃は二連続。かつて何度か死にかけたことがあるが、そんなものは比じゃない。ぐらりと視界がぶれて、咄嗟にデスクに手をつく。
「なんで
……
だって、キャプテンはまだ」
『見つかってないんだろ。そりゃそうだろうな。
……
あいつ、あの時のままでいやがる』
「は? どういう、」
『現場にコインが一枚落ちてたんだとよ。あとで画像送ってやるよ。お前らにとっちゃ、見慣れたものだろうからな』
とりあえず報告はしたぞ、と通話が切られる。それから間を置かずに送られてきたメッセージを開いて、ああ、と悲痛が混じった声が洩れた。
「キャプテン、あんた
……
」
画面の中に写る赤銅色のコインは、彼が晩年縄張りにしていた島の物だ。いまはもう存在しない場所。彼が能力を発動する時に好んで使ったコインの内の、一枚。
他の仲間達とは出会えたのに、あと一人だけ一向に見つからない人がいた。当たり前だ。そもそも、彼はこちらに産まれることを拒んだのだろう。ずっと魂をあの頃に置いたまま、間に合わずに亡くしてしまった唯一を求めていた。その最愛は仲間からだいぶ遅れたとはいえ、こちらを選んで産まれてきたのに。
「さすがにあんまりだよ、ローさん」
こんな形で、彼の幸せが叶うのを見たかったわけじゃない。
悪魔に魂を売った
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