tonami
2026-02-06 00:59:13
8741文字
Public 50音
 

50音/さ行

50音短文詰め③



す/原作軸



 吸いついた唇の柔らかさが離れがたくて、ついついやり過ぎてしまうのはいつものことだった。酸欠になる寸でのところで離すと、潤んだ目と真っ赤な顔でこちらを睨んでくるものだから余計に症状は悪化した。
「かわいい」
 溢れた言葉はどろどろに蕩けて、楔となって目の前の男の動きを封じる。抱き寄せてさらに耳元で何度も囁けば、小さく唸り声が上がった。肩にぐりぐりと額を擦りつける頭を撫でてやり、薄っすら赤い首筋に唇を落とす。
「なあ、いいか」
 伺いはもはや確認だ。いま以上に、これ以上にお前を蕩けさせてもいいか、と。ローのシャツにしがみついていたゾロはぐずるように頭を振った。横に。
……だめだ」



 あの夜以来、ゾロはローとの行為をあからさまに避けるようになった。ローから触れるのも同じベッドで眠るのも嫌がりはしない。だけれど、いざそういう雰囲気になった途端に逃げ出していく。そうして翌朝、ローの前に顔を出して昨夜は悪かったと謝罪する。
 最初はローも戸惑っていたのもあり、ゾロ自身も拒んだことに対して罪悪感を抱いているようだったので見逃していた。しかしそれが何度も何度も続くとなると話は別だ。いい加減、恋人と深くまで繋がりたい。なにより、なぜローを拒むのか理由を知りたい。ローとするのが嫌になったのであれば仕方がない。認めたくはないけれども。だがそうではないのなら、きちんとゾロと話をしたかった。
 隙を見てとさりと押し倒した男は一瞬呆気に取られて、けれどすぐさま抜け出そうと自分を囲う腕を掴んだ。
「待てゾロ屋、逃げんな」
……今日はだめだ」
「今日もだろ。なァ、なんでおれを拒む? してる時に嫌なことしたか? それともおれとするのが嫌になったか?」
「そういう、わけじゃ」
「ならなんでだ。ちゃんと教えてくれ」
 理由を乞うても、腕の中にいる恋人は気まずそうに目を逸らすだけ。普段はっきりとした物言いをする口は、いまはきつく結ばれている。この状況が嫌ならとっくに逃げ出しているから、嫌われたわけではないことだけはわかる。
 頬へ指を滑らせると、ぴくりと体が揺れる。
「なァ」
 縦に通った傷痕を指先でなぞっていく。最後まで伝うと、今度は唇で触れた。ふるり、左目を隠す睫毛が震える。小鳥の羽ばたきにも似たそれが可愛らしくて、目蓋に口づけをひとつ。
「おれはもうお前を手放すなんてできねェんだ。これから先ずっと、お前だけだよ。だからちゃんと理由を教えてくれ」
 ゾロ、と夜にしか呼ばない名を口にする。恋人はうろうろと視線を彷徨わせて、それから小さく、息を吐いた。観念したようだった。
……だ、めに、なりそうで」
「うん?」
 辿々しくも耳に届いた言葉に首を傾げる。だめになりそう、とは。
「おれは、こういうことすんのトラ男が初めてなんだ。なのにこんなの覚えちまったら、欲しくなった時、どうしたらいいんだ」
 お前以外、ありえねェのに。
 ──絶句、というのは、このことを言うのだろう。
 真っ赤な顔、潤んだ目、甘えきった声音。ロー以外に見せることなんてない姿で、ローだけがいいと。航路を分かったあとのことなんて、気にもしないような男が。
……お、まえは、本当に」
 とうに心は射抜かれてはいるが、たったいま、心臓まで貫かれた。ただでさえ手放せないというのに、このまま船に閉じ込めて攫ってしまいたくなる。宝物のようにしまい込んで、深く深く潜ってしまえば誰もたやすく追いつけはしない。──ただの夢だけれど。
 物騒な妄想はどうにか心の奥に封じ込めて、ローはゾロを抱き締めた。
「かわいい。かわいいよ。この世でいちばん、ゾロがかわいい」
……おまえ、どうかしてんじゃねェの」
「お前に関してはそうかもな。おれはいっとうお前が愛おしいんだ。お前が、ゾロが可愛くて愛しくて堪らねェ」
 短くも柔らかな髪に頬を擦り寄せる。つむじにキスを落としながら、そのまま秀でた額に移動する。
「おれも一緒だよ。お前を知っちまったから、もう他の誰かと寝るなんざ無理だ」
 だから、とローは起き上がって、ゾロを見下ろした。嫌な予感でも感じ取ったのか、ゾロの頬が引き攣る。
「だから分かれてもおれを思い出せるように、しっかり覚えてくれ」
「は……? あ、え、おい!?」
 内容を咀嚼している間に素早く衣服を脱がし、下着すらも取り払う。鍛え抜かれた体はローにとっては欲を掻き立てるものでしかない。臍の下に指を這わせれば、甘さを含んだ吐息とともに腹筋が震える。やはり体のほうは覚えがいい。あとは、ゾロ本人の記憶に刻み込むだけだ。あらゆる方法を即座に脳内でシミュレートして、ローはにっこりと笑った。
「おれとのセックス、ちゃんとぜんぶ覚えような」
 何か、恐らく反射的に拒む言葉を言おうとして、それでも口を噤んだゾロは、小さく小さく、首を縦に振った。



ぜんぶ覚えて、溺れて