ここ
2026-02-03 00:44:36
38891文字
Public 小説
 

【リバリン】融雪【現パロ】🔞

現パロリバリン。現代に転生したリーバル(記憶あり)とリンク(記憶なし)が出会って結ばれるまで。


2.リンクの話

 リーバルは、リンクが高校への入学早々に出会った不思議な雰囲気を持つリト族の青年だった。中学時代に参加した地方の弓道大会でのリンクの成績を知っていたらしい弓道部の三年生たちに半ば強引に連れられ訪れた古びた弓道具店。その薄暗いカウンターの奥に静かに座っていたのがリーバルだった。
 リンクは生まれも育ちも田舎で、出身の村にはハイリア人しか住んでいなかった。たまに来る異種族もせいぜいゴロン族の行商人くらいだったと思う。少数民族であるリト族は書物や画面越しにしか見たことがなく、リンクにとって身近な存在ではなかった。にも関わらず、リーバルを見た瞬間、リンクの心の中には昔どこかで彼を見たことがあるような、どことなく懐かしいような不思議な感情が湧き上がった。それはまるで何か大事なものをはるか昔に置き去りにしてきてしまったような。
……っ」
 リンクの存在に気付いたらしいリーバルの瞳がリンクの姿を捉える。自分の姿を映す、丸く大きな翡翠色にリンクは目を奪われた。キリリと釣り上がった黄色い眉羽の下の輝きは、確かに初めて見るもののはずだ。なのに、どこかで自分はこれをずっと見たいと思っていたような、説明のできない感情に囚われる。あの翡翠色をもっと近くで良く見たい。彼と話がしてみたい。しかしリンクの中に込み上げた衝動のような気持ちはすぐに打ち砕かれた。
 リーバルはリンクを妙に険しい表情で睨んだ上に、ツンと突き放すような刺々しい言葉を吐いた。リンクの何が、初対面であるはずの彼の機嫌を損ねてしまったのかはわからなかった。先輩が執りなしてはくれたが、リーバルとそれ以上の会話が望める雰囲気ではなかった。
 けれど、おとなしく先輩に付き従って店を出た後もリンクの頭からはあの翡翠色が離れなかった。リンクを見据えた視線の険しさを思い出すと心がチクリと痛む一方で、その険しい輝きにどこか心惹かれている自分がいることに戸惑う。嫌われててもいい。罵られてもいい。リンクは、もう一度あの瞳を近くで見たいと願わずにはいられなかった。

 リンクは結局弓道部には入部しなかった。特待生として入学したリンクは、学費も寮費も免除される代わり優秀な成績を修め続けることを期待されている。逆を言えば、成績が振るわなければその資格を剥奪されるということである。田舎から無理をしてリンクを送り出してくれた父のためにも特待生の待遇は守り抜かなければならない。方々から少しずつ肩にかかる期待という名のじんわりとした圧力を自覚するが故に、リンクは学業に専念することを選んだ。
 しかしそれでも、弓道具店で出会ったあのリトの青年──リーバルにもう一度会いたいという衝動は抑えられなかった。弓道部に入らなかった期待外れの部外者はお呼びでないかもしれない。それ以前に、この前のように目があった途端に顔を顰められて、嫌悪感も露わに門前払いされるかもしれない。そんな不安もあったけれど、リンクはどうしてももう一度あの翡翠色を見たいと思った。
 熱心な入部の勧誘を断った手前、弓道部員たちと店で鉢合わせするのは気まずい。リンクは彼らが学校で練習に勤しんでいる時間帯を選んでひっそりと店へと足を運んだ。冷遇も覚悟で店を訪ねたリンクであったが、実際のところリーバルは拍子抜けするほどあっさりとリンクを受け入れた。もしかしたらあの大きな黄色い嘴から矢継ぎ早に文句が溢れ、リンクを嫌味ったらしく罵るかもしれないなどとどうして思ったのだろう。リンクに紳士的に対応し「好きに見ていけばいい」と言ってくれたリーバルの言葉にはしゃぎながら、リンクは普段の自分らしからぬ悲観的な考えに心の中で首を傾げた。店の影からチラリと盗み見たリーバルは、カウンターの向こうで静かに手元の本に目を落としていた。

 それからというもの、リンクはリーバルの店──正確にはリーバルの祖父の店だが──に通った。特に約束を交わしたわけではなかったが、いつしかリーバルとリンクは自然と土曜日の昼過ぎに店で顔を合わせるようになった。リーバルは本来は大学生で、毎日店にいるわけではないのだと言う。もしかするとリーバルはリンクが店に来やすい時間に敢えて店番をしてくれているのかもしれない。そうだといいな、と思いながらも、リンクはそれをリーバルに直接確認する勇気を持ち合わせていなかった。静かで心地よい時間を享受しながら、確約のないこの時間がまた来週もありますようにと胸の中で祈った。
 一応は店に併設された試射場で弓を練習させてもらうためにリーバルのもとに通い始めたのではあるが、実のところリンクはそれほど熱心に弓に取り組んでいるわけではなかった。こんなことを言ったらリーバルは怒りそうだが、弓の練習はリーバルのもとで時間を過ごすための口実だったのである。だから数度目の来訪時、リンクはついうっかり弓道具を持参するのを忘れてしまったのだ。ペロリと舌を出してえへへと笑いながらも、内心では「リーバルに『帰れ』って言われるかなぁ」など思って落ち込んでいたリンクに、リーバルは呆れた目をしながら何も言わずに温かい紅茶を出してくれた。手渡されたカップの持つ熱が、知らずうちに冷えていたリンクの指先をじんわりと温めた。
……おいしい」
 少し温くなった紅茶はリーバルがいつも纏っているのと同じ香りがして、柔らかな湯気と嗅ぎ慣れた香りにリンクの心は妙に弾んだ。その日を境に、リンクが弓を引いても引かなくても、リーバルは何も言わずにリンクに紅茶を淹れてくれるようになった。
 高校生活は想像以上に充実していた。友人たちは皆快活で、田舎出身で世俗に疎いところもあるリンクに分け隔てなく接してくれる。寮での暮らしもいつも同級生たちに囲まれ、寂しいと思う余地もないくらい楽しく賑やかに過ごしながらも、リンクは折りにつけてはあの店で過ごす時間に思いを馳せた。
 特待生として周囲から注目を集めることにも、期待されることにも慣れてきてはいた。期待には応えたいと思うし、自分にはその実力があるとも思う。けれど、心のどこかでは特待生としての自分ではなく、ただのリンクとして過ごせる場所を求めているのかもしれない。あの店でリーバルから手渡される紅茶。あの柔らかな湯気を吸い込むとなんとなく、ここでは特待生の、皆に期待されるリンクでなくてもいい。ありのままの、ただのリンクで居ていいのだという気持ちにさせてくれた。それがどうしてなのかはリンクにもわからなかった。その答えを探すかのように、リンクは待ち侘びていた週末を迎えると、はやる気持ちを抑えながらあの店に向けて小走りで向かっていくのであった。

 学校での日々が目まぐるしく進んでいくのとは対照的に、店で過ごすリーバルとの時間は酷く緩やかだった。起きた変化といえば、腹を空かせたリンクを憐れんだらしいリーバルにたまに夕飯に誘われるようになったことくらいだろうか。店の中では、リーバルもリンクも熱心に語り合うようなことはなかった。リンクは特段寡黙な性格ではなかったが、リーバルと二人きりの店内での沈黙は嫌いではなかった。かといって何も話さなかったわけではない。いつかの夕食の席だっただろうか。何かの拍子にリーバルがリンクの顔の造形を褒めたのには笑ってしまった。初対面で顔を見るなり睨みつけられたことにちょっぴり、いやそこそこショックを受け今まで密かに引きずっていたリンクの傷心は何だったのだろう。リンクは安堵と喜びでついうっかりリーバルの顔が好きだと口を滑らせてしまったのだが、リーバルは気味悪がるどころか艶やかな羽毛をうっすらと膨らませて満更でもない表情をしていた。けれど、リンクがリーバルの顔の中で一等好きなのが翡翠色の瞳であることは、なぜか伝えることができなかった。



 就職活動のため、しばらく店には来ない。リーバルからそのように告げられた時、リンクは衝撃を受けた。穏やかで心地の良い時間がいつまでも続くと思っていたのだ。否、この時間がいつまでも続けばいいと、どこか現実逃避をするように願っていたのだろう。時間の流れは不可逆で、リーバルもリンクも自らの進むべき未来に向けて歩みを止めることなどできないことを、リンクも心の奥では理解していた。
 リーバルと会えない数ヶ月は酷く長く、そして味気なく感じた。リンクだって決して暇だったわけではない。進学校である自校は期末試験以外にもちょこちょことテストがあった。リンクは常に成績上位者であることが求めらるのだから勉強には人一倍取り組まなければならなかったし、文化祭も体育祭も、さらには修学旅行だってあった。それらはリンクの日常を埋め尽くそうとしたが、心の空白を埋めるには至らなかった。
 修学旅行の夜。国内の有名観光地で旅館の中の布団に寝ころびながら、リンクは手元の端末の画面を見つめていた。「土産は何がいい?」そんな簡単なメッセージを打ち込んでみては、消去する。消灯時間を過ぎた暗い部屋の中、青白い光に照らされた指先が送信ボタンを押すことはなかった。リーバルの邪魔をしたくないという理性が、声を聞きたい、顔を見たいと思う本能をかろうじて押さえつけていた。
 実はリーバルから就活宣言を受けた後に一度だけ、ひっそりと店に足を運んだことがあった。もしかして、いつものようにリーバルがカウンターの奥にいるのではないか。そんな淡く自分に都合の良い期待をして行ったのだが、店番に立っていたのは見知らぬリト族の老人だった。どことなくリーバルと似たような雰囲気を醸し出す、思慮深そうで穏やかな顔つきのあの御仁がおそらく本来の店主であり、リーバルのお爺さんなのだろう。しかしそこには、リンクが求めていたあの安らぎの空間は存在していなかった。リーバルからはリーバルが不在の間もいつでも店を訪ねて良いと言われていたが、とてもそんな気持ちにはなれない。リンクが求めているのはこの店で過ごす時間ではなく、リーバルの横で過ごす時間なのだと言うことを痛感しただけだった。落胆した心はリーバルのお爺さんに挨拶をする礼儀も忘れ、店の戸を開けることもなくリンクは静かにその場を後にした。

 もしかして、会えない間にリーバルはリンクのことを忘れてしまうかもしれない。そんな悲観的な考えが浮かび始めていたので、数ヶ月経った後にリーバルからメッセージを受け取った時リンクは飛び上がらんばかりに喜んだ。勉強に身が入らず、ダラダラと携帯端末をいじっていた自分を褒めたいと思ったほどだ。リーバルからのメッセージを読んだリンクはすぐさま返信をした。会いたい。早く会いたい。リンクの胸を占めるのはそんなシンプルで強い感情だった。待ちきれない思いでそわそわと平日を過ごし、待ちに待った土曜日には寮で出される昼食をかき込むように平らげると一目散に店へと走った。
 久々に会ったリーバルは、初めて会った時と同じようにカウンターの奥に静かに座っていた。息を切らしながら店に駆け込んできたリンクに片眉を上げ、慌ただしい奴と鼻で笑っている。相変わらず言葉はそっけないけれど、リンクを見る翡翠色の瞳は柔らかい。
「──全く、迷惑な客だなぁ、君は」
 リーバルのツンツンした態度に言葉では「ええ〜」と不満の声を上げながらも、リンクは溢れる笑みを殺しきれなかった。リーバルとまた一緒の時間を過ごせることが、この上なく嬉しい。リーバルとのやりとりに、離れていた期間が嘘のようにリンクの中で止まっていた時間が動き出すのを感じていた。

 しかし取り戻した日常は、同時に終わりへのカウントダウンでもあった。リンクが高校三年生になってからの冬。いよいよ未来に向けての選択という現実が二人の目の前に大きく聳え立っていた。
 リーバルはリンクよりも先に大人になって、社会に出てしまう。嘆いても年の差は埋まらないけれど、まだまだ学生の身である自分が恨めしいとさえ思ってしまう。リーバルが就職に伴い今の住まい、つまり店を経営するお爺さんの家から出て行ってしまうことはわかっていた。リンクだってもうすぐ高校の寮を出るのだから、春から始まるはずの新生活に向けた準備に注力しなくてはならない。そうわかっているのだが、リンクはなかなか重い腰を上げられないでいた。これからもリーバルと一緒にいたい。そう思うのに、リーバルのそばに居続ける方法がリンクにはわからなかった。

 鬱々とした気分で過ごしていた冬のある日。転機は突然に訪れた。その日、リンクとリーバルはまた馴染みの店で夕飯を食べるために歩き慣れた商店街を歩いていた。いつものように、ポツポツと他愛のない話をしていたと思う。リンクは普段通りの振る舞いを意識しながらも、もうすぐこうやってリーバルと一緒に歩くことも話すこともできなくなるという事実が寂しくてたまらなかった。リンクは近頃ずっとそんな感傷的な気分なのに、リーバルはいつもと同じように落ち着いていて余裕のある態度だ。リンクばかりがリーバルとの別れを惜しんでいるのだと思うと悔しくて、悲しくて、ちょっとくらいリーバルが困ればいいと思って、リンクは言ったのだ。「会えなくなるの、寂しいなぁ」と。
 それはリンクにとって精一杯の、惨めな抵抗だった。ところが、子供っぽく拗ねた声にリーバルが返した言葉はリンクの想像を絶するものだった。『一緒に住まないか』。そう言うリーバルはいつも通りのすまし顔をしていて、ほんの少しだけ、嘴の先が震えているようだった。しかしリンクにそれを指摘する余裕などあるわけがなかった。リンクの方こそ、喜びと興奮に身体を震わせていたのだから。
……一緒に、住んでいいの?」
 聞き返した声は隠しきれないほどに上擦っていた。リーバルが「そう言ってるだろ」と呆れたように言ってリンクの頭をポンポンと翼で叩く。
 リーバルと一緒に暮らせる。言葉にしてその事実を噛み締めると、終わりの季節に感じていた冬が新しい春を迎えるための希望に満ち溢れたもののように感じられた。これからも一緒にいられるんだ! そんな風に浮かれる気持ちは胸の中を飛び出して、気づけばリンクはリーバルの手を取って子供のように走り出していた。後ろからリーバルの呆れたような笑い声が聞こえたけれど、構わなかった。弾むような足取りで踏み締めた雪の下には、芽吹き始めた若草の気配を感じ取っていた。