匣舟
2026-01-25 20:59:02
14281文字
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ぼくらふたりでひとつの一等星

箱根駅伝に感化されて書いた三乱の加筆修正版です。トンデモ設定が多数あります。広い心で読んでください!


 乱太郎ッ!
お前の力、見せてやれ〜ッ!」
 ずうっと、ずっと一緒に隣を走ってきた片割れが額に汗を垂らしながら自分に向けて襷を渡し、背を向けて走っていく私に対して背中を叩いて激を飛ばした。
 さっきまで聞こえていた沿道の歓声があんなにも聞こえていたのに乱太郎の耳には三治郎の叫ぶ声しか聞こえなかった。その声を聞いた瞬間、乱太郎は笑みを零して貰った襷を天に掲げ、中継所を後にした。
先程四区の夢前三治郎から襷を貰ったのは、同じく一年の猪名寺乱太郎です。初めての大学駅伝デビュー、そして初めての箱根路。」
初めての箱根で五区を任されるとは相当優秀な選手なのでしょうね。」
「ですが、猪名寺くんは大学、高校ともにデータがないので未知数の選手、ということになりますね。」
はい。猪名寺くんについて大木監督にお話を伺ったところ、大川学園の秘蔵っ子である乱太郎の実力、しかとこの目に焼き付けて欲しい、あいつは誰よりもド根性がある奴だ。という回答を頂きました。」
「箱根駅伝二連覇中の大木監督が期待を寄せている選手ということですから、期待が高まりますね。それでは、号車どうぞ。」
 アスファルトにしっかりと足を下ろしてはまた駆け、下ろしてはまた駆けての繰り返し。乱太郎は顔色ひとつ変えず、険しい箱根の山を登っていた。乱太郎はただ前を見据えながら、着々とスピードを上げながら登っていく。
 彼が見据えているのは前にいるランナーの背ではない。ただただ、先頭にいる臙脂色のユニフォームを着たランナーの背にどうしたら追いつけるのかを考えているのだ。
(もう少し、ギアを上げないとこれはダメかなあ。)
 そう思った瞬間、もうひとつ、またもうひとつとギアを上げていく乱太郎。ギアを上げて無名の選手だったのにもう山の神を襲名したかの如く疾走している彼の脳内には三治郎から襷を貰った時の記憶が蘇っている。
 ずうっと、ずっとい隣でいつも走ってきた彼が順位を四つも上げてくれて、尚且つトップに躍り出られるようにと繋いでくれた襷を、お前なら絶対行けると自分を五区に送り出してくれた先輩たちの気持ちを裏切る訳にはいかないし、なにより負けず嫌いな乱太郎は、三治郎には絶対負けるな!と自分に鼓舞する。
 全てはみんなが繋いでくれた襷を一番にゴールテープに触れるように、そして一緒に一番になるという片割れとの約束を果たすため。乱太郎は肩から掛けられている襷をぎゅっと握りしめて前へ前へと足を繰り出すのだった。
放送席、放送席。四区、区間賞を獲得した大川学園一年生、夢前三治郎選手のインタビューです。」
「初めての箱根路、そして初めての区間賞。お気持ちはどうですか。」
区間賞を獲得して嬉しい反面、もう少しトップとの差を縮めれば五区の乱太郎が楽になったんじゃないかなと、思いますね。」
最後に今、五区を走ってる猪名寺くんにエールがあれば。」
「はい。“僕“の乱太郎!僕が一度も勝てたことがないお前なら絶対一位になれる!信じてゴールで待ってるからね!」
放送席、ありがとうございました。夢前くんが勝ったことないとなると猪名寺くんは相当すごい選手ですね。現在大川学園は二位、トップとの差はもう百メートルほどに縮まっています。」
「これは、最後の最後に大逆転があるんでしょうか新春スポーツスペシャル箱根駅伝まもなく最後の給水ポイントに入ります。」
最初は赤、次に黒、その次は白。そして、最後に乱太郎の目の前に居るのは臙脂色のユニフォームを着ているランナーだった。ラスト二キロ。上りが終わって、下りに差し掛かった辺り。
 目の鼻の先にいる臙脂色のユニフォームを着た彼の荒い息遣いが沿道の歓声に混じって聞こえる。はあ、はあ、という荒い息遣いが聞こえるのは自分も一緒だった。口も半開きで、その口から走る度に箱根の山の冷たい空気が入ってくる。その冷たい空気は、容赦なく酷使している自分の肺を息を吸い込む度に傷付けてくる。
 苦しいのは両者一緒。あとは意地と意地のぶつかり合いだ。もうすぐ、きっとゴールが見えて、ゴールテープを切った先には自分のことを信じてくれている仲間が待っているはずだ。
 苦しい、苦しいと藻掻いている胸を何とか抑え込んで目の前にいる臙脂色のユニフォームを捉えて抜き去る。さあ、ゴールはもう目と鼻の先だ!往け!と沿道の比にならない程の歓声の熱気に包まれながら乱太郎はラストスパートをかけた。
「二分を超える差があった両者なんと、なんと大川学園の猪名寺乱太郎!猪名寺乱太郎がここで逆転!先頭に立ちました!三年連続の往路優勝に向けて大川学園が今、先頭に立ちました!」
「大木監督が大川学園の秘蔵っ子と評価した箱根駅伝の大番狂わせ、大川学園一年生、猪名寺乱太郎がフィニッシュ地点である芦ノ湖へもうあと五百メートルを切りました!歴史に残る大逆転劇、区間記録も大会記録も塗り替えるかもしれません!」
「大逆転劇と共に彼の名前も歴史に名を刻まれることでしょう、猪名寺乱太郎、韋駄天の走りで山の神に愛された男、五区大逆転!三年連続往路優勝〜ッ!」
 大鳥居をくぐってなけなしの体力で駆け抜けると最後の曲がり角が見えた。足も痛いし、胸も痛いけどただただひたすら足を動かす。曲がり角を進んだ先には、ゴールテープとそのまた先に自分のことを信じて待ってくれた仲間が見えた。
 最後まで気を抜くな、走り続けろ!と乳酸が溜まりきった足でゴールテープを切って、手を天に掲げながら仲間の元へと駆け抜ける。
 仲間からベンチコートを被せられながら抱擁を一身に受けると、一気に苦しさが増してきた。両隣には一区を走った食満と二区を走った久々知が、そして乱太郎の頭に覆い被さるように彼の片割れである三治郎がいた。
 三区を走った藤内は監督である大木と共にその瞬間を笑って見つめている。そして、そのままお互いに自分の顔を押し付けて微笑むと三治郎は乱太郎の耳元で呟いた。
……やっぱ、すごいや。お前は。」
……っぅ、う……。」
「お疲れ様、乱太郎。お前は本当に僕の自慢の片割れだよ。」
 そう言われた途端に目からは涙がぼろぼろと溢れてきて止まらなくなった。自分が思っていた以上に苦しかった箱根路を耐えきった安堵と、仲間が信じてくれたものを守ることができた喜びが一気に押し寄せてきて、身体の制御が効かなくなった。
 三治郎に肩を貸してもらいながら歩き出すと、監督である雅之助が迎えてくれる。雅之助は乱太郎の頬に添えていた手を外して彼の肩に腕を回し、抱き寄せた。そして、他のメンバーたちも乱太郎と監督である雅之助を囲むように駆け寄ってくる。その光景は大川学園箱根駅伝三年連続往路優勝の喜びを噛み締めている証だった。
「よくやった!猪名寺!流石我が大学の秘蔵っ子だ!」
「っ、……ぁ、ありがと、ございます……っ!……ぅう、」
「はっはっはっ!泣くのはまだ早い!ゴールはまだだ!……お前と夢前が繋いでくれた襷を、我々は必ず繋いで復路を勝ち、復路も優勝して、箱根駅伝三連覇を成し遂げる!」
……っ、はいっ!!」
 雅之助の檄が飛ぶと同時に乱太郎は涙を拭って顔を上げて、涙目ながらも力強く返事をした。そんな乱太郎を雅之助は力強く頭を撫でる。その大きな手で撫でられる感覚に乱太郎は、ああ、自分はやったんだ。という実感が湧いてくると共にこのチームで良かった、そしてこの人達と出会えてよかった。と乱太郎はそう思いながら、雅之助に抱きついた。
 そんな乱太郎のことを雅之助は強く抱きしめ返すと、乱太郎は安心感からか体の力が抜けて地面に座り込んでしまった。そんな乱太郎の背中を三治郎が擦りながら優しく声をかける。
……お疲れ様。」
……うん……。」
「本当にすごいよ、乱太郎。」
 そう言って優しく笑う三治郎の顔を見て、乱太郎は思わず泣きそうになったが、それを堪えて微笑み返した。
……お前と、みんなが頑張ってくれたからだよ。」
……それでもだよ。」
……うん、」
……本当にすごかったよ。」
 僕よりもね。と言って微笑む三治郎を見て、乱太郎はふらつきながらも立ち上がって三治郎に向けて叫び出した。
……お前もすごいに決まってるだろっ!」
「ぇ、」
お前がずっと一緒に走ろうと言ってくれなかったら私は此処に居ない!お前が居たから私は此処にいるの!」
 乱太郎の言葉に三治郎は目を見開く。まさかそんなことを言われるとは思わなかったからだ。そんな三治郎を見て乱太郎はさらに言葉を続ける。
「お前があのとき、私の手を監督に差し出してくれなかったら、今の私はないし、お前がずっと諦めずに私を導いてくれたから私は此処にいる!」
、」
ねえ、私の片割れ、三治郎、お前がここに導いてくれてよかった、お前が私の片割れでよかった。」
……乱太郎。」
 そう言って乱太郎は三治郎に抱きついた。その勢いに、三治郎は驚きながらもしっかりと受け止める。そして、乱太郎は続けて言葉を紡ぐ。
「だから、ありがとう!」
その言葉に三治郎は目を丸くさせて、そして最後に笑った。まるで太陽のように眩しい笑顔で。その笑顔を見て乱太郎もつられて笑顔になった。
「乱太郎が、僕の片割れで、よかった。」
……うん」
「これからも、よろしくね、負けないよ!」
「うん!私だって!」
 そう言って笑い合う二人に、監督である雅之助はふっと笑って二人を抱きしめた。そして、その後ろでは他のメンバーたちもその光景を見て3人に向かって突進していく。次の日の新聞の一面には、中心に乱太郎と三治郎を取り囲むようにしてみんなで抱きしめて笑いあっている姿とともに、大川大学往路三連覇!という見出しが大きく取り上げられていたのだった。