黄金花園伝

道行天尊&韋護の金庭山師弟本「黄金花園伝」に掲載した書き下ろしです。


「道行天尊はいるか」
今日も今日とて庭で惰眠を貪ろうかと支度をしていたとき、戸口で声がした。出向いた先で、背の高い、いかつい表情の人物が腕組みをしている。
「お前は道行のところの弟子か」
「はあ……まあ」
「ちょうどいい。道行天尊を呼んでほしい」
腰に下げた剣らしきものと、背が高いがゆえの威圧感のせいで、道場破りにしか見えない。それでもおとなしく師を呼びに行ったのは、その人から師と同じニオイがしたからだった。おそらく、師と同等かそれ以上の仙人だ。
道行は出迎えた人物を居間に招いた。顔見知りだったらしい。しばし小声でひそひそと会話を交わしたあと、やや慌てたふうに韋護を呼んだ。
「緊急事態が発生ちまちた。ボクは出かけまちゅから、しばらくキミ一人でなんとかちゅるように」
「なんとか?」
「心配ありまちぇん。明日には帰りまちゅよ」
師の後ろで、さっきの男が眉間にしわを寄せたまま口をへの字に結んでいる。事情を話さず、こちらの返事も待たぬまま、二人はバタバタと洞府を後にする。

しばしぼんやりした後、韋護はほう、と大きく息を吐いた。師は明日まで帰らない。ほかに弟子もいない。となればやることは一つしかない。
サボり放題を決め込んで、洞府の床に寝そべった。両手両足を伸ばせばひんやりした空気が気持ちよかった。さて、この自由時間をどうしようか。
これまでだって別に監視されていたわけではない(むしろ放任だった)けれど、それにしたって師がいるのといないのとでは、心の開放感が違う。
「さーて、どうすっかなー!」
洞府内のあちこちでゴロゴロし、居心地のいい隠れ場所をいくつか見つけ、そのへんのものを適当に食べ、ふと思い出していつぞや話していた「必殺へーき」をちょろまかしてやろうと、師匠の部屋をのぞいた。物色したものの、そういうたぐいのものは一つも見つからない。どこから見ても赤んぼうなのに、部屋にあるのは難しい書物やものものしい刃物、なにに使うかわからないガラクタみたいなものばかりだった。
夕刻になり、また朝になった。一人時間の余韻を満喫しつつ師を待ったが、道行は現れなかった。明日には、といったから夜中かもしんねえなと、ありあわせのもので夕餉の用意をしたが、すっかり冷めてしまうくらい時間が経っても帰ってくる気配はなかった。
緊急事態といっていたから、なんか手こずってんのかな。すこし気になったけれど、基本的に自由時間が延びるのは大歓迎だ。

翌朝、韋護は庭へ向かった。籠には新しい種をどっさり盛った。師が戻るのがいつかわからない。それならそれで、ほかの仕事や修行を気にせず、自分の好きなように庭仕事ができる。
最初に蒔いた種はずいぶん成長して、韋護の膝に届くほどになった。畑仕事のノウハウはまったく知らなかったが、ここのところの種蒔き修行で、どの芽を残し、どれを間引けばいいかはだいたい把握している。ひょろりと細く弱弱しいものを選ぶこと。これは放っておいても成長には至らない。それから、ちゃんとどの芽にも日が当たるようにすること。何種類か発芽を見守ってわかったのは、厳しい寒暖差や谷間の猛烈な風に、耐えられるものと耐えられないものがあることだった。
イヤなら工夫しろと師は言った。
庭をなんとかしたら宝貝をもらえるのなら、
「いっちょやるか」
腕まくりをしてから、韋護は土の上にしゃがみこんだ。

庭に通うのが日課になった。
早朝に起床し、庭の様子を見て、水が必要そうならたっぷり与える。するとあんなに古びて枯れそうだった木でさえ、みるみるハリのある葉を茂らせた。嵐のあとにたくさん落ちた葉や枝を集めたときの、青々とした香りがここちよかった。雪が降った朝には、その重みで花が倒れないよう、支柱を立てた。昼下がりにはどこからか鳥がやってきて、木の枝に羽根を休ませる。木漏れ日の下でさえずりを聴きながらうとうとするのは最高に気持ちよかった。
凍えるように風が冷たい気温では、毎日水をやらずともいい、むしろ控えめがいい、ということも学んだ(夜のうちに土が凍ってしまう)。一部の芽がいくつも萎れていれば、土を変えたり、肥料を変えたりもした。試行錯誤して原因を突き止めるのも面白かった。畝がひとつ隣になるだけで、風の当たりかたや日の射し具合が異なるが、それも日によって移ろう。こっちのほうが日が当たるだろうと植え替えたものが、何日か後には影になっていることも、たびたびあった。それすら新鮮で、失敗が手ごたえに思えた。
仙人は長生きというけれど、そんな長く生きるなんて、相当退屈なんじゃないか、飽きたらまた人間に戻れんのかな。どんなことを考えたこともあったけれど、こんな仕事なら何百年でも何千年でも続けられそうだ。
そうして庭に通いつめたある朝、
「へえ……
韋護は目の前の光景におもわず声を上げた。
夜明け前の庭は、一面の金色の世界だった。あのとき枯れ木のようだった低木のすべてに、無数の金の花が咲いている。地面にも埋めるような金色の花。花弁を下に向け、朝露を滴らせているもの、空に開き、太陽を待っているもの。そのどれもが、天から降った日の光に染まったみたいだった。
ちょうど崑崙山脈の中間あたり、西にも東にも偏り過ぎない場所に位置する。山と山の合間の谷にある庭は、季節の移ろいを感じるのには最適だった。太陽の昇る位置、沈む位置、光のやわらぎや風向き、空気に混じる湿気の濃度まで肌に染み入るようだった。
徐々に日が高くなる。それに合わせて、まるで金粉をちりばめたみたいに輝きはじめる。なるほど、だから「金庭山」か。うちの師匠、なかなかいいセンスしてんじゃねーか。
これまでの試行錯誤と日々の庭仕事を振り返り、じんわり涙がにじみそうになって、はたと気づいた。

あれ?そういえば師匠——いつから帰ってないんだっけ。