…帰るつもりはなかったのに。
夜明かしの墓の地下室で、一人ランプに閉じ籠る。
一応確認したが、管理者はいないようだ。
本当に、最低な事をした。
別人だとわかっているのに、面影を重ねていて。
記憶が混ざってしまって、思い出すにもどっちのファルカなのかわからなくなってしまう。
もう、いっそのこと、封印したほうがいいかもしれない。
でも、そしたら、ファルカに謝れないまま、永遠の別れになってしまうかもしれない。
ずっと一人でぐるぐると考えて、まとまることは、ない。
地上から、足音が聞こえてくる。
迷い混んだ一般人だろうか、それとも───
「
…キリル」
追いかけてくる、そんな予感はしていた。
────────
静かな島だった。生き物もほとんどいないのだろう。
階段を下りると、ランプが宙に浮いていた。
「
…キリル」
呼び掛ける。キリルは何も答えない。
…当然かもしれない。無理矢理抱いたのは俺だ。
「すまなかった」
謝罪をしても、キリルは何も喋らず、ランプから出てこない。
…やっぱり、これしかないのか。
懐から機械の筒を取り出し、机の上に置く。
「キリルに謝りたかったのもあるが、これを届けに来たんだ。これは、曾祖父さんの遺品だ。多分、キリルに渡したかったものだ」
ランプの炎が揺らぐ。動揺しているのが伝わる。
「俺はすぐそこの浜辺で待ってる」
返事も聞かず、部屋から出る。
曾祖父さんに動揺するキリルを、これ以上見たくなかった。
浜辺に座り込み、頭を掻く。
…本当は、渡したくなかった。
でも、曾祖父さんの想いを、伝えるべきなんだ。
たとえそれがライバルであっても。
「頼むぞ、曾祖父さん
…」
もう、祈ることしかできない。
──────
ファルカが、僕に
…?
ランプから出て、金属の筒を見る。
このデザインは、アイノさんが作られたものだ。
筒には“蒼炎に捧げる”とある。
番号を入力するところに、数字が掘ってある。
かつて、旅人さんから聞いた話によれば
…。
掘ってある数字に合わせると、蓋が開く。
筒の中には、手紙が入っているようだ。
震える手で、広げる。
──────
この手紙を読むのが、蒼炎であることを願う。
別れを切り出された時、なんと答えるのが正解だったのか、今でもわからない。
でも、確かにあの時の俺たちにはお互いに譲れないものがあった。
キリルを選んだとしても、後悔をし続けたと思う。
だから、あの時は、離れるしかなかったんだ。
もし俺が結婚してなかったら、大団長を退任した後や、ワイルドハントが壊滅したあとに、キリルと一緒にいることができたのかもしれない。
その可能性に気づいた時には、俺にはもう子供がいた。引き返せない所にいた。
馬鹿だよな、俺。そしたら死ぬ前にキリルに会えたかもしれないのに。
お互いに忘れない人がいて、結婚した。互いに傷を慰め合っていた。
それでも、愛はあった。妻も、息子も愛している。
でも、キリルも愛しているのだ。
おまえの事だから、俺に未練はないと思っているのだろう。未練ありまくりだ。この手紙を書いてるときも、最期に一目会いたいと思うくらいには。でも、きっと、来ないだろうな。
もしかしたら、キリルも俺に未練があるんじゃないのか?
こんな、愛する人がいながら、妻と子供がいる男なんか、忘れてしまえ。俺は最低な男なんだ。
だから忘れて、別の人と幸せになってくれ。
俺が死んだ後も、キリルは生きていく。
俺はただ、キリルの幸せを願う。
この想いが、届く。それだけでいい。俺に残された未練はこれだけなのだ。
この手紙を蒼炎に捧げる。
──────
涙が、手紙を濡らす。
愛しているのだ。今でも。僕だけだと思っていた。
でも、違ったのだ。ファルカもずっと愛してくれていた。
手紙を抱き締め、泣き叫ぶ。
愛していたんです。ずっと、ずっと。
なんで結婚したんですか。僕の事を忘れてしまったんですか。
僕が別れを切り出したのに。僕だけが未練を抱いていて。
僕も最期に会いたかった。ずっと、ずっと、愛していると伝えたかった。
そんな感情を、涙で出しきるように。
ひとり、泣き叫んだ。
────────
気持ちが、晴れやかだ。
今まで溜め込んだ後悔を、全て出しきった。そんな気分で。
「
…僕も愛していましたよ、ファルカ」
手紙を蒼炎で焼き払う。もう、大丈夫だ。
ファルカに、謝らないと。
浜辺には座り込んだファルカがいた。
…違和感を感じる。
「
…もういいのか?」
マカライトのような、鮮やかな緑色の瞳が、こちらを見ている。
確かに似ている。ファルカの面影がある。でも、拗ねた子供のような表情は、ファルカの面影ではなくて────
『ひいじいちゃんがすごいひとだから、ひとりできもだめしできるだろっていわれた
…』
ファルキの、面影で。
あの、小さかったファルキなのだ。
「大きく、なりましたね」
思わず出た言葉に、ファルカが立ち上がる。
身体に傷もあるけど、よく見ると違う。
似ているけど、違うのだ。
「
…すみませんでした」
頭を下げる。
本当に、最低な事をした。
「俺も、すまなかった」
互いに頭を下げる。
静寂が訪れるが、気がつけばお互いに笑い合っていた。
「届けてくれて、ありがとうございます。
…ファルキは立派な騎士になりましたね」
そう微笑むと、ファルキは顔を赤くした。
「
…その、キリルの事が、好きなんだ。できれば、返事を聞かせてほしい」
赤らめながら告白する姿が、愛しくて。
でも、今は駄目なのだ。
「
…今は駄目です」
「えっ?!」
「だって、ファルキの事をよく知りませんから。だから、もっと教えてください」
少しだけ、待ってほしい。
今は小さい頃のファルキの面影を重ねているから。
もっと、ちゃんと、あなたの事が知りたいのだ。
「
…キリル」
「それと、僕のことはキリュシャと呼んでください」
ファルカさんにも呼ばれたことのない、愛称ですよ。
そう伝えると、嬉しそうに笑った。
あの時と同じように手を繋ぐ。
でも、今度は僕が引っ張られている。
ファルキは、告白の返事が貰えなかったのに、すごく嬉しそうで。
その姿に、愛しさを感じる僕がいる。
告白の返事は、すぐにできるかもしれない。
「ファルキ。ナドクライでお酒を飲みませんか? オススメのお店があります」
「あー、えーと、その
…」
「どうしましたか?」
「
…実は俺、下戸なんだ」
「
…ふふっ」
「キリュシャ、笑っただろ! モンド人なのに下戸なんだって!」
「いえ、僕は本当に勿体ないことをしていたな、と思っていただけです」
告白の返事はすぐにできるかもしれない。今夜にでも。
やり直しの初夜
面影⑥ | Privatter+
https://privatter.me/page/6951f7d47e77d
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