第2話【恋敵の乱入】4/8(火)

黒薔薇のトリカゴ第1章。






昼休み。朔叶さくとは三階の廊下で人目を気にせず、文花ふみかを正面から抱きしめていた。学校では離ればなれの時間が長い。それを補うかのように腕を背に回す。


……………………


「ふみちゃん、ふみちゃんの匂いだ……この匂いが無いと僕は呼吸が苦しくなる」
「大袈裟だね、さく」

肩口に顔を埋めてすぅーはぁーと深呼吸を繰り返す朔叶の背をポンポンと撫でる。呆れたような口調で返すが、このやり取りは日常茶飯事。同学年の生徒たちにとっても日常茶飯事なため、近すぎる距離の朔叶に目もくれず通り過ぎていく。


スン……ドスン……ドスン……


たくさん匂いを堪能した朔叶は、顔を上げ文花の顔を凝視する。


ドスン……! ドスン! ドスン!


うっすら目を細め、文花の艶やかな唇に顔をそっと近づけた、そのとき。視界の端に突如強風が現れる。いや強風じゃない、れんだ。
彼は口を真一文字に閉じて、腕を大きく振り上げ顎の下でバツ印を作る。どうやら朔叶の「ふみちゃんは大声が苦手」を聞き入れ、対策した結果、無言でジェスチャー大会(煉の一人参加)を実施するとのことです。
その成果をダイジェストでお送りします。



以下、ダイジェスト。


●「ふみちゃん、好き……
朔叶が文花の耳元で甘く囁く横で手をバタバタ振り回す煉。うちわで扇ぐのと同じくらいの風量が発生。人間扇風機。そのため朔叶と文花の髪がふわっふわっ揺れている。朔叶、無視。
文花の心の中の感想「(涼しいね)」


●丸く柔らかい頬を愛おしそうに撫でている横で地団駄を踏みまくる煉。バシンッ! バシンッ! ドォォォン! 爆発音? いいえ、地団駄です。子供が駄々をこねるときのあれです。煉がやると戦場に様変わりしますが。


●何も言わず甘くねっとりした視線を注ぐ横で、何故かマッスルポーズを決める煉。どうやら威嚇のつもりらしい。周りの生徒は顔を逸らしながら肩を震わせている。朔叶は文花から依然として目線は外さないが、こめかみがピクついている。限界値が近い。



……ダイジェスト終わり。以上。


そして横の大振り無言ジェスチャーに静かにイラついていた朔叶。そっと文花を胸に抱き寄せてから、顔を上げて一言。

「存在がうるさいってこういうことを言うんだね」

声も視線も纏う雰囲気も何もかもが氷点下。
近くを通りかかった生徒はくしゃみを一つしながら寒気に震え上がった。完全なとばっちりである。




その瞬間。
煉はピシッと石化魔法をくらったかのように完璧に硬直する。存在がうるさい、という直球の批判によるクリティカルヒット。

……数秒後わなわな肩を震わせて、スゥーーーッッと大きく息を吸い込む。そして。


「無言でやれって言ったのお前だろうがああぁぁぁ!!!」


雷の轟音のような怒声を腹から出す。石化自主解除。
すると快晴だった空が暗くなった。どこからか雨雲が私たちの出番ですか? と勘違いして寄ってきたが、太陽が全力で拒否したためすぐに解散した。ほんの二秒くらいの異常気象である。

素直に言うことを聞いただけなのに、理不尽な文句を言われた煉は、あっさり大声を解禁した。我慢していた分、響きの圧がとんでもない。すぐ近くの窓がビリビリ震えるレベル。あともう少し声の圧が強ければ、木っ端微塵に割れていただろう。

……っ!」

それをすぐ目の前で浴びた朔叶の肩はビクッと跳ね、反射的に目をぎゅっと一瞬だけつむった。肩と腕は小刻みに震えている。すぐ目の前で雷が落ちた人のリアルな反応。

一方、ほぼ同じ距離にいる文花はというと。


ぱち、ぱち。


目を小さく二回瞬かせる程度。
多少びっくりしているようだが、その顔に怯えの色は無い。遠くで鳴っている雷に「あ、雷だ」と淡々と観測しているかのような雰囲気。実際に目の前で雷鳴(概念)が落ちたが。

文花は耳元で脈打つ朔叶のドクンドクンと跳ね回る鼓動音を静かに聞く。
その横では煉が(そういえば弓庭ゆばさんは大声が苦手だったんだ……!)と思い出し、アワアワしたのち、口を手で塞いだ。もう今さら遅いが。