Kishie
2025-12-14 00:17:27
7915文字
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つながりのかたち

2021年4月に開催されたオンラインイベントで頒布した「始まりは、夕暮れに」の一部です。

千葉さんの唐突な告白から始まり、付き合うことになったちばかな。
自分の気持ちがどこにあるのかわからないままでいるカナさんが、ちばさんとのデートに挑む感じの話です。


 人通りの多い駅前の外れに、円形に大きく開けている広場がある。丸くくり抜いたような形のそこは、多くの人が落ち合う場所として利用されている場所だ。
待ち合わせの相手はすぐに見つかった。千葉の明るい髪色は、どこにいてもすぐに見つけることができて、こういう時はとても助かる。
 神奈川は息を整えながら、千葉の視界に入る前にコートの裾を手のひらで払った。汚れているわけでも、皺になっているわけでもないはずなのだが、それは自分の中でスイッチを切り替える癖みたいなものだ。緊張しているのだろうか。今更そんなことはないと思いながらも、おかしなところがないか気になってしまう。
 携帯端末をいじるでもなく、首の後ろに手をやりながら、手すりにもたれ掛かっている姿は、はたから見るとぐっとくる。神奈川は、千葉の真面目な顔を眺めるのが好きだ。しかも、ああしてかったるそうに見えて、心の中では、領内にある動物園のこどもの象のことを考えていたりする。そんな面があるのを知ったのは、今の関係になってからだ。
そして、自分を見つけたときに、薄黄色の瞳が嬉しそうに見開かれるのを見るのは、もっと好きだった。――ちょうど、いま目の前でやっているみたいに。

「遅くなってごめん」
「いや、全然。俺も遅かったから」
 たとえ待っていたのだとしても、きっと同じように答えるのだろうな、とそんな事を思う。なんてことないように話しているつもりなのだろうが、口角が上がっているのが隠せていない。咳払いをしてコートのポケットに手を突っ込む仕草が、なんだかかわいく見えてくる。
 千葉の感情の変化は、普段からとても分かりやすい。たまに耳としっぽがついているんじゃないかと錯覚するほどに、喜怒哀楽をはっきり感じ取れる。あまりにだだ漏れな時があるので、良い大人が大丈夫なのか、と心配になる時があり、それはただの友人であった時よりも、一層顕著に感じられるようになった。誰に対してもそうなのではなく、親しい相手に向けるものだと分かったのも、最近のことだ。関係性に名前が付くだけで、こんなに新しく見えることが増えるということ自体が、とても興味深い。

「なんか、今日いつもと雰囲気が違うな」
 視線を上から下までひととおり移動させた後、千葉がそう口にした。これのせいじゃないかな、と両手を自分の方に添えてみせれば、納得したようだ。今日は、後ろでハーフアップにゆるく結び、残りはそのままおろしている。いつもと違い、髪が首にかかっているだけで、寒さはだいぶ和らいだ。

「よく似合ってる」
「ありがと。千葉もそのコート新しいやつだよね、格好いい」
 褒め返さなくてもいーんだよ、と、居心地悪そうにしながら赤くなる。笑ったのが意地悪く見えたのか横目で睨まれたが、この状況で迫力なんてものは皆無に等しい。
 千葉はいつも格好いいよ、と追い立ててやれば、あー、もうそういうのやめろと、強引に神奈川の手を取って、引っ張るように歩き出した。一度、彼をからかいはじめると楽しくなってしまっていけない。
 今日はなんだか、会話の内容がむず痒くて落ち着かないなと、通りの奥の道を進みながら神奈川は思った。青春真っ只中の青少年ならともかく、この歳でこんなやりとりをするのはなかなか恥ずかしい。外見はそれなりだが、中身はふたり合わせて三〇〇歳に近い。良い歳の男がふたりで、照れながらああだこうだ言っているのは、はたから見ればとても微妙な光景だろう。浮かれている自分に驚きつつも、それを楽しいと思えることに、新鮮味を感じていた。


 腕を引かれるまま、歩いて数分。たどり着いたのは路地裏の一角だった。ビルの一階部分を大きく開くようにテーブルが並べられた路面店で、室内から屋外へ、木目の色が映えるカジュアルな雰囲気のカフェだ。並んで待機している客も数組居て、人気の店である事が伺える。

「結構混んでるんだね」
「ああ、でも予約してっから。――あ、すんません」
 店員を呼び止めている千葉の隣で、神奈川は店全体に視線を巡らせた。

 室内側にはカウンターダイニング、テラス席にはローテーブルが並べられ、多くの人で賑わっている。カウンターは向かい合わせの相席方式になっていて、お客の回転が早そうだ。テーブル席は、ソファタイプのものからダイニングチェアの組み合わせまで、様々なスタイルで雑多に置かれているのが面白い。外に大きくせり出しているテラス席側には、屋根が設置されている。それがそのまま室内とつながっているため、実際よりも広い印象を受けるのだ。屋根自体も支柱で支えるテントのような形でテラスを覆っているため、開放感も失われていない。卓の隙間をすいすい器用に縫いながら、店員が行き来をしている。女性客が多く、全体が心地よい騒めきに満ちていた。
 こちらにどうぞ、と先導してくれている女性スタッフの、表情の端に見える気遣いに、神奈川はそわそわとした気分になる。初めて来たのだが、きっと良い店なのだろうな、と口の端が綻んだ。

「一回来てみたかったんだよ」
 パンケーキが美味いらしいんだ、ここ。そう言いながら千葉がソファに腰を落とす。
 案内されたのはテラス席側だった。路地側からは少し奥まったところに置かれているウッド調の二人掛けテーブルだ。テラス側には円筒型の石油ストーブがあちこちに設置されているため、寒さはほとんど感じない。むしろすぐ近くに置かれた可愛らしいランタン型のそれが発する、じんわりとしたあたたかさに味がある。
「コート脱ぐか? 思ったよりあったかいからな」
 預かるぞ、と手を差し出してくる千葉に、かぶりを振る。まだこのままでいい、と言って、手元のメニューに視線をうつした。

「お腹空いたから、ご飯食べたいな」
「そうだな」
「パスタとか……あ、ライトミールっぽいのもいいな、あ、ステーキ美味しそう」
「そっちは全然軽くないけどな」
「野菜も美味しそう。知らない名前のものもあるね」
「この赤紫のスープなんだ?」
「ビーツ使ってるんじゃない?」
「見た目から味が想像できない」
「挑戦したい気もするけど、定番のラインナップも試したいな。みてこれ、絶対美味しいってわかる」
「色々頼めばいいんじゃねえの? ふたりいるんだし」
「そうだね。あ、でも千葉は、甘いものが良いんだよね、無理しないでそっち食べてていいよ」
……普通にしょっぱいもんも食わせてくれよ」

 なんて事のない軽い言葉の応酬が楽しい。散々迷った挙句、ワインで蒸したムール貝の前菜、ひよこ豆のコロッケ、ハーブソーセージのトマトパスタ、ビーフステーキを注文した。最後に千葉が二人分の飲み物と一緒に、ベリーがどっさり乗ったパンケーキを付け加えたのを見て笑ってしまう。
「結局頼むんだ。肉もあるのに、食べすぎじゃない?」
「いや、いける。むしろ、それを楽しみにしてたのもあるしな」
 お前にもやるから、と嬉しそうに続ける千葉は、とても楽しそうだ。そして、間もなく運ばれてきた料理に、神奈川も小さく歓声をあげた。

「千葉、見てよ、グリルしたレモンが半分まるごと乗ってる」
「見た目のインパクトが凄いな」
「これこのまま絞ればいいのかな。あ、ステーキ、あんまり大きくなくていいね」
「いるか?」
「くれるの?」
「ああ」
「ありがとう。じゃあ、粒マスタードものせて」
「わかった。ほら」
……美味しい。柔らかいし、ほんの気持ち、味が濃いめなのがいいね」
「酒頼むか?」
「心を読むなあ。まだ昼間だから我慢する。千葉もこっち食べる?」
「ああ、じゃあ、そのハーブソーセージだけくれ」
「はい。どうぞ」
「おい、多いぞ。それだけっつったのに」
「大丈夫、お前ならいけるよ」
……雑じゃねえ? まあいいか」

 和やかに食事の時間が過ぎていく。腹がくちくなれば、心が自然と満たされていくのは、とても気分がいい。
 食事というのは不思議なもので、全く同じものを食べていても、その時によって感じ方が変わる。体調や、料理の出来不出来は勿論だが、緊張しているときに何を食べても味がしないと感じるのと同様に、その場の空気感が、五感に大きな影響を与えるのかもしれない。特に、一緒に過ごす相手というのは重要だ。気心が知れている、というだけで美味しい食事の時間に直結するわけではない、というのは神奈川の持論だった。言葉数が多くなくても、普通に食べ物をかきこむ以上の空気を作ることができる相手というものがいる。今の神奈川にとっては、千葉はそういう存在に近い。こうして、食の空間を穏やかに、楽しささえも共有できる――一種のリラックス効果をもたらしてくれるとでも表現したらいいのだろうか。
 千葉が自分に向けてくる気持ちについては、想像すると胃が重くなる時もある。だが、こうやって美味い食事の空間を分けあえる相手が、神奈川にとって得難い存在であることは確かだった。ともに過ごすこの空間に、優しい時間が流れていく。

 食事が終わり、待望のパンケーキが運ばれてきたとき、目の前の男の瞳に浮かんだ期待の色を、神奈川は見逃さなかった。いそいそと逸る気持ちをおさえながら、ナイフを入れる様子を、ティーカップに口を付けながらゆっくり眺める。
……うま、やばいな」
 なんて美味しそうに食べるのだろう。そう思うだけで楽しくなってしまう。好きなものに対して、愛情をこれでもかと表現するそのまなざしが、眩しい。掬いあげたふわふわのパンケーキの欠片を口に入れて、ぐっと手元で小さく拳を握った千葉の仕草を見て、なにか神奈川の胸の奥で音がした気がした。ちょうどその瞬間に、足元にあるストーブがシュン、と鳴いた。ああ、やっぱり――。神奈川は、ひとつの行動を決意する。
「当たりじゃない? 良かったね」
「ああ、お前にもやるよ」
……ねえ、千葉」
 ん、と皿から顔を上げた千葉は、そのまま固まる。
 神奈川はゆっくりとした動きで、おろしていた髪をつまみ、両耳に掛けてみせる。首元のストールも一緒に解いてみせたそこには、いつもの小さな赤いピアスではなく、金色のリングがひとつずつ光っていた。
「それ……
「どうかな」
 少し首を傾げてみせれば、千葉の顔がみるみるうちに赤く染まる。口の端がひくりと動いたまま、完全にフリーズしていた。
「いや、あの、だってお前」
 つけてるとこ見たこと無かったから……。口籠もる千葉に見せるように、薬指の腹で左耳に触れながら、どう思う、ともう一度問いかけてみる。動揺している千葉の顔を見るのが、とても楽しい。意地が悪いかな、と思いながらもやめられないのだから、やはり自分は意地悪なのだと思う。
「すごく、よく、似合ってる」
「ありがと」
 本日二回目のその言葉に、今日はたくさん褒めて貰った、と神奈川が茶化せば、千葉は口を押さえる。そのまま顔を背けてしまったのだが、その時に見えた千葉の耳についているいつものピアスが、自分が着けているものと全く同じ形をしていることに、今更ながら気づいた。完全なお揃いではなく色だけが僅かに違っているところに、千葉の照れのようなものが滲み出ているようで、微笑ましく思う。
「あ、それ」
 ひとくちくれるんだったよね、と千葉の手元で放置されているパンケーキを指差せば、ああ、と言い淀みながら、皿を押しやろうとする。千葉がそれどころではないのは分かっているのだが、悪ふざけがとまらない。調子に乗って、真正面からぐっと顔を近づけてやれば、慌てて体を引いたせいでソファのヘリに背をぶつけていた。
……俺が食わせんのか?」
 皿の上のフォークを手元に差し出して、テーブルの上で肘を組み、身を乗り出しながら期待を込めて見つめれば、神奈川の意図にやっと気がついたようだった。ギブ、ギブアップ、俺もう無理だ、と両手のひらをこちらに向けてくる。
「お前、本当に面白いね」
……はあ」
 反論する気力も残ってないようで、盛大にため息をつく千葉の前で、自らフォークを手に取る。ふわふわしたパンケーキの欠片をほんの少しだけ口に含むと、ベリーソースの酸味に香ばしい生地、クリームの優しい甘さが口の中で溶け合う。美味しくて甘くて、優しい時間。いま穏やかに流れている空気とどこか似ているなと思い、自然と笑みが零れた。