tonami
2025-12-12 02:35:21
8156文字
Public 50音
 

50音/か行

50音短文詰め②



け/オメガバ現パロ



 蹴破る勢いでドアを開けた瞬間、鼻腔を刺激した匂いに心臓が強く打った。
 予定より早めにヒートがきたと連絡が届いたのは出勤して間もなくのこと。着たばかりの白衣を脱いでとんぼ帰りしようとしたものの、同僚達に必死に引き留められたために爆速で仕事を終わらせ、有休消化率の悪さを理由に半休をもぎ取ってようやっとの帰宅だ。
 荷物を玄関に放り出してまっすぐに寝室に向かう。近づくたびに甘ったるい匂いは強くなる。ドアの前に立つだけでも意識を本能に乗っ取られそうだ。
 すぐさま開けてしまいたい衝動を抑えながら深く息を吐く。理性を保たねば。まず番の役目を果たさなくてはならない。この世で唯一のオメガが作ってくれた巣を壊すようなことは絶対にしてはならない。
 そっと寝室のドアを開けた。途端にむせ返るほどの香りに襲われ、ぐらりと目の前が歪んだ。ぐう、と獣染みた呻きが洩れる。無意識に唇を噛み締めていたのか、咥内に広がった血の味の不快さにどうにか理性が統率を取り戻した。
 多少冷静になった頭でベッドを見やる。二人の体格に合わせて選んだベッドは並んで寝てもずいぶん余裕がある。その広い真っ白な海のど真ん中に、布製の山がひとつ。シックな色合いばかりのなかで時折覗くビタミンカラーからして、今回はクローゼットの中身丸ごと使ったらしい。恐らく底に昨日の洗濯物が山主と一緒に眠っている。さすがに下着はやめてほしいのだけれど、巣材において匂いの強いものは最重要アイテムだ。こればかりはオメガの習性上、致し方ない。
「ゾロ、ただいま」
 巣を崩さないよう、ベッドに腰掛けながら声をかける。眠っているのか、反応はない。
「ゾロ」
 少し近寄ってシーツを叩いてみる。もぞりと山が動いた。適当に乗せられているようで、本人のこだわりが詰まっているはずの山が左右に大きく揺れ――二つに、割れた。
「えっ」
 通常、オメガ本人が完成した巣を壊すことはほぼない。番もしくは近い関係のアルファが知識不足や面白半分で壊すことはあれど、巣はヒート期のオメガにとってもっとも安全な城だ。だからよほど不安定な状態でない限りは、オメガ自身が破壊するという事例は聞いたことがない。
「ぞ、ゾロ? どうした、大丈夫か?」
 自分が知らない間に精神か体に不調が現れたのかと、焦りと心配に苛まれながら最愛のオメガの顔を覗き込む。崩れた巣の真ん中でぼんやりと座り込んでいたゾロがゆっくり、一度瞬いた。そうしてローの姿を認めたと思った次の瞬間、巣の中に引っ張り込まれた。あまりの勢いに左右の山が崩壊し、周囲に服が散らばる。巣がぐちゃぐちゃになったというのにゾロは気にも留めず、ぎゅうぎゅうとローに抱きついた。
「お前、巣が」
「いい。……これでようやく完成した」
 熱い吐息が首筋をくすぐる。もともと高めの体温はさらに火照り、どこもかしこも触れると肌がしっとりと手のひらに吸いついてくる。
「お前がいねェから服ぜんぶ引っ張り出してみたが、やっぱだめだ。お前じゃないと」
 一番匂いの濃い下着がそばにあるというのに、そちらには目もくれない。まるでマーキングでもするように体全体をローにこすりつけている。
 ゾロの巣はヒートのたびに形態が変わる。前日の洗濯物だけで良いという時もあれば、クローゼットの中身を丸ごと取り出しただけでは足らず、洗濯物から現在着ている服まで奪っていく時もある。帰った時の様子から今回は後者なのだと思っていた。――まさか、こんなパターンがあるなんて、思いもよらなかった。
 番がいればそこが巣なのだと、一心不乱に求めてくれる己のオメガが愛おしくないわけがない。
「お前はいつもおれを驚かせてくれるな」
「なんだよそれ」
「褒めてんだ。上手に巣作りできたな、ゾロ」
……ん」
 頭を撫でて褒めてやるとゾロの表情がとろりと蕩けた。ローの手のひらが肌を滑るたびに、くたりと力が抜けていく。そのうち全身をローに委ねると熱に浮かされたムーングレーが閉じられる。その合図をきっかけに、ローはこの世で唯一の番を愛するべく、まずは甘くて美味そうな唇に噛みつくことにした。




この世界でただひとり