tonami
2025-12-12 02:35:21
8156文字
Public 50音
 

50音/か行

50音短文詰め②



き/原作軸



「胸筋って言うにはでかくねェか?」
 それ、と不躾に指を差す男にゆるりと瞬く。またとんちきなこと言い出したな、と思いながらゾロは他船の船長を見上げた。出会った時にはすでに目元に居座っていた隈が今日はやたら濃い。果たして今回は何が原因の徹夜だろうか。とりあえず、不躾な指は払いのけておく。
「なにが言いてェ」
「そのままだが。筋肉つーか、もはや乳だろ」
「乳言うな。中身は脂肪じゃねェんだから違うだろが」
「そうか……?」
 両の長い指が長着を超えて、素肌に直接触れた。ひやりとした感触に反射的に肩を竦めると小さく笑い声が落とされる。悪ィ冷たかったな、侘びとでも言うのか額に口付けがひとつ。
「こんなにらかいのになァ」
 下からすくい上げるように両手が胸筋を掴む。そのまま一揉み、二揉み。胸筋を揉みしだくローを、ゾロも無言で見守る。男の胸を揉んでなにが楽しいのかまったく理解できないが、鍛え上げた己の胸筋はローにとっては非常に魅力を感じるものであるらしかった。
 ひたすらに無心で胸を揉まれること十分か、十五分か。唐突にローの動きがぴたりと静止する。てっきり満足したのかと思いきや、顔面ごと胸元にダイブしてきた。胸に頬擦りをして谷間に無駄に高い鼻を埋めて、深く息を吐き出す。背にはいつの間にかがっちりと両腕が回っていた。
「おー、よしよし。そのまま寝ろ」
「んん……
 できる限り優しく頭を撫でてやると、ローはぐずるように唸った。一度深く息を吐き出して、とろとろと目蓋が下がっていく。やがて上下の睫毛が触れ合う頃には呼吸が一定のリズムに変わる。ほどなくして、静かな寝息が肌をくすぐった。
「ほんっとに甘えただな、お前は」
 ガキみてェ、と吐息混じりに落とした声音は自分でも驚くほど慈愛に満ちていて、少しばかり面映い気持ちになる。
 座ったままじゃ寝にくいだろうと、ごろんとベッドにローを抱えたまま寝転ぶ。抱え上げたところで目覚める気配は一向にない。いくら柔らかくとも男の筋肉が枕では眠り心地が悪かろうとは思うのだけれど、ローの寝顔はそれはそれは安らかなものだ。一海賊団の船長ともあろう男が、他船の戦闘員の腕に抱かれすっかり寝入ってしまっていた。
「まァ、ゆっくり休めよ」
 とん、とん、背を一定のリズムで叩けば、体の力がどんどん抜けていく。ローの体が完全に脱力するまではそう時間を要さない。気を許しすぎだよなァ、と心の裡で独り言ちる。それでも拒まないのは至極、単純なことだ。
 恋人に甘えられて、悪い気はしない。




よくある夜の話