tonami
2025-12-12 02:35:21
8156文字
Public 50音
 

50音/か行

50音短文詰め②



か/アイドルパロ



 ――噛みついて初めて苦さを知った。
 適当につけたテレビから流れてきた言葉に顔を上げる。子供の時から続く音楽番組は、どこの誰かも知らないアイドルを映していた。
 五人組の男性ユニット。普段はアイドルというもの自体に興味など湧かず、すぐに脳内から追い出してしまうのに今日はやけに目が離せない。特にセンターを担う、緑色の髪をした男。ざらつくも耳触りの良い低い歌声が鼓膜を撫で、意思の強いスモークグレーがまっすぐにカメラを捉える。そんなはずはないのに、画面越しに存在を捉えられたような気がしてローは無意識に息を詰めた。
 時代に抗うような好戦的な歌詞に合わせた激しいダンスを、鍛えられた美しい肢体が易々と踊る。袖のない衣装から惜しみなく曝け出された腕がカメラに向けられ、指が銃の形を取る。BANG! 曲の合間、唇だけで引かれた引き鉄。その瞬間、ローの心臓は見えない弾丸に撃ち抜かれていた。
 あの日からローの推し活は始まった。新曲が出れば最速で視聴し、テレビに出演すれば録画は欠かさず、雑誌に載れば発売日に購入した。もちろんファンクラブにも入っている。ツアーにも時間とチケットが許す限りは参戦した。仕事の都合で握手会に行けていないことだけが懸念事項だったが、このたびスケジュールを整理しまくってなんとか行けることが決定した。
 そうしてやってきた、握手会。ようやっと自分の番がきた。男性ファンが珍しいのかあちこちから刺さる視線を気にすることなく、ゾロの前に立つ。なぜか隣の金髪が二度見してきたが、ローにはゾロしか映っていなかった。きょとんとした表情が可愛い。
「よろしく頼む」
「あ、おう。……あんた、トラファルガーだよな?」
「自己紹介したか?」
「いや、しなくても有名人だと思うが」
 戸惑いながらも差し出された両手をがっしり握る。趣味は鍛錬、得意なものは剣道というプロフィール通り、分厚い手のひらには剣だこがある。ゾロに触発されておれも最近剣道を始めたんだとか、新曲のあのフレーズがすごくよかったとか、雑誌のインタビュー読んだとか、いろいろ伝えたいことはたくさんあった。準備だってしていた。しかし、いざ本人を目の前にするとどうにも言葉が出てこない。自他共に弁が立つと認めるローが何も言えないほど緊張して舞い上がるのは、ほぼ初めてのことだった。
 結局「これからも応援してる」と告げた無難な応援文句に、ゾロは「ありがとな!」とぴかぴかの笑顔を見せてくれた。この世で最も推しが尊い。
  ろくに気持ちを伝えられない己の不甲斐無さに肩を落としながらも、輝くゾロの笑顔を心の真ん中に飾る。どれだけ仕事がきつくても、この笑顔だけでしばらくは乗り切れそうだ。サイン入りのCDを大事に大事に鞄にしまい、それなりに機嫌良く帰途に着いた。
「あんたいったい何してんすか!?ネットニュースになってますよ!!」
 ――「ポーラータング」トラファルガー・ロー、新人アイドルに宣戦布告か!?
 事実とは百八十度異なる記事が出ていることを知ったのは、それから数時間後のことだった。




ただのファンでなにが悪い