コノチャ♀記憶喪失ネタ(仮題)

タイトルの通り



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 夢を見た。
 真っ暗な場所にチャンドラが立っている。泣きそうな顔をしていて胸が締め付けられ、不安に襲われた。
 おかしい。どうしてそんなに悲しそうなんだ。
 いつものようにほにゃっとわらってくれたらいいのに。何が君にそんな悲しそうな顔をさせるんだ。
 ダリダ、おいで。ほら、わらって。私が君の憂いを取り除くよ。
 コノエは声をかけて駆け寄ってチャンドラを抱きしめようとしたが、腕に抱いたと思ったチャンドラは煙のように消えてしまった。
 空を切った腕。勢い余ってよろけた後ふと顔を上げるとチャンドラはまた少し離れた場所で泣いていた。
 頬を伝い落ちる涙を見た途端、鳩尾のあたりにぞわりとした不快感が走る。
 愛する人が悲しんで泣いている。彼女の幸福、笑顔のために生きているのにあんな顔をさせるなんて。
 泣かないで。
 こっちにおいで。ダリダ!
 焦って呼んだが、チャンドラは来てくれない。
 コノエは必死に駆け寄るが、なぜかいくら走っても近づけない。
 その間にもチャンドラは溢れる涙を手の甲で拭い、泣いて、とうとう両手で顔を覆って俯いてしまう。
 胸が苦しい。息ができない。苦しい。愛する人の涙が一番堪える。
 ダリダ
 名前を呼んだのにチャンドラは顔も上げてくれなかった。いつの間にか手には端末を握りしめていて「ポン」と着信音が鳴ってメッセージが届いたのを知らせてくる。
 立ち止まって、息を荒げたまま端末のディスプレイを見るとチャンドラからのメッセージだった。開いてみるとさっき届いたものと同じ文面だ。
 離婚の文字が目に飛び込んできてどくりと心臓が嫌な跳ね方をした。
 急に全身が汗ばんだのがわかる。そうだ、記憶が戻らなければ離婚に、応じる、と



「ハッ!?」
 ビクッと身体が震えて目が覚めた。室内は薄暗く、閉じたカーテンの隙間からうっすらと明るい青い光に満たされる時間帯だ。
 コノエは混乱していた。
「今の、夢は?」
 夢か?いや、違う、昨日頭を打って、病院に運ばれて、私はダリダのことを忘れて、礼を欠いた態度を取り怖がらせて離婚を切り出された。
 夢だ。夢に決まってる。あまりにも嫌な夢すぎる。
 ゆっくり起きて、時間を確認しようと枕元の端末を取ろうと手を伸ばしたが、左手の薬指に指輪がはまっていなくてどくりと心臓が跳ねた。
 コノエは指輪を外さない。一生、死んでも外すつもりは無かった。なのに、指輪がない。
 サイドボードに置いてあった端末に伸ばす手が震えている。メッセージを確認するとチャンドラからの離婚に言及するメールが確かに届いていてヒュッと息をのんだ。
 ドッと汗をかいたのがわかる。
 これは本当に夢か?いや、違う。現実だ。
 コノエは上掛けを跳ね除けてベッドを降りた。
 裸足で部屋を飛び出して、チャンドラの寝ているであろう部屋に走る。勢いがつきすぎて廊下の途中で二度転びかけた。
 元々チャンドラとコノエにとあてがわれていた客間に転がり込むと、キングサイズのベッドでチャンドラが娘と一緒に寝ていた。その頬には涙の跡が見て取れて、昨日は泣きながら寝たのだとわかって心臓が痛いくらいのいやな動悸がした。呼吸が浅くなるのがわかる。
 病院での娘の忠言もまさにその通りで、記憶が無いなら無いで状況が把握できるまでひたすら黙っておけば良かった。チャンドラを傷つけて怖がらせて悲しませて泣かせたと思うと、死にたいほどの後悔が襲ってくる。
「ダリダ
「ん? アレクセイ?」
 声をかけると、元々眠りが浅かったのかチャンドラはすぐに目を覚ましてコノエを見つめてくる。
 目が合ったことに安堵したが、腫れぼったい瞼が昨日、彼女にかけた心労と悲しみを物語っているような気がして罪悪感が募る。
「ダリダ、すまない。私は、昨日、なんてことを」
「アレクセイ
「全部思い出したんだ。い、いくら頭を打ったからと言って君のことを忘れるなんて。本当にすまなかった!」
 コノエが勢いよく頭を下げたら、同時にチャンドラががばっと起き上がって言った。
「えっ、もう思い出したんですか!」
 よかった。と小さく呟きほっとした笑顔を見せてくれて、やっとまともに息が出来た気がした。コノエの記憶が戻ったことを喜んでくれている姿を見て、感極まってチャンドラに抱きついた。
「ダリダ!」
「わっ!?」
 ベッドに押し倒す形で抱きしめる。腕の中にすっぽり収まる華奢で柔らかい身体。背中を覆う茶色いふわふわの髪、コノエが揃えたシャンプーの香り。
 夢の中では抱きしめられなかった愛しい人が腕の中にいてくれる。
 さっき見た恐ろしい夢を思い出して心臓がバクバクしている。潰してしまわないように痛みを与えないように慎重に、少しだけ体重をかけて密着し、髪にキスをして、肺いっぱいにその香りを吸い込んで肌に感じる温もりを確かめる。
 ゆっくりと背中に回された小さな手が探るように撫でてくれるのが気持ちいい。
「愛してる。本当にごめん。不安にさせてすまなかった。悲しい思いをさせたね」
「ううん。大丈夫です。アレクセイこそ怪我は? 頭打ったところ痛くないですか?」
「痛くないよ。ダリダ、涙の跡がたくさん泣いたんだろう? 本当に申し訳なかった。許してくれるか?」
「いやっ、そんな、怒ってないですよ。な、泣いてもないしうん、全然!」
 どう見ても泣いているのに、すぐにバレる嘘をつくチャンドラ。コノエの罪悪感を軽くしようとしてくれているところが優しい。
「はぇパパ? おはよう、もう思い出したの? よかったねぇ」
 横で娘が起き上がって欠伸しながらこちらを見ている。
「セレネ! ちょっ、アレクセイ離れて!」
 抱き合っているところを見られて恥ずかしがって暴れるチャンドラに蹴られたので渋々離れた。せめてキスしてからが良かったが夫婦のスキンシップを子どもに見られたく無いタイプのチャンドラは娘の前ではせいぜい行ってらっしゃいとただいまのキスとそれに付随するハグくらいしか許してくれないので仕方ない。

 チャンドラは全く怒っていなかった。
 むしろコノエの記憶が戻ったことと、大した怪我ではなくて良かったと喜んでくれたが、コノエの罪悪感は凄まじいものだった。
 こんなに優しい妻を、頭を打ったくらいで忘れるなんて自分はあまりにも愚かだ。
 何度も謝っているとチャンドラと一緒に寝ていた娘も完全に目を覚まして慰めてくれて、妻子は本当に優しいとしみじみと思う。こんな家族に愛されて自分は世界で一番の幸せ者だとも。
「二人とも、本当にすまなかったね」
「もう謝らないでいいのに」
「そうだよ。記憶すぐ戻るって信じてたよ。パパがママを忘れて生きていけるわけないしね!」
「ありがとう
 二人一緒に抱きしめて謝っていると、小さな手がコノエの背中を撫でてくれる。何ものにも変え難い愛しい二人の存在に感謝していると、頭をよぎるのは昨夜チャンドラから送られてきたメールの内容で、あわや離婚されるところだったと思うと心底肝が冷えた。





 とりあえず許されて安堵の息を吐くも、帰宅予定を早めていたし自宅でゆっくりと過ごしたいとチャンドラが希望するので昨日予約したシャトルで地球に戻ることになった。
 朝食の席でハインラインとノイマン、ナタルとソーマにも記憶が戻ったことを伝えると、ナタルとソーマに非常に残念がられた。
「先生が思い出すまでダリダとセレネはうちで暮らしてくれることになってたのに!何でもう思い出しちゃったの!早いよ!」
 と、筋違いの文句を言ってくるのはナタルである。ソーマも明らかにがっかりしていて、チャンドラと一緒に暮らせるのをかなり楽しみにしていたようだ。
 というかハインライン家ではすでにチャンドラと娘の受け入れ態勢を整えていたということで、心胆寒からしめられるとはこのことだ。
 記憶が戻るタイミングが長引けば本当に別居、離婚となってもおかしくはなかっただろう。
 オーブの家で一人暮らしなんて想像もしたくない。ましてチャンドラの言うままに離婚後、プラントに戻ってから記憶が回復していたらと思うとゾッとする。
 返す返すも昨日寝る前にチャンドラからもらったメッセージの内容は恐怖でしかない。チャンドラはあっさりとコノエに愛されている自信を失う。そもそも男性への忌避感もあり、トラウマになっている恐怖心から仕方のないこととは言え、こんなにもすぐに切り捨てられてしまうのかと思うと震えた。
「帰ったらダリダとセレネがうちで一緒に暮らしてくれるの楽しみだったのに
 怒りながらトーストに齧り付くナタル。
「ねぇ、アーニーとうさん、ダリダとセレネはうちにこないの……?」
 ソーマは残念すぎて朝食どころではなく、ノイマンに話しかけながら今にも泣きそうになっている。
「コノエさんが思い出したからな」
「えぇやだ、ダリダとセレネとずーっとうちであそびたかった
「遊ぶのはいいけどうちでは暮らさないかな」
 ノイマンに諭されて涙目になるソーマ。どれだけチャンドラと過ごすことを楽しみにしていたのか。
 チャンドラはハインライン家の子どもたちに対して遺伝子上の母親とは伝えていないしきちんと線引きして付き合っているのにこの慕われ様である。
「あーあアルとうさんが子ども部屋の隣にダリダの部屋作ってくれるって言ってたのに
「ダリダほんとにきてくれないの? ソーマのブロックいっぱい使っていいよ? セレネはソーマと一緒にねないの?」
 五歳児と三歳児なりにチャンドラやセレネと一緒にやりたいことを色々と計画していたらしい。その計画が頓挫したことを悟ったソーマが本格的に泣き出した。
 期待していた二人を裏切ったような気がして罪悪感に苛まれたチャンドラが慌てて二人を慰める。
「心配してくれてありがとな。じゃあブロック遊びはする! うん、まだ休暇残ってるしオーブに帰ったら遊びに行く!」
「ほんと?」
「うん、約束」
 チャンドラが提案すると喜ぶソーマ。ナタルはまだ不満気な顔をしている。
「でも、いつも私とソーマがそっちに泊まってるしダリダにもうちに泊まりにきてほしかった
「んーそうだなぁ」
 困り顔のチャンドラにセレネが「ママだってたまにはナタルの家に泊まりに行ってもいいんじゃない?」などと言い出して、密かに動揺したコノエはスクランブルエッグの嚥下を失敗しそうになったのだった。