コノチャ♀記憶喪失ネタ(仮題)

タイトルの通り



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 CE87。
 医師が言うには現在はコノエが認識している十二年後であるという。
 医師や看護師の持っている端末も、コノエの端末も、テレビのニュースキャスターも一様にCE87の夏であると繰り返すので信じないわけにはいかなくなった。
 コノエの自認では現在CE75になったばかり。数ヶ月前に発足した多国籍軍であるコンパスへの出向が決まって、ミレニアムの準備も整って、数日もすれば実際に勤務を始めるところだったのに。
 医師からざっと現在の世界情勢を聞けばプラントと地球の関係は比較的安定している様子で、差し迫った危機に瀕しているというわけでもない。それだけは混乱するコノエを安堵させる要素になった。
 家族が来るまで待っているようにと言われ、病室で着替えてベッドに腰掛けて窓の外の景色を見る。
 搬送されて来た時に所持していた携帯端末を手に取ってみるが、見たことの無いものに変わっている。二つ折りのタイプを使っていたのだがカード状のタイプになっていて、端末のロック画面の日付を見るにやはりCE87の八月と表示され十二年の経過を突きつけられる。
 IDカードの情報によるとコノエはオーブ国籍を得てオーブの国立大学で講師として働いているらしい。
 医者が言うには頭を打った拍子に記憶障害が出たのだろうと。脳の検査はしてあるが特に異常は発見されていないので一時的なものではっきりとは言えないが記憶はすぐに戻る場合がほとんどであるらしい。
 まぁ、そういうこともあるかもしれない。コノエは冷静に判断して混乱を避けようと努めた。
 それよりも目下の問題は「チャンドラ」という謎のファミリーネームである。
 全く聞き覚えがないような、どこかで聞いたことがあるような。ともかくこのファミリーネームがコノエの名前にくっついているということはシンプルに考えれば自分は結婚している可能性が高い。
 枕元の私物のなかには結婚指輪と思われるリングもあった。ファスナー付きビニール袋の中に収められた指輪を手にとって眺める。使用感のある小傷がついた銀色のリング、内側には何らかの刻印がしてある。袋の中から出してみる気にもならないまま眺めてため息が出た。
 コノエにとって記憶喪失は受け入れられても、自分が結婚したという事実はなかなか受け入れられるものではなかった。
 携帯端末は個人情報の塊。端末の中が見れたなら空白の十二年の全てが判明するだろうとロックの解除を試みるが指紋認証だけではロックが解除できない仕様になっていた。八桁のパスコードを入力しなければならなず、心あたりの組み合わせを思いつく限り入力してみたが全てハズレで開けない。
 ロック画面は真っ黒で日付と時間しか表示されず情報量が少ない。
 どうしたものかと悩んでいると、再びドアがノックされた。
 どうぞ、と促すと入ってきたのはアルバート・ハインラインだった。
「先生、お待たせしました。具合はどうですか」
「なぜ君がここに」
「病院から連絡がありましたので迎えにきました」
「君が私の家族?」
「まぁ、最近では家族のようなものだと言えると思います」
 ハインラインはさらりと答えた。コノエは驚きのあまり言葉を失う。
 CE75の時点で確かに親交はあったが、十二年後にまさか「家族」という枠で登場してくるとは想定外である。どういう気持ちで「家族」なのだろう。親子?兄弟?まさか恋人ではあるまい。
 ハインラインの登場で事態が混迷を極めてきた。
「大丈夫ですか? チャンドラは会議中で連絡がつかないので僕が来ました」
 コノエの姿を見るなり当たり前のように話し始めるハインライン。流石、緊急時に連絡が行く家族枠に入っているだけあって記憶にあるより明らかに距離感が近い。見た目も、コノエの認識より心なし歳を重ねて見えるところを見るにやはり十二年の経過は確定的だ。
「どうして君がここに?」
 動揺のあまりまた同じような質問を繰り返してしまうと、苦笑しながら返される。
「そこまで残念がらないで下さい。チャンドラはアーニーが迎えに行っています。心配しなくとも設計局では信頼できる護衛をつけていますし、ピックアップするくらい問題ありません。ハロも全部ついていますし子ども達と一緒に後から来ますよ」
「チャンドラ?」
「会議の機密性が高いので中座出来ないらしく。緊急事態だというのに取り次ぎも断られて緊急連絡先次点の僕に連絡が来ました。プラント側からの共同開発の話なのにザフトは融通がきかなくて困ったものです。でもまあ会議も終わる頃だしハロにはメッセージで連絡しておいたので事情は伝わっているかと」
「なるほど
 ベッドの上で一応尤もらしく頷いてはみたが全く分からなかった。これから、「アーニー」と「子ども達」という新キャラまで登場するようだ。
 もしかしなくても自分には子どもが居るのだろうか。結婚しているなら十分有り得る話だ。
 ふーっと息を吐いて心を落ち着ける努力をした後、ハインラインに記憶喪失状態について告げると、驚いた顔をされた。

 「家族」枠で目の前に現れたハインライン曰く。CE87現在、コノエはオーブ国籍を取得し、チャンドラという女性と結婚してオーブのオノゴロ島に住んでいる。
 チャンドラはナチュラルで、元軍人、コノエとはコンパスで知り合い今は退役してモルゲンレーテで技術者として働いている。
 コノエは退役してオーブの大学の講師として働いているが、基本的には育児と家のことを主にやっているという。
 プラントへはチャンドラの出張のついでに家族旅行をしに来た。今日はコノエもプラントで仕事の予定を入れていて別行動する日で、勤め先のオーブの大学と交流があるプラントの大学に出向いて担当者と会い、その際に階段から転落。意識不明になり病院に搬送ということらしい。
 経緯は理解したが、そもそも自分が結婚していることすら信じ難いのに、相手がナチュラルであり、キャリアを捨て主夫業に精を出していると聞いて益々分からなくなった。
 十歳になる娘もいて、緊急時にハインラインに連絡が行く程度には家族ぐるみで親しくしている間柄。全く想像がつかない未来に困惑していると、病室に件のパートナーが到着した。

「アレクセイ!」
 ノックもなしに病室に入ってくるなり、コノエの名を呼んだのはオレンジのブルゾンに身を包んだ小柄な女性である。
 インナーはアイボリーのタートルネック、襟元には柄の入った品のいいスカーフ、黒い膝丈タイトスカート、黒いタイツにショートブーツというカジュアルなスタイルで明るい茶色のウェーブのかかった髪をうなじのところでシニヨンにまとめ、レンズに薄く色のついたティアドロップのメガネをかけている。
 小麦色の肌にたれ目、コーディネイターではあまり見かけない系統の顔と小柄な体格がコノエの目に新鮮に映った。ハインラインから聞いていた話から勝手にキャリアウーマンタイプを想像していたが、メイクはナチュラルだし派手さは無く、工学博士というより工場の事務職という風情だ。
 不安げな表情で駆け寄ってきたチャンドラの後ろには黒髪の少女が二人と、小さな男の子を抱いた男がひとり。
 今にも泣き出しそうな顔でコノエのファーストネームを呼ぶ小柄な女性がパートナーである事は想像に難くないが、当たり前のように一緒に入ってきた男、ハインラインの口ぶりから推察するに「アーニー」は一体何者なのか。
「階段から落ちて頭打ったってきいたけど、大丈夫です?」
 ベッドまで駆け寄ってきたチャンドラの小さな手がのばされ当たり前に頬に触れてこようとするので、コノエは手でやんわり制して答える。
「少し腫れてるがもう痛くはないんだ」
「あれ、なんかアレクセイ、いつもと違うような
 チャンドラはコノエの態度に違和感を覚えたのか手を引っ込めた。
 隠していても仕方ないので記憶喪失になっていることを説明する。
「実は頭を打ったせいで記憶が飛んでるみたいなんだ。今はCE75という認識で」
「はい?」
「目が覚めたら十二年経っている。そこのアルバートとは以前から面識があるんだが、申し訳ないが君と君は誰だかわからない」
 コノエがチャンドラと後ろの黒髪の男を交互に見る。目が合った瞬間、表情を固くしたチャンドラが小さく「えっ」と漏らした。
「記憶喪失はおそらく一時的なものだと信じたいがでも今は本当に何もわからなくて、四十一歳のつもりなんだが五十三歳と聞いて混乱しているし、オーブ国籍で、結婚していて、子どもまで居ると知ってどうしたものかと君がチャンドラさん? 私のパートナー?」
 チャンドラをチラリと見る。どう見ても自分が妻に選んだとは思えない小柄で若すぎるナチュラルの女である。
 年齢はわからないが相当若く見える。せいぜい二十代後半というところか。五十代のコノエが妻にするには若すぎる。十二年後の自分は犯罪に手を染めたのかと不安になった。
 容姿もいかにもナチュラルらしいナチュラルで平々凡々。美人とか綺麗と表現するよりもナチュラル特有のクセがある顔と言えば良いのか。精一杯好意的に見て「不細工ではない」というところだ。
 好意でした結婚というより、何らかの任務か、やむを得ない事情があって結んだ契約結婚だと言われた方がまだ納得できる。
 娘は十歳と言っていたからチャンドラの後ろにいる一番大きな子だろう。どことなく自分に似ているところもあると思うが彼女にも似ている。本当に血が繋がった娘ならハーフコーディネイターということになるが、コノエの認識ではコーディネイターとナチュラルの戦争が激化した現状ではプラントでは激しい人種差別を受ける極めて珍しい存在となる。
 とは言え、コノエがオーブの身分証を持っているということは結婚のために移住したと考えるのが自然。だがプラントの市民権を捨ててまで結婚する価値がこの女にあるのか?と考えると十二年前の自分の判断が推し量れない。
 もしかして、身体の相性が良いからいや、そんな理由でプラントの市民権を捨てるだろうか。やはりあり得ない。
 コノエが色々と考えを巡らせている間、室内は数秒間無音となった。特にチャンドラが目を見開いて固まっている。
 コノエが過去の自分に抱く不信感は即ち、チャンドラへの不信感である。この感情はしっかりとチャンドラに伝わったらしく、目に見えて狼狽しハインラインに確認しはじめた。
「ア、アルバート本当に?」
「そうらしい。まさかチャンドラのことを忘れるとは思わなかったがまぁ、先生なら死んでもこんな冗談は言わないと思うから、そういうことなんだろう」
「CE75? えっ。じゃあ、ファウンデーション戦のあと? 前?」
「コンパス設立直後の認識だそうだ。ミレニアムが完成して、まだアークエンジェルの面々と顔合わせをする前のタイミングだ」
「つ、つまりアークエンジェルが沈む前? アーモリーワンの前に戻ったってこと……?」
「そうだな」
「いつ、記憶、戻る?」
 震え声で呟くチャンドラにコノエが答える。
「医者が言うには大抵はすぐ戻ることが多いらしいが、はっきりとは言えないみたいだ。明日か、一週間後か、一ヶ月後か、一年かまぁそのうち戻るだろう」
「いちねん
 コノエの言葉を反復したチャンドラがよろめいた。ふらつく小さな身体をハインラインの手が支える。
「大丈夫か?」
「えっ、だって、あの頃は、アレクセイえっと、こ、コノエさんは、自分のことアークエンジェルのクルーってこと以外なにも知らなかったよな。アーモリーワンに行くまで全然話したことも無かった」
 ハインラインの心配に応える余裕もないチャンドラは声が震えている。
 そう言われてみれば同じくコンパスに供出されたオーブ艦のCICオペレーターの一人が確かチャンドラという名前だったな、と思い至る。まだ僚艦の資料をざっと読み込んでいる最中だったがうっすらと記憶にある。
「ああ、アークエンジェルそう言えば確かにラミアス艦長の副官の。そちらの君はもしかして操舵士の?」
「アーノルド・ノイマンです」
 小さな男の子を抱いた男はにこりと笑って名乗った。どこかで見たような、という既視感の正体がわかって少しスッキリする。
「なぜ君がここに?」
 コノエの問いかけにノイマンが答えるより先にハインラインが口を挟んだ。
「アーニーは、アーノルドは僕のパートナーですので」
「パートナー?」
「ええ、配偶者です。アーニー、ちゃんと名乗ってくれ」
「はいはい。ノイマンは旧姓で、今はアーノルド・ハインラインです。この子は娘のナタル、こっちは息子のソーマ」
 旧姓を名乗られて拗ねたような口ぶりのハインラインに、苦笑するノイマン。ついでに子ども達も紹介された。
 ハインラインとノイマンはとても親密に見えて、動揺した。
 プラントの重要機密であるハインラインがナチュラルの男をパートナーにしている未来に来てしまった。自分がナチュラル女性と結婚するよりあり得ない事態だ。
 これは思ったより情報量が多いなと考えていたらチャンドラが場違いな程明るい声で言った。
「記憶喪失ってほんとにあるんだ! 記憶無いなら驚いちゃいますよね〜、自分みたいなちんちくりんナチュラルがパートナーとか言われても訳わかんないと思うし〜ハハッあの、頭打って運ばれたって聞いて、だから心配で、でも身体が大丈夫ならそれで、うん、良かった。安心しました! 良かったなぁ。えーと、ちょっと、トイレ」
 無理矢理笑って見せたとしか思えない引き攣った笑顔と不自然なハイテンションで捲し立てると病室を出てしまうチャンドラ。一切目が合わなかった。明らかに目線を逸らされていた。
 チャンドラが出て行った後、彼女の後ろで手を繋いで黙って立っていた二人の女の子の小さい方、ナタルがコノエに向かって問いかけてくる。
「先生、どういうこと? ほんとにダリダのことわかんないの? ねぇアルとうさん、なにこれ。どういう事?」
 小さな方の女の子はハインラインの手を取り、引っ張って父と呼んだ。男同士のパートナーなのに子どもが居るということは、養子だろうか。
「先生は頭を打って記憶が無くなった。脳に強い衝撃を受けるとそういう事もあり得る」
「わたしのことも、ソーマのことも忘れちゃったの?」
「ああ」
「どうなるの? 思い出さないの?」
「いずれ思い出すだろうが、それがいつかはわからない」
「ずっとダリダのこと、思い出さないかもしれないの?」
「その可能性もある。まぁ、先生のことだから意地でもすぐ思い出すだろう」
「じゃあダリダはどうなるの?」
「どうなるとは? どうもならない。いつも通りだ」
「でも、ダリダ泣きそうだったよ」
「確かに、ショックは受けてたな」
 ハインラインが小さな娘の顔を見て丁寧に説明をしているのが意外だった。
 ノイマンの抱いている一番小さな男の子、ソーマも、急に不安げな表情になりノイマンに「アーニーとうさん、ダリダのとこいきたい」と言っている。
 チャンドラを気にする二人の幼子にまとわり付かれたノイマンはハインラインに告げる。
「アル、チャンドラのところに行ってくるからここは頼む」
「ああ、わかった」
「セレネは?」
「私はここにいる。ママのことよろしくね」
「了解。コノエさん、とりあえずゆっくり休んでください」
 ノイマンはコノエを慮って声をかけてくれた後、小さな子どもを二人とも連れてチャンドラを追いかけて行った。
 病室に残ったのはハインラインと、おそらくコノエの娘の二人だ。ノイマンからはセレネと呼ばれていた。
 人数が減った途端、これみよがしなため息をつくのは娘のセレネである。
「はぁ大変なことになったね」
「怪我は大したことない」
「パパの怪我の話じゃないんだよ」
 心配してくれる娘を安心させようと振る舞ったが、ぴしゃりと否定され笑顔が引き攣る。
「あのさぁ、悪いことは言わないから記憶戻るまでとにかくニコニコして、できるだけ黙っといたほうがいいよ。でないと記憶戻った時パパが落ち込むと思う」
「医師からの説明では脳に異常は無かったそうですし、すぐに思い出すと思いますがさっきのは不味かったですね。もっと早く知っていたらチャンドラとは会わせなかったのに
「ママと出会う前のパパってこんな感じだったんだね。普通にコーディネイターじゃん」
「私は普通のコーディネイターだが?」
「うんうん、コーデ特有のナチュ差別の視線、出ちゃうよね〜。当たり前のように下に見てるってママも気付いてたよ。ママがチビでナチュラルだから?」
「あなたがチャンドラに傾倒してからあのような態度は初めて見ました。新鮮です」
 明らかに怒っている娘と呆れ顔のハインライン。
「私が彼女に傾倒? 俄かに信じ難いな。馴れ初めは? もしかして恋愛結婚なのか?」
「恋愛結婚、ですね。先生がチャンドラに対してそんな風に言うことの方が信じられません」
「いつものパパはママのこと大好きすぎて心配になるくらいなんだよ?」
 真顔で言い返してくるハインラインと娘。コノエはナチュラル女性に惚れている自分が全く想像できなくて反応に困る。
「私は別にナチュラルを差別したつもりは無いよ。ただ彼女はすごく若く見えたから驚いたのは確かだ」
「チャンドラが若く見えたなら先生の努力の賜物ですね」
「先生というのは私のことか?」
「そうです。今のあなたは大学の講師だし、うちの子の先生でもありますから」
 先生と呼ばれている理由はわかったが、チャンドラの外見が若く見える理由についてはわからなかった。なぜ自分の努力なのだろう。
 もっと情報が欲しくて娘に声をかける。
「ええと、名前は?」
「セレネ」
「セレネはいくつかな?」
「十歳になったよ」
「ということは、彼女、お母さんは?」
「ママは四十歳」
自分が今五十三歳で彼女が四十歳ということは。
「十三、四歳差かまぁ許容範囲内か」
「どういうことです?」
「いや良かった、小柄なせいかとても若く見えたからこの歳で二十代の女性に手を出したのかと不安になって」
 ハインラインの疑問に答え、胸を撫で下ろしていると娘から鋭い指摘が入る。
「でも何でママと結婚したのかわかんないって顔してたけど?」
 腕組みした娘にじっとり睨まれた。十歳にしては大人びている。
「顔に出したつもりは無いが、出ていたなら謝ろう」
 どんな理由があったのか知らないが十二年前の自分が選んで結婚し、子どもまで作った相手であることは事実で、そこは尊重する必要がある。
 尤も、コノエの感覚では自分が結婚したというのが未だに信じられないのだが。
 婚姻統制までして人口を増やそうとしていたコーディネイターの未来に疑問を抱き子どもを作るという目的ありきで結婚することに激しい忌避感がある。
 第一世代ながら結婚せずにきたのもそのせいで、遺伝子の相性で引き合わされた「子どもを望む相手」のとの温度差も煩わしく、仕事を理由にして四十二歳まで独身を貫いてきた。
 コンパスに参加したのもそろそろナチュラルとの融和がコーディネイターの未来に必須になるだろうと長期的な計算の元、ディスティニー計画を否定したラクス・クラインの考え方に賛同したからだったが、それでもコーディネイターの中でも優秀な方で、エリートルートをきただけにナチュラルとの結婚は想定外だ。
 パートナーのチャンドラは、あまりまじまじと見る暇もなかったが、見た目だけの印象で言えばお世辞にも美しいと言えない地味なメガネ
 それでも記憶を失う前の自分が選んで子どもまで作っているし、対人関係に著しい難があるハインラインが有り得ないほど丁寧な対応をしている時点で単なるナチュラル女性という訳ではないのだろう。
 現に目の前の娘は怪我で記憶を失った父であるはずのコノエよりも五体満足のはずの母の精神的ショックの心配をしており、なんならコノエに対して怒っているように見える。
 色々と現状得られる情報を頭の中で捏ねていると、サイドボードに置いてあった端末からけたたましい通知音が鳴り響いた。
 驚いて端末を見るとクライン総裁のペットロボのアイコンのアプリが大きなポップアップウィンドウでエマージェンシーを知らせてくる。内容はマスターの保安上、ハロ001がスタンガンを使用。とのこと。
 全く意味がわからないコノエは端末を手に首を傾げた。
 ハインラインの端末にも同じ通知が同時に来たらしく端末を握りしめて舌打ちしている。
「チッ、アーニーとチャンドラに絡んできたやつがいたか。先生、すみませんが少し席をはずします。すぐ戻ります」
 ハインラインは忌々しげに言って病室を出ていった。
 コノエは相変わらず端末のパスワードがわからないのでポップアップ通知に表示される以上の情報は無い。
「このアプリは一体?」
「ハ口の管理アプリだよ。ハロはアルが作ったちょっと過保護すぎな護衛ロボなの。外出時は肌身離さず持ってろってパパが言ったんだからね」
 娘に問いかけると、少し呆れた物言いで返された。娘が「ハ口、ミラコロオフ」と言った瞬間、娘の肩の上でジジッと陽炎が揺らいだようなノイズが見えたあと、白い球体が現れ「ハロハロ!」と鳴く。まさにクライン総裁のペットロボの色違いの機体である。
 何も無いところから突然現れた事にも驚いた。どう見てもミラージュコロイドだが、これは軍の機密に深く関わるし、ザフトでもエース級パイロットのワンオフ機にのみ使えるようなステルスシステムで、ペットロボに搭載できるような安価な技術では無いはずである。十二年も経つとペットロボにもミラージュコロイドが標準装備されるようになるということなのか。
これが護衛ロボ? ペットロボではなく?」
「ペットとかかわいいモンじゃないよ。ママと私のことが心配だからってパパがアルに頼んで色々機能付け足していってすごい事になってるんだから。コーデも昏倒させられるスタンガンは攻撃機能の一番優しいやつだからね」
「一番弱くて昏倒?」
 殺傷能力が随分と高い。穏やかでは無い展開になってきた。
「あ、端末のパスわかんないのか。教えてあげよっか?」
「パスがわかるのか?」
「0111⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎だよ」
 全く心当たりがない番号を娘がスラスラと口に出す。言われた通りパスを入力するとロックが外れた。
 すると待受画面に設定されていたのはチャンドラが満面の笑みでビールのジョッキを持っている画像だった。
 意外なことに十二年後の自分は、妻の画像を端末の待ち受けに設定して生きている。
 端末の待受に設定された笑顔のチャンドラは先ほどとはだいぶ印象が違って見えた。たれ目が柔らかく細められて幸せそうだ。
 なぜかどきりと心臓が高鳴って落ち着かない。
「もしかして、パスは
「ママと私の誕生日だよ」
 やはり。ハインラインの言うように妻に傾倒している未来の自分の片鱗が垣間見えてくる。
 通知があったハロの管理アプリを確認するとかなり細かいマップが表示され病院内の談話室のようなところにハロのマークが三個ある。水色と紫と紺色のハロマークのうち、水色のハロの上に危険信号が出ている。
「ママのハロはこの水色の。紫と紺色はナタルとソーマのハロのマークだよ」
 端末を覗きこむ娘の説明を受け、アプリの操作方法を習う。マップ上のコノエの病室の中にもアイボリーのハロマークがありこれは娘のハロであると思われる。
 チャンドラのハロアイコンをタップすると【敵性存在A.Bスタンガンで鎮圧】と詳細が表示された。
「鎮圧したのか」
「アルも見に行ったしノイマンも居るから心配しないでいいと思うよ」
 娘の言葉に頷きながら、端末のロックが解除されたのをいい事に色々と確認していく。
 まずカレンダーアプリを見ると自分の予定より妻子の予定の方が多く、ハインラインの子ども達の予定まで入力してあった。
 身分証や仕事に関するデータ、金融機関の利用履歴、メッセージやアルバムも見ていく。
 コノエが使っているプラントの金融機関の口座は資産運用に使われていて、生活費の出納が確認されるメインバンクはオーブのものに変わっていた。
 アルバムには膨大な量のチャンドラの画像が保存されており、娘の幼い頃からの画像もあるが、チャンドラの画像の量が圧倒的に多かった。ちなみに待受画面は二十種のランダム表示で全てにチャンドラが写っている。
 直近の通話やメッセージ履歴もチャンドラが八割を占めていて、メッセージはほとんどが「迎えに行こうか?」だし、それら全てにしつこいくらいに「愛してる」と書かれていて少し引いた。なんと言うか、異常な執着を感じる。ここまでくると、任務や打算で結婚したと考えるのは不自然だ。
「なるほど興味深い十二年間を過ごしたみたいだな」
「早く記憶戻るといいね。長引いてママが泣いちゃったらパパがしんどいと思うよ〜パパはさ、ママがしょんぼりしてたら世界の終わりって感じだもん」
「アレクセイ、ドンマイ!」
 ベッドの上で飛び跳ねる娘のハロにさえ心配されて複雑な気持ちになった。
 他人の機嫌に振り回されるような自分が想像できないのだが端末に保存されているデータを見るに否定できる要素が無かった。

 娘から懇々と「頑張って早く思い出してね。ママは優しいから怒ったりしないと思う。でもナタルとソーマには取られちゃうかもだし本当に早く思い出した方がいいよ!」と言われながら端末のアルバムを眺めていたら、しばらくしてハインラインに連れられてチャンドラが病室に戻ってきた。
 ハインラインが言うには、チャンドラがトイレから出たタイミングで知らない男に声をかけられノイマンが待っていた談話室まで慌てて戻ろうとしたが、付きまとわれ手首を掴まれたのでハロが不適切な接触ありと判断し自動防衛機能が発動。男の動きを止めるためにスタンガン使用に至ったらしい。
 チャンドラに声をかけてきたのは病院のスタッフだったがハインラインが適切に始末したとのこと。
 ハインラインの言う「適切な始末」とは何だろうと疑問に思ったが、チャンドラがかなり悲壮な表情でコノエのベッドの横に立っており、素朴な疑問を口に出せる雰囲気ではなかった。
 端末のアルバムに大量に保存されている笑顔の画像データとは対極的な暗い表情。笑えばナチュラルでもそれなりに愛嬌があるのに、と残念に思う。
「医師が言うにはもう退院できるそうですが、今日はこのまま病院に泊まってもいいし、アルの別邸に戻ってもいいし、もちろんホテルも手配できます。アレクセイさんの、希望通りにします」
「そうか」
 緊張しているのか早口になるチャンドラの説明を受け、頷くコノエ。
「家はオーブのオノゴロにあって、今は、仕事兼ねた家族旅行でプラントに来ててあっ、自分みたいなのと家族って言われても記憶が無ければ、受け入れるの、難しいですよね」
 少しずつ震え声になってくるチャンドラ。一切目線を合わせてくれないのはなぜなのか。夫婦なのだからもう少し距離が近くても良さそうなものなのに。
「ダリダ?」
 なんとなく知ったばかりのファーストネームを呼ぶとパッと顔を上げてコノエを見てくれた。思い出したのかと期待させてしまったようで罪悪感を抱く。
「申し訳ないがまだ何も思い出しては無いんだ。だが端末の中には君と過ごした思い出が記録されていて私は幸せそうだった。そのうち思い出すと思うから君と一緒に居させてもらえるかな」
 少しでも安心してもらうべく笑顔で伝えると、チャンドラはコノエの記憶が戻ってないとわかって途端に泣きそうな顔になりながらまた無理矢理笑って「はい、よろしくお願いします」と答えた。