もち粉
2025-12-06 23:03:57
9742文字
Public
 

残響


カブミス
カブ43歳 復縁話
※カブの息子を捏造しています

十二歳の誕生日だった。

道場のみんなに祝ってもらって、いつも窓辺で見学してる女の子たちからも、たくさんのプレゼントをもらった。うきうきして、跳ねるみたいに道を歩くと、商店街の店主たちが口々に「おめでとう」って声をかけてくれる。世界中から祝福されてるみたいだった。

並木道はもうすっかり紅葉が進んで、葉っぱは金と朱に染まっている。踏みしめるたび、カサ、くしゃ、パリッて音がして、それが楽しくて、わざと踏んで歩いた。なんでもないその音すら今日は特別に思えた。

だって今日は、父さんが帰ってくる!

いつもは夜遅くまで仕事で帰ってこない父さんだけど、今朝は机の上に手紙があった。ちょっと丁寧すぎるくらいの字で——「今日は家で一緒に晩餐をとろう」って。

父さんの名前は、カブルー。この国の宰相で、家名はない。忘れてしまったんだって。

結婚した時にも、宰相になった時にも、周りの人たちは「家名を名乗って新しい家を興してはどうか」って言ったらしい。でも、父さんはずっとただのカブルーのままだ。

だからぼくにも家名はない。必要なときは母方の姓を使ってもいいらしいけど、母が出ていってからは使わなくなった。

「カブルーの息子、ミスルンです」——そう名乗るのが、けっこう気に入ってるんだ。かっこよくない?


 ✢✢✢✢

ぼくは駆け足で並木道を抜けて、邸の門まできた。
……そこで、足が止まった。

見知らぬ人がいた。

邸の少し手前、街路樹の影に立ったその人は、じっと邸の玄関の方を見つめていた。
革のかばんを背負って、薄い灰色の外套に、ひとつに結い上げた銀色の髪。夕暮れの光を浴びて、あかがね色にきらめいていた。

髪の下から覗いた耳の形が、どこかおかしい。先のほうが、何かにちぎられたみたいにいびつに欠けている。
それでも、小柄な体つきとあわせて、すぐにわかった。エルフだ。

風が街路樹をざわざわと鳴らす。
その人を見ていると、怖いような悲しいような――ずっと昔から知ってる人に会ったような、不思議な気持ちになった。

ただの旅人には見えなかった。
何かを待っているような、探しているような、そんな目をしていた。

このまま見てたら、その人が踵を返して立ち去ってしまいそうな気がして、ぼくは気づいたら声を掛けていた。

「こんばんは。うちに、何かご用ですか?」

一瞬びくりと肩を揺らしたその人は、ゆっくり振り返ってぼくの顔を見ると、はっとしたように目を見開いた。

「カブルー……?」

男の人の声だった。静かで、胸の奥に届くような声。

「ちがいます。ぼくはミスルン。カブルーの息子ミスルンです。父にご用ですか?」

その言葉に、もう一度目を見開かれた。右目だけがほとんど動いていない。

「ミスルン……?」
「みんなは、ミシィって呼びますけど」

その人は、なんとも言えない顔をして、それからふっと笑った。
ぼくを見つめる目が、まるで、懐かしいものでも見るみたいで。

そのまなざしに、ふと、おばあちゃんを思い出した。
「子供はみんな、それだけで宝物よ」って、見知らぬ子にも、やさしい目を向けていた。――ぼくのことも、すっごくいいものだけでできてるみたいに見てた。ちょうど、この人みたいに。


 ✢✢✢✢

「ミシィ、帰ったのかい?」

玄関が開いて、父さんの声がした。顔を上げると、父さんが出てきていた。宮廷の執務服のままで、仕事から帰ったばかりなのがわかる。だけど、いつもの疲れた顔じゃなかった。ぼくを見る時の、優しい顔をしてくれている。

「今夜はごちそうだよ」

でも、父さんの顔は途中で凍ったようになった。ぼくの隣にいる人を見て、信じられないって顔をした。すぐには声が出ないみたいだった。喉の奥で、かすかに名前を呼ぶのが聞こえた。

……ミスルン……

――ああ、なるほど。
ぼくの名前、この人から貰ったんだね。