スモロ|ひととせは潮騒とともにいづれにか巡る

旧名義で参加させていただいた、コピ本企画への寄稿作四篇を再掲します


✴︎Winter|数えてメリー

 住むに困らない最低限の家具のみを誂えた部屋。飾り気も遊び心もない殺風景さ。それがスモーカーの自宅である。基本的に基地内の宿舎で衣食住が済んでしまうため、たまにしか帰らないからこその伽藍堂だ。
 ──ところがどうだ、目の前の有様は。
 キラキラと輝くオーナメントをまとった大きなもみの木、テーブルの上に直立する滑稽な顔つきの人形たち、窓際には透かし彫りが施された木製の蝋燭立て、と身に覚えのない装飾でリビングは溢れかえっている。
 まるで別の人間の家を間違えて開けてしまったかのような心地にさせられた。だがそれ以外はスモーカーが揃えた家具なので、間違いなく自宅だと断言できる。
 では何故? ……いや、こんなことをしでかす人間に、一人だけ心当たりがあった。というかそれしかない。公然の不法侵入が成り立つのは、いつだって傍迷惑で生意気な海賊だけだ。
 他にも何かあるのではないかと思い、家中を回ってみると案の定、寝室に一枚の書き置きと大きさが異なる引き出しがついた木棚が置かれていた。カラフルに塗られた引き出しには、一から七の数字が刻まれている。小さな取手に触れながら中身を見るか迷って、まずは書き置きに目を通すことにした。
 送り主は予想通り、トラファルガー・ローである。
『少しは華があってもいいだろ。これでアドヴェントを楽しむといい。引き出しは一日に一つ空けること』
 祭りや季節感を楽しむタイプだと知ったときは意外に思ったが、今や慣れたものである。むしろその手のことに無頓着な嫌いがあるスモーカーの方が、彼の突然の思いつきに巻き込まれ、世間の様相を思い出させてもらっていると言っても過言ではない。前回会ったのは、きのこが旬の頃。あのときに比べるとずいぶん冷え込みが増した。暮れの訪れを改めて実感する。
 クリスマスまでの期間のことを指す『アドヴェント』は、ある特定の地域の風習のはずだ。七つの引き出しを開け終えた時、つまり七日後にはクリスマスを迎える、ということだろう。脳裏に浮かべた暦と重ねると間違いなかった。もうすぐ聖夜がやって来るのだ。
 ふと、彼の周到さを末恐ろしく思う。どうして自分が今日この日に帰宅することを知っていたのだろうかと一瞬疑問に思ったが、とっくの昔に部下たちとの癒着を仄めかしていた、と思い返した。たかだかきのこにつられて上司を追い出すような奴らだ、酒の一つでも渡せば簡単に口を割るだろう。バカな子は可愛いなどというが、ここまでくると頭が痛い。
 頭痛の原因はさておき、もう一つの問題に目をやった。ローからの贈り物である。あの捻くれ者が、何を寄越したのか。引き出しの大きさがまちまちなのが、気になるところだ。
 暫く悩んだが、開けなかったと知られたときの報復の方が厄介だと結論づけ、一と書かれたピンクの引き出しを開けた。
 コツンと小さな音を立てて顔を覗かせたのは、棒付きのキャンディが二本と「健康第一」と書かれたメッセージカード。思わず拍子抜けすると共に、零れ落ちたのは大きな溜め息。
 スモーカーはそれから毎日、律儀に、自宅へと帰った。部下たちに揶揄われたが拳骨をプレゼントして、黙らせた。そうして毎晩、小さな引き出しを開ける。二の引き出しには銀紙に包まれたコイン型のチョコレート、三の引き出しは盛り塩のような謎の物体。四の引き出しは細長く、入っていた蝋燭は窓際の蝋燭立てに飾った。
 五つ目、六つ目と開けるたびに、彼の所在を知りたくなる。きっと近くにいることは想像がついた。愉快犯は往々にして現場を見たがる。けれどスモーカーはただ場所を知りたいのではない、面白そうに笑っているその顔を真正面から見てやりたいのだ。
 最後の引き出しを開ける日──クリスマス当日はあっという間にやって来た。街はいつもより活気付いている。毎年のことだがどこか違って感じられるのは、今年のスモーカーは彼らと同じ気分を味わされているから、だろう。犯人は未だ姿を現さない。
 この日も鍛錬、書類の始末、警邏、書類の整理と最近のルーティンを繰り返して、一日を終える。とは言えイベントごとのある日の警邏は、いつもより時間がかかった。ご機嫌な住人たちに声をかけられ、声をかけ、とやって歩けば当然である。遅くなった帰路を行く足元が疾っていたことには、気付かないフリをした。
 家に着くと、真っ先に寝室へと向かう。いつもなら眠る間際に開ける引き出しだったが、今日は最後の日だから、きっとイタズラを成功させたサンタが来ると想定していた。だから早く、開ける必要があるのだ。
 七と書かれた黄色い引き出しを静かに引く。ガタっという鈍い音、クシャと皺打つ音。グローブをしたままではどうにも取り出しづらく、指先を噛んで外した。そうして掴むと、冷たい感触が指先を伝う。その鍵は、よくよく知ったホテルのルームキーだ。同封のカードの言葉は、愉悦を孕んだローの声で再生される。
『早く来ないと、寝ちまうからな』
 全く、なんと職務怠慢なサンタクロースだろうか! プレゼントを取りにやって来いというのだ!
 邪魔になると執務室に吸い捨てて来た葉巻の続きが、今こそ欲しい。新しいものを準備する時間は勿体なかった。
 スモーカーは自分の勘の良さを認めると同時に、ひどく恨んだ。折角の夜だというのに、豪勢な晩餐は諦めた方がいいからだ。正義を掲げたコートをベッドの上に放り投げ、ラックに掛かったジャケットを着た。そのポケットに自宅の鍵と宵越しの銭、そして最後の贈り物だけを突っ込んで、家を出る。
 ライトアップされた街並みも、子どもの歌声も、屋台から立ち昇る芳しい香りも、全部全部振り切ってホテルへと辿り着いた。受付の前を素通りし、鍵にぶら下がったキーホルダーの番号を探す。ブーツの底の音がいつになく響き、耳についた。
 しかしその音も、ぴたりと止む。扉に掲げられた部屋の番号を確かめて、持っていた鍵を差し込んだ。息を吐きながら、回した。
……よぉ、本当に寝ちまうところだったぜ」
 退屈そうな声音とは裏腹な満面の笑みが、薄明かりに照らされている。その手のマグからは湯気と、スパイスの香りが立ち上っていた。近づいて取り上げ、飲み干す。甘みが鼻を抜けると同時にアルコールが腹の底をじわじわと温めた。屋台で売っていたものかもしれない。
「甘すぎるな」
「勝手に飲んでおいて文句をつけるな。つーか、開口一番がそれかよ」
「お互い様だろうが」
「おれはいいんだよ」
 子どもじみた言い分に呆れたが、言葉にはさせてもらえなかった。己と同じ味の唇に塞がれ、あっという間に天井を眺める羽目になっている。
 そこでスモーカーは、自分の方こそがサンタ役であり、彼にとってのプレゼントだったことに、やっと気付かされた。

 翌朝、同じベッドの隣で寝転ぶ男に、三日目の謎のプレゼントについて問う。あの、塩を盛ったようなやつは? スモーカーの例えが可笑しかったらしく、ローはケラケラと笑った。
「あれは、香だよ。人形の腹に穴が空いていただろう。そこに置いて火を着けると、口から煙を吐くんだ。あんたにぴったりだろ? 帰ったらやってみろよ」
 想像通り、目尻にシワをクシャリと寄せる破顔は、八つ目の引き出しには到底収まらなかっただろう。