スモロ|ひととせは潮騒とともにいづれにか巡る

旧名義で参加させていただいた、コピ本企画への寄稿作四篇を再掲します



✴︎ Autumn|君と食べたい、に気づかない

「おい、ロー。そろそろ吐いたらどうだ。何を企んでやがる?」
 刺々しい口調で投げかけられた問いかけに、くるりと振り返る。急な斜面を登りゆく最中のことで、それは自然と相手を見下ろす構図を生む。見上げてくる男は、渋面していた。もちろん、山登りの疲労のせいではない。
「海兵様は随分と乱暴な物言いをするな」
「荒れたくもなる。突然軍に乗りこんできて、管轄地に入れろと宣い、監視役におれまで引っ張り出しやがったのは、どこの海賊だ」
「ちゃんと許可を取りに行ってやっただけ、他の海賊よりも聞き分けがいいだろうが。そっちの道理は守ってやったんだぞ」
 海軍嫌いを公言していた人間が、海軍のルールを守ってやっているだけ重畳であろうに。
 だいぶ譲歩してやっていると自負しているローは、目の前の男が訴える不満が理解できず、わざとらしく肩をすくめてやる。眇めて睨む視線からは、大層ご立腹であることだけが伝わって来た。
「理由もなしに強要したのを保留して、ここまでは付き合ってやったんだ。こっちの方が十二分折れてやってる」
「そりゃあ信用されてるようで光栄だな」
 からかいのつもりだったが、男は葉巻を噛んで無言を決め込んだ。どうやらローは彼の無自覚を的確に言語化してしまったらしい。変なところで軽率なのが一周回って可愛らしく思えて、唇のすき間から震えた空気が漏れ出ることは堪えられなかった。
「ふ、ふ……ッ」
……で、理由を言う気にはなったか」
 咎めないのは、自分で掘った墓穴だと重々承知しているからだ。
 スモーカーは憮然とした顔で、問うてくる。面白いものを提供してもらった礼として、言ってやってもよくなった。
 実はな、と口を開く。
「この間、麦わら屋のところに行ったんだが」
「あ?」
「おまえ、『麦わら屋』って言葉にだけ直ぐに反応するの止めろ。話が進まねェだろ。飯見てよだれ垂らす犬か?」
 条件反射で出ただろう低い唸り声に対し、ローも反射的に三倍を返す。毎度のことだと知っていながらも、不快なのは変わらない。男は二度目の沈黙。
 フンと鼻を鳴らし、再び歩き出す。背後の気配はちゃんと己を追ってきていた。最後まで付き合う気は、まだ捨てていないようである。それこそやはり、犬のようだ。
……あっちの船医と意見交換をしたんだ。薬の元になる植物類について話したんだが、特にきのこを薬用する話で盛り上がってな」
 きのこというものは既知の種類以上に未知の種類が多い。故に薬用として使用するには知識の収集に限度があるため、ローはそこまで優先的に薬用を進めてこなかった。
 だが、薬のプロフェッショナルであるチョッパーの話は大変面白いものが多かった。そのままでは神経を脅かす毒でしかないものも、加工の仕方によっては麻酔や鎮痛剤の代替え品となる。他の植物から生成した薬と合わせることで、その効果が増大する。
 船旅において、病気や怪我は致命的だ。また船に常備できる器具や薬も限界がある。そしてたどり着いた島で必要な物資が揃うとは限らない。無人島だったらもはや目も当てられないだろう。治療の可能性が広がることほど、喜ばしいことはない。
……全く話が見えてこねェんだが」
「なんでそう、せっかちなんだよ。前振りってのが会話の醍醐味だろ」
「そりゃずっとおまえのテンポなんだから、おまえは面白いだろうがよ」
 一睨みに、一息、そんな閑話休題。
 はてさて。そんな情報交換の流れで話題に上がったのが『マツリノシラタケ』というきのこである。
「このきのこは自生する樹木自体が中々お目にかかることができないんだが、その木が特殊な光合成をするために、そこから得る養分のおかげで、栄養素がふんだんに含まれているんだそうだ。古い記録だと万病に効くとまで言われている、超希少種。何よりも、この世にある既知のきのこの中で最も旨い、らしい」
…………
「で、そのきのこが生えるって木がどんなところにあるのか、気になって調べてみたら」
「おい、ロー。もういい。オチが分かった」
 隣から静止の声がして、ローはそちらを向いた。いつの間にか横に追いついた男は、心底ゲンナリしたような顔でこちらを見つめている。
 二人の間を落葉が割って入った。サク、ザク……。秋の色鮮やかな落ち葉のじゅうたんは、踏みしめると心地よい音を響かせた。その下には、黒い土の色が顔を覗かせている。
 しゃがみ込んで、落ち葉を寄せると、小さな小さなかさがいくつも生えていた。ほんのり黄色みがかった茶色に黒い斑点模様が目立つきのこ。教えてもらった記憶と重ね合わせると、多分、食用できるもののはずである。根元から手折るようにして採集すると、その表面はほんのりとぬめりけを持っていた。
「流石は秋島の秋、旬真っ盛りだ」
「本気で、本気でキノコ狩りのためにこんな辺境に来たってのか」
「そうだ。おまえのところの奴らも喜んでたぞ。おっかない上司の目がねぇし、旨いもんが食えるってな。女海兵は、休みを取ってくれて清々するとも」
 暗にスモーカー以外には周知の事実であること、休暇扱いにしていることを告げると、三度目のだんまりを決め込んだ。グルグル脳みそを回転させ、如何に自分を納得させようか考えているのだろう。
 ローは勝手に処理落ちしている男のことを無視して、プチプチときのこを採る。かさが黒いもの、茶色いもの、など毒性の有無を記憶と重ね合わせながら確かめ、持ってきたずた袋に放り込んだ。まだ一分目にも満たない量、大所帯に振舞ってやるには足りないだろう。
 ゆっくりと立ち上がり、そろそろ現実に帰ってきているだろう彼を見た。今度は、黙らない。
「帰るぞ」
 こいつ納得しやがらなかったな、と冷静に察した。強行突破の道を選んだらしい。
 踵を返すスモーカーの背に向かって、待てより先に投げつけたのは、ロー取って置きの口説き文句だった。
「さっきの、マツリノシラタケってきのこのこと、おまえにしか言ってない。希少種だから確実に採れるわけじゃないし、採れたとしても、大勢に分けてやれるほどにはならないだろうからな」
 男の歩みは、それで止まった。嘘ではない。実際、スモーカーの部下にこの話をしたとき、きのこがいっぱい採れるとだけ伝えた。
 なぁ、とローは笑ってやる。
「とびきり旨いきのこ、ふたり占めしてやろうぜ」
 振り返ったスモーカーの表情は、渋面だった。だが、先ほどまでのものとは違う。言葉にはしがたいが、なんとなく分かる。
 互いに睨み合った。だがローは、彼のイエスを聞くまで折れる気はさらさらない。
 スモーカーの哀れなところは、そんな傲慢さに負けてしまうところである。
……どこまで、行くんだ」
 完全なる言質であった。
 ついに獲物を堕とした達成感から、ローの笑いは大きな音になって森の中を駆け上る。
 その様に対してわざとらしく吐き出されたスモーカーのため息に、男の足取りは軽くなるだけだ。