kumazaregoto
2025-11-21 18:49:10
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智慧灯明因習村だよ 2日目

橿本お借りしています



社と村長が呼称した建物は、村の中でも奥に位置する村長の家の、更に奥にあった。所謂神社と呼ばれる場所ではあることに変わりはないはずだが、参道にあたる部分は村長の家から階段があるだけの小さなものであった。その装いは厳かよりも古びたという印象の方が強く、鳥居の中に入っても尚その印象は変わらぬままであった。
拝殿らしき建物には手水舎も無ければ狛犬像も無い。稲荷の膝下であれば狐の像があるかと思えば、それらしき守り神も無し。ただでさえ山深い村の中で、開けた場所もなく一層閉塞感を感じる社殿であった。
その中で唯一、開放的と言えたのは拝殿の外れにあった神楽殿だろうか。柱が四つ、その上に屋根があるだけで壁も扉も無い場に橿本が目を遣れば、村長がにこりと微笑んだ。
「祭の時にあそこで巫女が舞うのです。小夜も毎日あそこで練習しておりましてなぁ、いやあ妻がいた頃が懐かしいものです。よく二人で練習していたのですよ」
神楽殿を過ぎ、拝殿へと足を踏み入れる。村長が言うには拝殿と倉庫が一緒になってしまっているのだと言う。橿本の泊まる場も拝殿の一角にあたり、不便なところですみません、と大袈裟なほどに頭を下げる村長を前に橿本はただ後を付いていた。
古びた廊下を歩きくしゅん、と橿本が一つくしゃみをする。おや、と先導する村長が振り返り、これまた申し訳なさそうに会釈した。
「急ぎ掃除をしたもので埃がまだ舞っているのでしょうか。これはすみませぬ、それともお寒いでしょうか」
「自分は寒さには強い、むしろここは快適なぐらいだ。大方誰か自分を噂しているのだろう」
「ははあ、そういうものなんですか」
「そういうものだ」
はあ、と渋々と言った様子で首肯する村長を気にせず、橿本は歩きながら社の中を見渡す。
進む度にぎい、ぎい、と木の軋む音が静かな廊下で響く。補修は行き届いていないのか、虫食い穴のような小さな穴が点在し、名のある神社に比べれば色鮮やかな装飾も無ければ、目を引く様な彫り物も無い。
しかし天井や床に使った古びた木はここ数十年で出来た様な代物ではなく、その割には手入れはまだ行き届いているのやもしれない。ぐるりと見渡し関心したかの様に橿本が頷くと、再び口を開いた。
「この社は随分と古いな。いつからあるのか?」
「さあ、私どもにもわかりませぬ。私が子供の時から、私の祖父もここの神主をしていましてね、その祖父もそのまた祖父から引き継いだと聞いています」
ほう、と橿本が頷く。
「私はもう何代目の神主になるのかもはや分かりませんが。生まれてきた子供が息子なら神主、娘なら巫女を務めるように散々言われたものです」
「村長も神主も兼ねるとは実に多忙だな!」
わはは、と大笑する橿本に、ええ、ええと村長は静かににこやかに頷く。
「老体ですからね、私もそろそろ引き継ぎたいと思いましてな。ああ、丁度良いところに」
暗い拝殿の端まで辿り着くと、一つの扉の前にがっしりとした体つきの青年がいた。
腰の曲がった村長どころか、橿本と比較しても頭ひとつ分は優に高い。継ぎ接ぎの着物から伸びた腕はがっしりと逞しく、農民というよりも職人の方が似合いそうな風態の男は、世辞にも色男とは言い難い相貌であった。橿本をぎろりと、上から睨みつける様な目つきも彼をそう見せるのであろう。見た目だけの話をすればあの傭兵よりも余程威圧感があるが、臆す様子も無く、村長はにこにこと話しかける。
「玄太、ご苦労だったのう」
「村長こそ、お疲れ様です」
村長には不器用ながらも恭しく頭を下げるも、ぎろりと橿本を睨むつける様からは歓迎の様子は一切無い。
(ふむ、紅鏡殿ほどではないが上背はそれに比肩するか)
一方で橿本はと言えば玄太と呼ばれた男の視線など気にも留めず、じっと男を観察する。その視線が気に食わなかったのか、男の睨め付ける視線が益々険しさを増した。
「こちらは玄太と言いましてな。この通り村で一番の力持ちで、しっかり者の青年です。将来は彼に継ごうと思っているのですが、玄太。こちらは小夜の病を治してくださったお医者様だ。名は……ええと、そうだ。お名前を聞いていませんでしたな」
「名乗るほどの者では無い、ただの医者だ」
よろしく頼むぞ、と橿本がいつもの笑みを浮かべて玄太と呼ばれた男に手を差し出すも、男は返す素振りも見せずに険しい目つきを抑えることすらしなかった。
「小夜を、治した?お前が?」
「ああ。ただの風邪だ、じきに立ち上がれるようになるだろう」
橿本がそう言い切ると、はっと吐き捨てるように玄太は息を吐く。
「医者だか何だか知らんが、小夜に近づくな」
玄太がぶっきらぼうに言い捨てると、橿本たちが来た道へと進んでいく。継ぎ接ぎの着物越しからも見える恵体は、並の兵士よりも余程優れている。村長と橿本二人が歩いた時よりもぎい、ぎいと木の板が悲鳴を上げていた。
廊下の先まで見えなくなると村長がすみませんなぁ、とまた村長から何度目だろうか。眉を下げて橿本へ何度もぺこぺこ、と頭を下げる。
「気難しい奴でしてなぁ。気遣いも出来、頼りになるのですがいかんせん愛想の無い男でして。どうか大目に見てくれませんか」
「気にするな、突然旅の者が来たのだ。あのぐらい警戒されることなど慣れている」
何せ同行者があれだからな、と橿本が付け加えると村長の肩がびくりと揺れる。人好きの良い笑顔は依然として残っているが口角が引き攣ったのを橿本は見逃してはいなかった。
「ははあ、然様でございますか。ああ、そうそう。この部屋にお泊まり頂くのですが、何か困りごとがあれば玄太へ。あんな態度ですみませんが、私の言うことはよく聞きますので。後で聞かせておきましょう」
「それは助かる」
村長が扉を開け、橿本を中へ通す。ここも倉庫の一つだったのか。山積みに置かれた書物は綺麗にまとまっているが、急いで片付けたことの証左だろう。それでもあの東雲の家よりも余程広い。壁を背に目を瞑っていた彩貴も、ここでなら横たわる事も出来そうだ。
「玄太は私の家の隣に住んでおります。本当は飯の用意などもありますし女たちを付けようと思ったのですが、祭の準備にかかりきりなものですので」
「彼は祭の準備はしないのか?」
「ええ。私が祭の準備と、小夜を診ているものですから私の代わりに社のことを任せているのです」
「あいわかった。そういうことであれば何かあれば彼を呼ぶとしよう。ここの書物は読んでも構わぬか?」
「ええ、つまらぬものやもしれませんがどうぞどうぞ」
では、と相変わらずニコニコとした笑みを浮かべたまま村長が扉を閉じる。部屋に一人残された橿本がぐるりと見回す。確かに埃っぽい部屋ではあるが、雑然と物を退けただけの印象は感じられない。書物に触れてみれば指に埃が付くことも無い。綺麗に拭き取られたのだろう。布団代わりに置かれた布も使い古された着物を縫い合わせた物ではあるが、洗われたのか、天日干しの香りが仄かに残っている。
恐らくこれらを準備していたのが、あの玄太という男なのだろう。
(あの玄太とやらはどうやら細かな気遣いが出来るようだ)
さて、ともう一度部屋を見回す。外に通ずる場所は扉の他には格子窓が一つあるのみ。子供一人ほどの幅の窓から差し込む光はさほど眩しくはないが、東雲の家よりも余程明るい。
「ああ、そういえば」
東雲という青年の姿を思い出すとぽん、と橿本は己の拳をもう片方の掌に乗せる。
「あの森の奥、霊はいないと言ったが"何か"がいると伝え損なったな」
何かとは何だ、と仏頂面の傭兵の姿が目に浮かぶ。それともこういう時は先に言え、と呆れて嘆息するだろうか。
旅の同行者を少しだけ思い浮かべ、一番上に積み重なった書物に手を伸ばす。書に記されているのは神社の儀礼や歴代の神主についてらしい。
「いずれにせよ、灯明のならどうにでも出来るだろう」
橿本は愉しげに独り言ちる。
「ほう、この本は巫女舞のことも書いているのか。この村の神主は歴代真面目な様だな!」
ぱらぱら、と紙を捲る音に混ざり、ぎい、ぎい、と小さく木の擦れる音が遠のいていた。