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kumazaregoto
2025-11-21 18:49:10
16032文字
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智慧灯明因習村だよ 2日目
橿本お借りしています
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◆
「起き上がれるか?」
「はい
……
」
村長に連れられた橿本が見たのは、橿本の想像以上に回復した娘の姿であった。目を開いた姿を見たのは初めてだったが、汗に濡れた黒い髪と同じ黒色はまだぼう、としている。
それでも橿本の呼びかけには応える姿は、意識はかなりはっきりしている様に見えた。
橿本の見立てでは、あと一日は寝たきりになるのではないかと判断していたが、想像よりもこの娘には体力があるらしい。昨日見た東雲の山道での体力を見れば、それもそうかと薄らと思考し、それからすぐに意識の外へと消えていった。
「ふむ、症状はだいぶ回復しているな。祭はいつであったか?」
「三日後にございます」
答えたのは側にいた村長であった。
「三日か、それまでには問題ないであろう」
「
……
よかった
……
」
橿本の言葉に娘
—
小夜がほ、と胸を撫で下ろした。昨日まで咳き込んでいた少女の、今は顔色こそ青白いものの、息吐く姿は正常まで回復している。
橿本からすれば症状を診て適した薬を与えただけに過ぎないが、それがどうやら村長には神業に見えたのだろう。ありがとうございます、と繰り返し深々と隣で頭を下げていた。
「そう畏るな、自分は彼女の手助けをしたまで。さ、祭の為にもう少し休むと良い」
後半の言葉は小夜に向けられたものだったが、小夜は小さく首肯くと橿本から父親に視線を向ける。
「父さん。私、ちゃんと、祭で役目を果たすわ
……
」
「おお、おお
……
小夜よ、頼んだぞ」
年老いた父親は、娘の手を握る。皺だらけの両手であったが、小夜にはそれが頼もしかった様だ。握られて少しの間も置かずに、すうすう、と落ち着いた寝息を立てて眠りにつく。
「ふむ、あと一日こうして休ませると良い。この調子なら明日には回復するだろう」
「お医者様、本当に、ありがとぉございます」
深々と頭を下げ、村長は愛想の良い笑顔を橿本に向けた。
「本当にどうお礼を言ったら良いものか
……
娘を助けてくれただけでなく、あなたはこの白月村の恩人でございます」
「わはははは!それは大袈裟というものだぞ。しかしそこまで言うということは、余程君たちにとって祭が大事と見える」
「ええ、はい」
小さく首肯してから村長が座位を整え、姿勢を正す。
「それでですな、お医者様にお越しいただいたのは何も礼だけではございませんでして」
「と言うと」
橿本が尋ねる。
「昨晩は大変失礼しました。あの様な者と一晩も寝食を共にさせてしまった、娘の恩人であるあなたにお詫びしたかったのです」
「ほう?」
橿本は首を傾げるも、その面持ちは変わらず口元に笑みを浮かべたままであった。もう一度深々と頭を下げた村長の表情は見えない。どういう真意かまでは図り取れなかったが、仰々しい声音は昨日と変わりなかった。
「礼と詫びと言うのもなんですが、お医者様にはその祭をご覧になって頂きたいのです」
橿本が大笑する。
「わはははは!何を言い出すかと思っていたらそれは願ってもない。ぜひ自分は見届けたいぞ」
「おお、本当ですか。それはありがたい。大きな祭ではございませんが、ぜひ村一同おもてなしさせていただきたく」
元々細い老人の目がさらに細まって、目と口とで弧を描いた。橿本の返答に気を良くしたのだろう、では、と話を続けようとすると橿本が先に言葉を口にした。
「だが、いやはやしかし。何日も泊まるとなると、さすがに彼に断りは入れねばな。東雲もそのつもりではおるまい」
東雲、という名前を口にした途端、ほんの少しだけ村長の小さな方がぴくりと揺れた。
「その必要はございません」
橿本の言葉尻に食い入る様に村長が遮る。
「お医者様にはこちらに泊まって頂きたいのです」
穏やかな口調はそのまま、しかしそれまでの話しぶりの中ではっきりとした声音が、垂れた頭の下から橿本の耳に届いた。
「宿は無いと聞いていたが、まさか一晩で建てたとでも?」
「いえ、そうではございません。お医者様が帰られた後、社の一角を掃除をしたのです。そちらでよければお泊りいただきたいのです」
「ほう」
顔を上げにこりと微笑む村長に、橿本も笑い返す。暫く沈黙が続き、囲炉裏がぱちぱち、と小さく火花を散らしている。日が上ってからもうそれなりの時間は経つはずの空気は、囲炉裏の火では温めきれない様だ。
朝特有の寒さに震える様子もなく、橿本が村長へでは、と問いかける。
「あの者もこちらへ迎えてくれないか?自分の護衛であるあの傭兵だ」
橿本はあの者だと、頭巾を一瞬で一つ結びにして彩貴の髪型を真似して見せる。
その瞬間。村長のニコニコと微笑む相貌が、僅かにだが引き攣ったのを橿本は見逃してはいなかった。
「それは
……
出来ません」
これは意外、とばかりに橿本が態とらしく口を開く。しかし同行者を悪く言われたところで傷付いた素振りなど無く、むしろ興味深いとばかりに腰を少し動かし、やや前のめりで聴く体勢を作る。
「それは何故だ?」
「あの方は
……
どこか、怖いのです。何か良からぬものを感じるのです」
「良からぬもの?」
「言葉ではうまく説明できないのですが
……
何と言いますか、ただそこにいるだけで圧があると言いますか
……
とにかく怖いのです」
村長の細い目が怯えた様子で見開いている。橿本が見ていた限りでは、あの傭兵がこの老人に何かした素振りは無かったが、強い拒絶の色をなんとなしにそのまま眺めていた。
「それに、ここで護衛が必要になる様ななことなど、起こりはしません。お侍さまから気付かれもしない小さな村ですから」
はっきりと、半ば吐き捨てる様な口ぶりに、変わらず橿本は黙って聞く。声を抑えて話すくらいだ、眠りに入った娘に気を遣う余裕はあるらしい。
「あいわかった。そこまで言い切るのであれば、ここには侍は来ないのであろう。しばし彼の者に暇を与えるとして、自分はその社の部屋を借りるとしよう」
「ありがとぉございます」
「代わりにと言っては何だが、社には書物などあるか?寝際の共に読み物があると助かる」
「ああ、それならございますよ。古いものでよければ」
構わん、と村長とは別にあらぬ方向を橿本は見つめる。指で文字を描くように宙を切り、それから村長に再び目を向けた。村長が伺う様に橿本をじい、と見つめる。
「お医者様、どうかなさいましたか?」
「いいや。さて、社へ案内してもらえるか?」
「ええ、ええ。もちろんですとも。ここからそう離れておりませぬ。何か困り事があれば私や村人を呼んでください、村の者たちにも言っておきますので」
「それは助かる。ではよろしく頼むぞ」
よっこいしょと橿本が立ち上がると、あの、としわがれた声が所在なさげに尋ねる。
案内すると言っておきながらまだ村長は座ったままであった。
「あの、この様なことを聞くのも何ですが、あの方は本当にただの傭兵なのですか?」
橿本はなんだ、と嗤う。
「ああ。自分にとってはただの傭兵で、護衛だ。ただそれだけだ」
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