kumazaregoto
2025-11-21 18:49:10
16032文字
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智慧灯明因習村だよ 2日目

橿本お借りしています

「いやはや怪異がいるとは恐ろしいものだな!おかげで一睡も出来なかったぞ、わははは!」
「君が眠らないのはいつものことだろう」
「灯明のこそ、昨晩は魘されていたな。いやはや灯明のを怯えさせるとは、彼の話し方の臨場感に感服すべきといったところか!」
「嘘を吐くな、魘されてなどいない。そも私が眠っていないことも、君は承知しているだろう」
「わはははは!朝からいつもの調子が変わらぬ様で何よりだ」
翌朝のこと。
朝餉の準備をしてきます、と外出する東雲を見送った後、することもないものだからと、二人は東雲の建てた石群を見つめていた。簡素なものだが手入れは行き届いているところからも、彼の性格がよく表れている。
人ですら墓も建てられず、無縁の地で命を散らす者も多い世だというのに、律儀にも彼はこうして奪ったものたちを埋葬しているのだ。
「さて灯明の。昨日の話、貴方はどう思った?」
ふと、彩貴が思考に耽っていれば、何かを勘付いたかのように橿本が尋ねる。その声色は常よりも少しばかり弾んでいた。
「寓話や伝承、そういう類のものだろう。怪異の正体は攻め入った野盗や落人、その辺りではないのか」
「なんだ、つまらん。灯明の、冗句が不得手な貴方はよく知らぬだろうから教えておくが、こういう時はまずウケを狙っていくところが会話の種となるのだぞ」
「その会話の種とやらを撒き散らして放任する君に説教される覚えはない」
「わはははは!だが、そうだな。貴方の言うことは尤もだが、そう最初から決めつけるのもどうかと思うぞ」
……まるで本当に怪異の仕業、とでも言いたげだな」
墓石の一つに触れながら、彩貴の言葉に橿本は適当に相槌を打つ。時折何も無い空間をじっと見つめるのは方々繰り返す。しん、と沈黙が長く続き、そうして辺りを見回す動作をしてから橿本はふむ、と呟く。
「きちんと供養されているようだ。この辺りは霊の一人も見当たらん」
……一人も?一匹ではなく?」
「動物の霊というものはそう多くはない。大抵は人だ、食物連鎖を常とする動植物は常に生と死が付き纏う。人の生き死にはそれだけではないことは、貴方も自分もよく知っているだろう」
下緒が結ばれた鞘に、彩貴の左手の力が込められる。
橿本には人ならざるもの、幽霊が見える。この世に何かしら未練があり、未だ成仏出来ず現世を彷徨い続ける姿を見て話すことができると言うのだ。
彩貴にはその姿は見えない。しかし、この怪しげな男のそれは嘘では無いと直感にも等しい確信を持っていた。
無言という回答に満足したのか、橿本の瑠璃よりも暗い青が横目で見据えた。
「東雲のことだが、彼のような立場の者がここには彼以外もいた、ならば"彼ら"の話を聞いてみようと思ったのだがな。一人もおらん」
……村人の彼への態度を見るに丁重に埋葬された、とは思えないな」
「ああ、奇妙だろう?」
朝靄に包まれた森に、不気味なほど寂寥が広がっている。少し茂みがかさり、と音を立てれば異音にすら感じられるほどだ。
朝になってから彩貴が改めて感じたことだが、この一帯は異様に暗い。木々に覆われ、森の一角の開けた場所に東雲の家がある、と表現すべきか。
村長の家や周囲の村は日も当たり、稲は陽光を受けて伸び伸びとその背を伸ばしていた。見ればこの辺りに田畑は無い。果樹らしき樹木も、野生のそれだろう。人の手が入った形跡もない。白月村は森に覆われた村だが、この一帯はそれが一層如実に現れている。
まるでここは、人里ではないとばかりに。
「おお、ここにおりましたかお客人方」
嗄れた声は決して大きくは無いが、この静寂の中では一際響く。東雲のものでは無いそれに二人は聞き覚えがあったが、背後を向けば見知った顔があった。村長だ。
にこにこと人好きの良い笑顔を浮かべているところは昨日と変わりはない。橿本と彩貴にぺこりと頭を下げると、それから周囲を見回した。
「東雲は?」
「朝食の用意をするからと早くに出て行ったぞ。自分らは特にすることも無い故、こうして散歩をしていたのだ」
橿本がそう説明すれば、村長の薄く閉じられていた目が少しだけ目を開いた。口を開いて吐いた息は、安堵の類とは思えぬほど長く、乾いたものであった。
「あやつめ、客人を放っておいてどこをほっつき歩いているのか」
嘆息の末、ぼそりと村長が呟く。弧を描いていた口元は歪み、にこやかに閉じられた瞼が怪訝そうに歪んでいる。小さく独りごちる村長の苦虫を噛み潰した表情は、好好爺のそれではない。
恐らくこれが、普段の東雲に対する態度なのだろう。昨日も笑顔は絶やさなかったものの、決して中へ入れない態度は、病人の近くに寄らせない配慮ではなく、そもそも近寄らせたくなかったからだろう。
二人の視線に気が付いた爺は慌てて取り繕う様にまた笑みを浮かべた。
「お二人ともすみませぬ、あれが無礼を働いている様で」
「いや構わない。彼には良くしてもらっている。今も手伝いを申し出たのだが、断られてしまったんだ」
「ははあ、そうでしたか」
いやはやそれはそれは、ちょうど良かったと貼り付けた様な笑顔が態とらしい。彩貴の眉間の皺が増えたことも気づいていないのだろう。変わらず旅人の機嫌をとる様に、へこへこと頭を下げる老人がそのまま話し続けた。
「実はですな。お医者様に話があって来たのです」
「自分に?」
これまたこちらも態とらしく、今の橿本の方が演技が自然であった、と彩貴は内心思っていたが首を横に傾げると、村長がはい、と首を上下に振った。
「おかげさまで娘の調子も徐々にではありますが良くなりましてな、今は一人で起き上がれるようになったのです。それからお医者様に礼を言いたいと言っておりまして、ここに来たという訳でございます」
「おお、それは何よりだ。それならば経過観察も兼ねて伺おう」
「そうですかそうですか、いやいやありがたいことです。ではさっそく案内いたします」
にこにこと微笑む老人に、橿本も愛想の良い笑みで返す。
「という訳だ灯明の。自分はしばらく外そう」
「呼ばれているのは栄ちゃんだ、行くと良い」
終始笑顔を浮かべることも無く、素っ気ない返事をする彩貴に、村長はおやと首を傾げる。
「傭兵様はご一緒でなくて良いのですか?」
「四六時中その男の近くにいるのは疲れるのでな、しばらくその男が外すというならこちらも息をつける」
「わはははは!この通り暇を欲しているから問題あるまい。なあに、そう離れた距離でもあるまい。いざとなれば一駆けで村長の家まで行くことなどこの者には容易いぞ」
「それはなんと。実に頼もしいですな」
橿本の言葉に頷いてからささ、と足早に案内する。ちらちらと何度も周囲を見ている様子から、東雲を探しているのだろうか。
そう彩貴がぼんやりと考えている間に橿本と村長は村へと足を進めている。陰鬱なほど暗いこの森の中で、唯一の光源である陽光は彼らの行く先から伸びていた。
ひらひらと背を向けたまま手を振る橿本の姿を、逆光が輪郭として形作る。
彼のちょうど半歩後ろほどの距離か。ほんの一瞬。
何も無いはずの空間から生えた、否、現れたものは人の手らしき何か。らしきと称するのは、それが異様に大きく、だというのにその輪郭は細いのだ。掌だけでも彩貴の倍ほどはあるというのに、腕は彼女のそれよりも心許ない。
逆光を黒々しいそれが彩貴に向かって、軽く手を振る。まるで橿本の真似をするかのような仕草に、驚きの声を上げたのは彩貴では無かった。
「えっ、え、今、今何か、見えませんでした?」
おどおどとした声音の持ち主が、彩貴の後ろからパタパタと駆け寄ってくる。ちょうど東雲の帰宅と時機が被った様だ。
「傭兵様、今、そ、その、何か、見えませんでしたか?」
ここには自生していないはずの山菜が草葉の上に広がっている。橿本の背後にいた"何か"を見て驚いた拍子に落としたのだろう、どれも新鮮な、採取したばかりのものだ。
「いや何も。眩しいからな、よく見えなかったのだが、何か見えたのか?」
興味が無いとばかりの、彩貴の無愛想な即答に東雲はう、とそれ以上何も言えなくなる。間髪入れずの返事に押し負けたのか。東雲も見間違いかな、と目を擦れば朝焼けに輝く道と村への出入り口が広がるのみであった。
「えっ……いや……僕の、気のせいかもしれません……それよりお医者様は?」
「村長に呼ばれた。娘が礼を言いたいそうだ」
「さ、小夜、ぶ、無事なんですかっ」
「村長が言うには徐々に回復しているらしい。奴が診に行った」
「そ、そうですか……よかった……
まただ、と彩貴は思う。愁を帯び、諦観しきった面持ちは昨日見たものと同じだ。東雲が小夜という村長の娘に想いを寄せていることは、恋慕の情を解しない彩貴にさえ理解できた。
小夜という少女を話題に出せば、顔を赤らめ慌てふためき、しかし最後には諦めを面に出して口を閉ざす。
何故か。その答えは村から外れたこの土地と、村長をはじめとした村人の態度が示していた。
そして、その東雲の家に旅人を泊めさせる。村人たちは東雲だけではなく、旅人である彩貴と橿本も余所者として排除したいのだ。
(栄ちゃんを迎え入れたのは意外だったが……余程娘の治りが良かったのか、それとも)
「お医者様、今日はこちらに戻るのでしょうか……
ひい、ひぃ、と軋むような甲高い鳥の鳴き声がこの寂寥とした地には不気味に響く。やはり陽は遠く、暗澹としたままの空が重たい。
さあな、と東雲の問いにぶっきらぼうに返した彩貴は天を仰ぐ。
(村長の思惑がなんであれ、別れたのは丁度良かったな。何かあればあの人工霊とやらが伝を寄越しに来るだろう)
何かあってもあの男ならのらりくらりと躱すだろうと彩貴は嘆息する。
……長い滞在にならないと良いが」
ひい、ひい、とまた、あの鳥の鳴き声が聞こえた。