tonami
2025-11-20 19:49:23
5960文字
Public 50音
 

50音/あ行

50音短文詰め



う/原作軸



 生まれてこの方、恋愛というものにはとんと縁がなかった。誰かをそういう意味で好きになったことなどないし、欲の発散すら誰かとした経験もない。それもこれも必要性を感じなかったからだ。性欲なんぞは定期的に処理すればすむだけの話。恋愛だって、あえて仲間以外に特別な人間を作る気はなかった。そも、誰か一人をどうしようもなく恋しい、愛おしいと思う感覚が、解らない。
 それでもいい、と言い切った男が、ひとりだけいた。
「お前が解らなくてもおれが知っている。だからいくらでも教えてやる。お前が解るまで、解ったあともずっと。要らないと言われようが、お前から溢れようが、おれはお前に愛を注ぎ続ける」
 そう、きっぱりと宣言した男の目は言葉通り蕩けていて、紡がれた低い声は甘さを真摯の色でコーティングしていた。
 偶然を装って落ち合うたびに男のテリトリーに引っ張り込まれては、ただでさえ一緒にいられる時間が短いのだから離れているのが惜しいと、過ごすのは基本的に男のベッドの中だった。もういいと言っても容赦なく与え続けられる快楽と、男の言うところの愛に溺れる。端から見たら熱烈な恋人に見えるのだろう。現に、一味内ではそういう認識だった。今日だって、潜水艦が見えるなり生ぬるく送り出されたばかりだ。
「ゾロ屋」
 好きなものばかりが詰め込まれた部屋で、お前がいっとう好きだと恥ずかしげもなく顔を緩ませた男に難なく受け止められる。いつも通り蜂蜜と同じ色した男の瞳が、おれを映す。糖度の高い体の内側に響く声が、おれを呼ぶ。人を救けるための指が宝物を扱うように優しく、おれに触れる。男に見つめられるたびに、呼ばれるたびに、触れられるたびに体の力が抜けていく。
「とらお、もっと、」
 ねだろうとして、あれ、と思う。おれは、こんなふうだったっけ。どうしてこんなに、この男を求めてしまうのだっけ。
「ようやく自覚したのか」
 すっかりベッドに沈み込んだおれを見下ろして、男は口元を綻ばせる。頬に添えられた手のひらにすり寄れば、蜂蜜色が甘く細められる。飴玉みたいな目の中に、警戒心なんて辞書に載っていないような、無防備に体を委ねきった己の姿が、映る。
 ──ああ、と。吐息が洩れる。
「とらお」
 見つめられるのも、呼ばれるのも、触れられるのも。ただ傍にいることですら。この男のなにもかもが、心地好くて。おれは、この男になら、すべてを許してもいいと、思っている。愛だの恋だのは未だにわからないけれど、この男の言動に当てはめるのであれば、これはきっと、そういうことだ。
「すきだ」
 伸ばした手を、おれよりも大きなそれが掴む。手首、脈打つ場所に唇が触れる。
「おれもだよ、ゾロ屋」
 あいしてる。
 なにより幸せそうに、最上級の糖度をもって目の前の男が微笑む。ただ一人の男の顔で、トラファルガー・ローという、ただひとりの人間として。それがひどく嬉しくて、──そうしていまになって、ようやく、という言葉の意味を、おれは理解した。そうか、おれは、トラ男に。




とっくの昔に溺れていた