【GLR: SHERLOCK|Ep. 02】犯人は二匹

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ




 ロビンと呼ばれた少女は、こちらを冷めた表情で睨みつけていた。足元で必死に〈かげふみ〉から逃げようと動くフシデは、シャーロックのシャンデラに向かって威嚇音を出している。
 ロビンはボールへフシデを戻そうとはしなかった。技の性質上、戻そうとしても戻せなくなるのだが──知っているのだろう。

「はあ……

 彼女は何もかも諦めたように溢す。そして腰から古臭い拳銃を取り出し、銃口を己の下顎へ押し当てた。

「よせ」 レイヴンショーが必死に宥め、
「〈かげふみ〉解いてよ。名探偵」 挑発するようにロビンは言った。「じゃないと……わかるよね」
「わかった。──シャンデラ」

 シャンデラが〈かげふみ〉を解く。自由を取り戻したフシデは相変わらず警戒したままだったが、それはこちらも同じだった。

「どういうことだ、ミスター・ホームズ」

 心底信じられない、信じたくないと言いたげに、レイヴンショーはシャーロックを詰った。

「ずっと考えていました。果たしてこれが本当に、外部の集団が起こさんとする事件なのか、と」

 シャーロックはロビンを見据えた。

「可能性を排除することはできませんが、この家の状況を見て、僕は推理を確信に変えた。この館はシュートシティの中心部から程よく離れ、周囲の民家は少なく、尚且つフェアリータイプのポケモンが数多く生息する。そのことから、シティよりも随分霧が出やすく、都市部より気温が低くなる傾向があります」
……それと彼女に何の関係が?」

 私は思わず口を挟んだ。フェアリータイプのポケモンが多いことと、この事件に一体何の関係があるというのか。全く想像がつかなかった。

「毒だよ」

 シャーロックは微笑む。

「そして多くの場合──毒タイプを使うトレーナーは、相棒の毒を浴びる場面が多々ある。彼女の腕にある注射痕に似た痕は注射痕ではなく、フシデの毒針にうっかり刺された傷痕だ。あなたはそれを見て、ロビンが何かの薬物を乱用していると勘違いしたのでは? レイヴンショー卿」
「────」

 レイヴンショーは言葉を失っていた。
 ロビンが彼に吐いた暴言は、それが原因だったのか。私もまた、シャーロックの推理に舌を巻く。

「問題は用意する動機だ。即ちレイヴンショー卿を殺害しようとした理由を考えねばなりません。真っ先に思い浮かぶその起点は、二ヶ月前に起きた殺人事件。母親を殺されたあなたは、このレイヴンショー家へ引き取られた。しかしあなたは何かを見聞きして確信したのでは? 己の母を殺した、あるいは殺すよう仕向けた人物がいる──と」

 ロビンは拳銃を顎から離し、ゆっくりと銃口をこちらへ向ける。青白い顔には何の感情も宿っていなかった。私は一歩前へ──

 直後、銃声が耳を劈く。


「動くなっつったでしょ。次は当てる」
「ロビン。どうか話を聞いてくれ。私はカナリアを」
「名探偵って本当にいるんだねー」 温度のない無感動な声で、ロビンは続ける。
「真相を明かしてどうすんの? 私を警察にでも突き出す? あーでも悪くないね。レイヴンショー家の格は失墜する。ざまあみやがれ」

 ロビンは左手の親指を下に向けた。

「何が貴族だよ。ママが苦しんでたとき、あんたたちは助けてくれた? 弱い者を扶けるのが貴族のつとめだとか言っておきながら、ママのこと見捨てたくせに! 私を好き勝手にできると思ったからでしょ!?」
「ロビン、それは違う」
「うるさい! ──黙れ!」

 完全に頭に血が上っているロビンは肩で荒い息を吐く。
 足元でフシデが再び威嚇音を出した。トレーナーであるロビンが傷つけられていると思っているのだろう。あからさまにレイヴンショーを警戒している。

「レディ。あなたは〈教授〉と呼ばれる人物を、知っているな」

 シャーロックは一音一音を確認するように、丁寧な口調で問う。

「二ヶ月前の事件において、犯人は供述で〈教授〉という人物の存在に言及した。君はその人物こそが、このブラックウッド・レイヴンショー卿であると確信している。だから──母親の仇を討つため、二匹のポケモンの力を借りた。そういう筋書きなのだろう?」
……二匹?」

 私とレイヴンショーの声が重なる。

「フシデだけではないと言うのか? だがロビンの手持ちはフシデだけだぞ」
「推測ですが、彼女のフシデの特性は〈どくのトゲ〉でしょう。そうでなければ、接触時に傷ができるとは思い難い。フシデは確かに毒を持っていますが、〈どくのトゲ〉特性を持つ個体以外は毒棘を持ち得ない。ガラルに生息するフシデは、ベイツ型擬態群ですから」
……ベイツ型擬態……、毒を持たない種のポケモンが、毒を持つポケモンに姿を寄せることで、攻撃を免れようとする擬態、だったか」

 私は必死に記憶を手繰り寄せた。シャーロックは頷く。

「ガラルにおいて、〈どくのトゲ〉特性を持つフシデは珍しい。それに、彼女の言葉にはイッシュ訛りがある。これらの要素から察するに、レディ・ロビンはイッシュ地方で育った。そのフシデもガラル産ではなく、イッシュ地方の個体だ」
「何が言いたいの」 ロビンは拳銃を握りしめる。
「まあ焦らないでくれ。重要なのはここからさ」

 シャーロックは穏やかに微笑んで言った。ロビンは一層苛立ちの滲む顔になって、ついに銃口をシャーロックに向ける。

「君は、庇っているんだろう?」
「庇う? バカにしてんの? 何で私がそんなこと」
「母親の死によってこの館にやってきた君は、湖畔の森によく出入りしていたんじゃないか。君の靴についている花は、フラエッテたちが持っていた花と一致する。さらに言えば────その花には、毒がある」

 ロビンは硬直して目を見開いた。

「フラエッテやフラベベは、生息する環境によって持っている花が違う。しかしこの場所で偶然にも、彼女らが手にしていたのは、人間が食すれば毒となる花だった。これは不運な事故だったんだ」
「違う!」

 ロビンは真っ青になって叫んだ。
 レイヴンショーの暗殺は、彼女が計画したことではない? 彼女は真犯人を庇うために、そういう筋書きを作り出したということか? 私はちらりとシャーロックを伺う。


「スズランだ」

 シャーロックは、鋭く言い切った。


「スズランは気温の低い場所に自生する。この湖畔は、ぴったりの気候だ」 シャーロックは続ける。
「君を思って、フラエッテたちは己のスズランをわけた。そしていい香りのするそれを、善意で紅茶に入れたのだろう。それが毒草とはつゆほども知らず」
「待ってくれ、ミスター」 レイヴンショーが横から言った。「私が毒を盛られた時、あのときはロビンも紅茶を飲んでいたんだぞ。その理屈ではロビンも毒に倒れていなければおかしい」
「ええ。レディも毒は飲んでいますよ。効かなかっただけでね」

 効かなかった? スズランは強力な毒を持っている花だ。毒が効かないなんて話があり得るのか?
 そう思って、私はロビンを見た。足元にはフシデ。フシデには〈どくのトゲ〉がある。
 つまり、

……幼少期からフシデの毒に触れていたことで、毒に対する耐性があるのか!」
「エクセレント」 シャーロックが指を鳴らす。「かくして、レイヴンショー卿の暗殺未遂という、一大事が起きた」

 一歩、シャーロックが踏み出す。ロビンは硬直したまま視線でシャーロックを追う。

「しかし君はそこで重大なことに気づいたんだ。もしもフラエッテたちがそんなことをしたとバレたら、侍従のポケモンたちが何をするかわからない。だったらいっそ──大事にしてしまえばいい。そこでまず、ユウリに目をつけた」
「ちがう……
「君は意図的にユウリを炎上させ、リーグの一員であるレイヴンショー卿に警告を進言させた。君の目算通り、炎上は留まるところを知らずに燃え広がり、ついには戴冠式とパレードの開催が危ぶまれる事態にまで発展した」
「──違うっつってんだろ、このハゲ!!」

 ロビンは口汚くシャーロックを罵った。

「僕のどこがハゲだ!」 怒るところそこなのか、と思わずツッコミそうになったが、ロビンは言う。
「炎上なんかさせてねえし! それまで私のせいにすんな!」

 ロビンはついにわかりやすくキレて、シャーロックの方へ大股で近寄り、勢いよく彼の肩を殴った。

「ロビン──」 レイヴンショーが恐る恐るロビンへ話しかける。「本当なのか? ミスター・ホームズの言っていることは」

 ロビンは不服そうな、一方でどこか罪悪感に押しつぶされそうな表情になって、

……本当」 そう呟いた。「ママが死んで、ここに来てから、湖畔の森にいるフラエッテたちと遊んでやってた。そしたら懐かれて……ずっとついてきて、花を押し付けてきたから、紅茶にでも入れとけって言ったのよ。フラエッテが毒草を好むわけないから」

 シャーロックは先を促す。ロビンは足元のフシデを抱え上げた。

「こいつがいきなり倒れて、何が起きたかわけわかんなくて、……でも、きっと、侍従の中にこいつを殺そうとしてる奴がいるんだと思った。だから──私が言ったの。侍従を追い出したほうがいいって」

 ロビンはだんだん声から覇気を失っていた。背後から迫る恐怖に耐えているのか、フシデを抱く腕が震えている。

「でも、インスタ、気づいたらアカウント乗っ取られてるし、なんかめっちゃユウリたゃ炎上してるし、それにこのままじゃ戴冠式が中止になるかもとか、そうなったらずっと家でしょ? むしろ危険じゃん。あんたたちだって信用できない。だから、撃って、入院させる気だった。そしたらいやでも警備がつくでしょ。私はムショ入りだろうけど」
……君は。真犯人が、君に全ての罪を負い被せようとしていることに気づいていないのか」

 私は思わず言った。言うべきではないと頭では理解していたが、言わずにいられなかった。

「今の君の行動は、すべて真犯人の思うつぼだ! それどころか──」
「そんな気はする。……ねえ、〈教授〉って言ったよね。名探偵」
「ああ」 シャーロックは応じた。「知っているんだね」
「うん、知ってる」

 初めて見た時より、ロビンは小さく見えた。
 レイヴンショーが姪の肩を抱く。もう、彼女は棘で刺そうとはしなかった。


「モリアーティ」


 ロビンはぼそりと呟いた。


「ジェームズ・モリアーティ。それが〈教授〉の名前」