【GLR: SHERLOCK|Ep. 02】犯人は二匹

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ




──翌朝
221B 一階(客間)


 一階の天井には古いシャンデリアがぶら下がっていたが、不格好な、どこか奇妙な形状になっている。よく見ると、シャンデリアの真下にシャンデラがぶら下がっていた。彼はどうやらシャーロックのポケモン……ということらしい。
 階段を降りて客間の傍にある共有キッチンへ向かう。朝食用に買ってきたブレッドを引っ張り出す。昨日の夜中にこっそり外出し、はす向かいにある二十四時間営業のパン屋で買ってきたものだった。夜食に少し食べたので、もしもチルタリスにバレればつつかれるのは免れないだろう。

「助手ができたってホントなの!?」

 客間から女性の声が響く。私は何事かとキッチンから顔をそっと覗かせた。
 来客用の椅子には、今時の洒落た服装に身を包んだ女性が座っている。

「本当だ」 シャーロックは不満げに言った。「嘘だと思うなら、そこの共有キッチンを覗いてみるといい」
……私がどうかしたか?」
「あ、わ!」

 彼女は私の声に目を瞬かせ、横髪をくるくると左手の指先に巻き付ける。明るいオレンジ色のサイドテールには、ハートの形を模したアクセサリーがいくつかとめられていた。

「シャーロック、こちらは?」
「ソニアだ」
「はじめまして。ソニアといいます。マグノリア博士の孫で、ポケモン研究所の所長代理です」

 彼女はそう言って微笑んだ。人の好さそうな笑みに既視感を覚える。どこかで一度、会った事があるような気がした。

「ジョン・ワトソン。山岳写真家、──です」

 思わず言いよどむ。もう一度登攀できるかどうかは五分五分だ、そんな風にパルデアの医者に言われたのを思い出したせいだった。ずきりと足が痛み、

「今は、少し彼の手伝いを」 誤魔化すように早口で呟く。
「うそ! あの山岳写真家のワトソン先生!?」

 ソニアは勢いよく立ち上がり、私の方へヒールを鳴らして近寄ってくる。

「ファンなんです! 冬のテンガン山の写真、あの真っ黒な空のやつっ、すごく好きで……あッ、あの! サイン! サインいただいてもいいですか!?」
「ソニア。止せ。ジョンが困ってるだろ」 シャーロックが不機嫌な声を上げた。
「あ、ご、ごめんなさい……
「気にしないでくれ」 私は目に見えて落ち込むソニアに言う。「後で何か、はがきでも持ってこよう」
「いいんですか!?」

 やったあ、ソニアは跳ねながら椅子へ戻っていく。私は三人分のミルクコーヒーと、厚めに焼いてマーガリンを塗ったトーストを持って、二人がいるテーブルへ腰を落ち着けた。

「それで? どういう風の吹きまわしだ」
「あ、えっと……いやー、ちょっと大変なことになったから、やっぱり名探偵を頼りたくて」 ソニアは目線を逸らして、器用にウインクしながら言った。「同期のよしみで、助けてよ」
「断る。どうせ迷子のチャンピオン探しだろう。そのうちリザードンが見つける。事件解決だな」
「違うし! 今回は違うから!」
……同期?」

 私は二人を見比べながら問いかけた。確かに年齢は近そうだが、ハイスクールや大学の同級生、ということだろうか。

「ああ。十年前に、僕とソニア、そしてダンデ……あとキバナと、ルリナもか。ジムチャレンジに参加したんだ」
「お前、ポケモンバトルの腕前はからきしとか言っていなかったか」 私はじっとりした視線を送る。
「嘘も方便さ。でも苦手なのは事実だよ。僕の頭脳は一つ一つの事実を検証し、積み上げ、推理し──真実を見つけることに特化している。数秒ごとに状況が変化するポケモンバトルは本当に疲れるんだ」
「昔、バトル終わったらいつも倒れてたんです。知恵熱で」
……難儀なものだな、天才も」

 私はトーストを頬張った。我ながら完璧な焼き加減に、緊張の糸が僅かに緩む。

「それで、ソニア」

 じろりとシャーロックがソニアを睨んだ。よっぽど昔の話は嫌な話題らしい。

「依頼があってここへ来たんじゃないのか」
「その……

 先程の明るさとは打って変わって縮こまってしまう。そして意を決してスマホロトムを呼び出し、

「これ見て」

 そこに表示されていたのは、Instagram。
 注目すべきは、コメントに並ぶ罵詈雑言の方だ。

「これ、は……

 私は思わず言葉を失った。シャーロックはソニアからスマホを受け取り、そのままコメント欄に目を通していく。

「まずいな。殺害予告めいたものもある」
「でしょ!? でもほっといていいって言うのよ、あの子」
「十年もの間無敗神話を守り続けたダンデを負かしたのが、ぽっと出の少女というのは、確かに、過激なファンは噛み付くだろうな」 シャーロックはソニアにスマホを返す。「ニュー・ヒロインはSNSを見ていないのか?」
「っていうより……住所不定めいてるのよ。ユウリは」

 ユウリとは、このガラル地方におけるポケモンリーグ、その新たな若き女王の名である。
 まだ十五歳と聞いた。チャンピオンとはいえ、まだ庇護されるべき子供である。そんな相手によってたかってこの始末とは目も当てられない。

「あの子、家帰ってる時間よりワイルドエリアでキャンプしてる時間の方が長いもん」
「チャンピオンに本気でポケモン勝負を挑もうとする者はいまいよ」
「どういう意味、それ」
……もし彼女を本気で害する気がある者が行動を起こすなら、もっと目立つ手に出る、か? シャーロック」
「ああ。例えば戴冠式で一悶着起こす、とかな」

 ソニアはさっと顔を青くした。
 戴冠式とは俗称である。新たにチャンピオンの座に輝いた者へ、旧王者がマントと王冠を引き渡す行事だ。そのあとはパレードなども行われる、ガラルポケモンリーグの一大イベントである。
 そこには何万人と人が来るだろう。そんな中で新たな女王を害する? 暗殺の二文字が脳を掠める。

「ジョン、炎上しているポストを転送してくれるか。火を投げた発端を探し出す」
……わかった。少し待て」
「ユウリ、ちょうど今シュートシティにいるって。ホップとダンデくんも一緒だから、すぐこっちに来るそうです」
「一先ずは安心できるな」

 できる限り穏やかな声を出すことを心がけながら口を動かす。気休めにしかならないかもしれないが。ソニアは一度深くため息をつく。

……ユウリ、強がりだから……なかなか弱音を吐かないんだって、ホップも言ってました」

 ソニアは唇を噛んだ。

「もしこのまま放っておいたら、あの子、急にいなくなっちゃうんじゃないかって怖くて……
「大丈夫だ。私も微力ではあるが、力を貸す。シャーロックもいる。最悪の事態は起こさせない」
「ワトソンさん──」 ソニアは目尻の涙を軽く拭った。
「なかなか手強いかもしれないぞ」

 シャーロックがスマホロトムの画面を見つめながら言う。

「どうもこの一件、炎上を計画的に起こしているようだ。しかも厄介なことに複数人が協力している」
……一部の過激なファン同士が結託して、ユウリを叩いているのか」
「最近この手の炎上手法はカルト支持者にも見られる傾向があるが、今の問題は大きく分けてふたつある」

 シャーロックは人差し指と中指を立てた。

「一つは、ユウリの顔と名前がガラルじゅうに知れ渡っていること。そしてもう一つは、潜在的にまだ、ユウリという新たなチャンピオンを皆が受け入れられていないことだ」
……難儀な問題だな。しかしだからと言って子供相手に」
「ジョン、……君は優しく、まともかもしれないが、」 そう言って、ソニアに視線を向ける。
「そういえばジムチャレンジ期間中に、エール団っていうチャレンジャーの応援団が、色々問題行動してた、って」
「エール団なんてまだ可愛いものさ」

 シャーロックは複雑な海色をした目を細め、どこか遠くを眺めながら、

「人間は、ポケモンより残忍になれる生き物だ。皆でなら怖くない。そうして平気な顔で倫理の規制線を超えていく」
……シャーロック」

 彼の過去は何も知らない。つい昨日知り合い、こうして共に生活することになった。その程度の間柄だ。

「すまない、辛気臭い話をした」 シャーロックは背中を伸ばす。
「アーマーガアタクシーが表に来てる。ジョン、紅茶を淹れてくれるかい」