【GLR: SHERLOCK|Ep. 02】犯人は二匹

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ





「久しぶりだな! シャーロック!」

 ダンデは私たちに、太陽が擬人化したかと見まがうピカピカの笑顔を向けた。シャーロックは眩しそうに目をきゅっと瞑り、そっと半目を開く。私の目にも彼は後光がさしているように見えた。後光というより、スポットライトの方が正しいだろうか。

「ひ、さし……ぶりだ。ダンデ」

 ぎこちなくシャーロックは挨拶した。彼の少し後ろに立つ少年と少女が、ホップとユウリだろう。ホップは確かに弟らしく、ダンデによく似た明るい雰囲気を纏っていた。

「それで、そちらのレディが──」
「ユウリです」

 ぺこりと少女は頭を下げた。黒縁のメガネに嵌め込まれたレンズを見ると、彼女の顔の輪郭が引っ込んでいる。かなり強い度が入っているのが見て取れた。

「初めまして。僕はシャーロック・ホームズ……探偵です。そしてこっちは、相棒のジョン・ワトソン」
……相棒かどうかはわからないが。ジョン・ワトソン。山岳写真家です」
「あ、えと、ソニアちゃんが好きな、写真家の」

 ユウリは遠慮がちに言った。試合の時とは随分印象が違う。試合の時の彼女は、もっと鋭利で冷たい強さを持っている気がしたが、それがソニアの言う〝強がり〟な側面ということかもしれない。

「有り難いことに」
「やっぱりそうなんですね」 ユウリは柔らかく微笑む。
「どうぞ座って。少々狭いがね」 カウチソファにいたリーフィアが飛びのき、シャーロックがいつも座っている一人掛けの椅子へ移動する。
「ソニアから大体の事情は聞いたが……リーグとしては、流石に何もしないなんてことはないだろう?」
「勿論だ。ヤードにも相談してある。戴冠式当日の警備員も、二倍にする予定だぜ」
「それはやめておけ」 シャーロックは冷たく突き放した。
「なんで? ユウリに何かあったらどうすんだよ!」 ユウリの横に座るホップが詰め寄る。「実力で兄貴に勝ったのに、こんなに好き放題言われて……
「君の気持ちは理解できるが──」

 そう言いつつも、シャーロックの言葉は極めて平面的だった。ホップがユウリを傷つけられて怒っている、という事実だけを認識しているような──。私は必死にその思考を振り払う。

「リーグが反応していると認識されれば、余計に増長させる危険性もある」
「んなこと言ったって、」 ホップは唇を噛む。「じゃあどうすりゃいいんだよ?」
「気付かれないように芽を摘む。まあ、僕は警護人ではないが……事件を解決するという広い範囲で考えれば、これもまた探偵の仕事だ」

 シャーロックは前かがみになり、両手の指先を突き合わせる。

「ダンデ、警察に相談しているといったな。どの辺まで話した?」
「殺害予告が届いていることも含めて、時系列順に話したぜ。オリーヴさんがすごい資料を作ってくれたからな」
「そうか。送ってくれ」

 シャーロックは姿勢も視線も固定したまま呟いた。スマホロトムを操作し、ダンデが資料を転送する。「ヘイ、ロトム。読み上げを」

……■月八日、ジムチャレンジ・ファイナル決勝戦終了。ユウリがダンデに勝利。世界トレンド二位を獲得。【オリーヴ付記】この時点で既に、ユウリに対するアンチコメントは散見されていました。……■月二十日、ポケモンスポーツ雑誌〈number-X〉にユウリのインタビューが掲載、切り抜きが拡散。〈@wwaiwyhew199128〉〈@Zsaunsia〉〈@78idahhmsaiy〉の三つのアカウントが協業する形で、投稿が意図的に切り取られて拡散』

 機械音声が資料の文字列を読み上げていく。ユウリが膝の上でぎゅっと両手を握りしめる。

「大丈夫だ」

 ホップがユウリの手を握った。

「俺も、兄貴も、ソニアだって。ホームズさんたちもいる。絶対にユウリを傷つけさせない」
「これだけ詳細な調査記録があるのは、調査が格段にしやすくなるな」 シャーロックが電子音声を聞きながらぼそりと呟いた。
「ふむ……この炎上を行ったアカウントは既に凍結されているな。アカウントを何度も取得しては捨てての繰り返しか。IPアドレスを割り出せば特定できるな。ユウリ、いくつか質問しても?」
「は、はい」

 矢継ぎ早なシャーロックの声にたじろぎながら、ユウリはメガネの奥で瞳を丸めた。視線を左右に彷徨わせ、

「ソニアに聞いたんだが、君は最近自宅にあまり帰っていないそうだね」
「母子家庭なので、その……もし母に何かあったら……そう思って、最近はワイルドエリアでキャンプ、時々カンムリ雪原とか、できるだけ人を避けてます」
「カンムリ雪原というと、ああ。確か小さな村があったな」
「はい。フリーズ村の民宿に、時々お世話になっています」

 ユウリはメガネを一度外し、柔らかいハンカチーフでレンズを拭く。再び目元にあてがい、

「でも、この間……雑誌の記者の方に追いかけまわされて」
……いつの話だ?」 私はユウリに問いかけた。
「一週間前です。その時は、エンジンリバーサイドでキャンプをしていましたが、シャワーを浴びようと思ってエンジンシティへ移動したんです。そのときに……、マスクもして、メガネもかけて、普段とは全然違う恰好してたんですけど、」

 ユウリは己の体を搔き抱く。肩が震え、漏れ出る息が掠れる。

「ユウリ──」

 ソニアがユウリを抱きしめる。
 弱冠十五歳の女王は、ただの少女だった。
 私は思わず指が白むほど右手を固く握りこんでいた。ただの子供をここまで追い詰めるのか? それが正しい事か? そんなわけがない。私は唇を噛み締める。

「ジョン」

 シャーロックが嗜める。しかし彼の声色にも、激しい怒りが燻っていた。

「必ず犯人は捕らえる。ダンデ、戴冠式の日程は?」
「今週末の日曜日、十一時からだ。スタジアムで戴冠式典が行われた後──」
……パレード、か」

 私は呟く。嫌な予感に瞼が引きつって、どうも気分が悪かった。

「何か起きるとしたら、こちらの方が濃厚か?」
「同感だ」 ダンデは力強く頷いた。「俺も警戒は怠らないぜ。二人も力を貸してくれ」


 紙を繰る音と、プリンターの動作音だけが室内に響いている。新しく淹れた紅茶はすっかり冷めていた。シャーロックは転送された資料を印刷して壁に貼り付ける。
 見る限り、時間を追うごとに炎上が悪化しているように思われた。全ての契機は〈number-X〉という雑誌のインタビューだろう。ここから爆発的にユウリに言及するアンチ投稿が増加している。それも先程スマホロトムが読み上げていた、三つのアカウントが主導しているようだった。

「腑に落ちないな」 シャーロックは言った。「これだけの炎上だ、普通なら記者が付け回してくる程度で済むわけがない。じりじりと嫌がらせをしているのが気にかかる」
……どういう意味だ?」
「狙いがユウリではなく、別にある可能性だよ。この炎上騒動で警備がユウリの周りに集中したら、他が手薄になる──それを狙っているなら、戴冠式に出てくる何者かを……

 シャーロックの視線が資料の真下に吸い寄せられる。それは戴冠式に出席する来賓の名簿だった。

「ロード・ブラックウッド・レイヴンショー……

 その名は私でも知っていた。著名なチェロ奏者であり、ガラル地方の交通のうち、空飛ぶタクシーを含めた航空関連産業の重鎮である。アーマーガアタクシーの運営母体の会社を経営していることは、ガラル人なら誰でも知っていた。

……そうか、マクロコスモスグループがリーグの運営から外れたから、レイヴンショー卿がそこの穴を埋めた」 私は独り言つ。「まさかレイヴンショー卿が来ることを知って、ユウリを隠れ蓑に?」
「有り得ない話ではないぞ」

 シャーロックは顎に手を遣り、眉をひそめて文字列を睨みつけた。

「陰謀論者の間でレイヴンショー卿は目の敵にされている。何だったか、ほら。カロス地方だか、イッシュ地方だかのプラズマ団とかいうカルト、その辺と繋がっている、とかね」
「バカバカしい。ありえないだろう」

 私は決めつけてやった。レイヴンショー卿とは個人的に顔を合わせた経験があったからだ。
 彼は立派なガラル紳士である。この現代まで残る一大貴族家を率いるだけあって、素晴らしい人格者だ。そのような集団とは程遠い人物である。

「ありえないということはありえない。まあ、僕もレイヴンショー卿がプラズマ団と繋がっているなんて与太話は信じていないが、あれだって嘗てのイッシュの王族の一派が元締めだろ」
「それは、そうかもしれないが……
「ねえ、マイディア。君はレイヴンショー卿と個人的に付き合いがあるんじゃないか」

 彼の肩を持つ私の言動に、シャーロックはそう言った。私は静かに頷く。

「なら次にすべきことは決まったな」
……すべきこと?」

 シャーロックはぶら下がっているシャンデリアの方へモンスターボールを向けた。シャンデリアの真下で寛いでいたポケモン──シャンデラをボールへ戻す。

「レイヴンショー卿に、会いに行くのさ」