tonami
2025-11-17 20:08:29
11997文字
Public
 

ラブレター・フロム

'25⚔️誕。航海ラブレターの続き



 指定された島は穏やかな気候の秋島だった。港にこそ活気はあれど、街中は長閑で行き交う人々からも剣呑さは感じられない。この島にしか咲かない花は名産品として住民に親しまれているようで、至るところに花が飾られていた。
 この島に来ることは、ルフィの「トラ男が待ってんだろ。いいぞ!」という一言であっさりと決まった。手紙の差出人を知らなかったナミとチョッパーには問い詰められたが、最終的にはゾロが自分からどこそこへ行きたいなんてわがままは珍しいと、寄り道は肯定された。同じくブルックとジンベエにもローとの関係は明かしていなかったものの、ブルックはなんとなく察していたらしい。ジンベエは驚きこそしていたが、受け入れは早かった。
 ローの元へは一人で行くと告げた時には盛大に反対された。いくらそう広い島でないとはいえ、お前が一人で辿り着けるわけがないと散々、特にサンジから物言いをつけられていた。それを納めたのは、やはり最初から見守っていた三人とルフィだ。三人はゾロがローの元へ行く時に絶対に迷わないことを知っている。ルフィはただの勘だと胸を張っていた。ルフィの勘は当たる。ゾロに関しては、特に。
 そうして送り出されたゾロは、迷いなく歩みを進めた。鬼哭の気配があるところにローはいる。ゾロがまっすぐにローの元へ向かうことができるのは、ひとえに妖刀の存在があった。
「お前も、会いてェよな」
 かすかに震える赤い鞘を撫でる。最初は互いに警戒していたようだったが、そのうち隣に並んでいても穏和な雰囲気をまとうようなった。妖刀同士惹かれ合うものがあるのかもしれない。持ち主達のように。
 港からそう時間はかからず、目的の人物は見つけることができた。身を隠すように崖側の大木に寄りかかるすらりとした長身が、ゾロの気配に気づいて顔を上げる。キャスケットで影になった両目が、ゾロの姿を捉える。
「トラ男」
 歩み寄ろうと一歩踏み出した瞬間、覚えのある浮遊感が体を襲った。あ、と次に瞬いた時には、強く抱きしめる腕の中にいた。
「会いたかった……ゾロ屋」
「おう、おれも会いたかったよ」
 同じように背中に腕を回してやると、ますます抱え込む力が強まった。少しだけ苦しいけれど、むしろそれが心地好い。ただでさえ久々の逢瀬だ。好いた男に抱かれて、心の奥深くから暖かいものが泉のように湧き出てくる。
「来てくれたってことは、手紙は無事に届いてたみてェだな」
「ああ。六通だったろ? ぜんぶ届いてるよ」
「それならよかった。……少し不安だったんだ」
 ゾロの短い髪に頬を寄せ、それから額に口付けをひとつ。左目に走る傷を、指先が辿る。
「返事、書いたほうがよかったか」
「いや、届いてたならそれでいい。あれは出しそびれてただけだからな。そもそも、お前はもう受け取ってくれてるだろ」
 使い込まれた革の手帳。ラブレター代わりに書かれた航海日誌を、一生隠し通すつもりでいたはずの気持ちを、ゾロはすべて読んでいる。暴いてしまったとはいえ、あれがなければ二人の関係はいまでもただの元同盟相手、あるいは一海賊団のクルーと敵船の船長だっただろう。結果的に関係を深められたのだから、後悔はない。
「ここを待ち合わせに選んだのは、ドレスローザに似てるからか?」
「それもある。おれが自覚したのがお前と呑んだ時だったからな」
 でも、とローが体を離した。陽射しに照らされて蜜色に輝く目が花畑へ向けられる。
「それ以上に、お前にこの景色を見せたいって思ったんだ。美しい景色を、なによりもいとおしいお前に、ゾロ屋に見せたかった」
 甘さに満ちた目で、声で、表情で、ゾロの頬に指を添える。たったそれだけの仕草でさえ優しくて、ローにどれほど想われているか伝わってくる。
「雪景色も、星空も、豊かな森も、日誌をなぞったのもあるが、一番はお前に見せたいと思って撮ったんだ」
……お前の部屋は?」
「ありゃ文面そのままだ。ゾロ屋がいないと部屋が広いし、物足りねェ」
「おれがいた時より散らかってたくせに」
「だからだろ。お前がいないスペースを埋めたくてああなってんだよ」
「お前、案外寂しがりだよなァ」
「ゾロ屋限定でな」
 降ってくる唇を拒むなんてことは当然なく、目を閉じる。何度か触れるだけの口付けをして、最後に唇を舐めて離れていく。
 腰に回った腕が体を抱き寄せて、鼻先が触れ合う距離でローがゾロの顔を覗き込んだ。蕩けきった両の金色にゾロが映る。そこにはローに負けず劣らず、表情が緩んでいる自分がいた。何も知らない人間が見ても一目でローのことが好きなのだとわかる。こんなにあからさまにしているつもりはなかったのだけれど。それともローの前だから、無意識に顔に出てしまっているのだろうか。じわじわと顔に熱が集まってくる。
「顔が赤いな。かわいい」
「んなこと言うのてめェだけだぞ」
「当たり前だろ。おれの他に可愛いお前を見た人間がいようもんなら、そいつをバラして海に捨てる。おれの執着心と重さ舐めんなよ」
「別に舐めてねェけどよ……
 誤魔化すように尖らせた唇にすかさず食いつかれ、離す際はご丁寧にリップ音を立てられた。航海日誌を暴かれた時には顔を真っ赤にして崩れ落ちる可愛げがあったのに、いまでは欠片も見当たらない。海賊はもとより船長らしく、この男もたいがい図太い。
「なァ、また手紙を書いていいか」
「おれは構わねェが。返事、書くかわからねェぞ」
「いいさ。おれが書きてェんだ。お前が気が向いた時に返してくれりゃ、それで充分だよ」
 ローとは正反対の、柔い髪を深爪気味の指先が梳いた。そのまま頬へ滑らせ、決してまろくはない輪郭を慈しむようになぞっていく。しっかり手入れされた指はかさつきがなく、どこかしっとりしている。心地良さに擦り寄れば、陽射しを落とし込んだ両目が甘く細まった。
「次からは、正真正銘のラブレターだ」
 楽しみにしててくれ、と木漏れ日と同じ温度で、ローは笑った。