柩木
2025-10-27 22:12:53
12222文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|約束の朝を、二人で

くるっぷに投稿していた「約束の朝」の短編5本をまとめました。パンケーキをテーマとした丹穹の現パロです。
この小説はこちらのワードパレッドをお借りしています。




穹が起きてまず認識したのは何かを焼く音と、ほのかな甘い匂い。もう何度も嗅いだパンケーキの匂いだと気付くまで時間はかからなかった。だが、心なしか香ばしく感じる。
うつ伏せになっていた身体を起こそうとして、あまりのだるさに再びベッドへと体を預けた。仰向けのまま何をするでもなく天井を眺める。いつもと変わらない丹恒の家の天井だ。ほんの数週間前までは日常的に見ていた気がするのだが、なんだか久々に眺めたような気がする。
鈍痛を訴える腰と軋む関節が想起させるのは昨夜の出来事。訳がわからなくなるくらい身体を重ね、思考もトロトロに蕩かされた光景が蘇り、丹恒に抱きつぶされたことを思い出した。昨夜の丹恒はとても感情的で、次から次へと何度も求められた。そんな珍しいものを前にして、甘やかしたくなるのは自分が彼の恋人だからだろうか。請われると与えたくなってしまって、彼のしたいこと全てを受け入れたのだが、その代償がコレである。さすがに今すぐには起き上がれそうにない。
それでもまぁ、気持ちよかったし。激しく求められるというのも悪くはなかった。自分としては大変満足なので、この体の痛みも謹んで受け入れようじゃないか。

「起きたか」
「おはよー、たんこー」

物音に気付いたのか、今までキッチンにいたのだろう丹恒が顔を出した。全裸かつ満身創痍の穹とは対照的にすっかり身支度を整えている。まるで人の精気を吸い取ったようなスッキリとした面持ちで、こころなしか顔色も肌艶も良く見えた。
そんな事を考えたからか、頭の中で思い描いた丹恒が吸血鬼の衣装をまとって現れる。長く伸びた耳と鋭い牙。豪華な装飾が施された貴族風の服。妄想の中でも顔がいい丹恒が、血のように真っ赤な瞳で見つめてきたとして。そのまま血が欲しいと請われたりしたら。きっと自分は抗えない。何リットルでも差し出すと思う。
あまりに食い気味な反応をしたからか、脳内の吸血鬼丹恒は「そんなにはいらない。お前が貧血になってしまう」と言ってドン引きしている。リアリティがあるんだがないんだか。
そんな妄想から穹を現実に引き戻したのは、やはりというべきか、丹恒の声だった。

「おはよう。随分と声が掠れているが、起き上がれるか?」
「もうちょっと休んだら多分」
「そうか。ならもう少しゆっくりしているといい。……その、昨日は悪かった。だいぶがっついてしまったし、無理をさせた」

ベッドに横たわる穹の頬にそれとなく彼の右手が伸びて、労るように触れた。穹はそれに身を委ねる。親指の腹で撫でられる力加減は優しい。少し低い丹恒の体温が心地よくて、起きたばかりなのにまた眠ってしまいそうだ。
眉尻を下げなから申し訳なさそうに丹恒は謝るが、この性的なことには全く興味ありませんよと言わんばかりの涼し気な表情をした男が、自分を抱き潰す程の激情を抱えていたのだと思うとたまらない。そういう丹恒の姿がもっと見たくて情事の最中は煽ってしまいがちだ。代償として時々こうして動けなくなる事もあるが、問題はない。

「いーよ。激しいのも好きだし。気持ち良かったし」

そう、気持ち良かった。なので何の問題もない。少なくとも穹の中ではそうなのだが、自責の念が強い丹恒は事実を伝えるだけでは納得してくれない。
よって、穹はそこに冗談を混ぜ込む。丹恒とすることに不満はないのだと分かってもらうために。

「丹恒は? ちゃんと気持ち良かった? 足りなかったらもうちょっとしよっか」
「どうしてそう乗り気なんだ」
「丹恒と気持ちいいことするの好きだから」

これは本音だ。ここは冗談と思って欲しくないので、丹恒の目を真っ直ぐに見つめながら答えた。すると彼は少し視線を泳がせてから、ぐっと眉間にシワを寄せる。

……お前との行為に不満はない。だから今は大人しくしていてくれ」
「あはは。分かった」

困惑しながら赤面するという器用な表情を見せてくれた丹恒に免じて、これ以上彼の弱いところを突くのは一旦やめることにした。丹恒は好意を言葉にすると照れることが多いので、それを分かっていてたまにからかうのだ。あまりやり過ぎると仕返しが凄いことになるので、程々に。
話が一段落したところで今度は丹恒が口を開く。

「その、お前が覚えているかは分からないが……パンケーキを焼いたんだ」
「ちゃんと覚えてるよ。朝はパンケーキ食べたいって言ったのだろ? 約束守ってくれてありがと」
「そうか。良かった。だが、その……

丹恒は視線を泳がせ、何か言い辛そうにしている。

「焼き加減の見極めが存外難しいんだな。パンケーキにはまった直後のお前が良く焦がしていた理由が分かった」

部屋を漂う甘い匂いはパンケーキに違いなかったが、そこに隠しきれない香ばしさが含まれていたのは単純に焦がしたからのようだ。
なんでも卒なくこなす丹恒であっても、初めて挑戦することは流石に失敗する時もあるだろう。それでも、約束を守ろうとしてくれたことが愛おしい。

「ふふん。そう、パンケーキを焼くのって結構奥が深いんだ」

叶うことなら焼いている様子を見守りたかった。パンケーキを焦がしたと分かった瞬間の表情などは想像するしか出来ない。

……やっぱ起きようかな。丹恒、手貸して」
「寝ていてもいいんだぞ」
「せっかく丹恒が焼いてくれたパンケーキ、焼きたてのうちに食べなきゃだろ」

いつものパンケーキならいつだって食べられる。自分で焼けばいいのだから。しかし、丹恒が初めて作ってくれたパンケーキは今この瞬間の特別製だ。丹恒はうまく作れなかったことを気にしているようだが、その思い出ごと美味しく平らげてしまおう。
穹が右手を差し出せば、丹恒は手を合わせて掴んでくれる。ぐっと引っ張ってもらうことでようやく体を起こしたのだった。