タロイモ
2025-10-25 16:45:38
15652文字
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貴方のために祈ることなら

パーバソワンドロライ……になり損ねたもの。
お題の「観覧車」「祈り」をお借りしましたすみません。
ヘイ大将いつもの!!
パー(→←)バソです。くっ付いてないです。お互いの矢印にあんまりにも気付かない二人です。何となくバソ視点。
2週目ドバイの後、何ヶ月後かの話。そろそろマスターはキレてもいいよ……。


少し前にカルデア内で大流行した少女漫画、『ウソでもいいから恋してる』略して『ウソ恋』。
刑部姫とジャンヌ・ダルク・オルタの二人の間で盛り上がり、彼女達の熱心な布教活動もあって、その後瞬く間にカルデアのサーヴァントたちに広がった作品だ。
あの『ウソ恋』の中の屈指の名場面が、夜の遊園地で観覧車に乗るシーンなのだ。(なぜ知ってるのかって?手伝わされたからだよ、姫たちの二次創作漫画の原稿をね!ついでに原作も読まされたのさ。メカクレは少しも出てこなかったけど、素晴らしい作品でした!)
あの漫画の中では、紆余曲折あってグループで遊園地に来たヒロインの少女が、片恋している少年と一緒に皆からはぐれるのだったか。
何だかんだ二人で少し古臭いアトラクションを回り、最後は観覧車に乗って、頂上で少年の方からキスをして——それで初めて、二人とも両片思いだったのが分かる、というストーリーだったはずだ。
遊園地に来て、観覧車に二人きりで乗り込んでいる時点でもう既に両思いだろうと海賊の冷静な部分は思うのだけれど、まぁそれは言わないお約束。野暮というものだ。

そんな少女漫画の王道のようなシーンを思い返していている内に、バーソロミューは一つ嫌な事実に気付いてしまった。

似ている。
あの作品の、あの場面と。
この遊園地の作りも、時間帯も、雰囲気も。

現代の感覚では少し古くさいアトラクション。
日が暮れて、夜の帳が下り、風が吹いていて。暖かな色合いの電飾が、周囲を淡く飾って。
似ている。
いや、似過ぎている。
あの漫画に出てきた光景が、現実味を帯びて目の前にあった。

ちょっと待て。よもや、『あのシーン』を演じろとでも言うのか?このメンバーで?……嘘だろう……?)

いつもは割とおしゃべりな方であるはずの伊達男は、その仮定に行き着いて絶句する他無かった。

気付いてしまえば一目瞭然。この遊園地は、あの『ウソ恋』の名場面の再現であるとしか思えない。
背景の設定だとか登場人物はともかく、少なくともあの作品がこの『特異点もどき』の下敷きとなっている事は確かだった。
もしかしたら、『あのシーン』を三次元で見たいと願った阿呆の思いが、このシミュレーターに、それから聖杯モドキに反映されているのかも知れない。冗談みたいだが、この人外魔境のカルデアでは往々にして有り得る話だった。
しかも、『ウソ恋』はカルデア中に広まった漫画故に、犯人探しは容易ではないだろう。誰が犯人であってもおかしくないとか、本気でやめて欲しかった。
結局、クリア条件が分からないじゃないか。

仮に。
『ウソ恋』のあのシーンを再現する事がクリア条件ならば、今このシミュレータールームにいるメンバーは明らかに人選ミスであった。
そも女性はガレス卿だけであるし、これではヒロインは一択だ。こんなバカみたいなマネを、かの誇り高き円卓の騎士にさせるのは申し訳なさすぎるというものである。たとえ、カルデアの彼女が一端の腐女子であるとしても。
よしんば彼女をヒロインにしたところで、相手を誰にさせるというのだ。これでクリア条件が間違っていた場合、本当に目も当てられない。
やはり外からの救援を待った方が良いのではないか。いやしかし。いやでも。

普段は如才なく周囲に気を配っている海賊は、珍しくああでもない、こうでもないと考え込んでいた。
だから、気付かなかった。
隣にいる騎士が、ぶつぶつと独り言を言って思考の海に沈む海賊を見て、赤くなったり、青くなったり、ぼたぼたと顔に汗をかいたりと百面相を繰り返している事に。

そうこうしている内に、観覧車は動いて頂点がズレる。
今度はバーソロミューが先に気付いて、騎士様にまた持ち上げられては敵わないとばかりに、ひょい、と次のゴンドラに飛び乗った。
それに遅れて気付いたパーシヴァルは、ハッとしたように顔を上げる。慌てて飛び移ろうとしている真っ白な騎士に、海賊は振り返って右手を差し出した。伸ばされた大きな手を捕まえて引き寄せれば、騎士は何の抵抗もなく海賊の隣にすっぽりと収まる。うむ、従順で実によろしい。
パーシヴァルは、体温が高い。僅かな時間だけ触れた指先は、夜気に冷えた海賊の手には殊更に温かく感じられた。彼が横に立っているだけでも、じわりと熱が伝わってくる気さえする。
それだけで安心感を得られえしまえるのだから、我ながら本当にちょろいと海賊は思った。

「やっぱり、君はぬくいなぁ」
「そうなのかい?特に誰かに指摘されたことはあ、暑苦しいとは言われた事があったなモードレッドに
「はは、彼の騎士らしいね。私は体温が低めだから、君のようにポカポカと体温が高いのは羨ましいよ」
「確かに、貴方の体温は低めだね。けれど、」

そこまで言って、パーシヴァルはバーソロミューの方に顔だけを向けて、ゆっくりと目を合わせてきた。
柔らかな春の陽だまりのような、穏やかな天青石の眼差しが注がれる。

どうかしたのかい、と海賊が問おうとした、そのとき。
バーソロミューの手に、そっとパーシヴァルの大きな手のひらが重なっていた。
熱が移りやすいようにか、指先を絡ませて。

あまりに自然で、しかし唐突で。
手袋越しのぬくもりが心地良くて、振り払えなくて。
元々甘いマスクに、とろけるような微笑みを漉いた純潔の騎士は、薄汚れた人でなしの悪人の手を、壊れ物のように優しく包むように握った。

やはり。夜風に当たったからだね、余計に冷たくなっている」

——最悪だ。最低だ。
こちとら貴殿に惚れて数ヶ月だぞ。何てことをしてくれやがる。
海賊の心臓は、何か巨大な化け物にでも追突されたかのように、ひときわ大きく跳ね上がった。

下心だとか、打算だとか、そういう下卑た真似から最も遠い場所に居そうな男は、きっと今だって何も考えていないのだろう。
そういう男だ。
そういう愚かで清らかな男だ。

そんな眩しさを至近距離で浴びせられてしまった海賊は、本当にたまったものではなかった。今でこそハンサムな伊達男を気取っていても、蓋を開ければ三十代後半に底辺船乗りから海賊にジョブチェンジしただけの男である。マトモな恋愛経験なぞ無きに等しい。トキメキ回路も一周して、湧いてくる感情は怒りに近かった。
銃で撃たれたみたいな衝撃を受けた心臓は、その直後からとんでもない早鐘を打ち始めている。エイトビートのロックなんてレベルではない、ほとんどマシンガンの様相だ。弱小霊基の中で血は暴れ回り、今にも吹き飛びそうであった。
エーテルで出来た心臓って、弾けたり壊れたりする事ってあるんだろうか。明後日の思考がバーソロミューの頭を過ぎ去った。

馬鹿みたいに逸る拍動。
首から下はじっとりと汗ばんでいく。

好きだ。好きだ。
あの夏を経てからずっと。
眩しくて格好良くて、こんな悪党にも優しくて。
嫌になるくらい、そういう所が腹が立って、羨ましくて、悔しくて、好きだ。

けれど、それとは裏腹に。

バーソロミューの心の表面を覆う感情は、激しく揺さぶられて荒れ狂う、大嵐のようなのに。
熱い熱いと騒いでいるのに。


脳の奥の奥の方は、何故だか酷く冷え切っていた。


馬鹿になった循環器とは対極に、海色の瞳は、目の前の空色の瞳の奥を、ただひたすらじっと見据える。
その静寂の中に、まるで何か答えを探すように。

……あぁ、何て気高く、美しく、清廉で、優しくて、)

——残酷な、男だろうか。)

海賊の矜持と。
混沌たる悪人の性と。
『持たざる者』の本能のようなもの。

それらは、バーソロミューの狂喜に騒乱する心裡の奥底で、冷たく鋭い釘を打つ。
『お前なんかが?』と。
『隣に立てるような存在か?』と。
呪いの言葉を吐きながら。

星とは、この手に落ちないものと知っている。
掴めないのは分かっている。
何故なら星は、遠く空に在るものを観測して、いつの間にか流れ行くものなのだから。
それでも、愚かにも手を伸ばしてしまう事ぐらいは許して欲しかった。
何に?誰に?
それは、きっと『星』自身に。

(……いっそ君の事が、嫌いになれればいいのに)

どんなに辛く苦しい事があろうとも、何処までも続く青い水平線を憎めないように。
バーソロミューには、この傍らに在る白銀の流星を、きっともう嫌いになる事が出来ない。
かと言って、全てを忘れ去るなんて事も無理だ。
だから何もかもを呑み込んだ上で、全て腹の裡に収めて、前のように振る舞うだけだ。

急激に、熱狂していた頭は冷えていった。
あれだけ騒がしかった心拍も、波が小さくなり凪いでいく。
友として隣に在れればいいと、そう自分に言い聞かせる。
それですら、この世界にまたと無い奇跡なのだからと。

バーソロミューはやや長い息を吸い込んだのち——ポーカーフェイスを顔に貼り付けて、「そうみたいだ、」と騎士に微笑み返した。

パーシヴァル、」
「うん?」
「必ず見つけよう」

何を、とは言わなかった。
騎士も、何を、とは問わなかった。
海賊は騎士と交わしていた視線をそっと外し、天上の星——その細緻なる模造品を見上げる。
いつまで経っても変わらない天球。
何の意味も無い光の羅列。
無味乾燥なソレが、今のバーソロミューにとってはかえって有難かった。


息が触れそうなほど近くに居るのに、何処までも遠く、遠くを見る透明な蒼玉の眼差しを見て、騎士はひゅ、と一つ息を呑む。
それから、彼と同じように作り物の空を見上げて、掌中にある硬く節だった指先を、きゅっと握り直した。
遠く、遠くにあるものを、同じく見つめられるように。


『『——願わくば、貴方に幸多からんことを』』


それは、どちらからともなく発せられた〝祈り〟だった。