保科
2025-10-19 20:06:02
3708文字
Public スタレ
 

口が滑る話

現パロ 酔ったサフェルがアグライアに口を滑らす話

そんなこと絶対ないという信仰があるので、書いた分際で呆然としてる
10/20 Twitterに投げたやつとか追記

……大丈夫、大丈夫だよ、ライア」
前後不覚に陥るほど酷く泥酔したサフェルは、帰ってからというもの譫言のようにその言葉を繰り返す。
飲み会とは聞いていたものの、どうしてこのような状態に。
不安と怒りに、憂い顔で肩を支えるアグライアを、サフェルは焦点の合わない瞳に収めると、嬉しそうに微笑んだ。そうやって、とろけるような、慈しみに満ちた笑みを向けられるものだから。
アグライアはつい、叱ることも忘れ、愛おしさに口を開こうとして――
……大丈夫。あんたの世界は、あんたのオクヘイマは――あたしが絶対守るから、ね……
……セファリア……?」
――しかし、続く言葉に困惑が勝る。
その言葉が指す意味を、アグライアは知っている。『今』ではないいつか。オンパロスと呼ばれた世界にて、アグライアが統治した都市国家。おとぎ話ような曖昧な記憶は、しかし決して偽りではない――目の前の彼女とも共有するものだが、今の言葉はどうにもおかしい。
まるで、今もなお、オクヘイマがアグライアの統治の元存続するかのような言い回し。
意識の混濁が、記憶の混濁までも招いている――よもや、今の彼女は、かつて詭術の黄金裔として名を馳せた頃に、戻っているのではないか。
……大丈夫ですか、流石に飲み過ぎですよ」 
「うん、勿論、大丈夫――大丈夫。大丈夫……だから。出来る、できるんだ、あたしは……大丈夫、大丈夫……
しかし。励ます言葉は言い聞かせるような、呪言のような重みへと置き換わる――ブツブツ、その一心不乱な呟きを、アグライアはかつても今も聞いたことがない。
…………
聞いたことがないというなら、今、彼女が混濁している記憶の推察は容易だった。
恐らく、アグライアの下を去った後、アグライアが知るよしもない時代の、彼女のものだろう。
――その頃の彼女に興味を唆られない、といったら嘘になる。
いつも飄々と、風のように生き、鮮やかに笑っていた彼女を、これほどまでに追い詰めるものが、一体何なのか。
オクヘイマを、世界を守る――火を追う旅を抜けた彼女が、世界を守るというのは、どういうことなのか。
過去の彼女がした選択についてに、サフェルは頑なに口を開くことがなく、また、金糸で暴くこともついぞかなわなかった。
しかし、今ならば――あるいは。
「何を、成すのですか?」
夢現に差し込むような、慎重な問いかけへ。
サフェルは、ぱち、と瞬くと、躊躇う事なく口を開いた。
――黎明のミハニの輝きを、永遠にすること」
ためらうことなく、流暢に返された言葉に。
アグライアは一瞬、幻聴すら疑った。
「あたしが、絶対に消させやしない」
――心臓が、大きく音を立てる。サフェルが口にする言葉を一音も聞き逃すまいと呼吸が止まる。
「900年、できたんだ、だから」
―――
「後、少しなんだ。旅の終わりまで……火種…………あつまれ、……
……そう……、また……ライアに………
ぐらり、不安定なサフェルが倒れ込むのを受け止められたのは、奇跡に近かった。動くことすらままらないほど、アグライアは動揺していた。
……………………
半ば反射で抱きとめたその体が、眠りに落ちる寸前、縋るようにアグライアの服を掴むと、そのままぐったりと力を失う。その熱さを抱えながら、アグライアは早鐘を打つ心臓に背筋を震わせる。呼吸すら忘れそうなほどに思考が回る。
――そう、いう」
辻褄が、合う。
アグライアの死後、黎明のミハニが輝きを失ったということは、トリスビアスから聞いていた。聞いてはいたものの、あくまで知識としての理解しかない。再創世が近づくが故の現象かと、確かめようのない現状は一旦整理を止めておいた。
だが、――そうでないのなら。
それが、疾うの昔に、訪れていた終焉なのだとしたら。それが、彼女の権能故だとしたのなら。
「そういう、こと、なのですか……?」
――真に、オンパロスの黎明を照らしていたのは、誰か。
上擦る声に返事はない。すっかり意識のない少女の寝息だけが、静かな部屋にくうくうと響く。
辻褄が合う。合ってしまう――全てに。
ならば。この子が抱えて、そして西風の果てへと持ち去ってしまったその責務は、覚悟は、一体どれほどのものか、などと――そう考えた瞬間、
………っ、あ、ああ、セファリア、……セファリア――
アグライアは。自分の目から溢れるそれが、涙であると気づくよりも早く。
目の前の少女を強く抱き寄せ、言葉にならない感情のままに名前を呼び続けた。
サフェルは未だ、目を覚まさない。