鹿
2025-10-10 00:51:09
39819文字
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【WEB再録】お前ら、よそでやれ!

いろんな時空の土斎に新八が巻き込まれ続けて可哀想な短編集です。

ジエンドイベントでますます土斎に頭を抱えているし邪馬台国から5周年だしで何かしたいので昨年のスパークで出した再販予定のない本を再録することにしました。
最新イベント通った今の自分だとこうは書かないだろうなあという部分が多々ありますがそこも含め温かい目で見ていただければと思います。



いつかどこかで

「どこもたっけえなぁ……
 永倉新八は賃貸情報誌から顔をを上げる。その勢いのまま後ろに倒れて畳に寝転がって、大きくため息をついた。背中に当たる畳の感触は擦れて固い。だが永倉が引っ越しを考えている理由は、ここが築ウン十年の風呂無しアパートだからでも、壁が薄いだけでなく穴まで開いてるからでも、インターホンのひとつもついていないからでもない。
ここの大家の一家は皆大らかで気持ちの良い人柄である。壁の穴は困ったものだが、それが原因で隣に人が入らないから気を使わなくて良いという側面もある。ベランダに置かれた古い洗濯機だって慣れればどうとでもなるし、風呂がついていないのだって、銭湯で近所の爺さん達と話すのが好きな永倉にとってはむしろ良いところでさえある。少々騒がしい時もあるが駅も近く、今の職場の高校へは自転車でも通える距離だ。「やつら」さえ来なければ引っ越しなど考えないものを――
 がばりと起き上がりながら気づきを得た永倉は勢いよく部屋の隅に賃貸情報誌を投げた。最近練習を手伝っている野球部仕込みのコントロールで、まるめた情報誌は見事ゴミ箱にジャストミートする。
……いや待て!? よく考えたらなーんであいつらなんかのために俺がここ離れなきゃなんねえんだよ!?」
 そう、問題はこのアパートにあるのではない。永倉という人間が、そのつもりもないのに背負い込んでしまったある厄介な人間関係 トラブルに起因している。
「そうだ! あんなはた迷惑な連中のために、俺が自分を曲げるなんざおかしいだろうが! こう、毅然とした態度で……
 ――――ピーンポーン
 今時なかなか聞くことのない旧式のチャイム音に、せっかく入れた気合いが霧散していくのを感じた。玄関から聞こえる「永倉さーん、お届け物でーす」という声に、申し訳程度に髪を整えつつ玄関扉に向かう。
「へい、どっからの荷物――――ってお前!?」
 だがさして力も入れずドアノブを引いた瞬間、永倉は自分の判断の間違いに気がついた。
「お前、もうちょい防犯意識持った方がいいんじゃねえの」
 宅配便を装っていた時とはまるで違う声色に驚く暇さえない。ドアの隙間に覗いた、短く切られた青灰色の髪。それを認めた瞬間にすかさず扉を閉めようとしたが、待ち構えていた向こうの方が一瞬先んじて扉を押し、男はするりと中に入り込んだ。
「てんめぇ斎藤いーかげんにしろや!! 不法侵入だろこんなの!」
 怒鳴る永倉をまるで気にする様子もなく侵入者――斎藤はずかずかと部屋に乗り込んで、背負っていたリュックを下ろす。さらに隅に寄せられていた座布団を畳んで枕にし、そばにあった漫画本を読みはじめてしまった。これは少なくとも数時間居座る姿勢であると、永倉は数年にわたるこの男との付き合いの中で知ってしまっている。
「新八、これ先週新しいの出たのに買ってねえの?」
「うちはネットカフェじゃねえぞコラ!! つうか発売スケジュール把握するくらい好きならてめえで買えよな!!」
 年単位で付き合いがあっても、一体どうしてここまで傍若無人に振る舞えるのかは永倉には全く理解できない。自分がこの男のクラスを受け持っていた時、誰にでもヘラヘラとそつ無く深入りしない態度で接する少年であったことを知っているからなおさらだ。
『斎藤? うん、友達だけど、一番仲良いのは自分じゃないと思うけどな』
 クラスの誰からもそう言われ、では一番仲がいいのは誰か聞くと全員が違う人間の名前をあげてくる、妙な生徒だった。もっとも、変だと思っていたのは新任の永倉だけで、歴代の担任もそれ以外の教師も、特に注意を払っていなかったようだが。
「シリーズの途中から買うの嫌なんだよ、半端な巻だけ置いてあるの見栄え悪いし。ポチってここに届けるか」
「うちは本棚でもねーんだよ!」
「あ、外伝も買ってねえじゃんこの本棚、セットで頼もっと」
 しかし何度注意しても永倉に対してだけはあからさまに舐め腐った態度を取り、そのくせ妙に絡んできて、卒業しても家にまで押しかけてくるという始末なのである。
「おい何お急ぎ便頼もうとしてんだ、明日も来るのか!?」
「明日もっていうか、明日までっていうか、いや逆に明日もか?」
「何日居座るつもりだよ!?」
 怒鳴っても斎藤はどこ吹く風で、片手で持参したリュックをポンポンを叩いた。
「気にすんなよ寝袋は持ってきてるし」
「誰がんなこと気にしてんだよ! 帰れ!!」
 瞬間、家主の怒りなど気にもとめずスマホをいじっていた斎藤の動きが止まる。ヘラヘラと軽薄な薄笑みを浮かべていた顔にはみるみるうちに『不機嫌です』の形を作り、そっぽを向くように寝返りをうった。
 一体どうしたと永倉は一瞬怯んでしまったが、よく考えなくてもいきなり部屋に居座られて不機嫌を垂れ流される謂れなんぞないのだ。在学中ならまだしも、卒業して数年になるのだから、ただの不埒な侵入者でしかないのだし。向けた背を足先で小突きながら『毅然とした態度』で抗議を続ける。
「なんだその顔は! 文句あんなら出て……やめろ! 寝袋広げんな! 寝ようとすんな! 泊まっていいなんて言ってねえ!」
「うるせえよギャンギャンギャンギャン、大家さんたちに申し訳ないと思わねえのか」
「騒ぎたくて騒いでねーわ!」
 しかし結局、こちらがどんな態度でいようと相手に聞く気がなければなんの意味もない。そんな非情な現実を思い知らされるだけだった。それならと寝袋に潜り込んでミノムシになった斎藤を抱え上げて外に出そうとするも、両手両足をしまい込んでいる人間とは思えぬ機動力と柔軟性で狭い部屋中を転げ回られる。
 そして永倉が息を切らせとうとうひざまづいた時、再び部屋にチャイム音が鳴り響いた。こうも疲弊している中で訪ねてこられたところでろくな応対はできない、なんなら無視したい気分である。
「永倉さーん」
 扉の外の声が、大家の息子のものでなければ。
…………本当に……すまん……
「やーごめんねえ、馬鹿がうるさくて。あ、これお土産。ご家族でどーぞ」
「お前っ……マジでお前……!」
 誰のせいでうるさかったと思ってんだ、俺には手土産の一つもねえくせに、そもそも何を我が物顔で挨拶してんだここはお前の家でも何でもねえ、言いたいことが山のようにあるとかえって言葉は出てこなくなるものである。
「わー、お蕎麦だ。ありがとう一ちゃん」
 この部屋からの騒音は当然気付いているだろうに、平然と蕎麦を受け取る少年の懐の深さは尋常ではないと永倉は額を抑えた。この息子を筆頭に大家の一家が人並み外れた大らかさを持っていなければ、永倉が引っ越したくなくても追い出されていただろう――もっとも、住人でもないのに入り浸る謎の男たちにももっと苦言があったかもしれないが。
「こいつはすぐにでも追い出すから……
「気にしなくて大丈夫だよ、このくらいうちのアパートじゃよくあることだし……それでね永倉さん、今日は――
 そう、永倉は大家一家の器の大きさには感謝している。しているのだが、それも一長一短だとも思っている。
――斎藤、やっぱりここか」
 なにせこの少年は、背後から現れた住人でも親族でもない強面の男のことさえ、すっかり顔馴染みとして受け入れてしまっているのだから。
 斎藤はその男の姿を認めた瞬間、ヘラヘラ笑いをしまい込んで即座に扉を閉めた。そればかりか窓まで施錠しカーテンも閉めてしまう。大家の息子に応対するため抜け出ていた寝袋に入り込み、すっかり引きこもりの体勢である。
「どーせそんなこったろうって思ってたけどよ、なんであいつと喧嘩するといつも俺んとこ来んだよお前。向こうだってここは知ってんだから当然すぐ見つかるに決まってんだろ」
……喧嘩とかじゃねえし」
「ならそんな風に引きこもる必要ねえだろうが! しかも俺んちで……おいやめろ土方! 扉叩くな! 最近立て付け悪いのにますます歪むだろうが!」
 玄関扉を叩いて斎藤を呼ぶ男に怒鳴りながら、永倉は天を仰いだ。一体どうしてこんな奴らの侵略を許してしまったのだろう。元々は一年きりの副担任とその生徒と、その在学中に片手で数えられるほどの回数顔を合わせたきりの父兄、それだけだったはずなのに。
 
 永倉が新任教師として緊張しながら高校に赴任したころ、斎藤は癖っ毛を肩まで伸ばした少々チャラ付いた印象の生徒だった。いつもヘラヘラ笑って誰とでも話し成績もそれなり、それだけなら永倉だって気にはしないのだが。
『新八せーんせーい』
『永倉先生って呼べ! 何回も言ってんだろ!』
 最初のうちはそう注意していたのだが、クラスの誰とも、何ならクラスや学年が違う生徒ともたいがい交流がある斎藤がそう呼ぶせいで、永倉はすっかり『新八先生』として定着してしまった。いや、それだけなら構わない。斎藤は明らかにからかいの意味で呼んでいる気がするが、他の生徒からは親しみを込めたあだ名として定着したのだし。
『新八先生って最初はいかつい感じがしてちょっと怖かったけど、斎藤くんがああいう感じで絡んでるから結構話しやすいんだなって思ったよね』
 そんな風にクラスの女子たちが話しているのを聞いた時にはたいそう驚いた(何せ永倉は自分にいかついだとか顔が怖いだとかいう自覚はまるでなかった)。だが確かに、斎藤には不思議とそういうところがあった。どこにも所属しないわりに周りのことをよく見ていて、何かトラブルになる前にさり気なく調整しているような。新卒でいきなり受験生の副担任になってしまい、てんやわんやの永倉からしたら、正直有難い存在でさえあった。
 そんな生徒がなぜ、永倉の授業でだけは寝癖がついてるとか字が間違ってるとか指摘してイジるような、そんな小中学生じみた真似をしていたのだろうか。
『よっぽどお前のこと、気に入っているらしい』
 土方はそう言っていたが、悪い冗談としか思えない。
 斎藤の両親は仕事の都合で行事や面談の類にあまり顔を出せないらしかった。その代わりとしていつも学校には、遠縁の親戚だというその男――土方が出席していた。
『永倉……先生。初めまして、土方です』
 いっそ不躾なほど、真っ直ぐに相手の顔を見る男だというのが第一印象だった。高校生の保護者としてはあまりに若く(当時まだ二〇代だったはずだ)、すれ違った女生徒が思わず色めき立つような顔立ちをしていた(永倉にはどうにもピンとこないが)。担任曰く、斎藤が生まれた時から交流があり、斎藤の両親は土方を兄代わりと信頼しているらしい。
――――土方さん、来てたんですか』
『来るに決まってる。進路の話なんて、お前は家じゃしてくれねえしな』
『あんたから聞いてもこないですから』
……そうだな。第一、口を出せる立場でもねえ』
 しかし、そのわりにはよそよそしいというか、一歩線を引いて接してやいないかと感じたのを覚えている。
 その後、担任との面談を終えて出てきた斎藤が、あからさまに不貞腐れた表情でどこかへ走り去って行くのを見かけて、つい続けて出てきた土方に声をかけてしまった。
『何かあった……んですか』
……大学に受かったら、俺の――私の家から通いたいと言って。断ったらあの様子です』
『また図々しいことを――あ、普段は、というか大体の人にはそんなこたないですけどね、斎藤、くんは。ええと、ほら、甘えてるのかもしれないっすね』
 今思い返すとたどたどしく敬語を使っている自分が滑稽だった。
『あいつ、お前にゃ図々しいのか。そりゃあ――よかった』
 土方の方は早々に丁寧語さえ使わなくなっていたからなおさらである。第一何が良かったというのか。なぜあんなに――――
 
 望んでもない縁のはじまりを思い返しているうちにいつしか扉の外は静まったが、斎藤がここにいる限りまた土方はやって来る。何とか追い出さなくてはと思うものの、斎藤は胎児のように体をまるめて動こうとしない。寝袋から無理やり引っ張り出そうとしても脛に蹴りを入れてくる始末。半端なミノムシ姿でため息をつく斎藤に、永倉は問う。
「斎藤、手前本当に何がしてえんだよ。ここでうだうだしてたって何にもならねえだろ」
……うるせえ」
「うるさくたって言うわボケ。何度も言うがここは俺んちだ、俺に許可もなくここで拗ねてんじゃねえよクソガキ」
「ガキじゃねえ、俺もう来年には大学だって卒業するんだよ」
「ならなおさら常識を身につけろや!」
「なのにあの人、未だに俺に指一本触れようともしねえ……
 永倉は深い深いため息をついた。どうして自分は、こいつらのそんなプライベートを共有されなければならないのか。自分は、お前たちにとってなんだというのか。
 辿ったところで決して答えなど出ないのに、記憶の蓋は自然と開かれてしまう。
 
 永倉以外の教師は皆、斎藤のことを優等生というほどでもないが、問題も起こさない生徒として認識していた。だが永倉は一度、補導された斎藤を迎えに行ったことがある。
 ある日学校に残って授業の準備や雑用に追われていた永倉のもとに、突然警察から連絡が来たのだ。面談の後斎藤が走り去った日から数日後のことだった。永倉は面喰らい、保護者や担任に報告するのも忘れて駆けつけたら、斎藤はいつも通りのふてぶてしさでポケットに手を突っ込み、警察の備品の椅子に座っていたから、安心すると同時に呆れを覚えた。
『なんで俺を呼んだんだ?』
『土方さんに連絡したくなかったから』
『そうだとしても普通こういう時は担任呼ぶだろ』
 警察は、かなり遅くに街をふらついていたので声をかけただけ、補導は初めてのようだし迎えが来たなら帰っていいということであった。随分あっさりしていると、幸い警察に世話になった経験のない永倉は拍子抜けしたものだ。
『連絡したくねえって、喧嘩でもしたのか?』
 斎藤は答えず、わずかな街頭が照らす夜の道をことさら怠そうに俯いて歩く。
『別に答えたくねえならいいけどよ、こないだの面談のことか? いくら兄代わりだって言っても、あんな若い一人暮らしの家に、こんなでけえ子ども住ませないだろ普通は』
『あの人のこと兄貴とか思ったこと、いっぺんも無えよ』
 冷たい言葉だったが、あのどこか距離を置いた態度を思うとそれは当然な気もした。両親が信頼していようと子どもの方はそうじゃないなんてのもあり得る話だろうし……
……ん? じゃあなんでお前土方、さんの家に住みたいとか言ったんだよ』
 斎藤がふは、と息を吐いた。思わずひっぱたいてやりたくなるような実に憎たらしい笑顔だったが、なんとか踏みとどまる。そんな永倉を斎藤は、したり顔で見ていた。
『あの人が俺と一緒に住みたくない理由、わかるか新八』
 質問に質問を返される。まともに答えるとは思っていなかったが、やはり腹立たしい。
『せめて先生つけろや』
 ほとほと馬鹿らしくなりいつもの注意もおざなりになっってしまった永倉に、斎藤は嘲るような笑みを浮かべて言った。
『土方さんは、俺のこと好きなんだよ。でも手ぇ出す度胸がないんだ』
………………はあ?』
 永倉にはわからない。いつも軽んじた態度で接してくるくせに、斎藤はなぜ自分にそんな話を打ち明けたのだろう。あまりにも突拍子もない話に口をぽかんと開けた永倉を、斎藤はけらけらと笑って見物していた。絵に描いたようなクソガキそのものだ。
『笑えるよなあ。今の俺はただのガキで、あの人に何をしてあげられるわけでもねえのに、十何年も健気にさ』
 だが同時に――逆光で影になった顔は、どこか大人びて見えるような――いや違う。これは既視感だ。永倉の頭にはどうしてだろう、いつも銭湯で挨拶を交わす間柄の老人たちの顔が浮かんでいた。別れを、どうにもならなかった過去を飲み込んで生きている、そんな顔の数々に似ている。しかしそのどれとも違っていて、なのにどこかで――
……馬鹿面!』
 しかしそんな風に思ったのは一瞬で、街灯で顔が照らされたら、そこにいたのはいつものクソガキの顔だった。
 思い返してみれば、斎藤に本格的に絡まれるようになったのはこの日以降からだ。警察署から送ってやる途中、やむを得ず荷物を取りに行ったせいで永倉の自宅を知られてしまったのも良くなかったし、斎藤のした『告白』を、咄嗟に笑い飛ばせなかったのもまずかった。兄代わりの十歳近く年上の親戚から、そういう意味で好かれているなんて言っている高校生がいたら、普通はまず冗談かと思うだろうに。
(でも、そうは見えなかったんだよ)
 誰にともなくそう言い訳してしまう。結局こんなことを一人で抱え込んでおくなんてことはできず、永倉はある日密かに土方に連絡を取った。
『あいつが、いや、斎藤くんがですね、土方さんは自分のことが好きで、でも手を出せないから同居を断ってる、なんて言ってんです』
 我ながら直接的すぎるとは思ったが、もとより回りくどいやり方ができない性分なんだとまごまごしながら聞く永倉に、土方は全く動じずに答えた。
『ああ、その通りだ』
 きっとそうではないのだろうと直感しながらも、心のどこかで斎藤の思春期特有の誤解であることを期待してもいたのだが、あっさり打ち砕かれた。
…………なんでだ?』
『生まれてくる前から、好きだったからな』
……なあ、なんでお前ら、俺にそんな話をするんだよ』
『真剣に聞いてくれるじゃねえか。こんな、与太話を』
 だってしょうがないだろ、お前らが本気なんだから。対応を図りかねているうちに、斎藤はあっさりと大学に合格し、卒業していった。結局土方との同居は断られたそうだが、何かにつけ泊まろうとしては断られたり、たまに押し切れたりしたらしい。結局、手を出されることはなかったそうだが――いや、なぜそんなことをいちいち知らされなきゃいけない?
 
 ――思い返してみると、自分の心に隙があったと思わなくもない。土方の愚直なほどの真っ直ぐさに、斎藤のひねくれた態度では誤魔化しきれないほどの真剣さに、正常な判断ができなくなっていた。まるで自分がこいつらのことを――どうしてもほっとけないみたいに、思ってしまっていたのだ。
「ふっっざけんなよ本当に! お前はもうとっくに卒業して成人してる、何をしてようが俺にゃ関係ねえだろ、土方はなおさらだ!」
 だがそれにも限度というものがある。こいつらがどれだけ本気であったとしても、あの日のあいつらの目に何を見たのだとしても、現状起こっている事実は――
「なのになんで俺がお前らの――痴話喧嘩に巻き込まれなきゃいけねえんだ!」
 そうだ。こいつらはみっともない両片思いを十数年続けていて、自分はそれに理由もなく巻き込まれているだけだ。それなのに斎藤はまるで永倉に責任があるかのような顔をする。
「うるっせえ! なんも覚えてねえくせに真剣に向き合ってくれるのが悪いんだろうが!」
「なんだそりゃ…………!?」
 発言のあまりの勝手さにも、どこか違和感を覚える言い回しにも困惑して言葉に詰まってしまった。人間はあまりに理不尽なことを言われると頭がくらくらするらしい。まるで全身が揺れているような――
――うぉわっ!? なっ、何だぁっ!?」
 どぉんっ! ごぉんっ! がぁぁぁぁっん!
 違う。事実として部屋が揺れている。隣室との間の壁が殴られているのか?
 容赦なく壁を叩く音は鳴りやまず、その中にミシミシと軋む嫌な音が交じりはじめ、永倉の背は恐ろしい予感に冷や汗が流れる。
「おい……やめろ……まさか――――!」
 その予感は的中する。
 ベリベリミシミシバキバキドゴン! と崩れる音とともに――隣室との壁は崩壊した。
 永倉はあまりのことにしばし口を開けたまま固まっていた。しかし人ひとり通れるほどの大穴の向こうに不必要なほど堂々と立っている男の姿を認めると、ようやく正統極まりない怒りが湧いてくる。
「何やってんだ土方ボケコラ――――――――!!」
「あ、永倉さん、これさっき説明しようとしてたことなんだけどね」
「んなとこで何してんだ!? てか流石に通報しろよ! 犯罪だろ!」
 破壊された壁からひょっこり顔を出した少年の発言を、土方が引き継いで言った。
「この度このアパートのリフォームを、新選組 うちが請け負うことになった」
「は?」
「手始めに穴が開いてるっつう壁の強度を確かめてみたら、思った以上に老朽化がひどくて穴が広がっちまった。不幸な事故だな」
「おめーんとこ本当に真っ当な建設会社なんだろうな!?」
 正直初めて会った時からずっと、一般会社員にしては強面すぎると疑わしく思ってはいたのだ。しかし毎度毎度騒ぎを起こされるせいで、追及できないままここまで来てしまった。今もこんな非常識な状況を横に、逃亡を図る斎藤を土方が捕まえようと、狭い室内で攻防が始まっている。
「斎藤、逃げるな」
「逃げるなってなんだよ! いっつもあんたの方から遠ざけてたくせに!」
……そうだな」
 土方がやや目を伏せると、斎藤はあっさりと手を捉えられてしまった。永倉からは寝袋に入ったままでもあれほどぬるぬる機敏に逃げ回っていたくせに。こいつらのこういうところが阿呆らしいのだ。
「生まれた時から俺がそばにいたせいで、お前の自由を奪っちゃいねえか、他にも選べる道はいくらでもあるのに、俺に縛られてんじゃねえのか、んな下らねえこと考えてた」
 土方はそこまで言って、なぜか永倉の方を見た。
「いつ、どんな形で出会ったって、お前はお前に決まってんのにな」
 いったいなぜ――こんなに嬉しそうに、俺の顔を見るのだろう。首を捻る永倉をよそに、斎藤と土方は勝手に話を進めている。
「あんたって本当にわからずやだよ、僕はずっと好きにやってきたんだ、なのに、また世話かけてるとか、くだらねえこと言って遠ざかろうとして」
「ああ、ずいぶん長く待たせた。さすがのお前ももう俺に愛想が尽きる頃かもしれん。けどお前も知っての通り、おれは諦めが悪くてな」
 薄い畳にひざまづいて、土方は斎藤の手を取った。
「土方さん……
「斎藤、ここで一緒に暮らしてくれねえか」
…………は?」
 涙ぐんで言葉が出ない斎藤に代わって声を上げたのは永倉であった。
「待て待て待て待て、え? ここって」
「うちで工事請け負うっつったろ、この隣の部屋、俺と斎藤の新居にする」
 土方の言葉は難しいものではないはずだが、意味を理解するのに数十秒を要した。
…………はあああああああ!?」
 理解して、理解などしたくなかったと後悔した。
「いやあ……俺もここは二人で住むには正直狭いんじゃない? って言ったんだけど……
 大家の息子が呑気に言うが、正直そこは問題ではない。
「お前らがくっつこうが離れようが好きにすりゃいいけどよ! なんで! 俺の隣に⁉︎」
「金ならそれなりにあるつもりだし、別に俺の家はそのまま残したっていい。俺と、斎藤の気持ちが落ち着けるところなのが重要なんだ」
「俺の気持ちも考えろや!」
……土方さん、本気なんですか?」
「俺が冗談苦手なの、知ってるだろ」
「たのむから冗談であってくれよ!?」
 必死の訴えにも二人はもう耳を貸さなくなっていた。どうしてお前らはそうなんだ、俺の部屋は勝手に借りているくせに。
「土方さん、本当に僕と……一緒に生きてくれるんですか?」
 どうしてかは相変わらずわからないのだが、斎藤が真剣なのが伝わってきて、思わず土方の返答を待ってしまう。
「ああ、この一生、ずっとお前に隣にいてほしい。だから、もしお前がもう俺のとこにいるのはつまんねえって離れたくなったとしても、嫌だ、行かないでくれってみっともなく縋り付いちまうかもな」
……は! やってみせろよ格好付けが! 僕のこと恋しくって新八の家でぐずぐずに泣いたりしてみせろよ! もし、本当にそんな風に思ってくれるなら、そうしたら今度は、僕が迎えに行ってあげますから……
「いや……そこで俺が出てくんのおかしいだろ……!?」
 永倉の声は届いていないのだろうか。届いているが無視されているのだろうか。
……斎藤」
「土方さん……!」
 二人は固く抱きしめ合った。もう互いのことしか見えていないだろう。雰囲気以外は何もわかっていない大家の息子はひとまず拍手してみている。呆れた豪胆さだ。
「いやだから……なんで俺んちでやるんだよ!?」
 永倉の叫ぶ声は、虚しくこだまするばかりだった。