鹿
2025-10-10 00:51:09
39819文字
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【WEB再録】お前ら、よそでやれ!

いろんな時空の土斎に新八が巻き込まれ続けて可哀想な短編集です。

ジエンドイベントでますます土斎に頭を抱えているし邪馬台国から5周年だしで何かしたいので昨年のスパークで出した再販予定のない本を再録することにしました。
最新イベント通った今の自分だとこうは書かないだろうなあという部分が多々ありますがそこも含め温かい目で見ていただければと思います。



とある宇宙の片隅で

かつて、宇宙空間には音が無いとされていた。音というのは空気の振動であり、真空である宇宙空間でそれは発生しないと。
 しかし宇宙がそんな物理法則に縛られていたのも今や昔のこと。この蒼輝銀河においては、どこからともなく音が聞こえることがある。この宇宙に満ちる種々の粒子は、そこに生きるサーヴァントたちの活動により揺らめき、震え、遥かな彼方にいる誰かの、エーテルでできた身体にその音は響くのだと。
 そんな宇宙 そらの片隅、管理番号も振られていないような星域で、永倉新八はその日――――星が砕ける歌を聞いた。

…………?」
「新八、こっちの片付け手伝って……どうしたの? ボーッとして」
「え、ああ、悪いな蛍」
 セレクトショップSAIKAは、この広大な宇宙で知る人ぞ知る移動式アパレルショップである。知る人しか知らないため当然客の数は少なく、店長代理の蛍は大して動かない在庫の確認と掃除ばかりしている。ひょんなことから雑用係として雇われた永倉は、小柄な店長代理に代わって荷物運びがもっぱらの役割だ。
「この反重力ブーツは上の棚に置いてほしくて……一個ずつでいいよ? 重いでしょ」
「いや、ここいらの重力だったらこのくらい大丈夫だろ」
「前にそれで腰がピキッ……てなってた」
「い、いやもう平気だからな! 年寄り扱いはやめてくれや!」
 永倉は老人の姿のサーヴァントである。宇宙に生きる人間の身体が全てサーヴァント体に置き換わり、肉体が最も効率良く動く年齢で成長を止めるようになったこの更新後の宇宙では珍しいことだった。
「でもさっきも耳が遠くなってたみたいだし……
「違うっての! むしろ何か聞こえた気がしてだな」
「客の気配には気づかねえのにか?」
……誰だ!?」
 いつの間にか店の入り口に立っていた人影に永倉は思わず臨戦態勢をとる。
「言っただろ? 客だ。店員の教育がなっちゃいねえな」
「ここがどういう店か、わかってるならそうは言わないと思うけど」
 薄く笑いながら言う影に対し、蛍の返答は冷ややかだ。確かに永倉の態度は普通飛び込みの客に対し取るものではない。だが、セレクトショップSAIKAは普通の店とは言い難い。小型宇宙艇を改造した移動式店舗、そのどこでも店を構えられるという利点を、客の多い所へ移動するために使用しないのもそのためだ。むしろ中型以上の船では近寄ることさえしたくない小惑星帯の只中に店を置き、「わかっている」客以外を寄せ付けぬようにしている。
「警戒すんな。偶然立ち寄っただけだ」
 背の高い影は警戒を意に介した様子もなく、店内に入り込んできた。店の照明に照らされて見えたのは鋭い目つきの、しかし俳優か何かのように澄ました顔の男だった。初めて来る店であろうに、赤いブーツに包まれた長い足の歩みには迷いがない。低い重力のため、室内ではためく黒い外套がいやに様になっていた。ほんの少し片頬を上げるだけの笑顔はおそらく、色男と呼ばれる類なのだろうが、あいにく永倉には興味のないことだ。
「偶然、ねえ。お前さんを見ても通報しないような店に偶然来たってか? 銀河をさすらう宇宙海賊、スペーストシゾーさんよ」
「なんだ、気づいてたか。真っ当な店じゃなさそうだとは思ったが」
 SAIKA店内にはサーヴァントの各種隠蔽スキルまで貫通して霊基情報を取得し、銀河連邦の犯罪者リストと照合する最新鋭防犯システムが密かに設置されている。目の前の男に関する情報も、システムは即座に蛍と永倉の霊基記憶領域に直接秘匿送信している。しかし、その内容は正直システムの性能を疑いたくなる支離滅裂なものだったが。
 曰く、内戦の起きた星に現れ、どちらの陣営にも与することなくただ平等にすべてを灼く狂気の賊。数千年前この宇宙を滅ぼさんとした『原初の女神』討伐チームの一員。それ以来、幾度もの銀河改変を超えて不変の存在。永遠にただ一人、宇宙をさすらう烈風――この上背の割に細身の男が、そうだというのか。
……素性を把握するのはあくまでトラブル予防のため。ちゃんとお代を払うならどんなサーヴァントだろうと受け入れるのがSAIKAのモットーだよ。いらっしゃいませお客様、SAIKAにようこそ。何をお探し?」
「肝の座った店主だな、品揃えも充実してる……こりゃ対星間誘導弾用の防弾ジャケットか、よくこんなもんが手に入ったな」
「店長代理だけどね。無骨なデザインが逆にかっこいいでしょ。手入れ方法に詳しい人材を紹介したり、宅配サービスも利用可能だよ。SAIKAはアフターフォローも万全だから」
「ふ、なるほど。そっちが主業か」
 男の言う通り、アパレルショップは規制逃れと店長の趣味から始まったようなものである。店内にひしめくように並べられた商品は一見したところファッションアイテムのようだが、よく見れば過剰な防弾防刃加工が施されたインナー、最高速度が光に届く加速装置付ブーツ、認識阻害機能付きの逃亡者向けサングラスと怪しいものしかない。
「SAIKAってなどっかで聞いたと思ったが――銀河傭兵集団の雑賀衆か。通りで服屋にしちゃ厳つい店員がいるわけだ」
「おう、タチの悪ぃ客にゃ思わず手が出る方なんでな。用が無えんならさっさと出てくのが身のためだぜ?」
 こちらがいつでも得物を抜けるようにしていたのには、相手も当然気づいていたらしい。だがこちらの警戒を、宇宙海賊はむしろ嬉しげに受け止めてくつくつと笑っている。
「一見客だからってそう邪険にすんなよ。ああ、このガントレットは良いな」
「そこの区画は現品限りのレア物揃い。そのグローブも、付属のサイコガンの部品がもう手に入らないから」
「そりゃ残念だ、照準に癖はあるが手に馴染む良い銃だった」
 蛍はこっそりと手招きして永倉を呼んだ。
「あの人ほんと千年以上前に指名手配されたのかも。あれ廃盤になったの三シーズン前だよ。SAIKAでも使える人数は片手で数えられるくらい」
「俺のことが気になるか?」
 蛍の声が聞こえていたのか怪しむ視線を感じたからかは定かでないが、宇宙海賊は首だけ振り返って、何が面白いのか知らないが微笑んでいる。
「そう睨むんじゃねえよ。俺はただ、気に入りの歌に誘われるまま船を走らせて、偶然この店に通りすがった、見ての通りの宇宙一の伊達男だ」
……面白くもねえ冗談だな」
 自称宇宙一の伊達男は鋭い美貌に似合わぬきょとんとした表情で、永倉に顔を向けた。
「歌ってのは今日この辺りに響いてたやつか? 冗談じゃねえとしたら手前、趣味が最悪だ。あんな、何もかも終わってバラバラに引き裂かれるみてえな音……
 蛍は不思議そうな顔で永倉を見つめている。さっきの反応からして聞こえていなかったのだろうが、それなら幸運だ。何百何千の嘆きと後悔を束ねたような、微かに響いてくるだけで霊基がざわめくような、悲しい歌だった。
 なのにこの海賊ときたら、まるで懐かしい旧友にでも会ったかのような、穏やかな笑みを浮かべているではないか。
「お前、知ってるか? 星はそこに住む命がすべて消滅して終わっても、終わったって記録は残るんだ。たとえ誰からも見捨てられたような星だったとしてもな」
 こちらの感傷を知ってか知らずか、宇宙海賊はつらつらと語り続ける。
「星が終わるほどの泣き声は、必ずこの宇宙に満ちる粒子を揺らす。宇宙に拡散して、溶けて無くなったように見えても、この宇宙はそれを覚えてるんだろうな、何度更新を重ねたって、不意にその跡は現れてくる」
「その跡が、歌になって響いてるって、あなたはそう思ってるの?」
 蛍の問いに、海賊はどこか遠くを見るような顔をして、答えた。
――いや。知ってんだよ」
 このサーヴァントユニヴァースは停滞を嫌う。積み上げていったものに縛られるのを厭う。故に銀河のどこかでは常にとんでもないトラブルが発生し、宇宙全体の定期的なリセットとサーヴァントの再構成が繰り返される。永倉には到底信じられない。そんな宇宙で、それでも男が見つめる先にあるものは、どこかに残っているとでも?
「歌が聞こえるのは――記憶はそれを忘れても、再構成 リポップで姿形が変わっても、その身体を形作ってるエーテルは、その声を覚えてるからかもな」
 だが男は、その不滅を確信しているらしかった。真っ直ぐにこちらに目を合わせてくると、その漆黒の瞳の奥には揺らめく炎のような、あるいは瞬く星のような煌めきがあると気づく。その輝きに、この身のエーテルが共振するような――いや、錯覚だと首を振った。
「ところでな、買いたいものができた」
 そっぽを向かれても男は気にした様子もなく、そんなことを言い出した。
……へい? 何をお求めで?」
「この店で出せる商品全てと――お前の腕だ」
 店の小さな会計カウンターに、場違いなほどの輝きが溢れる。
「これは前金だ。俺のアジトまで無事に辿り着けば成功報酬としてこの三倍払う」
 トシゾーが取り出したのは、両腕一抱えはあろうかという大量の(懐に四次元収納袋でも忍ばせていたのであろう)アルトリウムの結晶であった。一目その輝きを見ただけでも純度の高さが窺い知れる。確かにこの店の商品全てを買って釣りが来るだろう。
「仕事の依頼なら喜んで受けたいところだけど……さすらいの賞金首、一匹狼で有名な貴方が、私たちの力を求めるのはどうして?」
「ああ、それはもうすぐわかる」
 男がそう言い切る前に、店の外に目が眩むほどの光が弾けた。
 レーザー弾による光であると、続いて起こった爆発音と店が軋むほどの振動で理解する。
――今のは警告だ。そこにいるお尋ね者を引き渡せば、お前たちに危害は加えない』
 威風堂々という言葉を人の声にしたらこうなるだろうという声だ。店内の通信設備に発信するのではなく、わざわざ周囲全てに聞こえる宇宙空間用のアナウンスを使うのにも納得がいく。これは己のやることに一切後ろ暗い点がない者か――あるいはどんな批難を受けようと一切揺らがぬと決めている者の声だ。
『俺は宇宙甲斐族スペース信玄、又の名をエリア甲斐城主、武田信玄! 猶予を与えるのは六〇分の一宇宙時間のみ! 賢明な判断を期待する!』
「はぁっっっ!? 手前ぇ、まさか武田に喧嘩売ったってのか!?」
 スペース信玄率いる宇宙甲斐族とは、銀河でも屈指の武闘派集団である。隣接するエリア越後のギャラクティカ謙信との川中島銀河における戦い――通称ギャラクシアン・川中島・ウォーは語り草であり、余波だけで惑星の軌道がずれたとまで言われる激闘であったという。
 エリア甲斐の兵隊はその精強さ、練度の高さで有名であり、爆発に戸惑っている間に店の周囲は赤い装甲で揃えられた高機動艇の小隊――通称武田赤備えで囲まれていた。小惑星帯でも戸惑うことなく隊列を組んでおり、抜け出すのは至難の業であろう。
「喧嘩売ったつもりはねえんだがなぁ。どうも最近、近所の星の内戦に介入してあわよくば領宙 りょうちにするって計画立ててたらしいんだが――それをどっかの海賊が両方ぶっ潰したせいで、おじゃんになったらしいぜ」
「バッッッッカじゃねえのか! おい蛍、武田に目ェつけられるんじゃ報酬もらったとこで割に合わねえぞ!」
「うーんそうかも……とにかく通信してみよう。あー、こちらセレクトショップSAIKA、スペース信玄、当方に戦闘の意志はなし」
 しかし通信を受け取った瞬間、それまで粛然としていた甲斐族にどよめきが起こった。
『SAIKA……だと!? まさかあの、今魔川星団の女に片端から手を出したせいで惑星破壊爆弾でもって追われているあの……!?』
『逃亡先の甲斐でも複数の女に言い寄った結果防衛隊の人間関係を粉々にしたあの……!?』
『俺がこの戦いが終わったら告白しようと考えていたあの娘を三〇分で落として次の星に去って行った、あの雑賀孫一の……!?』
 蛍は無言で通信を切った。そのような人物には心当たりしかなく、蛍の親代わりで永倉をこの店に雇った店長で、現在女性関係のトラブルから身を隠している雑賀孫一のことだった。
「どうしようこれこの人の首ひとつで許してもらえるかな」
「何やってんだよ店長……!」
 赤備えの兵達には今にも撃ってきそうな空気が立ち上り、こんなことになった原因の一つである海賊は背後でくつくつ笑っている。永倉は腹立ち紛れに壁を殴った。
「少しでも穏当に済むように、とっととこいつを引き渡す方が……
「ほお、そう思うか。敵が武田だけならそうかもしれねえけどな」
「は?」
 その瞬間、けたたましいサイレンが店中に響き渡った。
 鳴っているのはこの店だけではない。なぜならこの不愉快な響きの警報音は、この銀河で流通するあらゆる規格の通信機器が受信することを義務付けられているからだ。
『はぁーいそこの海賊および武装集団の皆々様、ご機嫌いかがです? こちらは銀河警察でーす。通報を受けて参りましたー』
 サーヴァントユニヴァース全宙を取り締まる銀河警察――その凶悪犯対策課の部隊が乗る、超弩級宇宙戦艦が突如として武田の背後に現れた。
『困りますねえ武田さん、ここらはあなたの支配領域じゃあないでしょう?』
『戦艦級のショートワープが許可されるのはS級犯罪者への対処のみ……フン、なるほど。貴様らもあの海賊が狙いというわけか!』
『ま、そういうことです。どういう揉め事かは存じませんが、退いていただけますかねえ?』
『ぬかせ! このままあの海賊を横取られるようなことになれば我が武田の沽券に関わる! 甲斐での裁きを終えれば警察 きさまらへ引き渡してやらんでもない、引っ込んでいろ!』
『ああやだやだ、領主とかいう人たちって面子にうるさいんだから。そんなの警察 うち上層部 おえらいさんだけで十分なんですけどねえ』
 どこか胡散臭い声色の警察と信玄が互いの主張を譲らぬ中、SAIKAの店内はますます混迷を極めていた。
「蛍! ここに並べてある商品は大丈夫か?!」
「全部だめ! というか、今日はまとめて現行法ギリギリ商品の棚卸しようと思ってたからこの辺に出してるやつどれも見られたらまずいかも!」
 SAIKAの業態はかなり黒寄りのグレーゾーンで、できれば警察とは関わり合いになりたくなどないのだ。あたふたする二人を笑って眺めながら海賊は言う。
「どうする? 武田の連中に報復されるかパクられるリスクを負って俺を差し出すか、それとも大量の報酬を得るため分の悪い賭けに乗ってみるか」
「何を他人事みてえに! こんなところで賞金首見つけましたって通報する善良な一般通過サーヴァントがいるわけねえ、手前があの警察呼んだんだろうが!?」
「ああ、その通りだ。さすがに気づくか」
 しれっと宣う男の言うとおりになど動きたくはない。かといって男に提示された以外の道も今は思い浮かばない。そんな中、先に腹をくくったのは蛍の方だった。
――どんな状況でも、雑賀 わたしは求められた仕事をやるよ。だからどうするかは新八が決めていい。この人が雇いたいのはあなたみたいだし」
 店長代理にそう言われては、雑用兼用心棒もいよいよまごついている場合ではない。だがいったいどうすべきか――――頭を抱えた時、遥か彼方の そらからまた、あの歌が聞こえた。
――――蛍! 全速力でバックれるぞ!」
 気づけばそう叫んで、報酬のアルトリウムを引っ掴んで燃料炉に投入していた。
「了解! 緊急発進準備! 店舗モードから高速移動モードへ変形開始!」
 背後で海賊の笑う気配がして腹立たしいが、今はそれどころではない。武田とも警察とも兵力差は歴然、シールドを張ったところで大して保たないだろう。なら逃げに全力を傾けるより他ない。高速移動形態への変形に伴い組み変わっていく店内構造を呑気に眺めている男など知ったことか。適当なところで放り出してやると、操縦席に変形していくカウンターに乗り込みながら息巻いた。
「アルトリウム充填完了! エンジンスタート! スペースシップSAIKA……発進!」
 蛍の声とともに、小惑星とデブリの間をすり抜けてSAIKAは宙に飛び立つ。窓の外で流れていく星の速度から、船のスペック以上の速度が出ていることがわかる。流石は高純度アルトリウム、加速度が段違いだ。
「このまま越後エリアまで突っ切るぞ!」
 この速度なら追手も容易に追跡はできまい。広範囲砲撃はデブリが多すぎるこの一帯では乱反射のリスクがある。奴らは船でSAIKAを追うより他ないのだ。
――ああ確かに、あそこなら武田もうかつに手出しはできねえよな」
 だがそれは、発進前に密かに船に乗り込まれていなければ、の話である。
 船の変形中は停止していた防犯システムが再起動し、突然永倉の背後に現れた男の情報が記憶領域にインストールされる。
――クラス・セイバー、犯罪歴なし、銀河警察正式認証コード所持確認、凶悪犯対策課所属、階級・警部――
「どーも初めましてー。宇宙刑事です。こちらなかなかいい船ですねえ。追いつけないんじゃないかと冷や冷やしましたよ」
 黒いコートを羽織って刀を二本差した刑事は、笑ってはいるが、にこやかとは表現したくない顔の、どこか胡乱な短髪の男だった。
「その声、さっき武田信玄と話してた……
「あの時にはもう小型ステルス機かなにかで接近してたんだね。けど防犯システムの切れ目狙って身一つで飛び込むなんて、なかなか度胸がある」
 サーヴァント体は宇宙空間でもある程度活動は可能であるし、泳いで隣の星まで渡る屈強な者も中にはいるとも聞くが、飛び始めた戦闘機に飛びついて侵入するとは――
「ああ、いち公務員で終わらせるにゃ惜しい男だろう?」
 だが武器を構え警戒する永倉たちをよそに、宇宙海賊はといえば船の壁に寄りかかって、妙に誇らしげな顔をしていた。
「こいつと知り合いなのか!?」
 しかし考えてみれば、お尋ね者が自ら警察に通報するなど、目的があるのだとしても普通するはずがない。ひょっとしてこいつは警察内部に潜り込ませているスパイか何かで、自分たちの逃亡を手伝ってくれるのでは――
――ハァ⁉ 男でも誰彼構わずナンパするやつの評価でホイホイ尻尾振るとでも思ってんのか賞金首さんよぉ! 今すぐお縄につけこの節操なし!!」
 特にそんなことはなかった。先ほどまでの胡散臭い笑顔から一気に態度が豹変した刑事は海賊の胸倉をつかんで揺さぶっている。蛍は銃を向けるべきか下ろすべきか迷っていた。
「散々お前が欲しいとか運命と思っちゃいけねえかとかお前に会うためにシーズンを超えて来んだとか言っておいて!? 別に行きずりのジジイが道連れでもよかったんじゃねえか! 馬鹿にしやがって!!」
「ど、どういうキレ方してんだこいつ!?」
 刑事が賞金首に敵意を向けるのはまったく当たり前だが、この怒り方は明らかにそういう公の立場に由来したものではない。いうなればまるで――痴話喧嘩のような。
「かわいいだろ。熱烈なんだ」
「「何嬉しそうにしてんだ!?」」
 海賊のあまりの傍若無人ぶりに、思わず刑事と声を合わせてしまった。刑事は海賊の軽口と永倉と息を合わせてしまった事実、その両方に対し特大の舌打ちをする。だが文句があるのは永倉だって同じだ。どうしてこんな見ず知らずの刑事と海賊の、取り締まりですらない喧嘩なんぞに巻き込まれなければならない?
「おい爺さん、危険物取締法および恐らく未届の武器売買に傭兵業、その他いろいろの余罪について職質しないでやっからこの海賊は俺によこせ」
「新八、どうする? 見逃してもらえるっていうならそれもありかもしれないけど」
 正直このトラブルの種を引き取ってくれるのなら是非にとお願いしたいくらいなのだが、どういうわけか、初対面のこの男の言うことを聞くのは、なんというか、嫌だった。
……約束したところで守ってくれるかどうか怪しいぜ? 海賊とつながりあるみてえだし、まっとうな刑事じゃねえぞどうせ」
「僕は真面目な公務員ですぅ――?! この海賊の頭がいかれてるだけだっての! 散々俺を口説いてきやがって、あんまりしつこいから本気で言ってんのかと思ったら、今日初めて出会った爺のことも勧誘してやがる……!」
 つかんだ胸倉をがくがく揺らしながら言う顔は、まとわりつかれ迷惑していたという様子ではない。要は海賊の勧誘にまんざらでもなかったから、こんなに怒っているのだろう。
「やっぱり犯罪者とズブズブの不良刑事じゃねえか。蛍、こいつら窓から捨てた方がいい」
「誰がズブズブだ! そこまではまだやってねえよ!」
「何の話してんだ!?」
 もう我慢ならんと永倉が船のダストシュートに人を二人ぶち込む算段を立て始めたころ、この混乱した状況を作り出した張本人は、まるで悪びれた様子もなく世間話を始めていた。
「なあ斎藤、今日の そらは澄んでると思わねえか」
「ああまったく! おかげで歌が良く響いてうるせえったら……って話逸らすんじゃねえ!」
 とうとう声を上げて笑い出したこの海賊は、一体何がそんなに面白いのだろう。どうして、あの歌を聞いてそんなにも晴れやかな顔で笑えるのだろう。
(星は滅んでも、滅んだという記録は残る)
 どうしてか海賊の言った言葉が頭から離れない。システムからインストールされた、海賊の情報――昔に受けた呪いのせいで、死んで再構成 リポップされることがなくなり、サーヴァントの理から外れたのだという記述のことも――
『まったく、実にやかましいことだ。どこかの戦狂いが酔って寝ているおかげで、久方ぶりにこんなにも そらが静かだというのに――
 しかし船の外から響く声に、思考は中断させられた。
 海賊が笑顔を引っ込めて船外に出ていく。高速航行中に甲板に出るなど正気ではないが、もとより狂気の賊である。ためらいはまるで見られない。
「っおい!?」
 なんと刑事までが海賊を追って外に飛び出した。勝手にどこかへ行ってくれるならそれでいいと、言えたらよかったが。船外モニタに映ったものを見てしまったらそうはいかない。
『SAIKAよ――なかなかの加速だったぞ』
 トレードマークの赤い鎧、眼帯を模した視覚機能拡張バイザーに、手には巨大な軍配型の汎用戦闘ユニット――間違いようがない。スペース信玄その人が――
『だがしかし! この俺の黒雲 シュヴァルツ・ヴォルケに追いつけぬ船など存在せんぞ!』
 仁王立ちでこちらに迫ってきている。その足元には馬の意匠を施した単身用宇宙船が そらを走っていた。排気される燃料粒子の煌めきは馬が地面を蹴る動きにも似ている。実に奇妙でしかしとてつもなく速く、あの小惑星帯を抜けてきていることから操縦性の高さも窺えた。その馬――信玄曰く黒雲 シュヴァルツ・ヴォルケ――は星海を悠々と駆け、あっさりとSAIKAに並走する。もはや通信の類を使用せずとも信玄の声は届く間合いだ。
「さて、スペーストシゾー! 貴様がいかなる信念を持って戦っているかは知らぬが、この武田の領内(予定)で好き勝手してくれた落とし前はつけてもらおうか!」
 船の甲板にしがみついて立つ海賊に、信玄は軍配を突き付ける。
「⁉︎ おいジジイ! 避けろ!」
 刑事の焦った声に、永倉は反射的に船の舵を限界まで切った。
「疾きこと……風の如く!」
 信玄が軍配を振った瞬間、船の横腹を幾筋ものソニックブームが掠めた。風の刃に切り裂かれ、SAIKAの背後にあった戦艦級の大きさの小惑星が、デブリサイズまで分割される。刑事の警告がなければ、船は微塵切りにされていただろう。これが噂に名高い風林火山――川中島銀河を揺るがした、信玄の保有する戦術級兵器群、そのうちの一つであろう。
 これほどの破壊力と精密さを持った兵器を、高速航行中の船の上で扱うという無法を成立させているのがおそらくあの「馬」だ。思考操縦かそれとも高性能AI支援か、乗り手が操縦に気を取られることなく、戦闘技能を十全に発揮させるための設計なのだろう。あれだけの艦隊を置いて単騎でSAIKAを追って来たのも納得がいく。あれはあくまで城主としての面子のためで、本来は海賊ひとり、自分一人で制圧できると確信していたのだ。
「良い判断だ……だが、二度目は無い!」
 信玄は軍配を高く掲げる。おそらく内部では回避されたデータをもとに出力と軌道の再計算が行われている。放たれれば今度こそ必中必殺の一撃となるだろう。その合図となる腕が、今、振り下ろされる――
……なにっ!?」
 と、いうところで信玄の腕を止める、巨大な刃が現れた。
 届く間合いでは到底なかったはずだと信玄が視線を動かすと……海賊の腕から、身の丈を超えるほどの長さの、浅葱に白のダンダラ模様のブレードが伸びている。
「四次元格納庫か! しかしそんな気の狂った設計の刃、どこから奪ってきた!?」
「イズミノカミスゴイデカイカネサダだ。恰好良いだろう?」
 信玄の問いに答えず海賊は不敵に笑う。そしてそのわずかに口角を上げた一瞬で、身体はブレードと同じ配色の自動装着アーマーに覆われていた。
「色の趣味はいまひとつだが……興味深い装備だ。宇宙海賊スペーストシゾー、原初の女神討伐とかいう伝説も、あながち与太ではないか」
「伝説ねえ……俺にとっちゃそこまで昔の話でもねえんだが」
 言う間にもポータブル四次元格納庫からはさらなる武装が取り出される。瞬く間に現れたのは、こちらも身の丈を超える長さのビームライフル銃だった。聞きなれぬ響きのブレード然り、個人用武装としては無論目にしたことのないサイズである。しかしその威容を見れば、自ずとその武装の破壊力、そしてそれを使う者への反動は推測がつく。
「撃てば一度で全身が千切れるはず……! ここで消滅してリポップに賭けるつもりか? それとも本当に……その霊基 からだは不死だとで⁉︎」
「試せばわかる」
 ビームライフルに光が収束する。いかなる兵器であろうと弾き返してやると、信玄は矜持をもって構えた。しかし――
――試させるかよ!!」
 声と共に海賊の身体が引き倒された。傍にいた刑事が飛びついたのである。
「何すんだお前」
「何をしてんだはこっちの台詞だこの死に急ぎ野郎! んなもん撃って、また宇宙のどこぞに放り出されるつもりかよ⁉︎」
「死にゃしねえよ、知ってんだろ」
「うるせえっ! あんたの行方が知れなくなって、俺が、どんな思いでいたか……!」
 声に涙が混じっているのが船内の永倉にも聞き取れた。本当にこいつらはなんなのだろう。突然やって来て、こんな戦いに巻き込んで、挙句にこんな泣き声聞かせて――ああ、違うか。この泣き声は、彼方からの――
……つまらんな。勝手に内輪揉めで潰れる連中に興味はないぞ」
 信玄の声から熱が失われたのを感じる。自分の強さに自信を持つ男ゆえの鷹揚さは、自分に向かっても来ない相手には示す価値もないと判断したのか。
「うるっせえな! 俺の前で命を燃料代わりに使うような真似させてたまるか! あんたらからすりゃくだらねえもんだろうが、これが俺の――なんだよ!」
 刑事が叫んだ言葉はよく聞き取れなかった。しかし永倉は奇妙なことに――それを知っている気がする。それが無ければ自分がどうして立っていられるかわからなくなる、そういうものを、自分もかつて持っていたはずだ。
 そして気がつけば叫んでいた。
――おい海賊! そのライフル、船体に固定しろ! 進行方向とは逆にな!」
「⁉︎ っおい、ジジイ!」
「フッ……そうか、任せる」
「本気⁉︎ 言ってる通りの威力ならこの船も――いや、なんとか保たせてみせるけど!」
 具体的な指示はしていないが、それで全員に意図は伝わったらしい。
「させるか…………っ!?」
 気がついたのは信玄も同じだったが、振りかぶろうとした途端に腕に衝撃が走った。出所はどうやら刑事が隠し持っていたらしい小銃で、ダメージとしては皆無に等しい。
「小癪な真似を……!」
 だがその一瞬で目的は達成された。信玄の注意が逸れた隙に、ライフルの固定が完了する。既にエネルギーの充填は完了して、銃口は信玄に向けられていた。
「外の二人! シールド範囲には入ってるけどGに関しては自力で耐えてねごめん!」
「厄介モンども、しっかり捕まっとけや!」
 船の外壁に取り付いた二人は自分と相手の身体が吹き飛ばぬようしっかりと身を寄せ合う。こんな状況だが、抱きしめ合っているようにも見えた。
――――発射!」
 蛍の声と共に、超新星爆発を思わせるほどの光が宇宙を貫く。通った道にあるものは全てが灼き尽くされる途方もない熱量は、信玄に受け止めるより回避することを選択させるには十分な威力であった。そしてそれほどの威力であれば当然――反動も凄まじいものとなる。
――障害物も何もかも吹き飛ばして進むつもりか。実に馬鹿で――愉快ではないか!」
 高純度アルトリウム燃料の加速に常識外の威力の銃の反動が加わり、SAIKAの速度はしばしの間、信玄の風も黒雲も置き去りにする。
 その姿は、一条の輝く流星のようにも見えた。

……エリア越後の範囲に入った。ひとまずは安心、かな」
「ああ、お前らよくやった。報酬を弾んだかいがあったな」
 船の外壁にしがみついていた海賊と刑事がようやく船内に乗り込んでくる。凄まじい圧力に晒されかなりのダメージを負っており、なんとか無事、とは言い難いが消滅はしていない。
「おい爺……そのまま吹き飛ばすつもりだったんじゃねえだろうな……
「あぁ? 助けてやったのになんだその言い草は!」
「何を恩着せがましい……こっちは本部に保護求めるって手もあったんだよ」
「んだと⁉︎ 明らかにお尋ね者に入れ込んどいてこの不良警官……!」
『これで……終わりではないぞ……スペーストシゾーとその一味……
 永倉と刑事のいがみ合う空気は、船内に響いた声に中断させられた。
「え、まだいる!? ……って、通信だ」
 蛍が船内のモニターを確認したところ、どうやら一方通行の広範囲通信のようだ。居所が知られているわけではないらしいと、ひとまず胸を撫で下ろす。
『方向からして越後にでも潜り込んだのだろうが……あそこなら俺が手出しできんと考えているなら浅はかだな。あの女とはいずれ俺の勝利でもって決着を付けねばならん。お前達はそのついでに始末するだけだ――
 どこまでも傲慢不遜、だが決して勘違いではないことは先ほどの戦闘で察せられる。その男に目を付けられた事実に、永倉は思わず身を固くする。
『フッ……だがSAIKAにもなかなか面白い奴がいるらしい――
「馬に仁王立ちしながら飛んでるやつが言うか?」
 こちらの声は聞こえていないが、おそらく聞こえていたとしても気にせず信玄は言った。
――どうだ? そのお尋ね者を差し出して、武田の下に来るというのは? SAIKAは報酬を払えばどこでも働くのであろう? 俺の部下たちには貴様らとの過去の遺恨や所業について追及はさせんと約束しよう――
 信玄の提案に刑事が身構えたのがわかった。蛍は永倉の出方を伺い、どのようにも動けるよう準備している。海賊は何を考えているのかわからない。
 永倉は考える。別に武田の提案に乗ったっていいのではないか? 今日突然店に乗り込んできた海賊と、今日偶然出会った武装集団のトップ、大して信用ならないのは同じこと。それに今は切り抜けたとて、武田から逃げ続けられるのか? この先ずっと追われるよりは――
――悪ぃけど、もう報酬もらっちまってるしな!」
 しかし、考え終わるより先に、口からはそんな言葉が出ていた。船内の緊張が解かれたのを感じて永倉も思わず口角を上げる。
 本当は、報酬なんてもうどうでもよかったが、他にそれらしい答えが思い浮かばないので仕方がない。どうしてそんな選択をしたのか、自分にも理解できなかった。
 エンジン音に紛れて、またあの歌がどこかから響いている――永倉にはどうしても、あれを聞かなかったことにはできない。理由はそれだけだった。