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鹿
2025-10-10 00:51:09
39819文字
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【WEB再録】お前ら、よそでやれ!
いろんな時空の土斎に新八が巻き込まれ続けて可哀想な短編集です。
ジエンドイベントでますます土斎に頭を抱えているし邪馬台国から5周年だしで何かしたいので昨年のスパークで出した再販予定のない本を再録することにしました。
最新イベント通った今の自分だとこうは書かないだろうなあという部分が多々ありますがそこも含め温かい目で見ていただければと思います。
1
2
3
4
人理保障機関で
今回のレイシフトは明治の頃のはずだろう。永倉新八は異形の振るう鎌の如き前脚を寸前で飛び避けながら考える。掠めた羽織が黒ずんでいくのは瘴気とやらのせいなのか。詳しい理屈は生前そんなものと縁遠かった永倉にはわからない。この身体がサーヴァントとかいうものだということも今一つ実感のないまま、化け物と戦うのが日常になってしまった。
「こういうのは、源頼光とかの領分じゃねえのか」
黒光りする硬い表皮に覆われた、人間に似た上半身と蜘蛛の下半身の異形
――
大土蜘蛛の巨体には、思わずそんな愚痴も漏れるというものだ。身の丈は三〇尺はあろうか、カルデアのデータベースで見たものより巨大に育っている。いくらここが山深い奥地とはいえ、自分達の生きた時代はこんな妖怪変化の類がうろついてて良い時代ではない。もっとも、いて良いはずのないものがいるからこその微小特異点なのだが
――
「ぼさっとしてんな! 来るぞ!」
「わかってんだよ!」
横から飛んでくる聞き慣れた怒声
――
新選組副長、土方歳三の声に、吠えるように怒鳴り返す。鉢金を掠める巨大な脚の斬撃を間一髪で避けたが、大土蜘蛛は待ち構えていたように、複数の脚で四方からの攻撃を仕掛けてきた。永倉は即座に身を翻して、その内の一本を力の限り振り下ろした刀で切断し、その隙間を走り抜けた。
「余計な攻撃は控えろ!」
「今のはやらなきゃどうしようもねえだろ!」
今回共にレイシフトした、かつて鬼と呼ばれたほど苛烈な男が似合わぬ指示を出すのには訳があった。
『いいかい、今回の作戦ははとにかく速度が大事だ。やるなら一気に。長引かせればそれだけこちらが不利になるからね』
今回の微小特異点に巣食う大土蜘蛛は再生能力が暴走されられており、下手に傷をつけるとより体力を増した状態で回復してしまうのだと、幼い少女の姿をした技術顧問は説明した。しかし最早レイシフトにつきものである通信阻害と転送座標の乱れにより、マスターや土方以外のサーヴァントたちとは連絡がとれない。いくら攻撃に長けた
狂戦士
バーサーカー
の霊基といえど、この巨体を一撃で仕留めるにはやはり補助役のサーヴァントやマスターによる
強化
バフ
がなければ厳しいものがある。
「ギシャァァァァァッッッッ」
金属音にも似た咆哮とともに、永倉が切断した土蜘蛛の足から黒ずんだ体液が溢れ出る。吐き気を催すような臭いに顔を顰めるまもなく、切断面の奥が蠢き、みるみるうちに新しい足が、先ほどよりも太く大きく生えてきた。
「くっっっそが! おい土方、強化役が来なきゃこれ以上は」
「
……
いや、ここで俺たちで仕留める」
「何でだよ!」
「腕よく見てみろ、糸が引っかかってる」
言われて己の腕を見下ろしてみると、気づかぬうちに何か微かにに光るものが絡み付いているのがわかった。蜘蛛の糸である。咄嗟に腕を振って払おうとしたものの、目を凝らさねばわからないほどに細い糸を全て振り切るのは不可能だった。
「多分事前にここら一帯に張り巡らされてたんだ。大方
弱体化
デバフ
の効果もかかってる。これを突っ切ってここから離脱するのは分が悪い」
土方がそう言うと同時に、蜘蛛がまたこちらに足を振り下ろしてきた。どうにか刀で受け流しつつ横に退くが、自分の動きが先ほどより鈍っているのがわかった。
「かと言って攻撃せず逃げ回り続けてりゃそのうちお陀仏だ。補助がいないのは難儀だが、
攻撃役
アタッカー
が揃って落ちる方がはるかにまずい」
土方はいたって冷静だが、よく見れば黒い羽織のあちこちが瘴気に蝕まれていた。自分と同様か、それ以上にジリ貧であることは間違いない。
「じゃあどうする!?」
「とにかく半分、いや三割でいいから奴の体力を削って、その後は全力で距離を取れ。あとは俺がなんとかする」
「なんとかって
……
ああクソ、もう走ってんじゃねえよ!」
いつだってあの男は言葉が足りない上に、文句を言う暇すら与えず先に進んでいくのだ。付いていく人間のことなど知ったことではないとでも言うように
――
(いや、わかった上でそれでもって言うんだよな、手前は!)
「シャアアアアアッ!!」
永倉の胸の内などお構いなしに敵は向かってくる。
「あぁクソッ
……
やるしかねえか!」
勢いよく振り下ろされた土蜘蛛の脚の攻撃を飛び上がって避けるとともに、そのまま地面に突き刺さった脚の上に着地する。間髪入れず走り出し、土蜘蛛が巨をつかれている間に頭の位置まで突き進む。
「見下ろしてんじゃねえぞ
……
!」
さすがに大土蜘蛛もただならぬ気配を察知したようだ。だが自分の頭近くにいる存在にはおいそれと攻撃はできず、威嚇のような、悲鳴のような声をあげる。背筋に怖気が走る不快な声にも構わず、永倉は力の限り蜘蛛の表皮を斬り上げた。
「颪!!! 龍飛剣!!!!」
そして振り上げた刀を、限界まで高めた気とともに叩きつける
――
刹那、剣気が爆発する。永倉新八の真骨頂、問答無用の豪剣は、大土蜘蛛に確かなダメージを与えた。そのまま勢いをつけて肉を抉り取るように連続攻撃を加えると、さしもの大土蜘蛛も瞬時に完全回復とはいかないらしく、上体が崩れ落ちるように傾く。
「
……
っ!」
だが攻撃の合間に息を吸い込んだ途端、体内を蝕まれる感覚に襲われた。焼け爛れ、傷口から発する煙にも瘴気が混じっているのか、永倉は思わず膝を折りそうになる。
「永倉ァ!」
土蜘蛛の下から聞き馴染んだ怒号が響いた瞬間、永倉の身体はほとんど反射的に動いた。瘴気に眩む意識を無理やり叩き起こし、土蜘蛛の体を蹴り駆け下りる。
「よくやった」
何とか地面に足を付け走り抜ける横で、静かな、しかし確かな賞賛の声が聞こえたが、それをかき消すように一発の銃声が戦場を切り裂いた。大土蜘蛛の頭に命中した銃弾は、しかしダメージを与えることなく、それを放った人間への怒りを沸かせただけであった。土蜘蛛は瘴気で弱った個体より、その人間を先に潰すことを選んだようだった。
「
…………
っ!!」
ぼやける視界でなんとか捉えた土方は、武器を構えることさえなく悠然と立っている。今まさに、怒りに駆られた蜘蛛の脚が突き刺さろうとしているというのに。
「何ボケっとしてやがんだ、逃げろ!」
叫ぶ永倉の声に、しかし土方はわずかに視線だけを寄こしただけだった。
そして、そのまま蜘蛛の脚に胴を貫かれる。
「土方ァ!!」
黒々とした蜘蛛の足は土方の鳩尾を突き刺して、背中まで貫通している。サーヴァントの身体とはいえ、あらゆる臓腑が無事では済むまい。
「
……
うるせえ」
声には血を吐く音が混じっているのに、なぜこうも尊大なのか。なぜその顔には笑みさえ浮かんでいるのか。怒りをぶつけたかったが、どうしたことだろうか、獲物を仕留めたはずの土蜘蛛の動きが鈍い。
「巻き込まれたくなきゃ離れてろ
……
!」
人の言葉でありながら獣の咆哮じみた声であった。見れば、土蜘蛛はすぐさま死体に成り果てるはずの肉から脚が抜けなくなり、戸惑っているようだった。
一方即死でもおかしくない傷であるにも関わらず、土方の炎のような瞳には揺らぎはない。痛みなど感じさせないほど真っ直ぐに、土方は銃を握った腕を振り上げた。
動揺で頭が真っ白になっていた永倉も思い出した。これは、土方がサーヴァントとなって得たスキルの効果。自分にかかる弱体化を解き、そして致命の一撃を一度持ち堪える、土方の生き様の体現
――
凄烈なる道行き。
「俺が
……
ここが
……
」
土方は己の腹を貫く脚を、片手とは思えぬ力で押さえつけている。それで土蜘蛛は動きを制限されていたのだ。ゲベールの銃口が一直線に土蜘蛛の頭へ向けられ
――
放たれる。
「新選組だっっっ!!」
この男が戦っていた時代でも既に最新式とは言えない銃が、そのスペックには見合わない超火力で蜘蛛の身体を吹き飛ばした。己が傷つくほどに、その攻撃の威力を増す
――
狂戦士、土方歳三の特性である。
至近距離から超火力の宝具を浴びせられ、大土蜘蛛は身体の大半を削り取られ、耳をつんざくような声を上げた。しかし暴走した回復能力でその体はなおも再生しようと蠢いている。
だが土方は止まらない。拘束に使えないのなら邪魔だとばかりに蜘蛛の足を抜き取り投げ捨てる。腹に穴を開けたまま、撒き散らされる瘴気も醜悪な体液も、ものともせず前進する。そして崩れかけの蜘蛛の身体に、殴りつけるように刀を振るう。咆哮し、執拗なまでの連打を浴びせる姿は、どちらが英雄に退治されるべき異形かわからない。蜘蛛の断末魔と肉の飛び散る音が収まる頃には、蜘蛛の頭は原型を止めないほどに潰れ、脚は全てちぎれ、胴体は四散していた。
そしてその惨劇を生み出した張本人は、相手の沈黙を確認するとともに糸が切れるようにその場に倒れ込んだ。土方の身体が地に落ちる音に、永倉ははっと目を覚まされたかのように走り出す。
「おい土方、土方ァ!」
咄嗟に大声をあげたせいで蜘蛛の体液の異臭をもろに吸い込み、咳き込みながらも永倉は土方のもとに駆け寄った。咽せながら巨大な肉片の隙間から土方の腕が天を掻くように突き出でているのを確認する。あぁだかうぅだかわからない呻き声とともに、なんとか肉塊から這い出ようとする様は、先日カルデア娯楽室のライブラリで見た
屍人
ゾンビ
映画のようである。
「無茶しやがって、馬鹿野郎が
……
!」
なんとか肉塊から掘り起こした土方の顔は、屍人の方がまだ生き生きしていると言えた。カルデア医療班に持たされた包帯
――
正確には魔力漏出防止礼装
――
の効果がどこまであるかはわからないが、永倉はとにかく止血を試みる。
「な、がく、ら」
「しゃべんじゃねえ! 傷が開く!」
「うしろ」
土方が言うが早いか永倉は振り向きざまに背後に迫った影に刀を叩きつける。先ほど仕留めたものよりはるかに小さな個体だが、土蜘蛛だ。それも気配は複数あることを、永倉は既に察知していた。
「大怪我人に心配されるほど耄碌しちゃいねえよ! 何匹来ようが
……
」
「い、や、いい」
「何を
……
!」
「くる」
何が、と問い返す前に、永倉が捉えていた蜘蛛の気配のうち一つが不意に断たれた。
「ギ、ァ?」
その蜘蛛は、自分が絶命させられたことを理解していないようだった。周囲の仲間の蜘蛛も何もわからないまま呆けた面を晒して次々と倒れていく。忍び寄る影の刀によって。
こんな風に命を刈り取っていく剣を、永倉はただ二人しか知らない。一人は相手が見る暇も与えない、新選組一番隊隊長沖田総司の猛者の剣。もう一人は
――
「なんだ、生きてたかよ馬鹿っ八」
「斎藤
……
!」
いつどのように近づいたかも認識させない、捉えることのできない、形なき剣
――
同じく三番隊隊長、斎藤一の無敵の剣である。
まず言うことがそれかと文句の一つも言いたいが、永倉はこの五つ年下の男の、生前から変わらぬ憎まれ口に、安堵を覚えていた。そしてそれは土方も同じだったのだろうか。斎藤の姿を認めた瞬間、静かに目を閉じた。
斎藤は隈の染みついた眼でこちらの様子を確認し、大きく舌打ちする。苛立ちか焦燥感か、その心情は定かではないが、それでも背後から襲い掛かる蜘蛛を事もなげに斬り伏せるその剣筋に乱れはない。そういうところを土方は重宝していて、だからこそ後ろ暗いことも任せていた
――
そんなことに永倉が思いを馳せている間に、気づけば蜘蛛は全滅していた。
「
――
助かった、いやけどそれどころじゃねえ、土方が」
「ギャンギャン吠えなくたって見りゃわかる」
相変わらずの不遜極まりない態度だが、こんな大怪我人がいる前では、いい加減にしろと言う気力も沸きづらい。よく見れば斎藤の身体にはあちこちに糸が絡んでいる。
弱体化
デバフ
にも構わずここまで必死に駆けつけた証拠だった。
「ああこりゃひどい、無茶してんだろうなとは思ってましたけどね。尻拭いする方の身にもなってくださいよ」
吐き捨てるように言う表情はよく見えない。普段は洋装をまとうことが多い斎藤だが、今は自分や土方と同じく羽織姿である。この姿の時は肩まで伸びた癖毛のせいで、普段に増して心情が読みづらい。
「
…………
」
一方の土方は返事をする気力もないのだろう、瞼はかすかに動いているが、こちらの姿も見えているかどうか。今にも途絶えてしまいそうな、血の混じった呼吸音だけが漏れている。土方を見下ろす斎藤の顔は相変わらずよく見えないが、冷ややかな物言いの裏になぜだろう、悲し気な色がある気がした。
「っおい、斎藤」
大丈夫か、と声をかけようとする永倉を無視して斎藤は土方に近づく。不遜な態度をとるわりに、ひどく静かで、丁寧な所作で傍にひざまづいた。
「副長、失礼しますね」
斎藤は壊れ物でも扱うような手つきで、土方の頬にそっと手を添え
――
そしてそのまま顔を近づけていき、血色の悪い唇に己のそれを重ねた。
「は?」
呆ける永倉をよそに斎藤は口付けを深めていく。舌を吸い、絡めるかすかな水音がいやに大きく響いている気がして、永倉は思わず耳を塞いでしまう。
(
…………
魔力供給? 体液を媒介に?)
突拍子もない展開に頭は真っ白になっていたが、サーヴァントとは妙なもので、聖杯から与えられた知識で状況は把握できてしまう。
「あーそーかそーか、つまり応急処置? みてえな
……
?」
「
…………
っは。新八、何ひとりでブツブツいってんだお前。てかなんだよその体勢」
しかし理屈は理解しても、昔馴染みの男同士が口付けあっているという状況は直視し難く、永倉は頭を抱え耳もふさいでうずくまってしまった。雷かお化けにおびえる童のようである。耳や首も真っ赤になっている同僚に、斎藤は大きく息を吐いた。
「おぼこかよ、ジジィのくせに」
「テ、テメーもだろこの若作り野郎! いや違う年寄り扱いすんじゃ」
「
……
うるせえ」
いつもの言い争いに発展しかけた瞬間に、斎藤の『応急処置』が功を奏したのか、土方が目を覚ました。
しかしそれを見る斎藤の顔は喜ばしさとは程遠く、苦虫を嚙みながら無理やり口角を上げているかのようである。
「お目覚めですか、お
姫
ひい
さま」
「状況は」
斎藤の嘲るような口調も、土方は気にした様子はない。しかしなんという言い方だろうか。確かに口付けで目を覚ますなど、いつだったか子供サーヴァントたちが読んでいた御伽噺のようではあるが、ここにいるのは険しい顔の男ばかり、周囲は大量の蜘蛛の死体が転がっているのに。永倉はほとほと呆れてため息をついた。
「他のメンバーは全員マスターちゃんと合流できてますよ。今はこの特異点の黒幕の対処に向かってます」
「
花の魔術師
マーリン
と
狐兎の女
コヤンスカヤ
だけでか?」
「奴さん、戦力の大半はこっちに割いてるみたいでしてね。サポート担当とはいえ、あの二人じゃむしろ過剰戦力までありますよ。雑魚処理のが人手が要りそうだったんで、僕はこっちに向かわせてもらいました。どっかの馬鹿がでかい狼煙上げてくれたおかげで、場所はすぐわかりましたしね」
「誰が馬鹿だテメェ!」
しかし土方の容態が回復して、永倉は思っていた以上に安心していたらしい。斎藤の神経を逆撫でするような物言いに咄嗟に言い返せるようになっていた。だが斎藤の方はどうにも気持ちが収まらないのだろう、皮肉気に片頬を釣り上げて言葉を続ける。
「しかしまあ、本当毎度毎度無謀な真似してくれちゃって。上に立つ者のやることですか? あんたの考え無しに付き合わされる一ちゃんの身にもなってほしいですね」
「無謀じゃねえし、考え無しでもねえ」
だが土方の自信と確信に満ちた言葉の前では、斎藤の精一杯の刺々しさは、むしろ虚しく映ってしまう。
「永倉なら第一段階を削り切れる確信があった。お前が来て後を託せるのもわかってたから傷を負うような策も打てた。作戦通りだ」
「
……
本当、あんたの望み通り動ける自分の有能さが嫌になりますよ」
いったい、こいつらはなんなのだろう。永倉は生前からこの二人のことがわからなかった。コソコソ二人で悪巧みをしていたと思ったら距離を置くような態度をとり、言葉も交わさず通じ合っているようでいて、何一つまともに噛み合ってはいないようにも見える。まったく腹立たしい連中だ。どうしてそんな、迂遠なやり取りしかできない。
「心配しました、心配かけて悪かった、くらい言えねえのか」
ボソリとつぶやいた永倉に対し、斎藤は盛大な舌打ちを返した。どう考えてもチンピラの態度である。
「単純な頭でうらやましいわ本当」
「うるせえな! 勝手にややこしくなってる馬鹿に言われたくねーんだよ!」
「
……
ややこしくしてるつもりは、ねえんだがな」
上半身を起こしながら言う土方を、斎藤は瞬時に支えようとする。どこまでも助勤根性の染みついた男であると呆れるしかない。
「怪我人は怪我人らしく寝ててくださいよ、見栄っ張りですか?」
「お前に啖呵切って戦うって決めたんだ、見栄くらい張る」
目を見開いた斎藤は、何か言おうと口を開いたのだろうが、結局重い溜息しか出なかったようだ。そうしている間もずっと、腕はしっかりと土方を支えているのが、なんとも馬鹿馬鹿しくて
――
やるせない。
永倉にはこいつらが袂を分った経緯など知りはしない。それよりも前に、こいつらの見ている先がわからなくて、耐えられなくなって離れていったのだから
――
けれど、だからこそ、せめてお前たち二人の間では、すれ違って傷つくような真似はしないでほしいのに。勝手な願いだとはわかっているが
――
「けど、なあ永倉」
俯いていた永倉を、土方が小さく手招いた。戸惑いながら傍に近づくと、指でしゃがむように促され、しぶしぶ従う。
「なんだよ
――――
って、ぅわっ!?」
突然土方が片手で永倉の頭をわし掴んだ、と思った次の瞬間、わしゃわしゃと大きくかき回す。撫でているのだと、永倉は数秒遅れて気がついた。
「山南のやつも言ってたな。お前のそういうところが
――
」
「
……
や、やめろ! テメェ急に
……
」
大型犬でも愛でているような手つきがむず痒くて、思わず手を払いのけてしまう。だってこんな、ガキのように扱われるのなんて一体いつぶりだろうか。
「たまには素直に気持ちを伝えろって話だろ、お前が言いてえのは」
「なら口を使えよ、お前は本当に
……
」
「ふは、そうだな」
ああ、やっぱりこのカルデアは、サーヴァントとかいうのはどうにも落ち着かない。京に上ってからはいつだってしかめ面をしていた男に、こんな風に柔らかく笑ったりされると、どうしたって遠い昔の、あの道場のことを思い出してしまう。
「はあ? なんだお前、尻尾振る畜生みてえな馬鹿面しやがって」
「本っ当に口が悪ぃなてめえはよ!」
胸に少しばかりわいた暖かなものが、あまりの暴言にかき消されそうになる。そういえばこいつは昔から、永倉が褒められているとあからさまにぶすくれるのだった。
「
――
斎藤、拗ねるな」
だがどういうわけか機嫌が良くなったらしい土方は、そんな顔を見てさえ笑っている。
「はぁ? 自惚れないでもらえます?」
「自惚れもする、お前、永倉がいるとわかりやすいからな」
また二人で永倉にはよくわからない話を始めた気配がしてくる。このひねくれ野郎の何がわかりやすいと言うのだろうか?
「僕はね、あんたのそういう軽率なところが
――
」
「ああ、わかってる」
土方はほんのわずかな笑みを浮かべ、またうだうだと何か不満を述べようとする斎藤の顔を引き寄せた。
「いつも、世話かけるな」
そう言って、斎藤の唇に触れるだけの口づけをした。
――――
沈黙が流れる。
永倉は何してんだお前、と言おうとしても衝撃のあまり声にならない。そして斎藤は『応急処置』を見た時の永倉を笑えぬほどに、首まで真っ赤にして震えている。そしてその態度は、今の口づけは魔力供給とは関係のないものであることをありありと示していた。
「
……
えっと、お前、カルデアに来て西洋式の挨拶にかぶれたとか」
「しねえよ、何言ってんだ永倉」
「え、じゃあなんでそんな、口を、その」
「? 褒美に決まってる」
わかっていないこっちの方がおかしいかのような態度は、いつもなら腹立たしいのだが今はそれどころではなかった。
「いや、それが褒美になるとかその、それだと、お前らが
――
そういう、関係みたいというか、なんというかいや悪い変なこと言ってんな俺」
「そういうって
――――
情人って意味なら、そうだが?」
再び、沈黙が流れた。
永倉はどういうことだ、いつからそんな、と言葉にできずに口をはくはくとさせて、斎藤はもはや涙目で拳を握り締めていた。
『
――
よし、つながった! こちらは技術顧問ダヴィンチ、新選組の三名、応答願う!』
そしてそんな気まずい沈黙のことなど知る由もない、カルデアの遠隔通信が割り込んだ。
「ダヴィンチか、聞こえてる。そっちの状況は」
この状況を作り出しておきながら全く気まずさを感じていない狂戦士が応答する。
『つい先ほどマーリンの自作自演パンチ(マーリンの英雄作成スキルをマーリン自身にかけ自ら攻撃を行う戦法の通称)が炸裂、敵魔術師はかわいそうなくらいにあっさり吹き飛んだところさ。君たちの方も敵は殲滅済みのようだね、それなら特異点の崩壊ももう間もなくだ。慌ただしいけど帰還プロセスを開始するよ~』
「了解した」
技術顧問の言葉通り、帰還は迅速だった。何か言う暇もなく、次に意識が覚醒したときにはエーテルでできた体はカルデアの管制室にあった。永倉と斎藤の感情は全く置き去りに。
「新選組の皆お疲れ様~! それはそれとして、土方くんはまず医務室ね。医療班の皆、あとはよろしく!」
「やっとバイタル確認できる状態になった途端にほぼ瀕死みたいなステータスを出してくるのはやめなさいね! 驚くから!」
カルデアに帰還すれは特異点で負った傷は癒えるが、それでもメディカルチェックは必須である。我らが技術顧問と所長は実に仕事が早く、既に土方の回収班を控えさせていた。土方は反論する間もなく引きずられていく。
「君たち二人も消耗は激しかっただろう? 報告は他のメンバーが先にやるから、一度部屋に戻ってくれて構わないよ」
消耗が激しいのは戦闘のせいではないのですが、などと言えるはずもなく、永倉と斎藤は無言でうなずいて管制室を後にした。
そして二人、しばし無言で廊下を歩く。
沈黙が破られたのは、突如として斎藤が刀を抜き、永倉に斬りかかったからであった。
「てっめえ何すんだこの色ボケ野郎!」
「黙れ出刃亀野郎! 全部忘れろ! もしくは死ね!」
「見たくもねえもん勝手に見させられて俺は被害者だろうがーーーー!!!!!」
そうして始まった赤面した男同士の斬り合いは、カルデア内での私闘禁止の掟を破った咎で二人が通りすがりの一番隊隊長に処されるまで続いたのだった。
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