来羅
2025-10-08 12:02:08
20988文字
Public サンプル
 

再来サンプル(風信)

11月16日スパークにて発行予定の転生俳優現パロです。以前ふせったーにて呟いていた話を文章にしました。
サンプルは全年齢ですが、本自体はR-18なのでご注意ください。





 始まりがあるということは終わりもあるということだ。
 ずっと続けばいいとは思うものの、その日はあっさりとやってきてしまった。
 今日でオールアップですね、とスタッフに声をかけられて信一は曖昧に笑う。
 本来であればもっと早くに退場するはずだったのが、何度か脚本が書き換えられてここまで出られたことは信一のキャリアからいえば異例中の異例かもしれなかった。それでも事件解決の最後まで出たかった、と思ってしまうのはしかたがない。
 今日の撮影は主人公の自宅を模したセットでのものだ。もう見慣れてしまった家具の手触りや匂いは去り難い。そのひとつひとつを撫でて、信一は主役の到着を待つ。
 始まりもこのセットでのことだった。
 父親に反発することしかできなかった息子が、彼をどう扱っていいのかわからないでいる主人公を強く拒否するシーンだ。信一はまだそのとき龍捲風に掴まれた手の力強さを覚えている。その手を叩き落としたときの音さえはっきりと。
…………寂しいな」
 脇役だからずっと一緒だったわけではないけれども、信一の出るシーンにはほぼ龍捲風がいてくれた。
 その眼差しで、その背中で、主役とはどういうものかを体現してみせた龍捲風への憧憬は増すばかりだ。
 もっと見ていたい。もっとそばで。もっと近くで。
 もっとアドバイスが欲しいし、もっと褒められたくもある。
 それになにより。
『信一』
 あの声に呼ばれたい、なんて。
 おかしい。いや、ファンなのだから、おかしくはない。
 あの手に触れたい。あの笑みを見ていたい。あの瞳に映っていたい。
 一度近づいてしまったら、どんどん欲深くなるばかりだ。
 役者仲間から接触イベントに慣れたファンは怖いと言われていたのはこれかもしれないと思って、少しだけ反省する。
 信一が目指しているのは龍捲風のファンではなく、彼に認められる役者なのだから。
「信一」
 龍捲風がセットに入ってきたことは、スタッフの騒めきからではなく、なんとなくの空気の揺らぎからわかっていた。
 胸が高鳴るのは初めての撮影のときと変わらない。それはきっと、これからも変わらないだろう。
「おはようございます、龍捲風さん」
 気を引き締めて振り返った信一に、龍捲風はその姿だけを映して今日も柔らかく笑みを浮かべた。
「おはよう」
「最後まで、よろしくお願いします」
 寂しい。
 龍捲風もそう思ってくれたらいいのに。
 そんな贅沢なことを思う。
 そして龍捲風という人は、その淡い期待に応えてくれるからちょっとだけ、困る。
「寂しいな」
 その言葉だけで、もう十分すぎるほどのものを貰えた気がした。
 はい、と答えた声は震えていたかもしれない。
 寂しい。寂しい。
 同じ業界にいるのだからまた会えるだろうけれども、そのときに胸を張って駆け寄れる自分でありたいと思う。
 『息子』としての、最後のセリフは一言だけだ。
「『いってらっしゃい』」
 心の中ではいつだって尊敬して愛してやまない父親に、けれどもやっぱり満面の笑みを浮かべるまでには素直になりきれず、そうかといっても、もう反発するだけの幼さからは脱している。
 そんな『息子』の精一杯の愛情と心配を、その眼差しで、その立ち居振る舞いで、カメラの向こうに立つ『父親』に示す。龍捲風に教わった全てを出し切れるように、それ以上のものを見せられるように、ただ。
 ただ。
 他の誰でもない、龍捲風に、今の全てを見てほしい。
「お疲れ様」
 カットの声がかかってもすぐには戻ってこられなかった。
 肩に置かれた龍捲風の手が温かくて、何度か目を瞬いて息を吐く。
 良かったとも悪かったとも言わなかった龍捲風だったけれども、その手だけで伝わってくるような気がした。それがわかるくらいには、たぶん、この人に近づけたのだと思う。それが、たまらなく嬉しい。
「龍捲風さん」
 オールアップの花束を龍捲風から受け取って、両腕でぎゅっと抱きしめる。これが本当に最後だ。
 寂しい、けれども誇らしくもある、そんな思いで龍捲風を振り仰ぐ。
 オールアップの日になったら伝えたい言葉があった。
「俺、高校生の頃からずっと、あなたの大ファンです」
 今さらといえば今さらのその言葉に、龍捲風が少しだけ驚いたように目を見開いて、そして肩眉をあげて大仰に驚いてみせた。
「それは初耳だ」
「俺、あなたの演技を見て、初めて映画で泣いて、あなたみたいになりたくて演技を学んだんです。あなたといつか共演したくて、だから、」
 台詞を言うよりもよほど緊張した。
 あれだけ頭の中で何度も反芻した言葉なのに、つっかえながらにしか音にならない。
 それでも伝えたいことはひとつだけだ。
「俺のこと、覚えていてください。またあなたと一緒に芝居できる日まで」
 真剣な瞳に浮かぶ決意。
 上気した頬。
『哥哥みたいになりたい!』
 昔、無邪気にそう言ったこともあった。
『俺は龍捲風の右腕だから』
 そう誓った日のことも龍捲風は覚えている。
 あのときとは違う。それでもあのときと変わらない、信一の強い思いはいつでも龍捲風の心を揺さぶった。
 胸が詰まる。目の奥が熱い。衝動を、拳を強く握りしめてやり過ごす。
「その日を待ってるよ」
 つい贔屓目で見てしまうが、信一の一役者としてのポテンシャルは高い。あっという間に上り詰めてくるだろう。それでもまた共にやりたいと、そう思ってもらえる存在であらねばと、龍捲風も心を新たにする。
「それなら、いずれ隣に並び立つ者として……その他人行儀な呼び方は、そろそろやめにしないか?」
「えっ」
「もっと気安く呼んでほしい」
 ポカンとした顔が徐々に薄く赤みを帯びる。
「あの、あの、じゃあ、龍哥……とか?」
「せっかく本名を教えたのに?」
「え、いやっ、…………えっ、その、……祖哥?」
 躊躇いがちに呼ばれて、ぞわりと鳩尾あたりが疼いた。
 もう長く、本当に長く、呼ばれることはなかった名前だ。右腕としてあることを決めたときから、信一は一貫して大佬と呼び続けてきた。それが嫌だったわけではない。けれども、一抹の寂しさがあったことは否めない。
 もちろんこれがあの頃の代わりというわけではなかったが、今の信一にそう呼ばれるのは、昔には感じることのなかった喜びがあふれ出るのを否定はできなかった。
 本当はずっと、そう呼ばれたかったのかもしれない。
 頷いた龍捲風に信一が照れくさそうに笑う。
「祖哥、……もうひとつお願いが」
「ん?」
「次に共演できたときに、俺にサインをください!」
……今ではなく?」
「はい。まだ、今の俺に『龍捲風』は遠すぎるので」
「なるほど」
 あくまで、第一に求めるものは自分の隣であるらしい。
 それがあまりに信一らしくて、胸の奥がむず痒くなる。嬉しいと思う。愛しいと思う。恋しいと思う。
 この青年が、欲しい。
「信一」
「はい」
「俺はここで待ってる」
……はい!」
 弾む声に、花束を抱えていてくれて良かったと心底ほっとして龍捲風は目を細めた。そうでなければ、きっと、衝動のままに抱き寄せてしまっていただろう。