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来羅
2025-10-08 12:02:08
20988文字
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サンプル
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再来サンプル(風信)
11月16日スパークにて発行予定の転生俳優現パロです。以前ふせったーにて呟いていた話を文章にしました。
サンプルは全年齢ですが、本自体はR-18なのでご注意ください。
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その日の騒めきはいつもと違った。
スタッフのひとりを捕まえて話を聞けば、今日から新たに加わる俳優と連絡がつかないらしい。この業界ではままあることだ。
「すみません、龍さん、お待たせしてしまって」
恐縮しきりなスタッフに手を振って構わないと告げ、邪魔にならないように部屋の隅に置かれた椅子に座る。今から代役を手配したとして、今日の撮影は中止か、もしくは別のシーンを先に撮るか。時間が押すのは確実だろう。龍捲風のスケジュールを見直すのは虎だから、問題もない。その手間分の仕事はしている。
軽く肩を回して、台本を開いた。
そのときだ。
懐かしい、清涼な風を感じた。
香水の類じゃない。鼻ではなく、感覚に訴えるような、甘い、芳しい花のような香り。
はっと顔を上げた龍捲風の前に、その青年は立っていた。
「あの、龍捲風さん」
くるっとした二重の瞳。緩くカーブを描く濡れ羽色の柔らかな巻き毛。少し緊張した面持ちはまだどこか幼さを残していて、けれども甘いマスクは華やかさがある。声をまだ覚えていた。その姿を何度も何度も夢に見た。
目を見開いた龍捲風にはにかんだ青年は、軽く頭を下げてぎこちなく笑う。
「はじめまして。藍信一といいます。貴方の、その、龍捲風さんの、息子役の人が出られないとかで、代わりに監督に呼ばれて来ました。よろしくお願いします」
心臓が止まるかと思った。
信一、と呼びたいのに声が出ない。
ざわりと鳥肌が立って、呼気が震えた。
信一。
信一、だ。
「あの
……
?」
何も言えずにいる龍捲風に、信一が恐々と首を傾げる。
「
………………
藍、信一?」
「あ、はい! 信用カードの信、一諾千金の一、で信一です」
信一はいつもの名乗り文句を茶目っ気たっぷりに言った、つもりだったが、緊張は言葉にも態度にも出ていたのだろう。面食らったように言葉が出ないでいる龍捲風を前に、しまったと思う。
「あの、すみません、調子に乗りました」
「
…………
ああ、いや」
「龍捲風さんと共演できるのが嬉しくて」
嬉しくて、と笑んだ瞬間、龍捲風の瞳が揺れた。
新人のくせに何様なのだと思われたのかもしれない。
龍捲風は何も言わない。口を開けば開くだけ空回る言葉に、信一の背筋を冷汗が伝う。
「ええと、あの、今日は、よろしくお願いします」
がんばります、という言葉は避けた。がんばるのは当たり前だ。これは仕事だ。いくら憧れの俳優を前にしてテンパって嫌われたとしても、これは仕事なのだ。
それでもこれ以上、龍捲風の前であたふたとする気力はなくて、信一は頭を下げてその場から逃げるように背を向けた。
けれども、そこからが一歩も進めず、戸惑って振り返る。
思わず、といった顔だった。
思わず手が伸びていた。
「っ、すまない」
信一の手首を掴んだ龍捲風が慌てて手を離す。
「息子、の代役、なのか
……
?」
「はい。監督から電話があって」
「あの人から直々に指名されるとは、期待できるってことだな」
「いえ、たまたま先月まで舞台で鍛えていただいていたので」
「有望でなければ、すぐ忘れる人だ。君は自信を持っていい」
「あ
……
、ありがとうございます」
唇をむずむずとさせて、はにかむ笑顔は何ひとつ変わらなかった。
薄っすらと頬を染めて、目を伏せる様はいつだって美しい。
何も変わらない。
あらゆるところが、あの頃のままだ。
「藍、信一
……
」
「信一って呼んでください」
「
……
信一、」
この瞬間をずっと待ち望んでいたはずだった。
そのために虎の手を取った。そのために生きてきた。そのために、生まれ変わった。
「よろしく、頼む」
「はい!」
差し出した手が震えないように龍捲風は奥歯を噛みしめた。しっかりと握り返された手は滑らかで、ああ、唯一そこは違うのかと安堵とも落胆とも違う何かが胸を掠める。
もうきっと、この手はナイフを握ることはない。
切り傷を負うこともない。
これは予想だにしていなかった。
生きていたら七十かそこら。時が経つにつれ、もしかしてもう、と思うこともあった。
けれどもこうなることは想像すらしていなかった。
どうして、こんなことになると思う。
自分と虎が生まれ変わっている事実があったにも関わらず、それが信一にも当てはまるのだとは露ほども考えなかった。まして。
──まして。
『はじめまして』
生まれ変わったら、と言ったのは信一だ。
笑って約束したのは龍捲風だ。
悲しんではいけない。失望してもいけない。恨んでもいけない。
これが、天命だ。
目の奥が熱くなって、天を仰ぐ。何度も目を瞬いて、龍捲風は拳を握りしめた。
「どうしよう、十二! 俺、龍捲風さんに嫌われたかもしれない!」
帰るなりルームメイトに泣きついた信一に、十二はうんざりとした顔を見せた。
藍信一は重度の龍捲風オタクだ。
口を開けば龍捲風、朝から晩まで飽きることなく龍捲風、部屋中に貼られた龍捲風のポスターはこれで何枚目かで、口遊むのも龍捲風の歌う主題歌、この仕事だって龍捲風に会うためだったし、目標ももちろん龍捲風だ。高校生の頃に見た龍捲風主演の映画で彼の虜になった幼馴染を、十二はまたかと若干冷めた目で眺めている。
またか、だ。
また、お前は龍捲風に全てを捧げるのか。
「あーでもちゃんと芝居できたんだろ?」
「オッケーは、出たけど」
「じゃ、大丈夫だろ」
「でも龍捲風さんとろくに話せなかった
……
」
「あの人、おしゃべりなタイプじゃねぇじゃん」
「そうだけど」
肩を落とす信一に、なんだかなぁと幾度目になるのかもわからない溜息をつく。
十二の『知る』龍捲風と同じ龍捲風なのだとすれば、初対面でぐいぐい来る性格はしていないだろう。
十二は知っている。
いや、知っている、という覚えがある。
十二には信一と出会った五歳の頃から、もうひとりの自分の記憶があった。おそらく前世というやつなのだろうと今では理解している。そのくらい濃厚で、鮮やかで、リアルに体に焼き付いている。
「挨拶はしたんだろ?」
「うん」
「どうだった?」
気になるのはそこだ。
残念ながら信一に記憶はない。それならば龍捲風は。
「俺が調子に乗ったから呆れてたかも」
しょぼくれる信一はソファに伸びてだらしない。
「何か言ってたか?」
「何を?」
覚えているか。なんて。
聞いていたら常識を疑われること間違いないが、それでも何かしらのリアクションはあって然るべきだろう。けれども意気消沈する信一からはそういったものは感じられない。
「
…………
やっぱ覚えてないのか」
「何?」
「いや、何でもない」
がっかりしたような、気が抜けたような、とにかく残念な気持ちでいっぱいだった。
覚えていたからといって何がどうなるわけでもないのだが、何ひとつ覚えていない信一を見ていると、寂しさは否めない。
「あ、でも、よろしくって言ってもらった!」
「へー」
「生で見る龍捲風さんの格好良さといったら! お前にも見せてやりたい!!」
「いらねぇし」
「目の前であの人が芝居してんだぞ! 最高の特等席だろうが!」
「ヨカッタナー」
「それなのに、あの人の手を叩いて悪態つかなきゃならないとかって、俺、あの息子、許せねぇわ」
「芝居だからな」
「ああ! でも龍捲風さんと握手もした! この手が! 龍捲風さんと握手!」
もう手を洗えないと叫んでは、ドン引きの十二から頭を叩かれる。
乱暴なようだが、誰より応援してくれたのは十二だ。へらりと笑った信一に、十二は苦笑して肩を竦めた。
龍捲風。
本名は張少祖。
信一が初めて彼を見たのは、高校生の時だった。クラスで話題になっていた恋愛映画を見に行ったら時間が合わなくて、たまたま時間潰しに入ったヒューマンドラマの中にその人はいた。
冴えない見た目を作っていたけれども、その切れ長で涼やかな目元は隠せない。低くて落ち着いた声は、時に鋭く、時に柔らかく自在に温度を変える。物静かな、繊細な演技。そこに派手さはない。正直言って、映画自体は眠くなる類のものだった。それなのに、信一は終盤でほろりとこぼれた龍捲風の涙の美しさに目を奪われて、周囲が明るくなってもしばらく立ち上がれずにいた。
心の底から震えたのは、後にも先にもあのときだけだ。
その美しさに圧倒されて、その演技に魅せられた。
「俺、俳優になる」
唐突に宣言した信一に、当時はストーカーかよと言いつつも十二以外の誰も本気にしなかったが、養成所を経て小さな劇団で演技力を磨き、ようやくここまで来たのだ。
龍捲風と共演したい。認識されたい。肩を並べたい。
無茶な夢なのはわかっている。それでも今日まで信一を魅了し続ける男は、常に業界の第一線で活躍し続けるから、信一も足掻くしかない。
『息子』でいられる期間は長くない。その間、少しでもあの人の印象に残りたいのだ。
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