N巡目 愛に生きた男の話(jojoリゾプロ)

十数年前に書いたリゾプロを加筆修正しました
暗殺業のリゾが子どもだったプロを拾う話です
他キャラもちょっと出ます

⚠︎映画「レオン」のオマージュあり
⚠︎ネームドキャラの死があります、すみません。ただこの後実は生きていて、プロと再会するところまで書きたかったのですが、時間が足りませんでした



x001年 ある日

「お前のそういうとこ、好きなんだよなァ」
 プロシュートの くゆらす紫煙が、鼻孔をついた。ちょうどデスクの上の紙面を何枚が崩してしまい、元の場所に戻す際に、リゾットが一枚ずつ丁寧に揃えて戻したところだった。
「どんなところだ」と聞けば、「そういうとこだよ」とあまり答えにならない返しがくる。リゾットは首を傾げてなおもわからない、というジェスチャーを取ると、プロシュートは鼻で笑って、煙草を深く吸い込んだ。
 気にしても仕方が無い。教えてくれそうにない相棒はだんまりを決め込むので、ある程度デスクワークが片付いてからまた聞こう、と仕事に対しての意欲を持ち直す。
 ──外は晴れ、雲一つない。潮風が窓から入って心地良い。時折路上のチェロ弾きとアコーディオン弾きの声がする。その内彼らの得意の曲が始まるだろう、人だかりができているような気配もした。
 二人のいるアパルトマンは、寂れた壁が つたで覆われ、この蔦をたまに切っては嫌がっている、元気にわめく青年──ギアッチョが階下に住んでいる。そして隣室の住人は、キッチンで美味い物を作っている匂いがする。オレンジのような柑橘系と焦がした香りがこんなに合うなんて、ジェラートという人間に出会わなければわからなかった。
 腹の音が鳴り、リゾットの相棒プロシュートは聞き耳をたてていたのか忍び笑いをもらす。
 まもなくアコーディオンが奏でられ、プロシュートは窓から身を乗り出して路地を見る。群れる人だかりに口笛を吹いて、リズムに合わせてきれいに磨かれた靴先を揺らした。

 ◇

 ──リゾットは少年期から暗殺業に浸っている男だった。初めての殺しは十五か十六か。黒塗りのボディの車を尾行することが最初の任務だった。
 任務中、助手席に座ってフードをかぶり、あたかも不良少年のようななりをして、当時の相棒と二人でターゲットを追った。
 当時の相棒はホルマジオと言った。彼は今回の目標について、ひどく鷹揚 おうように話していた。今思えば、あまり乗り気ではなかったのだろう。
 少年というには図体の大きい二人を乗せたドイツ製の中古車は、薄暗い路地をひた走った。標的はまだ車通りの多い道を選んで走っているから気付かれてはいない。
「その内細い道に入るだろ」
 とホルマジオが言うと、数分後、本当にその通りになった。
 赤茶けたレンガの壁が連なり、昨晩雨でも降ったのか、それともただ湿っぽい道なだけなのか、カビ臭さと水たまりが、この細い路地裏をいっそう惨めで薄汚い印象へと変えていく。
 リゾットは車を静かに降り、手にした銃にサイレンサーをつけ、慎重に進んだ。自分の靴音一つ聞こえないよう忍ぶ姿は、ホルマジオに言わせればプロの素質だったそうだ。リゾットはそんな状況は露程も頭に無い。初めて犯す殺人へのアドレナリンの増長かと聞かれればそれも違う。
 目のまえに広がる光景に、リゾットの耳は静寂を求め、確実に脳天を貫けるよう目を凝らし、足は自然と早まっていた。
 このとき、ホルマジオはぞっとした、と話している。太陽はすでに陰り始め、怪しい雲行きがまるでリゾットを援護するかのようだった、と当時を盛り上げるように言うが、正直なところ、リゾットにはいつもと同じ、暗鬱 あんうつとした夜だったように思う。
 そんな中で響く銃声はかすかに、リゾットとホルマジオの耳を振動させた。停車していた車のタイヤの側でまず一人の男が倒れ、車の中にいたもう一人を撃つ。血は後部座席からわずかに滴り落ちた。
「ガキを売り飛ばす商売なんざ、ロクな死に方しねぇな」
 ホルマジオが吐き捨てる。どうやら後部座席から引きずり下ろされたらしい子どもが一人、タイヤの側で気を失っている。
「普通気絶とかするだろ、最初に人殺したってときはさ」
 ホルマジオは横に立つリゾットに、かなりの関心を持っていた。そして「改めて暗殺業向きの男だな」と毒づいた──緊張で銃を持てませんでした、とか、殺した後に失神し、そこから立てなくなる等、使えない先輩後輩を何人も見てきたホルマジオは、あっさりとホルスターに銃をしまって立っているリゾットに敬意と畏怖を感じずにはいられなかったのだろう。ただリゾットには、どうでもいいことだった。
 リゾットはそこでふと、車の中で死んだ男が覆いかぶさっていた一人の少年を見やる。
 白い顔をさらに青ざめさせ、金色の髪に大きな目を恐怖に引きつらせて、ただ決して悲鳴を上げまいと唇を噛み締めていた。
「そいつは殺すなよ、リゾット」
 ホルマジオがそう言うと、気を失ってしまったもう片方の子どもも交互に見て、
「お前、まさか女子どもも見境ない殺人狂じゃないだろうな」
 と疑い始めた。それぐらい、リゾットは目のまえの少年をじっと見つめていたのである。
 結局その後、リゾットはすぐに きびすを返して次の任務先へと向かった。後にも先にも、子どもをあんなにじっと見ていたのはあれ以来であり、最初はホルマジオも、初めて人を殺したという たかぶりの矛先を向けただけか、と思ったが、安堵と不安まじりの心境だったようだ。
 だがそれはホルマジオの杞憂、というより、リゾットの純粋な一面を見ることになった後日談につながる。
 ──リゾットの初犯から四年程経ったある朝、アジトで何気なく新聞を流し読みしているホルマジオのまえに、十歳くらいであろう金髪の少年を立たせた。この一年で更に背が高くなったリゾットと一緒に立つと、まだ貧相で細長く見える。
「え、リゾット、ついに誘拐とか……?」
 情報処理班のメローネが興奮した面持ちで少年とリゾットを眺める。にやけた表情はとまらない。ホルマジオもその線を真剣に考えていた。
「おい、いくらなんでもそれはやりすぎだぜリゾット」
「違う」
 穴が開くんじゃないか、というぐらい、彼らはまじまじと少年を見た。その内、ホルマジオにピンとくるものがあったのだろう。弾けるようにリゾットへ顔を向けた。
「まさか、あのときのガキか?」
 はっきりと頷くリゾットに、体中の筋肉に弛緩剤でも入れられたかというくらい、ホルマジオは脱力していた。メローネは「なになに? あのときってなに?」と無邪気なまま、少年を見下ろしたり見上げたりしている。
 間違いなく売られるはずだったあのときの子ども。きっとあの後も良い思いはしてなかっただろう、ところどころに痣のある子ども。
 ホルマジオが顔を上げると、リゾットは言った。
「新しい相棒にする」
 絶対一年で無理だぜ、と賭けに出るアジトのメンバーたちの興に乗り、ホルマジオにも無理だろう、と半ば呆れられていた。
 だが少年プロシュートはナイフを覚え、銃を覚え、ライフルを学んだ。十一歳になった誕生日、ショットガンで飛ぶ鳥を立て続けに撃ち抜いてから、メンバーは賭けを忘れ、次々と自分たちも愛弟子ができたかのように、プロシュートに技を教えた。その中には女も、その女のツテの商売女もいて、プロシュートは十二歳の誕生日近くで最初の女遊びを覚えた。
 ただリゾットのまえではそのことをいっさい口には出さなかった。その後何年も、いくら自分の任務に女の匂いがつきまとっても、プロシュートの口は石のように固かった。
 殺しを覚えたプロシュートにくる任務は女関連が多い。持ちまえの顔貌 がんぼうとスキルで、メンバーも羨ましがるほどの美女と楽しんだ夜もある。

 ある日見かねたホルマジオが、プロシュートに、
「別に抱いた女の一人や二人、自慢したっていいんだぜ?」
 と笑いながら揶揄 からかった。プロシュートはむすっとして、その日はなにも答えなかった。
 怪訝 けげんに思ったホルマジオが、何日かかけてやっと引き出したプロシュートからの答えは、 かたくなに首を振った行動と、不可解な言葉だった。
「あいつが、俺のことを好きなんだ」
 ──は?
 ホルマジオは耳を疑った。なにか汚れでも詰まっていたかもしれない。自分自身に落ち着けとおおよそ百回ほど言い聞かせながら、もう一度尋ねる。
「誰が? 誰を? 好きだって?」
「リゾットが、俺を」
 まだうら若い少年プロシュート、このとき齢16歳。ちょうど初任務を終えたリゾットと同じくらいの年だ。近ごろは色気も増して男女問わずに人気が高い。
 だがそんな彼は、よりによってあの傍若無人にだまされている!
「おいおいおい! 聞けプロシュート。愛してるとか、好きってのはな、挨拶みたいなもんだぜ?」
「わかってる」
「あいつに焦がれるシニョリーナはごまんといて、騙されてると知ってても、女は相変わらずあいつに貢ぎ続けてる」
 お前も女知ってるなら、それぐらいわかれよ。ホルマジオはげらげら笑おうとするが、唇を噛んで俯くプロシュートの真剣な表情に、開いた口が笑う方向に向かず、塞がらない。笑った形のままの口をして、遠い目をした。
 咳払いを一つして、ホルマジオは改めて座り直し、プロシュートを覗き込んだ。
「なァ……なんでそんなにリゾットに忠実なんだ?」

 ──初めてプロシュートが人を殺した夜、メンバーに加わって三年ほど経った十三歳で、相手は女だった。
 悪い女だ。金のくる道も汚れてばかり、関わる男も皆マフィアがらみ。路地裏や地下に住む暗く、黒い連中なら、誰もが死んで当然だと罵った。
 しかしプロシュートは、引き金を引いた衝動を忘れられなかった。拳銃を持つ手によじのぼるのは、悪かった女も実は善良だったんじゃないか、自分は人を殺してしまったのだ、という後悔と猜疑心だ。プロシュートは嘔吐感に見舞われながらアジトへフラフラと戻った。朝焼けに伸びる自分の影が嘲笑 あざわらっている。
 そのとき、デスクに座って報告書を眺めていたリゾットが、目のまえにいたのだ。
 幼い自分が剥き出しになって、リゾットに抱きついた。気が気でなくて、彼の逞しい背中をかきむしるように抱いた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかった。なにより、返り血の匂いを早く消したくて、リゾットの肩口の匂いを目一杯吸い込んだ。
 あやすように撫でてくれたリゾットの手を今でも忘れられない。やっと大人しくなった自分をシャワー室へ送り、初めて会ったときからしてくれたように頭を洗い、リゾットの服が濡れるのも構わずまだしがみつく自分の髪を撫でながら、大きめのバスタオルで一束一束髪を乾かし、ぶかぶかのリゾットのTシャツを着させてベッドへ入れてくれた。なにもかもリゾットの匂いに包まれた。
 そのときに、プロシュートはねだった、こんな自分でも愛してほしい、と。
 やがてリゾットは呼応した、ずっとお前が好きだった、と。

 ホルマジオは額に手を当て、あー……とつぶやき、天を仰いだ。
「その、なんだ……ごちそうさん」

 ◇

 思い切り開けた窓は、開放的な印象を部屋にもたらした。その代わり、室内に一瞬だが強い風を起こす。
 今日も涼しい潮風は、リゾットのデスクの上の何枚かの報告書を蹴散らした。
 プロシュートは少しだけ、リゾットの反応を期待した。このいつも無表情の彼から叱られたりすることは皆無だ。このアプローチが彼にどう響くのか、子供っぽいと言ってバカにされるかもしれない。
 しかしリゾットは気にするでもなく、床に落ちたそれらを拾い集め、束を机に軽くトントンと打って揃えると、まとめてきれいに並べ直す。報告書の一番上へ無造作に置かれたそれは、また窓からの風で飛んでいくのではないかと思うほど、覚束なかった。
 隣の住人の、かちっとガスを入れる音が聞こえる。キッチンに立ったな、と気配でわかると、応答するようになにかを焼く香ばしい匂いが窓から入ってくる。
 リゾットは少しだけ手が止まったが、また報告書へ没頭する。でもプロシュートは、長年の付き合いでわかる。きっとあのリゾットの目線は、昼飯を食いたくなってきたときの動きだ。そう思うと、自分も小腹が減ってきたように感じる。
 煙草を一つ、吸い込んで、ふぅ……と窓に向かって吐き出した。
「お前のそういうとこ、好きなんだよなァ」