N巡目 愛に生きた男の話(jojoリゾプロ)

十数年前に書いたリゾプロを加筆修正しました
暗殺業のリゾが子どもだったプロを拾う話です
他キャラもちょっと出ます

⚠︎映画「レオン」のオマージュあり
⚠︎ネームドキャラの死があります、すみません。ただこの後実は生きていて、プロと再会するところまで書きたかったのですが、時間が足りませんでした


 俺の弟が死んだ。

w988年
 飢えの苦しみも、寒さと戦う毎日もわかってはいた。
 だけどもう少しなんとかできなかったのかと、自分の無力さを叫びたい。手を尽くしてもどうにもならないことはある。幼い時分ですでにそう思い知らされた。
 俺たち兄弟の両親は自分たちの人生を、半ば諦めていたような、そんな顔つきをしていた。生きていくために寂しいのも耐えていた俺たちを、働くための道具だとか、役に立たないクズだとか、あらゆる罵詈雑言を込めた蔑んだ目で見ていた。当時はなんとか認めてほしくて、愛してほしくて、気を引こうと頑張ったものだ。
 でも、だめだ。生きていく力と金が全ての二人には、喜ばせようとする俺たちなんて鬱陶しいだけだった。
 ──転がってる鉄パイプとひしゃげた窓枠は、俺たちがこの家から逃げるために、さんざん殴った証だ。弟はそのせいで「静かにしろ」と父親に何度も殴られ、止めに入った俺も叩かれ、母親は隣の部屋で金をもらっていた。もらった金は当然俺たちに渡ることなんかない。家のまえに停まってた黒塗りの車に押し込まれ、それっきり両親には二度と会わなかった。
 弟は泣いていたけど、俺は逆に期待した。これからやっと外に出られて、なんだってできると思った。力強く握った拳は、ひとまず弟をあやすために力をゆるめ、弱くやさしく背をなでた。
 月の見えない夜だった。車は静かに街中を走っていた。ネオンサインの胡散臭い眩しさの陰で虚ろな目をする商売女も、バックミラーにうつる運転手のつまらなさそうな顔つきも、薄暗くなっていく風景も、車内の黒さにはかなわないんじゃないかと思った。やっと泣き疲れて寝た弟の、鬱血して腫れた腕を俺は冷たい手で冷やした。こんなの気休めだとわかっていたけど、六歳の俺にはそうするのが精一杯だった。
 窓からかろうじて見える道路に、木々や家が足早に流れていった。その間も、運転席の男が助手席の男と話をしている。俺の顔をミラー越しに一瞥し、にやにやと薄汚い笑いを向けられた。俺はそれにはっきり対立して、目を剥くように睨み返す。
 ──その内車は小さな路地裏に入り、バタンと音をたてて乱暴にドアが開かれた。寝ていた弟の足が無理やり引っ張られ、弟は地面に投げ出される。慌てて引き戻そうとしても、弟の髪すら掴めない。さっきまで運転していた男が、情けない悲鳴しか出ない俺の頭を固定し、髪を強く引っ張った。くすんで傷んだ金髪が引き上げられ、激痛が走る。俺が涙を浮かべているのも構わず、さんざん俺の顔を なぶるように見て、もう一人と車の中と外で会話をする。
 怖過ぎて悲鳴も出ない。戦わなければと背筋が粟立つ。暗い車内でライトを照らし、俺の目や口を点検され、そのたびに顔を横切る親指を、いつ噛みちぎってやろうかと怒りが湧いてきたとき、
「こいつぁ、いい値がつきそうだ」
 と嘲笑された。
 ライトの明かりがチカチカして、消え入りそうになる。それがライトの電池切れではなく、俺が猿轡 さるぐつわをされて呼吸がうまくできず、酸欠で意識が朦朧 もうろうとしていたからだと後でわかった。歯を立てても布は噛み切れない、足で蹴り上げようとしても大人相手には敵わない。息も苦しいし、涙もとまらない。そんなときだ。
 ──特徴的な銃声が、本当に静かに二度、反響した。俺を押さえつけてた男は、ぎらぎらした身の毛のよだつ目から、一気に充血した白目になって、ぶるりと黒目を震わせて倒れ込む。
 俺は恐る恐る、俺の体に重なってきた、もう物を言わなくなった男をどけて、開け放たれたドアへ流れていく血液を見た。生まれて初めて、ひどく濃い血の匂いを嗅いだ。自分や弟のけがでさえ、こうは強い印象がない。今思えば、死がゆるやかに加速していくさまを、あの血の流れに感じていたのだろう。弟は俺と同じように驚愕の表情で、過呼吸のように息を乱しながら、タイヤに背を預けている。
 俺たちを運んでいたもう一人の男は、弟を調べていたらしく、弟の側にいたが、やはり頭から血を流していた。
 あの人の、底冷えするような目だけ、はっきり覚えてる。二人の人間を殺しても、なにもなかったように拳銃をしまい、その人は背を向け、近くの別の路地へ消えてしまった。俺ははっきり顔を捉えたが、くすんだ髪色が闇に妙に映え、思わずぼうっと見惚れた。
 路地裏の安くて古いアパートが立ち並んだ、日が沈んで焦げ茶色に見える壁が、その人の髪色とのコントラストを強調し、やけに頭から離れない。

w989年
 男二人の変死事件、地方紙には小さく載せられたがやがて忘れられ、俺と弟は事件の被害者でかわいそうだからと引き取ってもらえた。
 引き取ってくれたのはかなり年寄りのおばあちゃんで、俺たちが移り住んで一年後、すぐに病気で亡くなった。
 今思えば、真剣にこっちへ手を差し伸べてくれたのは、今までであのおばあちゃんだけだ。一番覚えているのは、おばあちゃんが好きなテレビドラマのシリーズがあって、毎週それを三人で楽しみに見た。晩飯に必ずパンとチーズを三等分して、神様に祈りを捧げて食べる。その一連の流れだ。
 神様なんていないとは思うけど、おばあちゃんの余命が伸びるならいくらでも祈ろうと、弟と相談して決めた。
 たった一年足らずの短い時間だったけど、俺たちはおばあちゃんとの生活を本気で楽しんで、真剣に愛していた。
 ──おばあちゃんが亡くなった葬儀の場で、俺たちはすぐ、おばあちゃんの息子夫婦の家に預けられた。
 あの優しいおばあちゃんからどうやってこんな息子が生まれるんだ、ってくらい、息子夫婦の生活はひどく荒れてた。俺たちがこういう環境に放り込まれるのは二度目だし、慣れてはいたけど、ふとおばあちゃんの顔が頭をよぎる。忘れかけていた荒んだ空気が肺に少しずつ戻っていくような気がして、嫌なもんだった。
 どうやら父親の方には、前の女との間にできていた娘が一人いるらしい。これもとんだアバズレで、昼間から濃い化粧ときつすぎる香水を煙みたいにつけ、服から谷間が見えても色気じゃなく下品だとしか感じられなかった。七歳の俺に気持ち悪いぐらいすり寄ったり、派手好きの後妻とモメるのはしょっちゅうだった。
 父親は父親で、怪しい奴らと密会しては、夜な夜なアタッシュケースに金を詰めて出て行く。ろくな商売をしていないと感じたし、この男も酒に酔えば俺や弟に手を挙げる奴だったから、俺は今度こそ弟を守らなきゃならねぇと思って、噛み付いたり反抗しては返り討ちにあってた。

w993年
 ある日父親が青ざめて帰ってきた。大量の水で何かを忘れるかのように顔を洗う。バスルームにいた俺は物音に驚いて、シャワーを出したままじっとしていた。が、父親は一向にその場から動かない。
 俺がいよいよ痺れを切らして外に出るころ、金ぴかのシガレットケースから煙草を取り出して、レオパード柄のタイトスカートを来た後妻が洗面台に入っていった。
「アンタ、どうしたのさ」
 三日ぶりにシャワーの許可が下りた俺はドライヤーを使わせてもらえない。俺ごときに電気代をかけるわけにはいかないからだ。俺はそれをわかっていて、洗面台のある部屋を通り過ぎようとする。父親と後妻のやりとりを眺め、女の真っ赤なルージュが悪趣味だと心で毒づきながら、男が発した不自然な言葉に耳をそばだてる。
……やべぇんだ、やっちまった……急いで逃げよう……
 逃げる? どこへ? 何をやった?
 俺はガシャンと派手な音を立てて灰皿が落ちる音を聞き、廊下に転がってきた何粒かの錠剤が目についた。その先には粉状の空気がふわりと舞って、なにかの袋が破れてしまったこともわかる。
 俺はそんなに知識はなかったが、これがドラッグだってことぐらい、すぐにわかった。なぜならこいつらは家に薬を常備していないし、サプリメントなんか飲んでる光景も見たことがない。
「アンタ、ヘマしたのかい……⁈」
 俺はさっき、買い物を頼まれていた。冷凍食品に菓子類。明らかに子どもには荷物量が多いと不満な顔をしたら、さっき豹柄女に平手打ちされた。だから近所のスーパーマーケットで、明らかに殴られましたって横顔をじろじろ見られながら買い物をするはめになる。仕方ないからまだ乾かない頭で外へ出た。
 弟は、この日に限ってついてこなかった、昨日明け方に殴られた傷が恐らく痛んだのだろう。
 俺はこのとき、這ってでもついてこさせなかったことを、いつだって後悔している。

 俺の髪は細くて量が少し多めだったから、乾きづらかった。それに風が通ってその日はちょっと寒く、早いとこ買い物を済ませて、とっとと弟の様子を見に帰りたかった。
 でも、俺の二人まえにレジをしている男が、「あの人」だった。あのとき、俺たち兄弟を助けてくれた人。思わず「あ……」と間の抜けた声が出た。か細くて誰にも聞き取られなかった。
 彼に声をかけるわけにもいかない。まだ俺たちを善意で助けたのかもわからなかったから、じっと行動を観察した。
 買うものも、会計も、店員とのやりとりも、至って普通の一般市民と変わらない。静かで、真面目で、ちょっと眠たそうな面持ちをしていた。レジの人だって、まさか目のまえの男が殺人をしているなんて思わないだろう。
 俺は自分に会計が回り、その人が袋に買った物を詰めたあと、どっちの方向に帰るか気になって、ずっと視線で追っていた。店員に催促され、金を払うのが遅れるほど、穴が開くように見つめた。
 その人と俺は、帰る方向が一緒だった。紙袋を抱えて、その人はなんと俺と同じアパートへ向かっていった。
 俺たちの住んでいる部屋は三階で、その人も三階の奥の部屋へ入っていった。俺は恩人を見つけられたこと、そして近くに住んでることにも驚いたが──なにより、自分の住んでる部屋に、一人の女と、何人かの男が押し寄せていったことに目がいった。
 彼らは警察のような見た目にも見える。だが警察なら部屋への突入と同時にバッジを見せるか、名乗りを上げるだろう。男たちが先導して扉に体当たりをして突入し、手に持ったなにかがアパートのボロ屋根から差し込む光で鈍く光った。黒い鉛の光は、反射をしてもきつくないから、隠し持つのにもちょうどいい──彼らの拳銃の外装はそんなふうだった。
 その内、昔俺たちが助けられたときに聞いたことがある音より、少し大きめな銃声が聞こえた。
 三発か、四発か。
 俺はそのときちょうど階段を登りきり、自分の部屋がある階まで来ていた。
 ──三発、四発、三発、四発、三発!
 十歳になった俺にも、その発射数の意味と、自分の身内がどうなったかくらいはっきりわかる。治安の悪い街で銃声が響くことはよくあるし、誰しも引き出しに一つは護身用の拳銃を置いている。
 ただ、三発なのか、四発なのか。弟は、見つかっただろうか。背中をそわそわと撫でるうすら寒い気配は、俺に冷や汗をかかせ、乾かない襟足部分の髪を冷たい風がなぞった。
 俺は買い物へ行くまえまで自分が居住していた部屋を──さっき女と男たちが入っていき、発砲した部屋を、通り過ぎた。
 そして、廊下の一番奥にある、「あの人」が入っていった部屋のまえに立つ。ノックは、二回。
……開けて……
 そしてもう一度。今度は少し、強めにノックして、鍵のかかったノブを弱々しく回しながら。
「開けてよ……
 三発、四発? 三発、四発! 弟は、あいつらなんか、どうでもいい、弟は、弟は、殴られた傷で部屋でうずくまってて、俺は外に出ていて、弟は。
「なぁ、開けてくれよ……っ」
 銃弾は、確実に四発? 三発? どこを狙って? なにを撃った?
 俺は殺し屋じゃないからわからない。一人の人間を、怨恨以外の目的で、何発も撃ち抜くことはあるのか?
 少なくとも俺が知る限り、このドアの向こうにいる「あの人」は昔、一発ずつ、一人の人間に撃っていた。
 ……俺は、扉の向こうの人に買い物で置いていかれた息子、という役を演じ、「あの人」はドアを開け、俺を中に入れてくれた。
 それ以来、俺は弟を失い、新たな宿り先を手に入れた。

w000年
 プロシュートは、ふぅとため息をつくと、横で甘えるようにいる恋人を撫でながら、「この話はここまでだ」と言って笑った。
 恋人は、彼女の豊満な胸で彼をぎゅっと抱きしめた。今度は彼が頭を撫でられる。
「そんなことがあったの」
 彼女はあえて端的に話した。年上の、熟成された声音は人を安堵させる。プロシュートもまた同様だった。彼女の元に来ればいつも、そのなめらかな肌と体つきに溺れ、その海の中で静かに身を横たえることができた。
「明日は、なにが食べたい……?」
 今まで彼から聞かされた話にあえて慰めもなく、恋人は優しく言った。
 なにがいいかな、と答える間もなく、プロシュートはうつらうつらと船を漕ぐ。柔らかい彼女の胸は、バスルームでよく使用しているダマスクスローズの香りがした。
 話し疲れ、まぶたが重く、まるで子どもみたいにきれいな顔して眠る彼に、恋人はそっと口づける。
 彼は、彼女に甘えるときはとことん甘える。それは幼少時の愛される経験の少なさから来ていたものと今の話から推測される。
 彼女はベッドを降りて、洗面台へ向かう。きれいなブロンドはよく手入れされていて、くびれた腰は美しい。そこかしこに情事の痕が見える。はるかに年下の男性を恋人にもって、艶めいた肌はさらに輝いている。
 引き出しを開け、彼女の愛用の黒い鉛がきらりと光った。その外装は太陽光の下であっても、室内のライトの明るさであっても、かすかな鈍い照り返しにしかならない。重厚なそれは、女性の裸体に不釣り合いのようで、あまりによく似合っている。
 バスローブをゆるく巻き付け、その鉄の輝きを持ち、静かに部屋へと戻ろうとする。
「この話には、続きがあってな」
 洗面室から出た彼女の頭に、真横から、今彼女が持つ重厚さと同じ冷たい口径がぴたりと当たる。
「俺はその人に、全てを学んだ。拳銃も、ナイフも」
 彼は笑っていた。女は、さっと青ざめたであろう自分の表情を、洗面台を振り返って見ることはできない。
「なるほど」
 彼女は初めて、冷や汗をかいた。ドライヤーで乾かし、ヘアオイルをまとった髪なのに、その根元が湿り気を帯び始めている。
……弟の復讐のため、かしら?」
「そうだなァ。アンタは一人だけ女で、目立ってたから」
 すぐ調べたらわかったよ。
 プロシュートはまだ笑っている。けれど、底冷えするような瞳は、彼女の網膜に忘れぬように焼き付いていく。
「愛情は教わったの?」
 私という恋人がありながら、と嫌みを含み、彼女はわずかに潤んだ目を見せた。そうすれば今まで必ず、誰もがその銃口を怯ませたからだ。
「俺が惚れた奴は、六歳の時からあの人だけだ」
 おばあちゃんは、別格だがな。
 最期に見たプロシュートの表情は、自分といるときに一度も見せたことがない、少年のようなバラ色の頬だった。