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もち粉
2025-09-13 00:54:32
28473文字
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〈さとり〉の庭
カブミス 微ライシル
メリニ極秘事件簿 カブミスを添えて
※名前のあるモブがいます
1
2
3
4
5
6.
「
――
あの、誰にも言わないでくださいね、ね?」
そう言い淀む少女に、カブルーはにこっと笑い掛けてやる。
「大丈夫、ここで聞いたことは、決して誰にも話さないよ。捜査上の秘密だ」
カブルーが穏やかな声で語りかけると、少女はおずおずとかすかに頷いて語り始めた。
「
……
あの時は、友だちが、〈あれ〉に会いに行こうって。私たちの友情をお互いに証明しましょうって言って、夜にこっそり迷宮近くまで二人で行ったの。
私、本当はそんなの信じてなかったわ。でも本当に〈あれ〉が出て、その、あの子が私のことを
……
ブスだと思ってるとか、自分の引き立て役だと思ってるとかの、そういう事を、言ったの」
つらそうに俯いて声を途切れさせる少女に、カブルーはそっと手を握ってやった。
そのぬくもりに励まされたかのように、少女は言葉を継いだ。
「『嘘よ!』って、彼女は〈あれ〉に向かって叫んだの。『私はそんなこと思ってない! デタラメ言うんじゃないわよ!』って。
そしたら
――
急に、空気が凍ったみたいになって、それから〈あれ〉が飛びかかってきたの
……
」
少女はぶるりと身体を震わせた。
「私、とっさに目をつぶってしゃがみこんでたわ
…
。しばらくして、そうっと目を開けたら、あの子が血まみれで倒れてて、〈あれ〉がその上に乗っていた」
下を向き、膝の上の小さな拳でスカートを固く握りしめた少女は、絞り出すように語り続けた。
「そうして、〈あれ〉が私に言ったの。私の声で《いい気味よ》って
――
」
「私、怖くて動けなかったし、何も言えなかった。
けど!私そんな事思ってないわ、本当よ。あの子が怪我していい気味だなんて、そんなこと
……
!!」
カブルーは表情を変えず、そっと肩を叩いてやると、静かに頷いた。
「ええ、わかりました。ご協力ありがとうございます」
少女が立ち去ったあと、カブルーは別室で控えていたマルシルたちのもとに行き報告した。
「これで三件目です。いずれも、〈さとり〉の言葉を『嘘だ』『デタラメだ』と否定した直後に被害を受けています」
「つまりアレか。〈さとり〉ってやつは、遭遇しただけなら、何もしないが、嘘をついたり、本心をごまかしたりしたら反応してんのか?」
「少なくとも、ただ悲鳴を上げただけなら、何もしてこないようですね」
「言葉が解るだけの知能があるのかしら? それとも特定の音に反応しているだけ
……
?」
マルシルが腕を組んで考え込む一方、ナマリは椅子の背にもたれ、顎に手を当てる。
「でもよう、被害者じゃねぇやつがさ、『でまかせを抜かすな』って斬り掛かったけど逃げられたって言ってたよな?」
「それなのよね。なにせ〈さとり〉は、人の知られたくない本心を暴くって言われてる存在よ。何を言われて、どう反応したか
――
全部、正直に話してくれる人ばかりじゃないと思うの」
カブルーは、わずかに目を伏せた。
「
……
その人には、俺が再度話を聞きに行ってみますよ」
――
後日、〈さとり〉に斬り掛かったと豪語していた男は、実際にはただ震えて逃げただけだと供述を翻したとカブルーから報告があった。
ナマリは、こいつどうやったんだよととでも言いたげな、引きつった顔を向けたが、カブルーは涼しい顔で「共感と傾聴ですよ」と片目をつぶってみせた。
*****
7.
一方その頃
――
ミスルンは、静かな迷宮の奥で足を止めた。
「
……
?」
石造りの壁際には、誰かがしばらく身を潜めていたような生活の跡があった。雑多な布と、欠けた食器が無造作に転がっている。
湿り気を帯びた毛布の塊。底にぬめりを残す壺。中身がこぼれた割れた薬瓶。そして、床に乾ききった茶色い染み。
それは、血痕だった。
ミスルンは膝をつき、指先でそっとそれに触れた。ざらりとした粉のような感触が、時間の経過を物語る。
「隊長止めなよ、ばっちいよ」
「
……
ずいぶん時間が経っているな。少なくとも三ヶ月以上
……
もっと前か」
止めてくるフレキの声を背に受けながら、視線は染みに向けられたままだ。
「まあ、最長でも半年前だろ。私らが前回見回った時はこんなもんなかったんだから」
「それにしても、ダンジョンクリーナーの動きがずいぶん鈍い
――
これか」
「あん? 何?」
ミスルンは近づいてきたフレキに場所を譲って見せてやった。血痕の下にはうっすらと魔法陣が残っていた。
「この魔法陣が、ダンジョンクリーナーと干渉していたようだな。だとすると、未消化の遺留物が周囲にまだあるかもしれない」
「うえ、探すの? 面倒じゃん」
「
――
フレキ」
「へいへい」
返事をしたフレキは、バサリと使い魔のワタリガラスを宙に放った。
「しかし随分と無理のある術式だな
――
」
血痕の下の魔法陣は消えかけてほとんど読めないが、判読可能な部分だけでも重大な欠陥がある。
ミスルンは、この血が人のものか魔物のものか、考えながらもすでにある程度の推測は付いていた。迷宮に潜る前日、偶然会って昼食を共にしたカブルーから聞いた話を思い出していた。
(
……
〈さとり〉)
人の心を暴く魔物。自分でさえ気づかぬ本音を突きつけてくるという存在。
他人とってはそれが恐怖だろうが、ミスルンにとっては、むしろ歓迎すべき存在だ。
もしも自分がそいつと遭遇したら、〈さとり〉は私に何を告げるのだろう
――
最後に一つ残った欲も失って、空っぽになった自分の中に、まだ何か残っているというのなら、知ってみたいものだった。
周囲の空気に、ひそかなざわめきが混じり始める。
……
ふ、と風が流れる。
耳を澄ますと、裸足の、猿のような足音が遠くへと去っていくような気配がした。
*****
8.
迷宮から直接来たのだろう、ミスルンは退役時に譲り受けたカナリア隊の隊服姿のまま、夜の城を訪れていた。
塵と迷宮の湿った匂いを微かにまとった彼の動きには品があり、城に来る誰よりも優雅な所作で一礼をした。
「夜分にすまない、ライオス王。
急ぎご報告したき儀があり、参上した。お時間を取っていただき感謝する」
「構わないよ、ミスルン。君の訪問ならいつだって大歓迎だ。
……
でも、どうやら今夜は魔物談義とはいかないみたいだな」
就寝直前に呼び戻されたライオスは、部屋着の上に執務服を引っ掛けただけの姿だったが、そのような事を咎めるミスルンではなかった。
「近頃、城下に〈さとり〉という、心を読む魔物が現れていると聞いたが、現在、そちらで調査中だとか?」
「ああ、その通り。カブルーを中心にマルシルやナマリも協力してくれてるよ。正直、俺も政務よりそっちをやりたいくらいだ」
ライオスが冗談めかして笑いながら、背後に控えるカブルーへ視線を向けた。
一歩前に出たカブルーは、これまでの経緯と判明している情報を手際よく報告した。
「なるほどな、やはり半年前か
……
前回の調査の直後だな」
口元にこぶしを添えるようにして呟いたミスルンは、まっすぐにライオスを見据えて奏上を始めた。
「ライオス王よ。〈さとり〉は、おそらく迷宮内で製造された不完全な魔法生物だ。
製作者はすでに死亡し、制御を失ったまま稼働を続けている。
術式には欠陥があり、そう長く自律性は保てない。暴走は時間の問題だ」
一呼吸置いて、はっきりと言い切った。
「城下の警備体制を強化し、夜間の民間人の外出を制限するよう進言する。
――
早晩、無作為な殺傷が始まるぞ」
〈さとり〉による初めての死者がでたのは、二日後の満月の夜だった。
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