mishiadd
2025-08-17 12:33:51
25092文字
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月とチョーカー

【本編軸/現パロ】叡智を賜ったオメガバースシチュエーション3連発短編集【剣伊/鄭伊】
第三話「いろいろ言い訳しながら番が成立してないルームメイト兼親友の巣作り」の後日談:https://privatter.me/page/68af1b972987b

※オメガバース基本設定(たくさん美味なる派生設定があるらしいのですが今回は以下を採用しています)
α(アルファ):男性/女性とは別軸に存在する「雄」の性。(女性体でも「雄」の部位を持つ)
Ω(オメガ):男性/女性とは別軸に存在する「雌」の性。(男性体でも「雌」の部位を持つ)
ヒート:Ωの発情期。数ヶ月に一回あるいは時期外れでもαのフェロモンに当てられて強制的に誘発されて起こる。αと交合することにより治まる。
番(つがい):αがΩのうなじを咬むことで成立し、Ωのヒートが起こらなくなったりフェロモンが安定するなどいいこと尽くし。ただしΩから番を解消することはできず、番のαを失ってしまうとΩは新しい番を得ることができないばかりか再びヒートが起こるようになってしまう。
巣作り:ヒート中のΩが(特に番の)αの匂いのついた衣服を身の回りに搔き集めて交合するための巣を作ること。本能的な行動。


2.『喧嘩がヒートアップして強制ヒートを誘発する浅草大事故剣陣営』(剣伊)

そもそも自分を召喚したマスターがおめがである、ということ自体がセイバーは気に食わなかった。

おめがは生来体が弱く、こと身体能力面で劣る。おまけに発情期の間は碌に身動きも取れないときている。実戦向きでないことだけは確かだった。

「きみは弱い。剣の腕以前の問題だ。そのような脆弱な体で私の周りをウロチョロされたのでは困る。どこぞに隠れているか、せめて私の前に出てこないでくれ」

そうきっぱりと臆面もなく告げたところ――実際、何を遠慮するべきでもなかった。至極当たり前の提案をセイバーはしていた――「せいぜい貴殿の足手まといにならないよう善処する」という殊勝な返事の前に、ほんの一瞬だけその端正な顔がむっと歪んだのをセイバーは見た。

「きみ、今腹を立てたな?」
……――

す、と目を逸らした伊織の目線の先にどたどたと回り込み、「きみ、弱いくせに一丁前に腹を立てたな? 今」ともう一度問うた。
セイバーと目を合わせないまま、少しだけ頬を膨らませた不服そうな顔で、ぼそぼそと歯切れ悪く伊織が言った。

「俺の剣の腕が――足りていない、ということは重々承知している。だから―― 一刻も早く、貴殿の剣技に届くよう――
剣の話はしていない。どうでもよい。それ以前の問題だと言っている。――きみはおめがだ。サーヴァントとマスターである以前に、きみはおめがで私はあるふぁだ。きみが私に届く日は永久に来ない。無意味な夢を見るのはよせ。さあ、わかったなら身の程を知って――
……なんだと?」

低い、獣の唸るような声だった。おや、と挑戦的な笑みを浮かべてセイバーが片眉を跳ね上げる。

「ほう。おめがも吠えるのか」
「剣の腕をなじられるのはいい。貴殿の足元にも遠く及ばないのは事実だ。俺の鍛錬が、研鑽がまだまだ足りていない。――だが、生まれを理由に『届かぬ』と否定されるのは違う」
「単なる『事実』だ。きみでは私には決して勝てない。実際、きみはたったあの程度の戦闘で既に疲弊している。……なあ、きみ。私は、きみが居ようが居まいがどうでもよい。だがこの儀の仕組み上、私はきみを失えば敗北となる。――こんな理不尽はあるまいよ。きみが弱いばかりに私が足を引っ張られるのだ。であるならば、せめてきみにはせいぜい身の程を知って大人しくしていてもらいたいものだ。なんなら、儀の間はきみは表に一切出ることなく、おめがらしくずっとこの長屋に隠れ潜んでもらっていてもよいのだぞ。あとは私がひとりでやる。きみが呑気な顔をして眠りこけている間に儀を勝ち抜いてやるとも」
……どういう意味だ」
おめがはよく巣に篭もって眠りこけているだろう。半月表に出てこない者もいた。まったくだらしない、体力がないからそうやって惰眠を貪らずにはやっていけぬのだ」

ぐ、と伊織が言葉を呑み込む。――恐らく、セイバーが言っているのはおめがの発情期のことだ。

数ヶ月に一度、つがいのいないおめがにやってくる発情期は当人にはどうにもできないものだ。あるふぁを誘うフェロモンを周囲に充満させながら、発情期に伴う倦怠感や身の裡の切ない疼きを抱えて篭もっているしかなくなる。体の自由が利かず、満足に動くこともできない。ただ昏々と―― 一刻も早くその悪夢のような時が去るよう祈り続けながら、すべてを誤魔化すように眠り続けるほかない。それが、おめが当人にできる最善だ。
――それを、「体力がないゆえの怠惰である」、と判じられることには反発心がないでもなかった。……だが、伊織には否定することもできない。おめがに生まれながら剣の道を志した伊織にとって、こういった類の揶揄やそしりは決して縁遠いものではなかった。おめがの身で何ができる――と鼻で嗤われ続けながら、それでも伊織は黙ってひたすらに剣を振るい、鍛錬を続けてきた。だからこそ、今の伊織は並の常人べーたよりは余程強い。……そんなことを言ったところで、この生粋のあるふぁには、きっとなんの意味も為さないだろう。

それでも、言わねばならないとは思った。周期を考えればしばらくは来ない筈ではあったが、それでももし儀の最中に発情期が来てしまったら――

「セイバー。――貴殿の言っているそれは、おめがの発情期というもので――
「知っている。なにやら酷い匂いがするものだろう」

端的に言い、フン、と軽蔑するようにセイバーが鼻を鳴らした。それから、「そうだ」と何かろくでもないことを思いついた顔で伊織を見た。

「そうか。きみに発情期が来れば、私がわざわざ言わずともきみはここに篭もりきりになるのか」
――は?」

いよいよ唖然として伊織がセイバーを見る。あっけらかんとした、自分が何を言っているのかろくによくわかっていないような顔で、セイバーが繰り返した。

きみに発情期が来ればきみは勝手に長屋に篭もるのだろう。ハッハハ、それはいい。もっとも、発情期のおめがは本当に酷い匂いがするからな。私はこの長屋の中に入れなくなるが、まあ大したことではない。きみがここで大人しくしている間、私がせいぜい暴れ回ってや――
……貴殿は……

ぐぐ、と伊織が奥歯を噛みしめる。セイバーの胸倉を掴みそうになったのをすんでのところで押しとどめ、その肩を掴むに留める。――が、力の篭もった指先が、セイバーの細い肩に喰い込む。それを殊更に面白がるような目で見てから、セイバーが挑発的な顔で言った。

――どうした? イオリ」
「生憎だが、俺に発情期はしばらく来ない。……長屋に篭もりもしない。俺は、貴殿の後ろに隠れることもない」
……ほう」

自分の肩を掴んでいる伊織の手首に手を掛け、セイバーが軽く捻るようにする。少しも粘ることのできないまま、あっさりと伊織の手がセイバーの肩から離れてしまう。痛みに僅かに顔を顰めた伊織に、「フッ」とセイバーが鼻で嗤い、言った。

これでか。――気位だけは見上げたものだが、私は私の邪魔をする者は好かぬぞ。たとえマスターと呼ばれる者であってもな」
……俺には令呪があることを忘れるなよ、セイバー」
「拙い脅しだな。であるならば、私があるふぁであることも忘れぬことだ」

その言葉と共に、ドン、といっそ衝撃波のような勢いを伴って、セイバーの全身から放たれたものがある。――あるふぁのフェロモンだった。

それを正面からまともに浴びた伊織の顔が一瞬蒼白になる。――やがて、セイバーに手首を掴まれたまま、その場にへたり込んでしまった。腰が抜けたようだった。
白いうなじを晒して俯いてしまった伊織を見下ろしながら、「フン」とセイバーが嘲笑う。

「ハッハハ、威勢がよいのは悪くはないが、やはり実力が伴わぬようではな。
聞けば、おめがあるふぁ匂いで発情期を誘発されることがあるというではないか。――来ないのならば来させてやればよい。さあ、聞き分けのないきみも、これでようやく大人しく長屋に――



――スン、と鼻先をくすぐる匂いに気付く。



最初は、花の香りだと思った。あるいはこの建付けの悪い長屋の引き戸の隙間から、外の草花の香りが入り込んできているのだと。馥郁とした――朝露に濡れる大輪の白い花を思わせるような、凛とした香りだった。
それが、途端に強くなる。強く香る。鼻腔を満たし、じわじわと――脳髄にまで沁み込んでくるような、甘ったるく滴るような、蜜の香り

だんだんと、思考が痺れてくる。酩酊したように判断力が落ちていくのを自覚しながら、セイバーは目の前の伊織を見下ろす。――白いうなじ。

「は、あ」と伊織が軽く吐息を洩らしているのが聞こえる。それがまた、じわじわと蜜のようにセイバーの耳朶を食み、とろとろと痺れるような甘さで鼓膜を侵していく。

――酷い匂い、だと。その焼けるようなくどい甘さの匂いは、いつだって酷い匂いだと、そう。



――これは、なんだ。



「セ、イバー」とやっとのことであえかな吐息の合間になんとか伊織が声を絞り出している。嗄れたように掠れていた。その声の震えが、セイバーの肌をぞわぞわと愛撫する。

「そ、とに――出ろ。俺の、匂い――

やっとのことで伊織が顔を上げる。ふわりとした柔らかい栗色の癖毛が揺れ、その重く長い前髪の合間からちらちらと月夜の色をした瞳が覗いている。それが、しっとりと濡れているのが見える。――美しい満月から、とろりと甘い蜜が滴っている。

舐めてみたい、と咄嗟に思う。思わず生唾を呑み込んだ喉が鳴る。伊織の高い鼻梁の鼻先が、ほんのりと熱をもったように赤くなっている。先程まではいっそ血色の悪さの象徴のようですらあった色素の薄い唇が、いつの間にか熟れたように鮮やかな真紅に色づいていた。――ひどく、セイバーの目を惹いた。あるいは果物に赤いものが多いのは、動物は本能的に赤いものに惹かれるからなのかもしれなかった。――そうやって、誘ってわざと食べさせていいように利用して己の種を運ばせるのだ。

じわりと滲んだように赤い伊織の唇から、は、は、と断続的に荒い呼吸が漏れ続けている。ン、と時折何かに耐えるように小さく体を震わせる。白かった首筋にぱっと血色が広がって、その代わり頬は血の気がひいたようにますます白かった。まるで赤みがすべて唇に集中してしまっているかのようだった。そこに己の唇で触れればそこはさぞや熱いのだろうとセイバーは思う。――柔らかくしっとりと濡れていて、さぞや――

「セイ、バー? 何を――いつまでそこに、居」
「すごくいい匂いだ、きみ」

血色に染まった眦を伊織が見開いている。「……は?」と呆気にとられたような声で、伊織が尋ね返した。それでも、ぽろりと零れてしまった己の言葉にセイバーが気付くことはなかった。ただ、尋ねられるままに同じ言葉を重ねた。

「頭が――くらくらする。いい匂い――もっとよく嗅いでみたい」
「え? は? いや――

戸惑うばかりの伊織は、しかし体にはろくに力も入らない。畳の上に座り込んだまま動けずにいる伊織をじりじりと壁際に追い詰めながら、セイバーが熱に浮かされたような声で言った。

「きみ――すごく、美味しそう、だ……
「セイ――バー……?」

んむ、とまるで本当に食まれるようにセイバーに唇を塞がれた伊織の声がくぐもる。くち、と濡れた音を立てて歯列を舐められて舌を吸われると、もともと途切れかけていた伊織の意識の方もそぞろになってくる。本能に取って代わられた思考の中で、必死に伊織の口の中をまさぐる柔らかい舌の熱を己の舌で追いかける。初めに自分がされたように相手の舌を吸ってやると、重ねた相手の唇が震えて荒ぶるような熱が増すのがわかった。

ちゅ、と口の中に残った唾液ごと吸って唇を離してやる。目の前にすっかり欲情しきって雄の顔をした可憐な顔があった。ふらふらと本能に突き動かされるまま再び唇を重ねようと顔を近付けてきたセイバーの顔の前に大きな手のひらを翳して押しとどめる。ぺちん、とそのまま止まることなく手のひらに正面衝突したセイバーが、「ん、」と不服そうな間抜けな声を上げた。

発情するままに切れ長の眦に涙を滲ませた伊織が、「ハハッ」とどこか強がったような嗤い声を上げた。

「その様子では、貴殿こそおめがの匂いにまるで勝てていないようだが? ――あるふぁ殿」
……おめが……
「俺では決して貴殿には勝てないと言ったな? さて、今負けているのは一体どちらだろうな? セイバー」
……おめが……おめがの匂い。……イオリの、匂い。……イオリ……

フフン、とようやく相手の鼻を明かして得意げな顔をしていたのも束の間、恐らく伊織の言葉の半分も理解できていないセイバーが、伊織の着物の合わせ目に手を伸ばしてくる。既に壁際に追い詰められていた伊織はどうすることもできなかったが、かといって別段どうするつもりもなかった。――実際、伊織の意識の半分も既に朦朧とし始めていたし、セイバーに対して大層なことを言える程、伊織の首筋に鼻先を埋めたセイバーから香ってくる雄の匂いに伊織が勝てているわけでもなかった。



――とはいえ、きっと最後まで僅かにでも理性を保っていた方がこの勝負の勝ち、だ。



セイバーと確認し合ったわけでもない勝敗のルールを勝手に定めながら、己の肌に触れる相手の手のひらの獰猛な熱さに伊織は身を震わせた。






『喧嘩がヒートアップして強制ヒートを誘発する浅草大事故剣陣営』・了