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舎まゆ
2025-08-16 23:39:20
10556文字
Public
小説
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文学フリマ大阪13新刊サンプル「短編集 紊乱」
文学フリマ大阪13
9/14(日) 12:00〜開催 (入場無料)
ブース:け-12 【あふたるちか】
短編集 紊乱
A6文庫版/228p
700円
WEB再録含む掌編10本、短編5本収録。
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【忘れ物をとりに】
「ばら星雲観測園行きツアーのご予約でしたら、現在三ヶ月待ちとなっております」
目の前のタブレットをついついとなぞりながら、僕は淡々と答えた。えー、と落胆したような声がヘッドセットから伝わり、思わず目線だけを上に向ける。いったいこれは何度目の問い合わせだろうかと考えて、やめた。
『じゃあ他に、なんかないの。明後日から行けるやつで』
途端に投げやりになった客に少々お待ちくださいと伝え、タブレットに予約状況を表示する。休暇シーズンでないとはいえ、急に予約のとれるツアーは数えるほどしかなかった。
「
……
特急あおほしで行く、いぬざ線歴史探索ツアーなどはいかがでしょうか。こちらまだ空きがございますが」
『へえ、どんなとこ?』
「こいぬ座の星プロキオンとシリウスを結ぶ星間鉄道です。プロキュナイト採掘帯の跡地の眺めが評価されている歴史の深い場所ですよ。こいぬ座の星系はシリウスからのアクセスが良好でありつつも長閑(のどか)な空気を楽しめる
――
」
『えー、そんなのしかないの? じゃあいいや』
「
……
ええ、そんなのしか残っていませんね」
言葉が終わるか否かで通信を切られたのを承知で、僕は毒づいた。間を置かずに鳴り出した通信要請音(コール)は聞こえないものとして
――
僕は通信端末とタブレットの電源を切った。デスクに置かれた時計は既に定時を大幅に過ぎていた。
オフィスビルの入り口に佇む警備員に軽く頭を下げる。お疲れ様です、と律儀に返してくる彼の声を聞きつつ、数時間ぶりに外の空気に触れれば、僕は肩の力が抜けた。
「お疲れさん」
「ああ
……
お疲れ様です」
注文の多い客との格闘から解放され、気の緩んでいた僕の背中を叩いたのは同僚だった。退勤したというのにビジネススーツを着崩さないまま同僚は四つの目を細め、口角をにっと上げた。
「外回りですか?」
「ああ、ばら星雲観測園絡みで。ほら、なんだっけ
……
よく分からないけどさ、急に流行りだしただろ。この機会を逃すなーって上がさ」
「凄いですよね。話題になってから問い合わせがひっきりなしです。客には三ヶ月待ちとは伝えてますけど」
僕の言葉に同僚は肩を竦め、四本ある腕のうち、下の二本で腕を組んだ。
彼にとってはあまり通信世界の出来事は興味の無い事柄らしい。それにさ、と軽く顔を顰めて同僚は続けた。
「いぬざ線ツアーの売り上げ下がってるし、なんとか代わりのものが欲しいんだろ」
「今日もなんどか断られました」
「まあ
……
採掘場の跡地なんてウケないよな、今時さ。あ、この後飲みに行くんだけど、どう?」
「あー、すみません。明日は早番なんで
……
」
苦笑いする僕に、同僚はそっか、と残念そうに笑った。
じゃあまた今度な、と人懐っこく笑いながら歩き出した彼に僕も軽く手を振り、軽い足取りで繁華街へと向かう姿を見送る。色とりどりの光が滲みあって出来る、賑やかな大通りとは反対の、道を照らすだけの青白い街灯がまばらに浮かぶ裏道が僕の帰路だった。
いぬざ線シリウス駅
――
。その入り口を示す標識の灯りは頼りない。大都市にある始発として最低限の大きさはあるものの、きっと観光客が見れば、早く建て替えたらいいのに、なんて言うのだろう。定期券入りのパスケースを出して、改札機に軽くかざす。このやり方に慣れたせいで、この前オーアール線の改札で恥を掻いた。
『
――
発、ゴメイサ行き快速列車、まもなく発車します。本日最終の快速列車となりますのでお乗り遅れにご注意ください』
改札に入った瞬間に聞こえてきたアナウンスに、僕は慌ててパスケースを尻ポケットに突っ込み、ホームへの階段を駆け下りた。これを逃すと普通列車で帰るしかない。そうなると時間は倍ほどかかってしまう。明日も早い。それだけは避けたかった。
歪んだ発車メロディが薄暗いホームに鳴り響く中、列車に乗り込む。車内、人影はまばらで、僕は小さな息を吐きつつ、車両端のシートに座った。
静かにドアが閉まり、列車はがくんと動き出す。街頭のまばらな駅周辺から繁華街の裏に敷かれたレールを、徐々にスピードを上げながら坂をのぼるように高度をあげていく。窓の遠くには大都市シリウスで一番の賑わいを見せる交差点、それを囲むビルのきらびやかな光が見えた。
『本日はいぬざ線、ゴメイサ行き快速にご乗車いただき、まことにありがとうございます。停車駅はカモメ星雲前、モノセロス採掘所跡、こいぬ前あさひが丘
――
……
プロキオン、終点はゴメイサです。次はカモメ星雲前
……
』
大都市シリウスは、既に僕が乗る列車の遙か下だった。この周辺で一番の輝きを放つこの星は、その中に孕む色とりどりの灯りを覆い尽くして、青白い光を誇らしげに見せつけていた。列車は逃げるようにその光から離れていく。レールを走る音と震動に身を任せていると。握っていた通信端末が震えた。職場のグループチャットに通知がついている。
――
いぬざ線歴史探索ツアーの予約数が悪い! ばら星雲観測園ツアーの予約が殺到して取りづらい今、積極的にオススメしていこう!
上司が送ってきたメッセージをほんの数秒だけ眺めて、僕は小さく鼻で笑った。
長年、この路線で家と職場を行き来した身だ。いぬざ線のことは職場の誰よりも分かる。魅力の無くなってしまった地方のいくつかと大都市を繋ぐ
――
。
「ただの寂れた路線だってば」
「ご乗車いただきありがとうございます
……
御用の方はお声がけください
……
」
「
……
」
眠たそうな車掌がぼそぼそと呟きながら通り過ぎ、僕は思わず口を閉じた。大都市(シリウス)の光は既に届かなくなり、暗闇の中を星の塵と共に走って行く。僕は軽く目を瞑り、四十分ほどで着く地元駅までうつらうつらと、居眠りをしようと決めたのだった。
――
カモメ星雲前、カモメ星雲前。
「やばっ」
車両に響くアナウンスに目が覚めると、降りるべき駅だった。慌てて立ち上がりカバンを引っ掴んで列車を降りる。それと同時、後ろでドアが閉まる音がした。
「危なかった
……
」
ゆっくりと動き出した列車を横目に、階段を上がる。ようやく一日が終わったという安堵と、居眠りから急に目覚めたゆえの浮遊感を覚えながら、僕はカバンに手を突っ込んだ。
「
――
……
」
僕はその時に、定期券入りのパスケースがないことに気がついたのだ。カバンの底をまさぐっても、ノートと筆記具、財布とタンブラーがごそごそと迷惑そうに動くばかりだ。
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