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あつき
2025-08-07 22:00:00
22619文字
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正夢ならば言祝ぎを
同居人の夢を見る片思いロナくんのお話。
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5
◇
良く知った黒髪、くせ毛、細身に纏ったマントが揺れる。振り返ってこちらに気付くと、嬉しそうに歩み寄ってくる。弾んだ声がする。
「ロナルド君」
俺が欲しがったどこまでも優しい笑みで、ドラルクは名前を呼ぶ。そんな顔、現実で俺に向けたことなんてないのに。見覚えない表情を夢で見るなんておかしな話だ。
こいつとしたいことってなんだろうと、ずっと考えていた。
くだらないことで馬鹿みたいに笑って、事務所に、俺の隣にいることが当たり前で、目まぐるしくも退屈しない日々を、ずっと未来まで一緒に並んで歩きたい。でもそれは、恋仲にならなくたって叶う気がするんだ。もうこいつは今更出ていかないなんて、根拠のない自信は自惚れだろうか。
そんな未来も悪くない。悪くないけど、もしも少しだけ、その先を望むなら。この夢のように、恋人同士ならば。
「ドラルク
……
お前にひとつ、お願いしたいことがあって」
「なんなりと」
「あのさ、ちゅー
……
しようぜ」
照れ隠しにわざと子供っぽい言い方しかできないけど、誕生日ならこのくらいの我が儘ひとつくらい、いいんじゃないか。
「可愛らしい願い事だな。お安い御用だとも」
額へひんやりとした感触。続けざまに、頬にも柔らかいキスが落ちた。
「うあ、」
触れ合えることに戸惑いながらも、こんなにも嬉しく、まだ欲しいと切望してしまう。
でも違う。これは子供にするような誤魔化しのキスだ。
誕生日の夢だって言うのに、なんて素っ気ないんだ。もっと明確に、恋人同士でしかしないことをしたかった。
「そうじゃなくて
……
ちゃんと口に」
「これだけで真っ赤なのに?」
ドラルクは困ったように微笑む。こいつは夢の中で距離は近かったが、抱きしめる以上のことはしなかった。それが何でかなんて知り得はしないのに、こちらから誘えば叶うかもなんて、短絡で楽観的な考えだったのかもしれない。
「夢の中でさえ、俺とするのは嫌なのか」
喉が詰まり、きゅうと、胸が痛む。経験のない俺の貧困なイメージでは夢でもキスの再現は難しいと思いながらも、ドラルクに拒否されたようで辛かった。潤んだ目を見せたくなくて俯いていると、諭すような声がする。
「馬鹿だな。逆だよ。したくて堪らない。でも、それは夢でいいのか?」
夢でしか叶わないから恥を忍んで誘ってるというのに、意地悪ともとれる問いにどう返したらいいのか分からなくなる。
「今日こそ起きている君に告白したかったのに、君が寝てしまうから夢で言うしかないじゃないか」
ずっと前から、ロナルド君が好きだ
――
。
そう言って、手を握られたのが最後の夢だった。
◇
ふっと目を開けると、思考はスッキリしていてよく寝た感覚。いつものソファベッドに俺は仰向けに寝ていて、奇妙なのは目の前に覆い被さる吸血鬼。
「ドラ
……
」
眼前に迫る赤い瞳。
「まっ、待て待て待て!!」
手を前に突き出し、触れる直前で制止する。予想外に柔らかい、奴の薄い唇が掌に当たる。
「待たない。君がねだったんだろ」
やんわりと俺の手首を掴み、引き離される。貧弱な力なのに、無理意地するようなやり方ではないのに、俺の方が抵抗できない。
まただ。夢と現の境が分からなくなる。いや、しっかりしろ、先ほどのは確かに夢だった。今は現実、と言うことは。
「テメーの仕業かぁぁーーーー!!!!」
「ブエーーーー!!!!」
「お、俺の純情を弄びやがって!!あまつさえ好きだとか、恋人だとか嘘ついて!!からかうために俺と、ち、ちゅーまでしようとするなんて、お前本当にその享楽主義なんとかしろよ!!薄々おかしいと思ってたけど、現実のお前が夢を知ってるってことは犯人はお前だな!?」
おかしな夢はいつか終わる。繰り返された不自然な夢にはカラクリがあるような気がしていたけど、認めたくなかった。終わりにしたくなかった。
特にこいつのイタズラなんて、悲しいオチには。
「ウエェェエひとの好意には鈍いくせにそこだけ鋭い!!!」
「はあ?」
ズロッと人型に戻りながら、噛みつくような勢いで俺にドラルクは迫ってきた。
「バカヤローー!何でそうなる!?今言ったこともう一度言ってみろ!!」
「うるせえな、本当になんだよ。最近の変な夢はお前の仕業で、」
「そこ!!私が仕掛けたまでは正解!!鈍ルドくんにしては満点だ五百兆新横浜ドル相当を進呈しよう」
「五十円にしかならないんだわ殺す」
「五歳児の御駄賃には十分だろ駄菓子でも買ってこい
……
って違うわその前だバカ何つった!?」
「だから、またいつものくだらない悪戯
……
」
「悪戯でキス迫るわけないだろう!!なんで君は恋愛方面に向かうとネジ飛んでるの?分かれや!!君に惚れてんだよ!!」
「はっっ???誰が、誰に?」
「私が!!君にだッッッ!!!」
「お前が、俺に??」
「なんか似たやり取り一週間前にしたな。とにかく、君の元気が最近なかったから気になって、御真祖様に頼み込んで夢に入り込む薬を貰った。そこは謝ろう」
勝手にすまなかったと、居心地が悪そうに、拗ねたように零す。ドラ公は居住まいを正して、きちんと正座して向き直ってくるので、俺もなんとなく正座で向き合う。
ソファで膝を突き合わせて真面目に話すなんて今までにない状況に、そわついて全く落ち着かない。
「なんてもん頼んでんだ。そしてじいさんも孫に甘すぎんだろ」
「対価はちゃんと提供したぞ。薬の代わりに一晩ビンⅡペットボトル立てに付き合った」
「それはお前にとっては良かったのか悪かったのか」
「二度と御免な気もするし、もう一度くらいイケる気もする。うーん悩ましい」
「いや葛藤すんなよ。迷いなくやめろ」
熱い接戦だったなぁとかしみじみ抜かすので、やっぱりこいつの享楽もクソマニアも不治の病だな。もうほっとこう。
「そこまでして俺が心配って
……
そんなおかしかったか」
「そりゃあもう。常に上の空で不気味なほど大人しい日があるかと思えば、声を掛けただけで飛び上がって殺してきたり、逆に何もしてないのに唐突に謝ってきたり、情緒不安定にも程がある」
「そ、そんなにか?」
「そんなにだよ」
確かに、恋に気付いた時の動揺を隠しきる自信はなかったが、あからさまに態度に表している自覚も、それによって心配をかけているとも思っていなかった。
「さりげなく話を聞き出そうと好物を食卓に並べても、いつものように箸が進まない。君がご飯で誤魔化されない時は、よっぽど危機的な状況だよ。だから最低だと分かっていて、荒療治に踏み切った。夢の中なら素直に話してくれると期待したけど、君は全くそんなことはなかったな」
ドラ公はまるで自嘲するように、苦々しい笑いを浮かべる。
「恋人になら心配事を打ち明けてくれるかもなんて理屈をこねて、正当性で罪悪感を押し込めて、卑怯な真似をした。最初は純粋に心配していたのに止められなくて、夢でもいいから恋人の真似事を続けたかったなんて、浅はかな考えを笑ってくれるか」
そんなの、笑えるわけない。俺も夢だけでも恋人になれたことに浮かれて、毎日の夢が怖いくせに楽しみで、すぐに終わってしまうのが悲しくて、現実との乖離に打ちひしがれていたんだから。
「それでもやっぱり君は強情ゴリラだったがな。いい加減教えてくれないか?何をずっと悩んでるんだい」
手を両手で包むように握られて、思わず肩が跳ねる。夢で時折見せた、熱い視線が確かに俺に向けられている。
「え、えっと」
ドラ公はどうやら俺のおかしい挙動の理由には気付いていない。
……
え?これ俺から言わないといけない流れになってる?どうやら真剣に心配してくれている同居人に、お前に惚れて悩んでましたって言うの?正直に?告白する予定なんかなかったから、覚悟もなんもしてないんだけど!?
言い淀んでいると、最後のカードを切るように、ドラルクは口を開いた。
「好きな相手にも言えない?私たち、両思いだろ」
――
え、何で、バレて。ドラ公は石像のように固まる俺を見て、おかしそうに笑いを噛み殺している。
「昨日君が忘れてしまった言動、教えてやろう。私が迎えに行った時、ちょうどショットさんが君に、『誕生日プレゼント何か欲しいものある?』って聞いてたんだ」
清々しいほどに聞かれた言葉にも返答にも、全く覚えがない。
「そしたら君、なんて言ったと思う?舌っ足らずな言葉で『どらこうのこころ』なんて言うから、その場の全員が固まったぞ。気まずいったらありゃしない」
「なっ、う、うそ、」
滝汗が背中を伝う。全身が熱い。そんな、身に覚えのないことを言われても信じたくない。けれども、もしシラフの時に同じことを聞かれたら、心でひっそりとそう願っただろう。
「疑うなら後でショットさんか腕の人に聞いてみたまえ。さらに私を見つけるやいなや、君はクラバットに掴みかかってきてね。『何で来たんだよ!!お前が優しくするから俺はお前が好きになっちまって、責任取りやがれ!!』って泣き出すからもう大惨事。店中から白い目で見られる私の気持ちが分かるか?必死に宥めながら背中を押して店を出て、一緒に帰りながら私も好きだよって何度言い聞かせても、嘘だ信じらんねえからかうなってずっと泣いて、どうにか帰り着いたからまずシャワーを浴びておいでと促して、戻ってきた時にようやく泣き止んだと思ったらソファに直行ダイブしてそのまま寝落ちときたもんだ。私は降って湧いた両思いに、喜ぶ暇も与えて貰えなかったぞ」
「ンミ゜」
「極めつけは起きたら君ってばすっかり忘れちゃって」
「うぐぅ、いっそ殺せ」
全く覚えてないのに、理性を取り払った俺ならそう言うだろうと納得してしまう時点でもう嘘だなんて疑えない。
「忘れて本当にすみませんでした。俺がやらかしたことは信じる。でもお前が俺を好きってのは納得いかねえわ」
「はあ?」
「何で俺なんかを好きなんだよ。理由がないだろ」
「君は酔っていてもシラフでも私の言葉を信じないのか」
ドラ公は親指と人差指で眉間を揉んで、はぁぁと大げさなため息をついてみせる。それから「ふむ」と思案した様子であごに手を当て、話が長くなるのを覚悟したのか、足を崩して俺の膝も叩いてきた。察して俺もあぐらに組みかえる。
「そうだな。まずひとつ。君といると楽しい。少なくとも、一緒に居て退屈しないな」
「玩具扱いじゃねえか。早々に理由を放棄すんなや!」
「ヨーヨーすくいの
こより
・・・
くらいキレやすいな君は。私は真剣だ、最後まで話を聞け」
どうやら馬鹿にするつもりではないらしく、ドラルクの表情も声音も、いたって淡々としていた。
「君の隣に知らない誰かが立って歩いていくのを想像してみたんだ。今も未来も、私はそれを許容できなかった。君の相棒に相応しいのは私だと、誰にだってこの居場所を譲ってたまるかと、想像だけで平静でいられなくなるんだ」
「なんだそれ、やっぱり手元の玩具を取られたくないだけじゃねえの」
「そうだな。子供じみた独占欲と言われればそれまでだ。でも恋なんて、明確にこれと決められるものでも、理屈で片付けられるものでもないだろ」
まあ、そうなのかも知れないなんて納得しかけた時、こいつはボソリと低く、何か呟いた。
「独占欲だって、性欲がそこに乗っかればもう恋ということでいいのでは」
「は」
あまりちゃんと聞こえなかったが、とんでもないことを口走らなかったかこの吸血鬼は。
「お前いま、」
「人にばかり聞いておいて、自分はどうなんだ?君は何で私が好きなんだ?」
追求しようとしたら、舵を急激に切られて逆に問い質されている。
「お、俺?」
「夢で私が恋人って言うから、意識して私のこと好きになっちゃったの?単純可愛いルド君」
「っ、バカにすんなよ!お前が夢に出てくるずっと前から好きだわ!!俺がどんだけ悩んだか
……
」
ハッと口をつぐむが、後の祭りだ。
「あ、まさか最近ずっと君がおかしかったのって」
ようやく点と点が繋がったように目が見開かれる。
「あああその通りだよチクチョー!!わざとやってんのかテメー!!」
いつもは察しがいいくせに、こんな時ばかり物分りの悪い側に回ってんじゃねえ。ひとのことを鈍いとあげつらっておきながら純真無垢みたいな面やめろ。
「なんだ、安心した。夢のせいで私のこと意識させちゃったかと心配してたけど、元々あんなに悩むほど私のこと好きだったのか」
心底おかしそうに、クスクス笑いながらドラルクは追い打ちを掛けてくる。
改めてちゃんと言いたいと、頬を白い手袋で覆われて、こっちを見ろと誘導される。
「好きだよ、ロナルド君。君を祝う権利を私にくれるなら、どうか返事を」
そんなの、毎年勝手に祝ってるくせに。
夢の中ではなく現実でキザな台詞を吐くドラルクを前に、これは正夢といっていいのだろうか。
「俺も
……
好きだ、ドラルク」
夢でも言えなかったのに、もう観念するしかなかった。
「私もだよ、誕生日おめでとう」
今度のキスは、拒否できなかった。
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