あつき
2025-08-07 22:00:00
22619文字
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正夢ならば言祝ぎを

同居人の夢を見る片思いロナくんのお話。


 日の入りとほぼ同時刻、ガタリと音がして棺桶の蓋がずれるのを俺は待ち侘びていた。隙間から覗き込んで「ドラ公」と声をかけると、ギョワッと断末魔が聞こえて伸びた手が砂になる。
 主人より一足先に起きていたジョンが「ヌー!」と泣いて俺の手から砂山へ飛び込んだ。
 ジョンには先に事情を説明しておいた。俺が打った下手はそんなに言いづらいことなのか「ヌ、ヌゥ……」と固まってしまったので、困らせてごめんなと謝って一緒にドラ公の目覚めを待っていた。
 飛び込んだ健気な丸を腕に抱えて、眉根を寄せながらドラ公は再生した。
「ジョンも揃って、起き抜けになんだ!?腹でも減って子犬のようにそこで待っとんのか?」
「いや、食欲はあんまり。ちょっと聞きたいことがあって」
 何をやらかしたのか聞きたい気持ちと、自分の失態を聞くのが怖い気持ちで足踏みする。
「俺、昨日のこと覚えてなくて」
「そう、覚えて……覚えてない!?」
「ショットは俺が何をしたか教えてくれなくてさ。お前、昨日は迎えに来てくれたのか?」
「そこから!?覚えてないの?自分が何を言ったかも!?一緒に帰って、自分でシャワーも浴びてたのに?」
 良かった!自分で着替えてたセーーーフ!!
 「確かに相当酔ってたし、呂律回ってなかったなぁ」と恨めしげな目で見られるので、本格的に気になった。
「だ、だから、何かやらかしてたら謝るから教えろよ!」
 ドラ公がジョンを見る。ジョンもドラ公を見て、一緒にため息をつく。主従でやめてくれ心にくるわ。
 それからドラ公はやれやれと肩を竦めて、切り替えたようにニィと意味深な笑みを浮かべた。
「いや、いいや。慈悲深く寛大な心を持つ私は、些細なことだと許してあげようじゃないか。むしろ君が忘れてた方が都合がいい。今日の夜、日付が変わったら教えてあげよう」
「はぁぁあ!?もったいぶんなや今いえや!」
「グエー!気に食わないことですーーぐ癇癪を起こすな五歳児!!」 
 あれ?なんかデジャブ……?似たやりとりをしなかったかと考えていたら、スマホが喧しく鳴り響いた。
……はい!すぐ行きます」
 ギルドから高等吸血鬼 ポンチの出現だと知らせを受けて、話は後だと街へ飛び出した。

 街で次々に人が倒れていると通報があり、熱中症にしては日が沈んだ同時刻に多発しすぎて不自然だし、病院に搬送して検査するも異常はなし。ただし、みな深い眠りについていて目覚めないという。VRCが調べた結果、吸血鬼による催眠だと判明した。
 吸対と退治人総出で犯人を探し回ったが、相手は逃げ足が早く隠れるのも得意で、三時間ほど奔走した。走り回ってくたくたに疲れていたせいで、最後に俺も催眠を食らってしまった。
「『吸血鬼よい子にお休み』だとよ」
「ふざけてやがる」
「そのふざけた名の通り、夜遅くまで起きていられない催眠らしいな」
「良く寝て健康になった子の血を吸いたいんだ!ってVRCにしょっぴかれながら叫んでいたわね」
 この新横は、変態のバリエーションにだけは枚挙に暇がない。言っておくが褒めてない。
 催眠の効きにばらつきや時間差があるらしく、すぐに眠りに落ちなかったのは不幸中の幸いか。
 相当に汗をかくこの時期に、シャワーも浴びずに寝落ちは嫌だ。というか二日連続で寝落ちしそうだとはなんの因果だ。
 いや、昨日は俺の記憶が無いだけで寝落ちしてないんだったな。だから早く何があったか知りたいんだけど。
 超特急で帰宅して風呂へ直行、シャワーを浴びてすぐキッチンへ叫ぶ。
「ドラ公メシ!!」
「うるせーー私は呼べばご飯出てくる機械じゃねえんだぞ!!狭いウサギ小屋なんだから叫ばなくても聞こえてるわ!!今作っとるから髪をよく乾かせ!」
 こいつはとっくに飽きて先に帰ってしまっていたので、駆け足で事務所へ向かっていた時に電話を掛けた。事情を説明すると『何で今日よりによってそんな催眠受けるんだ!!』と意味不明にキレてきたので、「俺だって好きで受けてねえ!!」とめいっぱい叫んで電話越しに砂にした。可愛いジョンの泣き声が聞こえたので、ジョンには謝った。どんな言い合いをしても、こうして食事を作ってくれることには、まぁ、いつも感謝してる。
 走り回って疲れたのでさっきなかった食欲も戻って、腹が減っている。同居人からうるさく言われない程度にドライヤーで髪をざっと乾かしてキッチンへ赴いた。
「今日のメシなに?」
「雑炊」 
「ヌーヌイ」
「ぞうすい……?それだけ!?肉とか揚げ物とか肉とかは?」
「育ち盛りか!昨日は記憶を無くすほど呑んだんだから今日は胃を休めろ。それに君もなるべく早く食べられるものをと言ったろうが」
 言った。寝て食いっぱぐれたら切ないので確かにそう言った。けどさぁ、もっとカツ丼とかチャーハンとかオムライスみたいなかっこめる料理でも良くない?二日酔いも昼に寝たらもう治ったし。
「なんだその顔は。私の作る至高の料理に何か文句が?」
 思えばこいつは、夏でも一品料理のみはあまり作らない。冷たい料理もほどほどだ。ジョンの栄養が偏るとか、室内は冷房を効かせてるから(これは暑いと死ぬと言って憚らないクソ雑魚がそうしてるんだが)食事で冷えすぎるのは良くないとかで、季節ものに寄せはするが極端な偏りはしない。
 つまりこれは、今日は雑炊だけが身体に良いとのドラルクの判断だ。
「いや、なんもねえ。……いつもありがとよ。いただきます」
「えー……素直な若造こわぁ……
「ヌ、ヌゥ……
 ジョンとドラ公が顔を見合わせて「明日雪でも降るかも」とか言ってるけど、シンヨコだと完全に否定できないところが怖い。雪山の再来はごめんだ。
 それでも少し物足りないと、内心ぶうたれていたのが伝わったのかも知れない。
「ほら、明日はご馳走を作ってやるから今日はこれで腹を満たせ」
 テーブル中央へことりと置かれた皿には、スイカに桃、パイナップル、大きいブドウが綺麗に盛り付けられてふたりぶんのピックが刺さっている。なんかピックの柄が子供向けな気がして殴ろうか迷ったけど「あとデザートは冷蔵庫」の追加事項により抗議も吹っ飛んだ。
「デザート!」
 我ながら現金ではあるが、ドラルクの作る食事や甘味品は、もう日々の楽しみになっているのだ。そう仕向けたのはこいつだ。
 ジョンに作るついでだとか、数ある趣味のひとつだとか、下男を飢えさせないのも城主の務めだとかまぜっ返すけど、そこに損得ではない温かさをみてしまうのは、俺の思い過ごしなんだろうか。好物を尋ねて作っては反応を確かめ、今やジョンの好みだけではなく俺好みの味付けも、あいつは細かく把握している。いつも美味い、としか言わない俺の感想にさえ、満足そうにニンマリと笑う。そんなことを何年も積み重ねてきた。
 ただ畏怖欲を満たしているだけ、そんな単純な理由だとしても欲目が消えなくて、今は都合のいい考えに浸っていたかった。
 果物より先にテーブルへ置かれていた土鍋を開けて、雑炊を取り分けようとお玉ですくうと、中からうどんも出てきた。よく見ると具も沢山入っている。ふわふわな卵、ねぎ、シイタケ、かまぼこ、鶏肉も!ジョンの分を先によそって、自分の皿にもたっぷりと盛った。思ったよりずっと腹が満ちた。旬の果物は見た目にも綺麗だし適熟で甘かった。デザートは牛乳プリンで優しい甘みが嬉しい。ジョンと一緒にいただいた。
 食べ終えて満足したら少しだらけたいところだけど、いつ眠くなってもいいように慌ただしく歯磨きも済ませた。
 よしこれでバッチリだぜ。いつでも寝れる。いつでも寝れ……
「全ッ然眠くならねえけど!?」
 VRCから来ていた後追い情報によると、寝不足であればあるほど催眠の即効性が増すらしい。催眠を受けてすぐに倒れた人の多さから、忙しい現代日本の実情がうかがえる。くだらないポンチの催眠でそんな社会の闇を浮き彫りにしたくねえわ。
 普段はポンチや原稿に追われて寝不足の日も多々ある俺だけど、今日は二日酔いと連日の夢で寝た気がしなかったせいで、昼間にアホほど寝てしまっていた。運がいいんだか悪いんだか分かんねえな。
「いつもならお腹いっぱいになったらお子様は眠くなるのにな。まあ昼寝のしすぎで寝れないのもまた五歳児らしい……ギャッ」
 眠れず横になっていても退屈ですることがない。ソファベッドの横を不用意に通る吸血鬼がいたので足蹴にしたら、簡単に崩れて暇つぶしにもならなかった。
「せっかく急いだのに、無駄になっちまったな」
 早々に転がしていた体を、のそりとソファベットから起こして立ち上がる。なんだか時間が勿体なくて、眠くないなら何をしようか思案していると、塵がざわめいて人型を取り戻した。再生したドラルクが呆れた目を向けてくる。
「はーぁ。無駄ってことはないだろ。日付が変わるまでは起きていられないとしても、それより前にいつ催眠がくるとも知れないんだ」
 後追い情報その二。睡眠がしっかり足りている者でも、『良い子は日付を跨いで起きてちゃダメ!』とのポンチの主張により、必ず零時前には寝てしまうらしい。心底どうでもいいが、今日ばかりはタイミングが悪いと自分でも思う。ドラルクが思わせぶりに引き延ばした話を聞けるのは、明日の夜までお預けだということだ。
「いいから大人しく座っておけ。急に意識を飛ばして倒れて、頭でも打ち付けたらことだ。怪我をする確率を減らせたからこれでいいんだよ」 
 貧弱な手が、グイと両肩を下に押してくる。悔しいがこいつの言う通りだったので、仕方なく押される力に従って再びソファへ座り込んだ。
「あーーでも暇だな」
 昔から暇な時間は苦手だが、この状況だと下手に動き回れもしない。スマホを弄っても、時間を無駄に消費しているようでストレスが溜まる。
 せめてロナ戦のネタ出しだけでもスマホにメモするか。
 ポンチネタが咲き乱れているので、毎回どうやって真実をねじ曲げず、良い塩梅で、エンタメに昇華するのかという高難易度クエストだ。俺がうんうん唸っていると、もう日付が変わりそうな段になってドラルクが話しかけてきた。
「さて、暇を持て余して仕事に逃げルド君、簡単なクイズをしよう。今日は何月何日でしょう?」
「はー?いきなりうぜぇ。馬鹿にすんな、日付くらい……えー、えーと
「はい遅い。今日は8月7日木曜日、現時刻は23時57分。これだから定時で出勤の必要ない、個人事業主様は曜日も日付間隔も鈍くて困るなぁ〜」
「働かねえ吸血鬼に言われたくねえなぁ!!ここんとこ忙しかったんだよ。それに俺が忘れてたって話なだけで、お前フリーランスで働く人全員敵に回したからな」
「ロナルド退治事務所の所長しか馬鹿にしてません〜ハイ、次の問題です。では明日は何月何日でしょう?」
「明日ぁ?だから馬鹿にすんのも大概にしろよ!今日が7日なんだから明日は8日に決まって……あ、」
「やっぱり忘れてたろ。あと数分で、君の誕生日だって」
 夢に翻弄され続けていたせいで、自分の誕生日なんてすっかり抜け落ちていた。ドラルクに指摘されて呆気に取られていた時、突然くらりと目眩がして、急激な眠気が俺を襲った。意識が途切れそうなところをなんとか踏みとどまるが、瞼が重くて開けていられない。制御しきれなくなって倒れた肩を、しっかりと細い指に掴まれる感覚がした。虚弱な吸血鬼相手に、頼りがいと安心感を不覚にも感じてしまう。
「一番に祝うのは私だと思ったのに、まったく君ときたら一筋縄ではいかないな」
 力を抜いた手にゆっくりとソファへ寝かされて、顔にかかって邪魔だった髪がそっとかき上げられた。伝う指が、撫でるようで心地いい。これは現実なのか?夢との境が分からなくなる。
――おやすみロナルド君、良い夢を」
 そう言った声は穏やかで、なんとなく夢のドラルクと変わらず優しい顔をしているような気がした。
 現実のからかうお前だって、腹立つけど嫌いじゃない。いつだって楽しそうなお前も好きなのに、優しいお前だって欲しくて、全部ひっくるめて貪欲に手に入れたくなってしまうんだ。
 触れた指に確信がもてないまま、ついに俺は意識を手放した。