あつき
2025-08-07 22:00:00
22619文字
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正夢ならば言祝ぎを

同居人の夢を見る片思いロナくんのお話。


 夢で満たされる分、現実が余計しんどくなるし、罪悪感も湧く。
 ドラルクが俺に甘い言葉を寄越すなんてありえないのに、手放しで肯定してくれるような台詞を無意識下で切望していて、勝手に言わせていることに羞恥を感じて床を転げ回りたくなる。実際何度か思い出しては、事務所の床を転げ回った。あいつがしょっちゅう掃除してるから綺麗だろ、多分。
 とにもかくにも、数日続いた夢で限界だった。
「聞いてくれよ!あのクソ砂この前も俺を馬鹿にしやがって!!」
 ガヤガヤした空間の片隅で、ドンッと木製のカウンターに鈍い音が響く。興奮してビール瓶を少し粗く置いてしまった。周りの迷惑にならないよう気を付けないと。酔いが回ってきているとはいえ、店のものに当たってしまうなんて落ち込む。
「あいつが腹立つのは同居当初からだろ。なんかあったか?」
「まあまあ、ドラルクさんとの同居も長いんだし、嫌なことは早めに話し合ったほうがいいんじゃないか」
 あまりに滅入って、ショットとサテツを飲みに誘った。もちろん恋してることも、夢にまでみるほど同居人が好きだなんてことも言えやしないから、ただ飲みたい気分なんだと言い張って付き合ってもらった。自棄酒に近かった。
 恋心を隠すように、あるいはいっそ嫌いになりたくて、ほろ酔いの頃まであいつの愚痴を延々と二人に話していたことは覚えている。
「セミの抜け殻を背中にくっつけてきたり、色付き素麺を出してくるからテンション上げたら、セロ……緑の悪魔で色つけたとか嘘つきやがる!!ムカつくから殺したら、『淡色野菜じゃ薄いから色付かんわほうれん草を五歳児はご存知ないかね?』って煽ってくるから更にムカつくし!!」
「ドラルクさんの悪戯で夏を感じるな」
「そんなんで季節を感じたくねえよ!!」
 でもこんな日常が、もう当たり前で。なのに全部崩れそうな態度を、夢であいつは見せてくるんだ。
「自由研究なら蟻地獄より蟻でも観察してろって、観察キット押し付けてきやがるし。でも意外と楽しかったから、今度サギョウ君と熱く語りたいぜ」
「蟻地獄?そんな話したか」
「ドラルクとなんかあったんだろ。酔ってるこいつに説明を期待するな」
 やばい、急激に酔いが回ってきたのか、自分でも何言ってんのか分からなくなってきた。もともと酒に強くはないのに、初っ端でビールを流し込んだ後にコークハイまで頼むんじゃなかった。
 潰れて迷惑かける前になんとかしねえと。
 俺はノロノロと財布から五千円札を抜いてカウンターに置いた。気力でなんとか立ち上がる。
「ドラ公のくだらない愚痴、長々聞かせてすまねえ。ふたりとも話聞いてくれてありがとうな。俺、先に帰るわ」
「はあ!?そんなフラフラのお前をひとりで帰せるか!」
「ロナルド、帰るなら俺たち送ってくよ」
「ふたりとも大丈夫だ、俺は酒には弱いけど暴力なら負けねえ」
「道中で襲われる心配はしてないんだけど」
「その弱い酒に呑まれまくってんだよ。埒が明かねえな。要するにドラルクが原因なんだろ。いっそ呼び出すか」
……あいつは来ねえよ」
 夢では優しい恋の相手。現実はしたいことしかしない享楽主義者だ。
「来るだろ。お前がどっかの同居人のせいでベロンベロンでぐでんぐでんの面白いことになってるっていえば」
 おい、呼び出し方最低だな。でも確かに、それなら暇だったら来る、かも?いやあいつが来てどうすんだ。ショットとサテツに悪戯を叱ってもらうって、先生に告げ口する小学生か。別にそんな糾弾は望んでなくて、ただふたりと楽しく飲めば出口のないモヤモヤを忘れられると思ったのに、俺の口から出るのは、あいつの話題ばかり。
 自分にうんざりする。あー……ここで眠りたくないな。寝たらまた、あいつの夢を見てしまう。そしたらまた優しさに甘えて、もう夢から目覚めたくなくなるんだ。
「おい、ロナルド?」
 スマホを耳に当てたショットの声が遠くで響いたのが、覚えている最後の記憶だった。


 濃く白い霧の中で、また夢をみてしまっていることに気付く。
 夢の中のこいつはくだらない悪戯でも思いついたようにニコニコしていて、いつにもまして謎にご機嫌でハイテンションだった。
「ロナルド君!今日はデートと洒落込もう」
「は?突然何だよ」
「普段の城やシンヨコでは、騒がしすぎてふたりきりになどなれんだろう?」
 それはそう。床下にヒナイチ、窓から半田、事務所のドアからはポンチ依頼人、時々へんなや武々夫。メビヤツは永久的にいてくれ。
 生活スペースもキンデメ、死のゲーム、ジョンは究極可愛い俺の癒し。ハリケーンじいさんはいついかなる時もTPOなんて関係なく制御不能。
 ドラルクが来てから良くも悪くも、本当に賑やかになった。
「でも!ここでは自由だ!したいことが出来て、何でも叶うぞ!」
「そう言われてもな。どっか行きたいとこでもあんのかよ」
 俺なんかと。
 現実ではそう思うし実際そうでしかないが、夢のドラルクは本当に楽しそうに話を続ける。
「そうだな、暑いし室内がいいな!カラオケ行く?華麗なタンバリン捌きで盛り上げてやろう」
「お前の読経聞くのやだ」
「うむ、ありがたい声すぎて聞き恐れ多いということにしておいてやろう。次!じゃあプールで涼むか」
「お前がまた流れてジャリジャリになったら回収面倒くせえな」
「私の身を案じる点には花丸をやろう。次!ボウリング」
「あーーボールが普通のやつなら……
 なんか聞き覚えがあるなと気づいてドラルクを見たら、こいつも俺を見てまばたきしてる。
 顔を見合わせて、ふたりで吹き出した。
「なんだ、どこも君と行ったことのあるところばかりだな!」
「まあ何年も一緒に居ればな。ほぼ仕事だけど。仕事じゃなくてもポンチ出るから仕事になるし」
 ああでも、こいつといたら退屈しないんだよなあと、また思ってしまう。
「君とは毎日がデートのようなものだな!」
 そんなことを、晴れやかな顔でこいつは言うのだ。晴れやかってお前に似合わねえな。吸血鬼だしな。それでもドラルクのカラッとした顔は、ジメッとした俺の悩みをいつも吹き飛ばすようで。
「ロナルド君、明日さ、君に言いたいことがあるんだ」
 明日ぁ?回りくどいな今言えやと伝える前に、意識が現実に引き上げられていた。



 カーテンの隙間から漏れる朝の光でわずかに意識が浮上して、うつらうつらとしてから昨日のことを一気に思い出して飛び起きた。
 昨日の記憶が途中からなくて、ふたりに迷惑を掛けてしまったかも知れない状況で、夢では呑気にデートの話だなんて後ろめたくて唸りを上げた。
 一方で、結局どこにも行かないまま目覚めてしまって、悔しさでも気分が落ちているなんて浅ましさでふたりに顔向けできない。自己嫌悪しかないが、落ち込んでいる場合ではない。早く謝らなければとスマホを探ろうとしたとき、違和感に気付く。
 俺は自宅のソファベッドの上に居て、服は着替えていてしっかりとタオルケットも被っていた。
 ……待って、俺どうやって着替えたの?まさか、ドラ公が……?想像してしまって、顔が熱くなる。
 魔都シンヨコのお陰で裸を見たことも見られたこともあるというのに、すっかり意識してしまっている今は羞恥でのぼせそうだ。
 いや、ロナルド冷静に考えろ。無理だろ貧弱なあいつに意識のない俺の体を動かして、服を脱がせて着替えさせるなんて。
 飲み屋から自宅にどう戻ったか記憶がないし、恐らく寝落ちてしまった俺をサテツが運んで、夏だし汗かいてるから着替えさせてくれたんだきっとそうだ。
 そう決め打ち、恐る恐るまずはショットに電話した。
『昨日?お前自力で帰ったじゃん。迎えに来たドラルクと。覚えてねえの?』
「ドラ公と!?なにそれ全然覚えてねえ……
『会話も?全く?マジか。あー……お前たちがあの後、話にどう決着付けたのか知らないからな』
「何の話?俺、クソ砂と決闘でもしてたの?」
 ショットは俺の疑問には答えず、『あ〜』とか『ん〜』とか唸りながら見たことを話すか迷っているようだった。
『いや、やっぱ俺の口からは言えねえわ。今日ドラルクと話をして、忘れたままでいいと言われたらもう追求するな。いいな?』
「本当に何!?俺いったい何やらかしたの?ドラ公起きてくるまでまだ半日以上あるんだけど」
『それは忘れたお前が悪い。どうせ二日酔いで体調良くないんだろ?大人しく寝とけ。そうすりゃすぐだろ』
 困らせるからサテツにも聞いてやるなと苦言を呈されて、取り付く島もなく電話は切られた。
 昨日の負い目もあるので、ショットの忠告に従ってサテツには「昨日はごめんな」とだけ電話することにした。
『ロナルド?体調大丈夫か?俺の方こそ昨日は最初に注文した焼き鳥を全部食べてごめんな』
 謝ったら逆に謝られてしまった。申し訳なさでいっぱいだったが、なんだかイーブンな気がしてきたぜありがとよ。
 ショットとサテツは体調を気にかけてくれたが、事務所に関わる雑務を済ませたいし、原稿も少しは進めたほうがいい。何より寝たくなかった。気分は優れないけれど、また寝たら夢をみるのかと思うと、どんどん自分が堕落していくような気がして昼寝も怖かった。
 黙々と作業をこなしたけれど、途中で頭痛に負けて少し横になったら、余計なことを考える間もなく寝てしまったらしい。起きたら夕方で、胃の調子はまだイマイチだが、頭痛はすっかり治まっていた。恐れていた夢も見なかったことに、安堵と寂しさの矛盾した気持ちが入り混じる。はぁ。
 そろそろ、ドラ公起きねえかな。