あつき
2025-08-07 22:00:00
22619文字
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正夢ならば言祝ぎを

同居人の夢を見る片思いロナくんのお話。

 俺はとうとう夢に見るまで、この恋に参っているのか。

 最近になって、もう何年も一緒に暮らしている同居人への恋を自覚してしまった。自分で自分が信じられない。もうひとり俺がいたら、あの砂相手に正気かよ!?と肩を揺さぶっているところだ。
 でも案外いいやつなんだよ。すぐ飽きて出ていくかと思ってたら未だに毎日メシ作ってくれるし、ほつれた服やボタンはいつの間にか直してくれたり、家はいつも清潔で居心地が良くてさ。あれ?あいつエッチなお姉さんだったのかな?
 いや違えわエッチなお姉さんはメシのリクエストをすげ替えて俺で遊んだり、穴あき服に幼児向けアップリケを貼って煽り倒したり、ちょっと資料を散らかしっぱなしにしたくらいで緑の悪魔を仕掛けてきたりしねーんだわ。思い出したら腹立ってきた帰ったら殴ろう。
 ああでも、今日も帰ったら当たり前のように事務所にいて、可愛いジョンを抱えて俺におかえりと言うし、季節に合わせた料理を作ってあいつは待っている。それでもし俺が仕事で疲弊していたら、愛しいジョンに向けるような優しさをほんのちょっぴり、本当に稀だけど、俺に寄越してくる時もあるんだ。そんなの惚れるだろ。俺が単純だからじゃねえ。俺はチョロくねえよ。
 こんな馬鹿なひとり問答を仕事終わりに繰り返すくらいには、恋を拗らせに拗らせていた。
 毎日悩んではこんなこと誰にも言えなくて、いっそ墓まで持っていこうと決意し始めた頃に見るようになった夢が、我ながら相当やばい。思い出すと羞恥で暴れまわりそうだ。


 辺りが霧がかったような白いわやわやした空間に、気が付けば俺はぼけっと立っていた。あーこれは夢だなって分かる時あるだろ?その時もそんな感じで、周りに何もないから手持ち無沙汰で、なら探索にいこうと歩き出した。少し歩くと、縦に細長く黒い影がうっすらと前に見えて、影は次第に濃くなった。注視していると、近づいてきた影はよく知った同居人、ドラルクだと分かった。視線を肩や手に巡らせても、いつもいるジョンがいない。
「ドラ公、お前、ジョンは?」
 可愛いジョンをどこやったんだよ。出さないとヌーチューブに丸を出せって俺も書き込んでやるからな。
 そもそも何で夢にまでお前出てくんだ。起きていれば四六時中、顔を突き合わせてるっていうのに。
「ジョンは今、おやすみ中だ」
 簡素に俺の質問に答えると、今度はドラルクが俺に質問を投げかけてきた。
「君、何か悩みがあるんじゃないか?そうなら話くらい聞くけど」
 は?唐突になんだと思ったが、ひょっとしてこの夢は、たまに与えてくるこいつの優しさに縋りたいという俺の願望でも現わしているのか。
 いっそ隠さず想いを打ち明けて、気持ちに正直になってドラルクにぶつけてしまいたいと、心の奥底は叫んでいるのだろうか。
 凪いだ態度で、からかわず穏やかにドラルクは返答を待っていた。
 ――いや駄目だ、例え夢の中だろうと言えるかよ。お前に恋煩いしてるなんて。
「別に、なんもねえよ」
 素っ気なく答えるしかなくそうすれば、何故かドラ公はすげえ渋面を作ってから、不満げに両手を伸ばして近づいてきた。あ?なんだ、と訝しく思ってる内に、するりと細い手は俺の背中に回り込み、きゅっと弱い力で包まれる。
 状況を飲み込むのに時間が掛かった。これは、いわゆる、ハグ。抱擁。ぎゅー。ドラルクに抱きしめられている。………………なんで!?!?
「ヴェッッッ!?」
「ブエッ」
 思わず奇声を発して暴れたら、弱っちいクソ雑魚吸血鬼はすぐ砂になる。殺したのはわざとではないけど、今のはこいつが悪いだろ。
「な、なななんでお前ッ、」
 すぐに塵を集めて再生した吸血鬼はやっぱり渋い顔で、ずいと鼻がつきそうなほど顔を寄せて不満げに詰ってきた。
「恋人をなぜ殺す」
「は?えっ?こい、びと……恋人?!誰と誰が?」
「私と君だよ」
「俺と?お前が?」
 漢字にしたらたった二文字。その言葉だけで顔がブワッと熱くなる。
「そうだとも!こんなにも可愛くて完璧な恋人を忘れたのか!?君ってばひどいな!」
「えっ、え?」
 いやお前のことはこうして夢に見るくらい重症で事実片時も忘れられてないんだけど、告白したこともされたことも付き合った覚えもないんだけど!?
「君と私の間に遠慮は不要だ。もっと素直に甘えたまえ」
 寛容な笑みをたたえたドラルクの腕に、もう一度包み込まれた。今度は広げたマントごとすっぽりと覆われて、体が硬直する。
「んぇ゙……
 そこで目が覚めた。俺、欲求不満なのかな。あいつにバブみ感じちゃってる?
 ソファベッドの横にある棺桶はどうやっても視界に入ってしまい、頭を抱えて唸るしかなかった。

 その夢を皮切りにドラルクは毎夜夢に出てくるようになってしまった。しかも恋人だという設定は活きていて、俺を気にかけるような優しさを見せてくる。それもあり得ない距離感で、とびきりに甘く。
 細やかな気遣いを見せ、「君が困っているならひとりで抱え込まないで欲しい」「欲しいものがあるなら教えてよ」と尋ねてくる。
 こいつが夢の中で執拗に何でそう聞いてくるのか、本当に訳が分からなかった。「困ってねぇ」「ない」「大丈夫だ」毎回つっけんどんに答えていたが、よくよく考えたらドラルクの質問に否定で答えるのは適切ではない気がしてきた。だってこの夢の中では、こいついわく俺たちは“恋人同士”らしいのだ。
 俺が欲しいものはお前、困っているのは持て余した恋心。
 そのどちらだって、ここでは満たされている。
 あいもかわらず悩みはと聞かれたので、しつけーな。何度目だと、出た結論でもって返すことにした。
「もうなくなったわ」
 夢の中限定で。
 ドラルクにめちゃくちゃ怪訝な顔をされた。なんでだよ。



 現実のドラルクは塵ひとつぶほどの甘さもなく、今日だってジョンが居なくて暇だからか原稿が真っ白な俺に絡んで煽って、邪魔でしかないタンバリンを叩いてはひとりはしゃいで、夢で見せるような配慮のある行動なんて皆無だ。いや、でもそれでこそこいつじゃないか。悪戯しないクソ砂なんて調子狂っちまうだろ。ああだから、夢のこいつに心をこんなにも乱されているのか。長いため息が思わず出る。砂にして黙らせる元気もなくて放置して液晶画面とにらめっこしていると、反応が薄い俺をみかねたのかドラルクは首を傾げてくる。
「おーい?ロナルド君?」
 名前を呼ぶ声はやたらと落ち着いていて、それまでと打って変わって茶化すものではなかった。つい事務所机の横に立つドラルクを見上げてしまうと、珍しく表情も穏やかだった。
 夢の中でみた優しい笑みが蘇って、目の前のドラルクと重ねてしまう。
「大人しいなゴリラ、熱でもないよな」
 馬鹿は風邪を引かんというが、幼児ならしょっちゅう熱出すそうだからな。君はどっち寄りだ?いやそういえば夏風邪は馬鹿がひくんだったか。やっぱりお熱かね?
 余計なことをペラペラ喋っている気がするが、水につかったように音もドラルクもぼやけて、聴覚も視覚も覚束ない。ぐらりと傾いだのは、俺か世界か。
 こいつが俺に、あんな、熱い視線を寄越すわけ――
 ひたり。突如ひんやりとしたものが、額に触れる。刺激を受けて、一瞬遠のいた五感が戻ってくる。
「うわあぁぁぁ!?」
 こんにゃく、じゃねえ。柔らかくない、骨ばったドラ公の、手がいま、おでこに。
「はーー!!なんだ心配してやってんのに殺すな!!」
 反射で振り抜いた拳が、手応えもないのに痺れる。現実と夢で相通じているもの。それはこいつなりの優しさだ。
 そうだ甘さは皆無だが、優しさだけならばドラルクは、余計な一言を伴っているか否かの差なだけで、普段から日常にちりばめるように見せている。
 お前がそんな変な優しさを時々見せるから、だから、俺は。
 好きになっちまって。

「おい、さっきから黙ってどうした?ひとを無闇に殺してはいけませんという当たり前な話が理解できたら手を上げろ五歳児……ヴァー!?上げた手を振り降ろすんじゃない!!コラやめろ突然なんだ混ぜるなこねるな!!夏だからって急な理科研究なら他でしろ!」
「蟻地獄さがすわ」
「ねえわ!」
「お前自体がウスバカゲロウみたいなもんだろ」
「ムキーー!!」
 夢の中でなら、俺も多少は素直になれる。こいつを無意味に殺すこともないし、頬に触れる指も、“恋人”に大丈夫だと教え込まれたおかげで、なんとか受け入れられるようになった。だけど現実の俺じゃ無理なんだ。下心の全くないドラルクの指さえ意識してしまう。恋人という免罪符を盾に夢では自分を正当化しているが、冷たい指先ひとつの動きにさえも翻弄されて、不遜な考えが止められない。
 砂をいくらかき混ぜても、不純な考えも悶々とした気持ちも、忘れたい恋心も消せなかった。