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Public まほやく
 

ハネムーンSS5篇(縁海バカンス 星願2025 ノベルティ)

縁海バカンス 星願2025 で配布した、ハネムーンSSガチャカードからリンクしていたSS5篇です(魔法舎→アクスイ→フォ学→月花→パラロイ)。ハネムーンと言いながら、付き合ってない話もある。


もみじの簪、つげの櫛(月花)


※ 攻めの女装



 金襴緞子の帯に触れたのは初めてだった。
 薬種問屋のひとり息子であるヒースクリフの用心棒をしていれば、上等な着物などいくらでも目にする機会はあるけれど、それでもこの手で触れたのは初めてだ。それも、仕える誰かの着付けを手伝うためでなく、解くために。
 ――いや、本当はまだ触れたこともないのかもしれない。
 思い至ったカインがひとつまばたきすると、真新しい綸子の布団の上で寄り添ったつがいは「なあに」と尋ねた。

「今、俺が見ているもののどこまでが、おまえの妖術によるものなんだ?」

 白無垢に身を包んだオーエンが、形の良い眉をひそめる。
 無粋なやつ。綺麗に紅を塗られた薄い唇が呟いて、角隠しにも隠しきれない銀灰色の耳が揺れる。

……教えない」

 そうして彼は、カインの紋付に手を掛けた。



 おまえ、僕のつがいになりなよ。
 言われたのは、彼のねやで何十回めかに共に朝を迎えたときだった。乞うわけでも意思を尋ねるわけでもなく、そうするのが当然だという口調だった。
 なのかもしれないとカインは思った。生まれた年は遠く隔たっていて、血の繋がりがあるわけでもないのに、どうしてか二人して生まれつき異色の瞳を持ち、のみならず時おり互いの視界を共有していた。奇妙な縁で結ばれているには違いなく、つがいとなるのにこれ以上ふさわしい相手は互い以外にないように思えた。
 カインが頷いて、「でも、できれば俺から言いたかった」と唇を尖らせると、オーエンは愉快そうに「おまえみたいな赤ん坊には無理だよ。それに、妖狐の祝言には決まりごとが多いんだ」と笑った。
 ただ互いをつがいと認めるだけでなく祝言を挙げたがるなんて、面倒ごとをいとう性分の彼には珍しいと思ったけれど、聞けば、手順を踏んで祝言の儀式を行うことで互いの妖力が増すそうだ。
 なるほど、と得心する。
 オーエンは強い妖狐だ。しかも自身の力に飽き足らず、いつか竜を凌ぐ妖力を得たいと考えている。
 それはカインとて同じだ。武者修行を経て並ぶ者のない剣の腕を身に付けても、オーエンの言葉どおり妖狐としてはまだ赤ん坊同然。
 カインは、ふたたび大きく頷いた。

「俺ももっと強くなりたい。おまえに赤ん坊だなんて呼ばれないぐらい強く。結婚しよう、オーエン」

 オーエンは一瞬、目を丸くしたあと、「なに。僕の言葉を根に持ってるの?」とにんまり笑った。

……ちゃんと強くなってるよ、おまえは」

 「その証に――」と掛布の下の裸身にそっと指を這わされた。昨晩、散々なぶられた部分よりも少し上。こんもりと布を押し上げる赤銅色の尾の、付け根部分。

「ァ、」
「かわいい尻尾」

 一本のみ生えていたカインの尾の脇から、まだ小さな新しい尾が姿を現しつつある。
 妖狐の尾の数は、妖力の強さの証だ。一般に歳を取るごとに妖力は強くなるから、それは成熟の証でもある。
 ふたたび閨に満ち始めた夜の気配に、カインは身を震わせた。その揺れる大きな耳に、オーエンは囁いた。

……だから僕は、おまえを僕のつがいにしようと思ったんだ」

 その「だから」が、なにを受けてのものなのかわからないまま、カインは朝の白い光のなかで愛された。
 あるいは、すべてを、だったのかもしれない。



 オーエンの住処は深い森の奥にある。辺り一帯には彼の得意な幻惑の術がかけられていて、簡単には見つからない。
 ちいさな小屋で、けれど造りはしっかりしていて、室内はいつでもきちんと整っている。それでも、本来、豪奢という形容とはかけ離れた印象だ。
 しかし今夜、祝言の儀式に呼ばれた彼の住処は様変わりしていた。
 贅を尽くした華美な装飾は見慣れている。仕える主のものとして。そしてカインは別段、それを自身のものにしたいと欲したことはなかった。
 それでも、この住処に存在するはずのない四季折々の草花が咲き乱れる天井画のしたで、金貨を何枚並べれば購えるのかもわからない着物をまとい、いつもより柔らかな笑みを浮かべるつがいは、うっとりするほどうつくしかった。

「すごく似合ってる」

 正絹の長襦袢まで着物を脱いだオーエンが「まだ言ってる」と笑う。

「何回言うの」
「だって、綺麗だ……

 まあ、たしかにおまえが着るよりは似合っているかもねと言って、オーエンもカインの首筋に、頬に、唇に、とうに数え切れなくなった口づけを落とす。
 行燈の光にかがやく金銀の装飾。絹の手触り。あたたかく、やわらかな布団。艶然と微笑むつがいの姿。まるで夢のような光景。
 その夢幻の狭間から、木々のあいだを吹きすさぶ風の音が耳に届く。ふと、かつての記憶が蘇る。武者修行をして各地をさまよい歩いていたころ。飢えや乾き、暑さや寒さを耐え忍び、ひとりぼっち、木々を傘にして眠った嵐の夜。――今は遠い記憶。
 同じ体温にあたたまった唇が落ちてくるのを受けながら、カインは繰り返し「綺麗だよ」とオーエンに囁いた。ひめやかな含み笑いが耳に届いて、くすぐったい気持ちになる。
 たとえ目にするすべてが幻惑であったとしても、彼の存在だけはこんなにたしかなのに、どうしてときどき、なにもかもが春の夜の夢のように感じてしまうのだろう。
 どうかこの夜が明けても、つがいの姿が隣にありますように。ほかのすべてが夢でも構わないから……。誰にかはわからないけれどそう祈りながら、カインは覆いかぶさってくる背を搔き抱いた。
 遠くで、近くで、強い風が吹いている。