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ハネムーンSS5篇(縁海バカンス 星願2025 ノベルティ)

縁海バカンス 星願2025 で配布した、ハネムーンSSガチャカードからリンクしていたSS5篇です(魔法舎→アクスイ→フォ学→月花→パラロイ)。ハネムーンと言いながら、付き合ってない話もある。


卒業旅行(フォ学)


 視界いっぱいに揺らめくエメラルドグリーンが広がっている。本物の南の海を見るのは初めてだったけれど、初春の陽射しは穏やかで、指先で触れた海水は冷たくて、悪くないように思った。オフシーズンの離島だからか、観光客の姿もほとんどない。これが夏の盛りだったら、また印象が違ったのだろう。
 もしかしたら泳げるかもしれないなんて言って水着を着込んできたカインは、数分だけ海に入ると、すぐにあがってきた。寒い寒いと震えながら、自身の荷物からバスタオルを取り出して、くるまる。
 その様子をじいっと見ていたことに気づいて、オーエンはまばたきをした。

「ラスティカは?」

 辺りを見回してカインが尋ねる。オーエンは肩を竦めた。
 
「クロエと先に戻ってる。……ミスラは?」
「あれ、すれ違わなかったか? 泳いだら腹が減ったから、ルチルとなんか食いに行くってさ」

 思えば、妙なメンバーが揃ったものだ。カインも同じことを思ったのか、笑って、「おまえが来てくれるなんて思わなかった」と言った。

「ありがとな」

 言い訳が思いつかなくて、オーエンは黙っていた。クロエにしつこく誘われたから? 芸能校のやつらに不良校のミスラが一人で混ざるなんて、浮いてしまいそうで哀れだったから?
 カインとラスティカが企画したフォルモーント学園の三年生による卒業旅行は、ラスティカがクロエを、ミスラがルチルを誘って、賑々しいものとなった(ちなみに、レノックスとファウストも誘ったが、ファウストに断られたそうで、結果としてレノックスも来なかった)。
 オーエンを誘ったのは、カインだった。それは世間話のついでといった調子で、最初は当然断ったけれど、どうして来ることになったのだか。今ではもう思い出せない。
 唇を青くしたカインが「俺も戻ろうかな、風邪を引きそうだ」と言う。幸いにも、六人が泊まっている青少年向けの宿泊所は、このビーチから徒歩数分の距離だ。今すぐ戻って熱いシャワーを浴びれば、なにも問題ないだろう。
 けれど立ち上がろうとしないオーエンに、「おまえはどうする?」とカインが尋ねる。

「もう少し、ここにいる」

 カインのほうを見もしないで、オーエンは答えた。「そっか」と応じたカインが乾いたTシャツを取り出し、素肌の上に着る。
 それじゃと手を振って行ってしまうかと思ったら、カインはオーエンが腰掛けている階段に並んで座った。
 砂にまみれたコンクリートの上に置かれた彼の指先と、自分の指先の距離を、オーエンは無意識に測った。どうしてそうしたのだか、やっぱりわからなかった。
 海風が二人のあいだを吹き抜ける。

……早く戻れよ。風邪を引きそうなんだろ」
「心配してくれるのか?」

 カインがからかうような上目遣いでこちらを見る。オーエンは舌打ちをして、「おまえが体調を崩して、みんなの旅行を台無しにしたいなら止めないけど」と憎まれ口を叩いた。

「だいじょうぶ。あとちょっとだけ」

 そう言ってカインが笑う。視界の端で白いものがはためいた気がして、オーエンはそちらに目を向けた。
 それは風になびくベールだった。ひとけのない砂浜でフォトウェディングの撮影をしに来たのだろうカップルが、同行のカメラマンと共に歩いていく。

「いいな、幸せそうだ」

 カインが噛みしめるように呟いたのが耳に入って、オーエンは薄笑いを浮かべた。

「なに。ああいうのが憧れなの?」
「愛する誰かと永遠を誓って、その証を写真に残す……まあ、憧れるよな」

 オーエンは、カインに恋人がいるのかどうか、いたことがあったのかどうかを知らない。誰かのことを想って言っているのかどうかも。
 鼻で笑うと、むきになったふうでもなく、カインはこちらを見て尋ねた。

「おまえは?」
「楽しそうかもね。自分は誰かに愛される価値があると思っている自惚れ屋に、甘い言葉を囁いて、勘違いさせて、浮かれた数日間を過ごしたあと、戻ってきた空港で別れを切り出すとか」
「最悪……

 カインが呆れたような、うんざりしたような顔をする。その表情を見て、オーエンは胸のすくような思いがした。
 砂を払いながら立ち上がる。カインがこちらを見上げる。その唇はわずかに赤みを取り戻しているけれど、やはり風は冷たくて、太陽の光も冷え切った身体をあたためるには弱弱しい。
 「飽きた。戻る」と告げながら、今が夏ならよかったのにという考えが脳裏を掠めた。
 カインといると、よくわからないことが起きる。よくわからないことを考えて、よくわからない行動を取る。
 だけど、もうすぐそれもおしまいだろう。桜の花の咲くころには、離ればなれになる。たいして親しくもない仲だ。次に会うのはいつになるのだかわからない。
 海に背を向けると、高台にある宿泊所へ続く道には誰もいない。

「おまえともっと早く仲良くなってたら、夏の海へ一緒に行けたのかな」

 オーエンのあとを追いかけてきたカインが、なんとなしに語りだす。まるで心を読んだみたいに。
 芸能校のみんなで訪れた夏の海。シノと遊泳区域ぎりぎりまで競争をしていたら、周囲に誰もいなくなっていて、監視員が追いかけてきた――
 ギラつく太陽、生ぬるい海水。カインの日に焼けた肌の上で、水滴が陽光を弾きながら滑り落ちる。
 想像して、オーエンは笑った。

「そんな世界は、絶対にお断り」