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Public まほやく
 

ハネムーンSS5篇(縁海バカンス 星願2025 ノベルティ)

縁海バカンス 星願2025 で配布した、ハネムーンSSガチャカードからリンクしていたSS5篇です(魔法舎→アクスイ→フォ学→月花→パラロイ)。ハネムーンと言いながら、付き合ってない話もある。


Paris(アクスイ)


 この街に魔法が宿っていると言ったのは誰だったか。オーエンは首を傾げたくなる。世界一美しいと言われる目抜き通りは観光客で溢れかえっているし、ただでさえ物価の高い街なのに為替レートのせいで食事をするだけでも金が飛んでいくし、一日に一度はふたりのどちらかの顔を知っている現地人に母国語で話しかけられるというのに。
 この地で開催される大陸最大級のゲームイベントで、プロゲーマーとストリーマーによるコンベンションが企画されている。オーエンはそれに招待された――わけではなく、それに便乗して開催される、現地ファン主催のミート・アンド・グリートに呼ばれたのだった。渡航費のみ支給で、ギャラも宿泊費も出ない。そんな依頼は普段なら断るのだけど、以前オーエンが暴露動画をアップして揉めたストリーマーも出演するそうで、次の動画のネタになりそうなので引き受けた。
 いつものゲーム実況配信後、「月末、海外に行く」と伝えると、カインは予想外の反応を見せた。「え!?」と驚いて、「もっと早く教えてくれよ」と小言を言われるとばかり思っていたのに――「おお……」と感嘆したような声を漏らすと、ちょっと黙って、「俺も行こうかな」と呟いた。
 ユアナイは全国ツアーを終えたばかりで、カインがオフを取るつもりだと知っていたけれど、もうすでに予定がギチギチに詰まっているとばかり思っていた。そうでなくても、ただの仕事仲間の彼を、一緒に行こうと誘う気なんてなかったけれど。
 部屋を同じにしたのは、そうすればホテルのランクをひとつ上げられるからだ。

「狭い部屋」

 この街の建造物の大半がそうであるように、二百年以上前から残っている建物をリノベーションして作られたホテルの部屋は、それでもツインベッドだけでいっぱいで歩くのにも苦労する。
 ドアを開けた瞬間、吐き捨てたオーエンに苦笑して、しかしカインは窓辺に歩み寄ると、木枠が白く塗られた両開きの窓を開け放った。

「でも、ほら! 川が見える」

 ――カインはたぶん、疲れていたのだろう。ツアーに出る前には、以前グループに所属していたメンバーの不祥事が発覚して、その釈明に追われていた。脱退後に起こした不祥事だったから、いくらグループのリーダーとはいえカインに説明責任はないだろうとオーエンは馬鹿馬鹿しく思うのだけれど、世間はそう考えないらしい。
 イベントまでの数日はホテルの部屋に引きこもって過ごそうと決めたオーエンを、カインはホットチョコレートやパン・オ・ショコラを餌に連れ出した。カフェ文化の華やかな街で、どこのカフェも賑わっていたけれど、不思議と穏やかな空気が流れていた。テラス席に向き合って座り、カインはコーヒーを、オーエンはスイーツを楽しんだ。ふたりのあいだに会話は少なかったけれど、それがかえって心地よかった。知らない言葉、知らない人たち。母国よりも早く訪れる冬の気配に、あたたかなカップから立ちのぼる湯気が揺れている。
 朝食を摂るついでに少しだけ街歩きをして、そのあとカインは観光に、オーエンは部屋に戻るのだけれど、ふたりでカフェで過ごす時間だけは、この街も悪くないかもしれないと思えた。
 けれど、オーエンだけでなくカインもこの街にいることは、すぐにSNS上で話題になった。観光客のなかに無神経なファン――そんな輩がファンを名乗るのもおこがましいと思うが――が混ざっていて、隠し撮りした写真をアップしたからだ。「ふたりで旅行なんて本当に仲がいいんだ」という呑気な感想から、「付き合ってるの?」とおちょくるコメント、「あの不祥事のあと、すぐに旅行なんて反省してないのか?」との煽りまで湧いて、急に騒がしくなってしまった。結局、どこにいても喧噪からは逃れられないのかと、オーエンはうんざりした。かつては、そういう騒ぎを自ら焚きつけて、それで生計を立てていたというのに。
 今朝、カインは川辺を散歩して、すぐに部屋に戻ってきた。人の多い観光地に行くことは諦めたようだ。

「ついにホテルもバレたかも」

 カインはロビーで母国の人間に話しかけられたと言って溜息をついた。

「悪いやつじゃなさそうだったが……

 しかし、最初に写真をアップした人間も悪意があったわけではなさそうだ。問題は悪意の有無ではなく、良識の有無なのだろう。オーエンは舌打ちした。

「おまえ、ホテルを移れよ」

 本当はわかっていた。カインのほうは、同じ部屋を取る必要などないということを。オールドメディアで活躍してギャランティーを得ているダンサー兼タレントと、ニューメディアに雑多な動画をあげて広告収入を得ているVTuberでは、稼ぎもその安定性も違うのだ。大方、「友だち」と一緒のほうが楽しいから、というような甘ったるい理由で「同じ部屋に泊まりたい」と言い出したのに違いなかった。

……そうだな。おまえに迷惑がかかる」

 カインは窓辺に歩み寄ると、いつかのように窓を開けようとして、しかし躊躇した。そっと、窺うようにして外を見る。誰もいないことを確信してから、ようやく窓を開いた。
 パパラッチもファンも、いつも上手く避けるか上手くあしらう彼らしからぬ姿だった。後暗いところがないなら堂々としていればいいのだと、普段の彼なら言うだろう。
 苛立ったのは、本当はカインに対してではない。だけど、そういうことにして、オーエンは窓辺に近づいた。高くのぼりつつある太陽の光を反射して、輝く川面が見える。それを眺めているカインの、どこか憔悴した横顔も。

「それとも、もっと大きなスキャンダルを起こして、全部うやむやにしちゃう?」

 肩に手をかけて、ぐっと顔を近づける。カインは驚いたように目を丸くする。唇が触れあう寸前のところで、オーエンは身体を離した。

……間抜け面」

 オーエンが片頬を歪めて笑うと、カインはこれまで見たことがないような表情をした。剣呑でありながら、切なげで。オーエンの腕を掴んで、ぐっと引く。
 オーエンは抗わなかった。

「最近、おまえが言っているのが冗談なのか本気なのか、わかるようになってきたよ」

 窓のすぐ脇、外からは見えない壁にオーエンの身体を釘付けにして、カインは囁いた。街の喧騒が遠くなる。

……へえ。じゃあ、さっきのはどっち?」

 そうっとカインの顔が近づいてきて、ふたりの唇と唇が――