つの
12244文字
Public まほやく
 

ハネムーンSS5篇(縁海バカンス 星願2025 ノベルティ)

縁海バカンス 星願2025 で配布した、ハネムーンSSガチャカードからリンクしていたSS5篇です(魔法舎→アクスイ→フォ学→月花→パラロイ)。ハネムーンと言いながら、付き合ってない話もある。

ここではない、どこかとおく(魔法舎)


※ 2025七夕のイベストネタバレ(あのイベントの途中でオエが乱入したらIF)
※ 2025ジュンブラSSRオエカドストの些細なバレ



 「行くよ」と彼は言った。開け放たれた窓から〈大いなる厄災〉のまばゆい光が射し込んでいる。

……どこへ?」

 反射的に掴んだ剣のつかから、しかし手を離すことはできずにカインは尋ねた。
 その問いは「どうして?」でも「どうやって?」でもよかった。
 オーエンはどこか陶然と笑った。

「ここではない、どこか遠くへ」

 そして彼は呪文を唱えた。



 リュラ姫の夜会が幕を閉じる、その前夜のことだった。
 退避した宿屋で、令嬢たちとカインをリュラ姫の執着から解き放つための策を、賢者の魔法使いたちは話し合っていた。とはいえ妙案は浮かばず、ムルの「二番目にシンプルなのは、カインが死ぬこと」という発言に一同がギョッとしたあと、下手の考え休むに似たり、一旦休憩を挟もうということになった。
 自身に割り当てられた部屋に戻り、夜風にでもあたろうかと窓辺に近づいて――カインは、カーテンの向こうで揺れる人影に気がついた。
 鍵がかかっているはずの窓が、ひとりでに開いていく。
 この騒ぎが起きてから、初めてカインの前に姿を見せたオーエンは、箒に腰かけていた。



 呪文を聞いたと思ったら、気づけばオーエンの箒にふたりで跨っていた。
 オーエンの箒は彼が腰かけやすいように湾曲していて、二人乗りには適さない。それは彼が他者を伴って行動することを想定もしていない証のようだ。それでも。
 背後のカインが目覚めたことに気づいたオーエンは、こちらに視線を寄越したけれど、なにも言わなかった。その普段と変わらぬ落ち着いた様子に安堵する。話が通じない状態ではなさそうだ。
 カインが微笑んで「急にどうした……」と問いかけるのに被せて、「僕も飲んだんだよ」とオーエンがこともなげに言った。

「例の星酒。恋人星がいちばん接近する時間にね」
「なんで!?」

 カインの素っ頓狂な声に、オーエンが吐息で笑った。オーエンのような長く生きた魔法使いならば、くだんの伝承も知っていて避けそうなものだが、なぜ……

「ミスラやブラッドリーもそこにいた」
「ああ……

 それで腑に落ちた。北の三人が酒を飲むときは、いつも悪ふざけが高じて度胸試しのようになると、いつだかブラッドリーに聞かされていた。呪いの酒を酌み交わしたり、呪いの怪鳥を飲まされたり。
 そのようなことをするのは、今カインたちが苦しめられている程度の“呪い”ならば、大した影響を受けることはないだろうという、北の魔法使いたちの経験に裏打ちされた自信によるものだ。
 「おまえたちぐらい強ければ、俺と運命を共にしたって、キスマークも浮かばずに済むんだなあ」と感嘆すると、オーエンは喉の奥で笑う。
 耳元でびゅんびゅんと風を切る音がする。箒は速いスピードで北を目指している。



 うっすらと樹冠に雪が積もっている。中央の国と北の国の、ちょうど国境を覆う森のなか。オーエンが魔法で建てたという小屋があった。
 遠くの空は明けめて、木々のあいだを金色の光が透かす。

「ひとりになりたいときに、たまに来てる」

 オーエンはそう言って、まだ暗い室内のランプに魔法で明かりを灯した。あちらこちらで小さな炎が揺れて、なにやら幻想的な雰囲気だ。

「それで、おまえが思いついた、執着を解く方法ってのは……?」

 ここへ向かうあいだに、オーエンはことのあらましを語った。星酒を飲んだ結果、オーエンも“呪い”にかかった。自分ひとりならば跳ね返すことも、無理やり消しさってしまうこともできそうだったけれど、左目で覗き見た賢者の魔法使いたちの様子が「見当違いなことばかりしていて哀れだったから」やってきたと言う。

「まず、座ったら?」

 オーエンはそう言った。存外座り心地のいいソファに腰を下ろしながら、問い自体を否定されなかったことにカインは内心ホッとする。
 道中、「みんなには事情を説明したか?」と何度尋ねても生返事が返ってくるばかりだったから、こっそりと伝言を飛ばしておいた。だから大きな心配はかけていないだろうけれど、これが単なる嫌がらせとか気まぐれだとしたら、一刻を争うこのときに大変なことだ。
 オーエンもカインの隣、想像したよりもずっと近いところに腰を下ろした。

「ここで荷物をまとめて、少し休んだら、また飛ぶよ。できるなら眠るといい」
「え……?」

 カインはゆっくりとまばたきをする。その言葉の内容自体もだけれど、これまで聞いたことのない声の響きだった。
 噛みしめるように、いとおしげな。

……オーエン。フィガロが言っていたんだが、蘇った思念は過去をなぞるだけだ。だから、解決策は――

 「過去に願ったことや、起きたこと。恋の成就や、死による終焉以外で、姫の無念を納得させられるかどうか」――策を話し合っているとき、フィガロはそう言った。
 オーエンは、そんなことはわかっていると言いたげに、目を細めた。

「死んだカインは、ずいぶん甲斐性のない男だったようだね。リュラ姫だって、甘ったれた根性なしだ」
……死者を悪く言うなよ」

 カインがたしなめるのを聞き流して、オーエンは続ける。

「手と手を取り合って、逃げればよかったんだ。役目も家名も捨てて、誰も追いかけてこない遠くまで。僕ならそうする」

 そうだろうと、カインは思った。
 揺れる明かりを、オーエンの左目がギラギラと反射する。本来は自分のものであった金色。この部屋のどの光よりもまぶしい――欲しいものは奪ってでも手に入れる男だ。

「リュラ姫だって、それを一度も願ったことがないとは思えない。『どうか私を攫って遠くへ逃げて』――だから、こうすることが解呪になる」

 なるほど、と納得しかけて、カインは首をかしげた。

「いや、そうだとして、その相手がおまえなら意味がないんじゃないか? 少なくとも令嬢の誰かと一緒じゃないと――

 オーエンが、すっと顔を近づけた。吐息が触れるほどの距離で言う。

「僕にかかった呪いが、おまえと同じものだって、誰が言ったの?」

 それは、つまり……。カインが思い至る前に、つめたい唇がおりてきた。