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あけみ
2025-07-25 21:50:01
11224文字
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MCU(小説)
【MCU】あたたかな光は君だった【バナトニ】
2019年発行しました最後のバナトニ本からの再録。ピクブラにupしているものと同じです。
エンドゲームのバナトニ。中身を少し加筆修正してます。
1
2
3
4
体中に管を付けてベッドに眠るトニーから視線を伏せる。ブルース・バナーは額を撫でつけながら歪めた顔を押し隠した。壁を隔てた別の部屋では皆、同じような表情のまま張りつめた空気は現状を打開させる希望すら見つけられないでいる。
鎮静剤でやっと眠ったトニーの隣には手をしっかりと握るペッパー・ポッツが寄り添っていた。
トニー・スタークが生きている。
地球にいる。
それだけでバナーは、混沌とした感情を抱えていた数週間前の気持ちを明確にすべきことをする意欲が表れた。
地球にサノスの手下が降り立った日、トニーとドクター・ストレンジ、ピーターが宇宙へと消息不明になった後、ワカンダの地でサノスと対峙した地上戦は最悪な結果をもたらした。
時空の歪みから現れたサノスの左手のガントレットにストレンジが所有していたタイムストーンが保持されていたことで、トニーたちの安否を確かめるすべがなくバナーは不安に顔を歪ませた。
宇宙全体の生命体が文字通り半分となった後もバナーは内なる怒りを意識せずにいられず、それでも目の前のやるべきことをすることで怒りを誤魔化していた。
数週間後、トニーが宇宙から戻った時もバナーは自身の無力さと、何よりハルクに焦燥以上に抱く怒りに打ち震えていた。地球の防衛線にハルクがいると胸を張って言ってくれたのはトニーだ。7年前のニューヨーク決戦後に知った己は少し複雑に苦笑してから、内なるハルクが勇気をもらったように熱く鼓動を震わせたのを感じていた。自信と信頼をまとめてくれたのだ。
あの頃は、こんな結末になることすら考えていなかった。何より悔しかったのは、ハルクを必要としなかった己があの時ほどハルクの意思を呼び起こしたいと切実に訴え願ったことはなかったのだが、頑なに表に出てこなかったハルクは最後までバナーの懇願を無視した。名を呼んでもどんなに叫んでもハルクは頑なに答えなかった。
何をそんなに怖がっていたのか、ハルクはずっと膝を抱え暗い部屋の中の隅で顔を俯せているのだ。
あの時、ハルクがいたら
――
。
起こったことはどうしようもないが、どうしても考えてしまうのだ。ハルクは一度サノスに敗れたが、なぜ勝てなかったかを自身がリカバーして再度挑むこともできたはずだ。腕を組み、何度か顎を撫でつけるバナーは、宇宙からネビュラと共に生還したトニーが怒りに震えスティーブに鋭く言い放つ声に思考を中断させた。ローディに支えられるのを遮り、トニーはふらつきながらも立ち上がる。あれだけの怒りをスティーブに放ったことも満身創痍になりながらも、はっきりと叱責の念を放つ言葉の刃も今のバナーには充分に突き刺さった。
壁に背凭れながら立っていたバナーはローディが部屋に入ったことも気付かなかった。
「大丈夫か?」
かけられた言葉が自分のことを案じた意味合いだったと気付くのに遅れる。ベッドの片隅でトニーを見守っていたペッパーもこちらへと顔を向けバナーの様子を伺っていた。彼女もまた気遣う素振りを見せるのでバナーは情けなく眉を下げる。それほど己は酷い顔をしているのだろうか。壁から背を離し掌で顔を拭った。「大丈夫だ」と答える前にローディが続ける。
「追いつめられて何をしでかすか分からない顔をしてるぞ」
冗談にも似た言葉に不安も入り混じっているのを察して、バナーは疲れたように笑った。
「いろいろ考えていたんだ」
「
……
あまり考えすぎるなよ。あんたもトニーも溜め込んで自分を追いやるところがあるからな。「もしも、」なんてこと、考えてもどうにもならないことは頭の良いお前も分かるだろ?」
そうだね、と口では言いながらバナーはもっと別のことを考えていた。ひと時の安らぎを得たように眠るトニーを横目で見つめてから再び視線を伏せる。
サノスがインフィニティ・ストーンを破壊したことで現実は揺るぎないものになった。だが、ここにはまだトニー・スタークがいる。それだけでバナーは次に歩める気力が、まだあることを確信する。トライアル&エラー。彼が何度も繰り返し行ってきたことだ。
「しばらく、研究に籠ることにする」
バナーはローディに言う。彼は少し眉を寄せた。
「何を研究するんだ?」
「いろいろ。できることを全部」
踵を返し、扉へと向かうバナーの背にローディは慌てて声をかける。
「トニーが目を覚ますまで待ってやれないのか?」
「
……
うん。トニーの顔を見たら、決心が鈍りそうだから」
連絡は必ず取ると答えてからバナーはアベンジャーズの基地から出て行った。
× × ×
しばらくして、トニーとペッパーが結婚した。
式は挙げていないと言っていた。世界がまだ混乱の真っただ中であったし、スターク・インダストリーズが開発したクリーンエネルギーが実用可能とし街に明かりを灯すことになった。傷を負った世界に微かな光が蘇りつつある。
「娘が産まれた」
そうメッセージを受け取ってから祝福の言葉を送ったが、いつまでたってもトニーに会いに行けずにいた。
バナーは自身のハルクとの問題に直面してしばらく研究に籠っていた。1年くらいは悩みぬいてハルクと喧嘩しながら結論付けたのは、たぶん、彼が望まない形だろう。
緑の大きな掌で髪を撫でつけ、バナーは新しい服と眼鏡を新調しなければ、などと思いながら瞳を揺らす。
それからまた月日は流れた。
少しずつ、バナーは表に出て治安が悪い地域を警察と連携して見回る活動を始める。
バナーはトニーに会いに行っても良いかと聞いた。連絡を受け取ったトニーは少し笑ってから「いつその言葉が聞けるのか待っていた」と答えた。
離れてからも互いにメールで連絡は取っていたが、会うのはトニーが満身創痍で地球に戻って来た1年ぶりのことだ。
ニューヨークから離れた森林が生い茂る場所に田舎暮らしを絵に描いたような一軒家。機械に囲まれて過ごした日々が当たり前だったろうに、家族で暮らすことに一点を絞ったその場所は子どもが伸び伸びと成長し豊かな思考を育むには申し分ない。対してバナーは、ニューヨークの街で暮らしている。本来なら己の方がこういう場所を好むだろうに、この対比を思うと苦笑した。
トニーの娘モーガンは1歳半になっており、どこでも歩き回る時期で目が離せない。扉が開くとトニーにしっかりとしがみついてバナーをジッと見つめるモーガンが出迎えてくれた。
大きな瞳を丸々と輝かせ、興味津々にバナーを見上げるモーガンの表情には既視感がある。バナーは目を細めて首を傾げた。すると、モーガンも真似るようにバナーに視線を向けたまま頭を傾ける。二人の様子を傍で見つめながらトニーはニヤリと笑んだ。
「やあ、グリーン。噂は聞いているよ。子どもに人気があるそうじゃないか」
彼の腕の中にいるモーガンも口をぱくぱくと動かしている。どうやら「ぐりーん」と言っているようだ。そのあどけなさにバナーは微笑んだ。
思考はブルース・バナーのまま体は鋼のように強いハルクを宿した姿になってから、治安が悪くなったニューヨークの街でボランティア活動をしていることはトニーも他のアベンジャーズのメンバーも知っている。アベンジャーズほど派手な活動ではないが堂々と街を出歩くだけで犯罪の抑止力になった。そうして、衣服を着て穏やかに生活するハルクは、子どもたちに人気があるということも。優しい巨人は子どもたちのお気に入りだ。
「さぁ、入ってくれ」
部屋に入ると、そこは木材の家らしい温かみがある雰囲気を感じさせる。体をかがませ入ってきたバナーにトニーはくすりと笑う。隣の部屋からペッパーが出てくると、一瞬目を丸めたがすぐに破顔して「ようこそ、博士」と出迎えた。ペッパーは「モーガン」と、呼んでトニーからペッパーへとモーガンは抱きかかえられた。
「久しぶりのサイエンスチームでしょう、積もる話もあるだろうから」
そう言ってペッパーはモーガンを抱えて二階のプライベートルームへ行く。彼女の気遣いに苦笑するバナーはソファにそっと腰掛けた。ギシリときしんだ音がして思わず肩を窄める。「すまない」と眉を下げてトニーを見れば、彼は笑った。
「大きくなったな」
興味津々にジッとバナーを見つめるトニーの瞳は先程のモーガンと似ている。そう思って少しばかり居心地が悪くなる。大きな掌をもじもじとさせて視線を迷わせた。トニーとは普通の友人以上の関係を繋げた経緯もあるので余計にだ。家族を持った彼の生活まで足を踏み入れるつもりはない。
泳いだ視線の先に検証途中のホログラムがあるのを見つけピタリとバナーは止る。
「
……
これは」
「ああ」
立ち上がったバナーは大きな円を描いたメビウスの輪のような歪んだホログラムを見つめる。その円は捩じれたり途中で途切れたりさまざまな円の形があった。何度も検証して答えを出せずに放置している。まるで時間を描いたようだ。その意味合いに全て理解したバナーは改めてトニーを見やった。
「タイムマシン」
目が合ったトニーは軽く言ってのける。
「できるのか?」
「いや、流石にそこまでは。ただ、諦めきれなくて戯言で検証していただけだ」
戯言にしては真剣な模型だ。モニターは毎日使い込んでいるし、もう何百回か何千回のシミュレーションをしては期待と諦めを繰り返しているのだろう。アーマーもたくさん作っていると聞いた。
「君も諦められなくて、その姿を選んだのだろう?」
控えめにトニーが呟く。
「
……
いや、僕はただ」
あの日後悔したことを自分なりにケリをつけただけだ。こんなふうになったところで今更意味がないのに。
「他の皆も同じだ」
俯いたバナーは小さく呟いた。ナターシャは北部にあるアベンジャーズの基地で残っているガーディアンズのメンバーとローディ、キャロルと地球と宇宙の近況を調査している。スティーブはもっと身近な地球の問題に身を寄せた。
トニーがアベンジャーズと関わることに距離を置いていることを知っている。1年前、別れてから会っていないだろうと思っていたが意外なことをトニーは口にする。
「ナターシャがうちに来た」
「彼女が?」
ペッパーが臨月に入るころから顔を見せに来たと言った。愛おしげにペッパーの大きくなったお腹を撫でながらナターシャは本当に嬉しそうにペッパーと話をしていた。少し遠くから二人を見つめていたトニーは、ナターシャがナタリーという名でスターク・インダストリーズに潜入していた頃を思い出した。ペッパーとナターシャは、互いに無いものをうまく補い合い案外うまく連携がとれ、二人は仲が良かった。トニーが知らないだけで密かに二人は交流があったのかもしれない。
それからナターシャは赤ん坊のモーガンを一度抱いて満足したのか、以降会いに来ることはなくなった。と、トニーは哀愁の色に瞳を浮かばせる。
二つ分のコーヒーカップを手にしたトニーは、バナーに一つ手渡して微笑んだ。受け取ったバナーは、手の中の小さなカップを見つめるトニーの笑顔に少し困惑めいて「なに?」と伺う。
「ハルクと遊んでいた頃にこうしてカップを渡したことがあったな、と思い出して笑ったんだ」
彼はすぐにカップを壊してしまったが、と目を細めて笑うトニーに、バナーは目を伏せる。彼の直向きな笑顔が逆に胸を締め付けた。
バナーはハルクの体になったが、意識までハルクを取りこんだわけではない。記憶は知識に替えバナーの中に残っているが、それがハルクの意識だとは思えない。
もしかしたら。
トニーが好きだったハルクはもうこの中にいないのかもしれない。バナーが選んだ答えは残酷で自身とハルクが納得して得たものではないが、ハルクの奥底でもっとも恐れているものを知ったときからこの姿を選んだ。「答えを見つけろ」と言った、ハルクを同じように好きだと言ったトニーと共に事を進めていればまた違った答えを出していたかもしれないが、現状が許さなかった。アベンジャーズを離れ、地球の人口は半分になった。失った悲しみと絶望と虚無感に地球上の誰もが陥った。
バナーは曖昧に笑ってからトニーに、慣れない人助けと生命が半減した地上での生命体についてこれから起こり得る現象の研究を話した。彼はハルクのことを追及せずニューヨークにおけるバナーの近況を聞きながら頬杖をついた。
「それじゃあ、バナーは物理学者でハルクは街のヒーローってことだな。私より忙しいな」
一人で二役をこなす生活をしているバナーにトニーはそう言ったが、君のようになれたら、とバナーは見つめ返した。
ハルクをヒーローにしたかった本当の由来は、街を壊すハルクでいたくなかったからだ。だが、サカールで惑星の住人の人気者になっていたハルクの本来の意志とは違う形ということも理解している。
街ではほとんどが「ハルク」で名が通っており、今ではブルース・バナーと呼ぶのはアベンジャーズのメンバーくらいとなった。ブルース・バナーも捨てきれず、ハルクの意識を捨ててまで手に入れた代償はとてつもなく大きい。
そうして、しばらくたつと粒子世界から戻ったスコットにより、トニーが諦めきれないと言ったタイムマシンが本格的に可能だと裏付けられ、バナーは再びアベンジャーズの基地に足を踏み入れた。
ラボは変わらずそのままだったが、もっと広い場所で作業をすると言ったトニーは使われていない倉庫を陣取って新しく仲間に加わったロケットと共に部品を解体して床を散らかしていた。ニューヨーク決戦後にアベンジャーズタワーで籠ってトニーと研究に明け暮れた日々を思い出す。
「なんだか、懐かしいね」
手元の端末から顔を上げ、トニーを見る。床に座り込んだトニーとロケットは同時にバナーへ視線を向けた。
「ハッ、おまえら、地球でいつもこんな玩具弄りをしてたのか?」
レンチを持ったロケットはトニーとバナーに目配せすると呆れたように笑った。「ガラクタをかき集めて今まで何を作った?」と揶揄する。最先端の技術を指してガラクタと言ってのける感覚に苦笑もするが、ロケットがトニーの才能と知識、話が通じるところから見込んでいるのは傍から見ても分かる。
「これだけ大掛かりのものは初めてだ。なにせタイムマシンだぞ」
スコットのバンに積んである粒子加速器よりも巨大なものを作るのだから、あの頃ラボに籠って研究三昧していた時とは比べものにならないが、チーム結成と床に資料と道具で散らかる光景が胸をくすぐる。
「そこ、邪魔」
扉の前にいるバナーの背後にネビュラが眉を寄せた。ネビュラが顔を覗かせたことにトニーは破顔して手を振る。
「これ、地球外で見つけた機器。使えそうだったら使って」
トニーに歩み寄ったネビュラは小型電子機器を渡した。ぶっきら棒な言い方だったが、彼女もまたトニーに親しみを感じていることは知れた。トニーは礼を言い微笑んでから、他の惑星についての話や、地球のアベンジャーズとの連携を聞いた。
「ローディと組んでチームとしても馴染んでる」
活き活きしている君を見られて良かったと、トニーは笑った。ネビュラも少し微笑んだように見える。
「お前ら知らないだろうけど、コイツは冷酷な殺し屋」
ロケットの言葉が途中で途切れたのは、ネビュラがロケットの傍に置いてある機器を蹴り落としたからだ。
宇宙で知り合ったネビュラもそうだがガーディアンズのチームとトニーはすぐに打ち解けあった。ロケットが「地球の天才さん」とトニーを呼び、からかうことにトニーもまた同じようにロケットを揶揄った。冗談を言い合う二人を見つめながら少し物寂しさを感じたバナーだったが、出会った頃のように笑うトニーを見るのは嬉しかった。
アベンジャーズの面々に向けるトニーの心情は今も複雑で、以前とは違う空気を感じている。本当に些細なことであるが、トニーは「ブルース」と、自分を呼ばなくなったのだ。
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