ながひさありか
2025-07-05 04:37:14
18127文字
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#23570001:かつての見知らぬ人

・3.4/ヒアンシーの説得後、自分の中に芽生えた「なにか」を確認したくなり、今まで決して選ばなかった、「子どものころのモーディスをステュクスから拾い上げ、育てて、手放し、輪廻を終了させる」話。すべてが「ない」、ご都合、捏造満載。
※「最初の二人はパートナー関係にあった」と言う前提で書いていますが、拾った子どものモーディスにカスライナ(=永劫回帰終了後のファイノンと同一人物となる、と解釈しています)は恋愛感情は抱きません。歪な師弟関係と感じており、あくまで、大人になってからの彼にのみ恋愛感情が発生しますが、気になる場合は読まないほうがいいです。
※原作の各種資料等の個人解釈、曲解、設定捏造が大量に含まれており、個人の感情整理の話です。

 完全な気の迷いだった。今までの23570000回で一度もそんなことを試そうとは思わなかったのに、何故こんなことをしてしまったのかわからない。前回ヒアシンシアに己の望みを聞かれ、思いつかないことを自我がないと指摘されたからだろうか。多分そうだろう。あの時、微かな光が自分の中で灯ったのを確かに感じていた。

「メデ……す?」
「そう。君の名前はメデイモス、クレムノス人で、勇敢な豪傑になる男の名だよ」

 僕の知るメデイモスは輪廻を何度繰り返しても、父親によってステュクスに捨てられる運命だった。今回の輪廻では彼が産まれてすぐにクレムノスに迎えに行こうとしたが、誕生年には少しのブレがある。結局、僕が移動要塞を見つけるよりも、王が彼をステュクスに捨ててしまう方が早かった。
 僕にとっても河で溺れ死んでは生き返る彼を見つけるのははじめてのことで、見つけるのに少し時間がかかってしまった。
 ステュクスから顔を出したメデイモスの手を取ったのは、彼が五歳かそこらの頃だっただろう。ここに来るまでに既に両目は焼け焦げていたが、詭術で以前のカスライナの見た目に繕ってある。触れた傍から彼を焼け焦げさせてしまわないだろうかと不安ではあったが、セファリアが千年もの長きにわたってミハニを永らえさせた通り、僕の体は普通に人間の体温になっているようだった。
 タコと格闘して殺されかけていたメデイモスを河から引き上げ、火を起こして食事を取らせていたが、案の定産まれてからずっと河の中にいた彼は言葉が通じないようだった。
 人間の赤ちゃんは話しかけているうちに言葉を覚えると以前本で読んだ通り、それを実践していると、半年くらいで言葉を話せるようになっていた。
 メデイモス。それが自分の名前だと認識できるまできっともう少しだろう。
 世界の片隅で、彼と二人きりの生活をしてみようと考えてしまった理由はわからない。けれど、今回の僕はどうしてもそうしてみたいと勝手な願望を抱いてしまった。
 

 何年も前に暗黒の潮によって崩落した村の一部を歳月の力で過去に戻し、今は小さな家で、彼と二人で暮らしている。
 日当たりの良い庭には花々が咲き誇っていて、池には魚が泳いでいる。畑の野菜や麦はエリュシオンのものより香りはよくなかったが、二人で暮らして行くには十分だった。
 ここはオクヘイマから大地獣に乗って二カ月はかかるような僻地だった。それでもエリュシオンよりは近い。
 僕が子どもの頃にエリュシオンで過ごしたように、昼の間は彼と畑や庭をいじったり、池で遊んだりしている。
 肉が欲しくなれば山の一部を過去へ戻し、獣が通りかかるのを待つ。メデイモスに家にいるよう言い聞かせてもまだ言葉が通じなくて難しいので、ここに座ってて、と近くに同行させているが、正直なところいつ背後からヒグマに襲われたりしないかといつもひやひやしていた。
 今日の獲物は鹿だった。村で狩人のガルバに処理の仕方は習っていたから、さくさくと無心で解体する。放浪時代もこの手の村の知識は役立つことが多かったな、とメデイモスと一緒に燻製を作りながら考えていた。
 メデイモスは肉そのものよりも、どうも燻製時に使うハチミツの方に気が取られているようで、君って本当に甘いものが好きなんだな、と思わず、生肉に触れた指を舐めようとしている手を掴みながら口にしてしまう。

「お腹を壊すから手を洗ってからのほうがいい。というか、ハチミツが食べたいなら後でクレープを作ってあげるから、それまで我慢しよう」

 メデイモスはなんとなく僕の言っていることがわかったのか、大きな金色の瞳でじっと僕を見つめてから、汚れた手を見下ろし、手洗い場の方へ向かう。
 それに満足し、燻製をしまって、自分で作った石臼で麦を挽き、小麦粉を作ると、水と混ぜてクレープを焼く。母さんがよく作ってくれたやり方を思い出すのは久々で、細かい調合はわからなかった。
 クレープの焼ける匂いに背伸びをしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねて僕の手許を覗き込もうとしているメデイモスに「危ないから火のそばには寄っちゃだめだよ」とたしなめてみるが、当然言う事を聞かない。

「ほらほら、危ないからそこに座ってな」

 結局腰を掴んで抱き上げると、食卓に座らせる。そうこうして焼けた十枚ほどのクレープにハチミツを塗ってみるが、どうも味が違う。
 自分の舌が鈍っているせいなのか、本当に味が薄いのかはよくわからない。ただ、決定的に何かが足りないのはわかり、他にどんな味がしたか思い出そうとしたが、考えようとすると頭の中でチリチリと電気が断続的に停止しながら回転するような音が聞こえ、メモリの読み込みが上手く行かない。無理やり読み込もうとしたが、鋭い痛みにうめき声を上げてしまう。

「なんでもないよ。大丈夫」

 気遣わしそうに椅子から降りて、僕の足を掴むメデイモスに笑いかけたつもりだが、本当にそうできているかはわからない。笑えているといいな、と願いながら、いまいちな味のクレープを皿に乗せてメデイモスとおやつにする。
 僕に食事はもう必要なかったが、僕が食べなければきっと彼は気にしてしまうだろう。だからいつだって味のよくわからないそれを彼と食べることにしている。茶番だ。滑稽だ。こんなことをして一体何の意味がある言うのだろう。

「そんなに慌てなくてもここはステュクスじゃないんだから、クレープは流れて行ったりしないよ……

 慌ててクレープを頬張り、唇のはしから胸にまでハチミツをぼたぼた零しているメデイモスに、「食べ終わったら着替えてバニオだな」と口にする。村で子ども達の面倒を見ていたこともあるから子どもの扱いは得意な方だと思っていたが、何億年も相手をしていないから勝手を思い出すのに苦労している。
 ……いや、別に思い出さなくたっていいだろう。今回限りの気まぐれだ。



 メデイモスとバニオを終えて、夕食まで彼に僕の最初の火追いの旅をおとぎ話のように聞かせる。

(男の子は本当に誰だって冒険だの勇者だのが好きね)

 母さんやピュティアス先生は僕が畑仕事や勉強をさぼって、木の枝でかかしに挑んでいる姿を見る度呆れてそう口にしていたが、僕の話を真剣な眼差しで聞いているメデイモスもどうやら例外のない「男の子」のようだった。
 今はまだ地上で歩くのに少し違和感があるのか、軽い運動しかさせてみてはいないけれど、きっとそのうち剣を握るか、あるいはかつての彼のように拳で僕と相対するようになるのかもしれない。

 一日を終え、干し草のいい香りのする寝床で彼を眠らせる。
 食事と同じように僕には睡眠ももう必要ではなかったし、暗闇でもなにがどうなっているのかはわかるようになっていたが、時々小さく灯りをつけて、彼の幼く、穏やかな寝顔を何時間も眺めていた。
 僕と出会った頃とは比べ物にならないほど細く小さい体をしているが、何千万回と輪廻を繰り返しても、彼は必ず僕の前にあの鍛え上げられた姿で現れる。結末がどうしても変えられないように、きっと彼もああなるよう決められているのだろう。

「っ!」

 そんなことをぼんやり考えていると、メデイモスが飛び起きる。鼻や口を押さえて不思議そうに呼吸をする彼の背中に手を置いて、「ここはもうステュクスの中じゃないから、君は溺れないよ」と口にした。じっと手許を見つめ、ほっとしたように息を吐いたメデイモスは、いつだって僕の方が驚くほどあっさりと眠りに戻って行く。

(死ぬのには慣れている。いちいち騒ぐな)

 君と共に肩を並べていたあの時代も、君はよくそう言っていたっけ。僕が見たくないんだと何度も口にすれば、呆れた顔でため息をついて「慣れろ」とか、「繊細なやつだ」とか言ってたな。
 でも、メデイモスのその言葉ひとつひとつがフリだったことを僕は知っている。
 君は僕の言葉を鬱陶しいと思っていたわけじゃない。戸惑っていたんだろう? 誰も君が死に戻りを何度したって気にしない。君は誰にも殺せないし死なないと信じられていた。僕も、君が弱点を教えてくれるまでは君は永遠に死なないのだと信じていた。
 当時の僕に弱点を教えてくれたのは、彼が紛争の試練に挑む前日だった。もし試練に失敗して紛争の傀儡になるようであれば、遠慮なく背中から刺せと口にした声はいつもと変わらない力強さで、冗談でもなんでもないのだと嫌と言うほどわかった。
 きっとそんなことにはならないだろう、と笑った僕の言った通り、彼はそんなことにはならず、試練から無事に戻り紛争の半神となった。それから、クレムノスの孤軍を率い、そうして最後には暗黒の潮に浸食され、僕に第十胸椎を貫かれて絶命した。


 
 眠っているメデイモスを眺めながら、どうせ火種を回収してしまうのだから、今ここで殺してしまうべきなんじゃないか、と頭の中に冷たい警告がちかちかと走っている。
 基礎歴史通りに英雄たちが火種を継承しなくとも、どこかで歴史は終息地点へと向かい、結末は変わらない。歴史に名を残さなかった黄金裔が火種をその身に宿し、一瞬で死んでしまうところも過去に何度も見て来たのだから。
 メデイモスの小さな背中に手を伸ばし、彼を起こさないよう、背骨にそっと触れる。
 どうせ将来、僕は彼を背中から刺し殺すことになる。
 だから、こんな風に彼の人生に関わるべきじゃない。淡々と、いつものように、彼の人生を少しも知らずに輪廻を繰り返すべきだった。
 彼を何千何万回と貫いて来たのに、終えた瞬間はいつだって思考がフリーズし、視界が明滅する。
 今更傷ついているわけじゃないはずだ。仲間を犠牲にすると決めたのはもう何億年も前で、かつての仲間に火種を大人しく渡すよう説得し、それを受け入れてもらえないことに失望はしても、 おくる際には何も感じないようにしている。
 時折彼らの言葉が僕の心、あるいは魂とでも呼べるようななにかに特殊なパルスを発生させることはあっても、それでもこの永遠にも思えるほどの遅延行為を躊躇する一手にはならない。
 ――いや、もしかすると、彼らの知らない言動を引き出したくて、今回はこんなことをしてしまったかもしれない。
 今世の君とも僕はいつか対峙して、背中からヘリオスで刺し貫くことになるだろう。その時にも君は僕を「救世主」と侮蔑を込めた声で呼び、来世での再戦を祈ってくれるのだろうか。
 ……きっと祈ってくれるだろう。不敗なる者、勝利の父、栄光の僭主、オンパロスの守護者、「紛争」の神、天罰の矛、メデイモス。
 君はいつだって守護者として火追いの簒奪者、処刑人である僕と真っ向から対立し、死闘を演じさせ、「僕」へ明日へ向かうよう祈りを口にして絶命する。
 いつだってそうだった。過去のことを口にしても疑問も動揺もなく、ただの一度も例外はない。
 炯炯とした眩い瞳は僕を刺し貫くように捕らえ、相対する度に炭になった体が再び燃え上がるような感覚がした。きっと君と本気で戦える――殺し合える瞬間が現実では一度もなかったからだろう。
 敵になりたいわけじゃない。殺したいわけじゃない。だけど、君の不死の呪いも僕が断ち切ってやりたい。
 君にはもう、僕にまかせて死に戻りを繰り返さず、休んでもいいのだと傲慢な考えを押し付けたい。だけど、君が生きている時間をぎりぎりまで引き延ばしたいと考えてしまうこともあって、そう思うのに、君と本気で闘えることをいつだって、多分、わずかに幸福だと感じてしまっている。苦しい。目の前にノイズが走り、耳の中でざあざあと異音がする。
 慌ててメデイモスの背から指を離し、ふらふらと家の外へ出て行く。
 詭術が解けそうな感覚がし、指先が燃え上がるように痛んだ。
 池の中に手を浸し、必死に思考を止める。こんな余計なことを考えるくらいなら、今すぐにメデイモスを荒野に置き去りにして、彼がオンパロスを放浪しながらもオクヘイマへ向かい、「ファイノン」と出会って火追いに参加するまで大人しく待つべきだった。
 目を閉じ、深呼吸をする。余計なことを考えるのを止めた。段々と頭が冷えて、深い悲しみや絶望がどこか遠くへ流れて行くのを感じる。
 家へ戻ると、メデイモスはまだ何も知らない顔で眠っている。
 こんなことをしなければよかった。もう何度目かの後悔が胸をつく。
 それなのに、まだ君を手放す決心がつかない。
 
   *
 
『世界より重い指輪か……
『言いたいことがあるのならはっきり言えばどうだ?』

 枕元の鍵付き棚に大事にしまわれているシグネットリングを夢想しながら、ぼそりと呟いた僕に、モーディスは片眉を跳ね上げて剣呑そうな顔をする。

『誤解しないでくれ、別に君の一族や君の文化――君のお母さんの思い出を馬鹿にしているわけじゃない。ただその、そんなに重い指輪があるんなら、僕が君に何かを贈りたいと思っても、もう敵うものなんてないなと思っただけだよ』
…………………………

 僕の言葉にモーディスは少し眉を寄せ、暫く考え込んでしまう。一体何を考えているのかはわからなかったが、僕の想いが彼の怒りを持続させるような答えではなかったことに安堵した。
 モーディスは情交の余韻が残る完璧な肢体を惜しげもなく僕の目の前に晒し、羊乳を入れたザクロジュースに時折口をつけている。

『まさかとは思うが』

 しばらくの沈黙の後、口を開いたモーディスは戸惑ったような顔をし、恐る恐る、と表現できるであろう顔で僕を見た。

『俺に指輪を贈りたいとそう言っているのか?』
『え、』

 尋ねられて、今度は僕が沈黙する番だった。「いや」と無意味な音が口をついて出てから、「いや……?」ともう一度同じ声が無意識に零れていた。

『そう、なのかもしれない……?』

 杯を掴む手に視線を向け、小指の隣の指に、僕が贈った指輪がはまっているところを想像した。どんな高価な宝石を用いたとしても、彼のシグネットリングの隣に在るに相応しいものは見つからないだろうとそう感じる。

『忘れてくれ。別に君の信念そのものと張り合いたいなんて、傲慢なことを考えたわけじゃない』

 急に恥ずかしくなって笑ってごまかそうとする僕の顔をじっと見つめ、

『お前が贈りたいと思ったものであれば、それは尊重されるべきだろう。つり合いが取れるものなどこの世に二つは存在しない。余計なことを考えすぎだ』

 笑うでも呆れるでもなく、モーディスは真剣な顔でそう口にした。

『それって、万が一贈っても迷惑じゃないって言ってる?』
『したければ好きにしろ。だが、決してつけんぞ』
『え!? ちょ、ちょっと待ってくれ、この流れでそんなことを言うのか!?』
HKS愚か者
 突然梯子を外された気分でショックだった。本当はいらないんじゃないか! と思わず涙声になってしまった僕に、モーディスは呆れたように僕を罵る。
 傾けていた杯を窓辺に置くと、自分の手に触れ、微かに、彼をよく見ていなければわからないほど微々たる変化で、自嘲気味に笑う。

『俺の手は壊すためにある。だから、大事なものをこの手につけるわけにはな……。鎧のように直せばいい、新たに買い足せばいいとはいかないだろう』
……………………そんな悲しいことを言わないでくれ』

 モーディスが触れていた手を取り、自分の胸に当てる。傷一つ残らない彼の手は、いつだって暖かな血が流れていた。

『この手は僕や仲間、市民をいつだって力強く護ってくれる手だし、僕たちにとびきりの御馳走を作ってくれたり――まぁ僕には時々妙なものを作るけどさ、食べられるからいいよ――、子どもたちにおやつを作ったり、キメラたちがなつくくらいの美味しいクッキーを作れるような、優しい、誰かを生かすためのものを生み出す大事な手だ』

 モーディスは僕の言葉に珍しくやや視線を逸らし、よく回る舌だ、と小さく呟いた。こんな風に、わかりやすい照れ隠しで茶化されるのはそれほど不快じゃなかった。不思議だ。

『でも、君が気になるならつけてもらうための贈りものはなしにするよ。それにしても、ただ君に喜んで欲しいだけなのに、いざ考えると難しい』

 胸に押し付けていた手を離し、なんだか重たくなってしまった空気を変えるために軽く笑うと、モーディスが意趣返しのように『お前は俺から贈って欲しいものでもあるか?』と尋ねて来た。

『んー……、いやどうかな。すぐには思いつかないというか……、悪い意味じゃなく、特にないかもしれない。何を貰ってもきっと嬉しいだろうし、別に何もなくても、それで君が僕になにも感じていないとも思わないと言えばいいのかな』
『ふん、欲のないやつだ』

 再び杯を掴んで口許に運ぶモーディスの美しい横顔を見ながら、そうかな、と声が漏れた。

『こうして君がここにいてくれるだけで、僕には贅沢な気がするよ』

   *

「カスライナ、もう一戦だ」
「今日はもう終わりにしよう。君、もうまともに立っていられないじゃないか……、無理したって今の君じゃどうやったって僕には勝てないよ。なにせ鍛えた年数が違うからね」

 汗だくで、震えならが木剣を握って構えるメデイモスをなんとか諫めて、「鍛錬を終えたら次は食事だ。強い戦士に必要なものは一に体力、二に筋力、三に食事と睡眠ときちんとした休息だ」と、かつてオクヘイマでメデイモスに訓練をつけてもらっていた時代に、散々聞かされた言葉を雑に教え込む。
 メデイモスは僕の言葉に悔しそうに表情を歪めたが、自分の足が震えていることにも気付いているのか、木剣を拾い上げて決められた場所に置き、お風呂に入りに家へと戻って行く。
 

 二人で暮らし始めて五年も経つと、彼はすっかり年相応に言葉を話せるようになっていた。殆どかつての彼と似たような物言いをする彼に時々心臓がひやりと凍えてしまうような瞬間があったが、それでもまだ彼を手放せずにいる。
 近頃のメデイモスはかつて子どもだった頃の僕がそうだったように、おとぎ話の戦士だの守護者だのに憧れて、毎日のように僕に稽古をつけてもらいたがっていた。
 とはいえ、白兵戦に長けている僕にしたって、全くの武器を用いないかつての彼の戦闘スタイルを教え込むことは不可能だった。子どものころ、僕の父が作ってくれたように、彼の体にあった木剣を作って与え、剣術の基礎を教えるのが精一杯だ。
 エリュシオンに居た頃に夢想していたように、実際にクレムノスで修業をしておけばよかっただろうか、と感じたことのない感想が何度か胸に沸き起こり、その度に、いや、今回限りだと言い聞かせていた。
 それから、おとぎ話をよく聞かせていたからか、メデイモスは読書の好きな子どもだった。彼が眠っている間に既に滅んだ、あるいは僕が滅ぼした国に残っている文献を漁り、クレムノスに関係するものを集めては、家の小さな「図書館」にそれを置いておく。
 何故クレムノスに関係するものが多いんだ? と当然の疑問を持たれ、そのたびに「実は君はクレムノスの王子様なんだよ」と笑うと、また俺を揶揄っているな、と呆れたように口にする。

『もし俺が王子なら、お前の言う通り河で溺れかけもしなければ、こんな村でお前が俺を保護する理由もないだろう。本で読んだが、もし俺が王族だと言うのであれば、王だの家来だのにミノシロキンだかなんだかをたんまり要求できるはずだ』

 いや、君は本当にクレムノスの王子で、僕は身勝手に君をここに捕えているだけなんだ。そんな真実を口にすることはできず、僕は「それはなんてタイトルの本だい?」と苦笑する。



 近頃は彼を留守番させられるようになっていたから(詭術の力で迷い道を作り、どこから出発しても永遠に出口に辿り着けないようにしている)、いつものように、滅ぼすべき国や人々は滅ぼし、火種の回収が上手くできるよう、お膳立てをしている。今まで何千万回も行ってきたみちゆきだ。もう、無心で誰を、どこを、どうすれば終わらせられるのかわかっている。
 家に帰る前に体の痕跡を消し、燃え過ぎた肉体を鎮め、水辺で己の姿を慎重に確認した。フードを取って確認した体は、五年前に嘘で再構築して以降、綻びは今のところない。
 既に燃え尽きて長い瞳は妙に暗いままだったが、こればかりは嘘でも覆い隠せないということだろうか。とはいえアグライアが盲目でも歩めていたように、僕に視覚はすでに必要なく、物事は視えている。
 帰宅すると、近頃のメデイモスは僕にどこで何をしてきたのかと尋ねるようになっていた。当然だろう、子どもの好奇心は留まるところをしらないのだから。
 その度に僕は必要なものを買ってきただけだよ、と彼に伝え、外は家の周りの一部を除いた状態と同じで、夜が長く、生き物はどこにもおらず、化け物の闊歩する恐ろしい世界なのだと口にする。
 メデイモスは木剣を振り回し、「お前について倒すのを手伝ってやる」、とまだ僕の腰にも届かない背丈のまま息巻く。
 彼は自分が不死の体を持っていることは何故か既に分かっていて、「お前は怪我をしたら大変だと言うが、俺はお前と違って死なない体だから問題ない」と子どもらしい無邪気さで胸を張る。
 その言葉がどれほど僕を傷つけるかなんて、彼は知る由もないし、知らないままでいい。わかっているのに、「そんなことを言うな。君が傷ついたり苦しむ姿は視たくない」と叱ってしまう。
 だけど別に、「僕」の言葉を重く受け止めて欲しいわけじゃない。意味がないからだ。だから、「もう少しまともに、僕に打ち込めるようになってからのほうがいいだろうな」と笑って、最後には茶化すようにしている。
 メデイモスはそれが悔しいようで、近頃は暇さえあれば走り回ったり、筋トレをしたり、剣を振っている。真面目だし勤勉すぎる。
 きっとあいつもこうだったんだろうな、と幼い頃の自分とは比べ物にならない忍耐強さを見る度に、いつも関心してしまっていた。子どもの頃の僕は勇者や救世主を夢見ていて、キュレネの占いで酒吞や道化のカードが出る度に「もう一回」と繰り返していた。
 そういえば、王のカードが出た時はどうしてたっけな。
 ……僕はこんな辺鄙で平和な田舎の出身だし、みんなを守る強い剣士にはなりたいけど、別に王様や貴族になりたいわけじゃない。お金があったってお腹は膨れないしね。たしか、そんなことを考えていたような気がしたが、もうあまりに遠い過去の話だった。

「おい、食事にするぞ。お前も汗を流してこい」
「え、もしかしてもう作り終えてる?」
「妄想するのに忙しそうだったからな、声はかけなかった」

 いつの間にかバニオを終えただけでなく、食事まで作り終えてしまったらしいメデイモスに声をかけられ、慌てて僕も木剣をいつもの場所に戻しておく。
 数年ほど前から、僕の作る食事や、「図書館」にいれているレシピを見ながら、メデイモスは料理をするようになっていた。鼻が利くなんて話をかつて聞いていたけれど、舌も確からしい彼の食事は、僕のすでに希薄な感覚野でも、微かにおいしかった記憶を呼び起こされるような気がした。今では余程のことがなければ彼が食事を担当している。
 ちなみにそうなった際に、はっきりと「お前の作る食事はあまり美味くない」と言われていて、何故だろう、もう、彼に何を言われても何も感じないはずだったのに、知らない言葉だったからか、かなり新鮮にショックを受けた。

「オリーブの漬け込みが上手く行った。兎の燻製は今夜で終わりだ。もう肉がない。明日には狩りに行きたいが、お前は明日は家にいるのか」

 もっぱら小麦粉を挽いたり、肉や調味料の調達だけをするようになった僕は、今夜も、僕にとってはすでに意味のない食卓をメデイモスと囲む。美味しそうなフリをするのは正直とてつもなく難しく、苦痛を伴うものだったが、彼を傷つけないよう、楽しい空気をいつだって壊さないように努力していた。
 こんなやり取りの全てが、すでに無駄なことだとわかっているのにもかかわらず。

「明日は特に買い物の予定もないから、そうだね狩りに行くのもいいか」

 少し冷めたピタにはちみつとチーズを熱したものをつけて口に運び、うん、と満足したフリをする。甘さは微かにわかるが、それ以外のことは少しもわからない。

…………………………

 メデイモスが微かに瞳を細めて、不満そうな表情をしていたが、彼が何を想ってそんな表情をしたのかはわからなかったし、深く気には留めなかった。子どもの機嫌は変わりやすいもので、僕はその機微を受け取れるほど子育てには詳しくない。

   *

「お前は剣術に長けているが、剣士なのか?」

 稽古の休憩中、唐突に、メデイモスにそう尋ねられて、少し心臓が跳ね、冷や汗が背中を流れるような感覚がした。慎重に言葉を探し、いや、と首を振る。

「昔は傭兵をしていたし、とある国で将をしていたこともあったけど、今はただ……ちょっと剣が使えるだけの一般人さ」

 自分の言葉が胸に突き刺さり、声が震えそうになっていた。
 今の僕はただ炎を燃やし続けるだけの薪で、体はとっくに焼け落ちて炭になっている。新世界へ進まないようにひたすらに世界を終わりまで見続け、そして終わらせるだけの暴力機構。こんな風に未来のある子どもに優しく寄り添ったふりをし、鍛え、なのに将来的に自分の手で傷つける極悪人だ。

「そうか」

 聞いておきながら、メデイモスはなんだかつまらなそうに口にし、置いていた木剣を手に取る。

「なんだい、期待した答えとは違ったかな」
「なに、もしお前が自身を剣士だと言うのであれば、『王子』だと言う俺の騎士として使ってやってもいいと考えただけだ」
…………………………

 思わず答えに窮したのは、そんな答えが来るとは、本当に一度も予想をしたことがなかったからだ。
 かつての「メデイモス」はそんな戯言を言うほど夢見がちな男ではなかったし、再創世こそが僕たちの目指す夢だったから、それ以外の将来の話をしたこともなかった。

「ハハ……、君、もしかして僕に育てられてるってことを忘れてないか?」
「? 親だと思うなと俺に言ったのはお前だろう。お前は俺の指導者のつもりだと。優秀な家来が欲しいと考えることのなにがおかしい」
「うーん、そう言われると確かにそうか。君は王子だと言い聞かせて来たのは僕だしね」

 なんとか言葉をふり絞り、震えそうな膝に爪を立てる。
 王子である君に仕えたいかどうかだって? そんなの考えたこともなかったけれど、もしこの世界がこんな風にどうしようもなく切羽詰まっていなければ、僕がクレムノスに修業に行っていれば、確かに、君の右腕として肩を並べる未来があったのかもしれない。今になってはじめて、そんな恐ろしい夢に思考が飛ぶ。
 苦しい。鼓膜を突き破るような激しい警告音が聞こえ、目の前がちかちかとノイズにまみれ、色を失って行く。動揺するな。ただの子どもの、何もしらない子どもの夢物語だ。僕がおとぎ話を持ち帰りすぎたのか、はたまた寝物語に聞かせていたかつての火追いの旅が面白過ぎたのかもしれない。

「カスライナ、お前は何故剣士を辞め、俺のような孤児を拾って育てている? かつてのお前は夢はなんだったのだ?」
「僕の夢……

 まだ、僕の知らない姿をした少年のメデイモスが、金色の瞳を、まるで烈日のような眩い光を僕に向けて、そう静かに問う。

……僕は、救世主になりたかったのかもしれない」
「救世主」

 音の響きを確かめるように、メデイモスが口にする。
 僕の記憶の中の彼より随分高い声で、知らない響きだった。
 ああ、あの時の彼とはやっぱり違う。僕の知っている彼では「まだ」ないのだ、と失望していた。
 どうしてこんな馬鹿な真似をしたのだろう。何百何千何万回と君と対峙して、言葉を交わして、それでも本当に君は変わらないから、いつだって僕が救世主として歩むことを強要し、祈ってくれる。
 だからきっと、子どもの頃の君も変わらずにそうだろうと期待してしまったのかもしれない。
 今回も次の輪廻でも君を殺すことになるし、例外はない。それなら余計なことはしないべきだった。
 僅かに残った人間性で苦しむことになるなんて、といつかのアグライアが零して死ぬのを聞いた事もあったけれど、今、彼女の気持ちを真に理解することができた。
 僕の知らない君を知りたかった。そう思っていたような気もした。だけど、知る度に、僕の知っているメデイモスではないと思い知るばかりだった。馬鹿な真似をした。
 僕の知るメデイモスは、あの時、新兵と王子として相対した君だけだった。王子でもなく、ましてや大人でもない、まだ夢をみることもできる子どもの君じゃない。

「今からでも救世主にはなれないのか。お前ほどの腕があれば目指せるように思うが」

 気楽なメデイモスの言葉に、感傷を無理やり断ち切り、簡単に言うな、と笑ったフリをする。詭術の体はきっと、メデイモスに笑っている僕を見せてくれているだろう。

「君は外の世界を知らないから、僕が大した腕に思えるんだろう。僕はそれほど大した腕じゃない、人より少し運がよくて、それだけだ……

 僕にはかつて喪ったすべての仲間たちのように、信念をかけて命を散らしたことはない。僕にはそれが許されていないからだ。終わらせるわけにはいかない。僕たちをただの数字だとしか思っていない創造主の想い通りに、誰かを、知りもしない人々を滅ぼすだけの力になるわけにはいかなかった。
 だってそれは僕たちが最も阻止したかったことだ。人々を死なせないように、この世界を救いたくて、僕たちは必死にあの日歩んできたのだ。どれだけの喪失や犠牲を伴おうとも、それが僕たち黄金の血が流れる「英雄」たちに課せられた運命だった。
 だからこうして僕は一人で、ただただ徒労を、ひたすらに完成させないための遅延を何億年も繰り返している。かつての同胞たちに憎まれ、恨み言をぶつけられ、本気の善意で制止されようとも、それでも僕は彼らを殺して、殺して、殺して、火種を取り込み、輪廻を繰り返さなければならない。
 いつか誰かが、この世界における変数、僕たちを救ってくれる本物の英雄に出会うまでは。

「諦めているのか?」
「諦め……てはいないよ」

 諦めてはいない。諦めることはできない。絶対に。たったひとつ、それだけを今は抱えている。
 救世を語りながら、もはや殺すことしかできなくなってしまってはいるけれど、かつて僕の生きた世界をなかったことにすることはできないからだ。
 それを、目の前のメデイモスに正しく伝えるのは難しい。
 メデイモスは「僕」の表情を見、難しそうな顔をした。子どもにはまだ分からない話だろう。だけど、大人になると妥協だとか、仕方ないってことを覚えたりするんだ。たったひとつを選んだために、他のすべてを捨てなきゃならないこともあるってことを。
 だけどそんな重い話とは君は無縁でいるべきだった。……今はまだ。

「よくわからないが……」メデイモスは木剣を持ち上げ、軽く振る。「いつかは俺も、かつてお前が故郷を出たようにここを出て、外の世界を戦士として歩むだろう。その時にはお前は俺と別れ、本当にしたいことをすべきだ」

 メデイモスの意外な言葉に、少し驚いた。そうか、君の方から、僕から離れていきたいと思うようになるのか。
 かつて勇者を夢見て村を出ようとしていた僕を両親が止められなかったように、僕にも、子どもが――もう大人になりかけている、だけど僕のまだ知らないメデイモスを、僕が引き留めることはできない。
 彼を今ここで殺すべきなんじゃないか? どうせ最後にはそうなるんだから、今終わらせた方が、まだ、将来的に苦しまない筈だ。
 そう考えて、ヘリオスを手許に呼び出そうとしたが、どうしてもできなかった。
 メデイモスはまだ、僕の知っている彼じゃない。確かに言動には面影が滲んでいるけれど、彼はまだ子どもで、今までどれだけの非道をつくして心なんて殆どなくなりかけているはずなのに、子ども彼の死ぬ姿はどうしても見たくなかった。
 それをしてしまえば、このなけなしの人間性を本当に失ってしまう気がして恐ろしかった。

…………時々君って恐ろしく大人っぽい事を言うな。どの本で読んだんだ?」
「さてな。お前の持ってきた本は読みつくしてしまったが、多すぎていちいちタイトルを覚えていない」

 不敵に笑って僕を見据えるその表情は、オクヘイマで手合わせをする際に見たことのある表情に、少しだけ似ていた。

   *
   
「君なら大丈夫だろうとは思うけど、ここを三日歩き続ければクレムノスの要塞に辿り着く。必ずこの指輪を無くさずに、名を名乗って、大人に見せるように」
「しつこい。これが今生の別れでもあるまい、お前は心配しすぎだ」

 メデイモスが十五を迎えたその日、僕たちはかりそめの家を捨てて、お互いの「夢」に向かって進むことにした。
 彼をクレムノス人に王子だとわかってもらう一番てっとり早い方法はゴルゴー妃のシグネットリングを見せることで、僕の知る限りでは、メデイモスがシグネットリングを母親から受け継げなかった回では、ステュクスのどこかに転がっている筈だった。
 二人で散々に河をさぐって、とうとう、出発の一週間前にそれを見つけた。長い間河を彷徨っていたそれはボロボロになっていたけれど、それでもニカドリーの紋は読み取れる。いつか、腕のいい鍛冶屋にでも直してもらうといい、とメデイモスには伝えてあった。
 メデイモスは「何故俺の知らない俺の事情に詳しい」と疑問に思ったようだが、「救世主になりたくて、世界の色んな事情を調べていたらそうい噂を聞いたんだよ」と大人ならまるで信じないだろう話を、そういうものか、と納得してくれた。
 僕の知るメデイモスはこういうことにもう少し敏いはずなんだけどな、と幾度目か頭痛が走るが、ボロを出すわけにはいかなかった。

 
 ……メデイモスとは夢に向かって歩む、だなんて合意したけれど、僕にとっては、今までも何千何万回と繰り返した徒労のみちゆきのはじまりにすぎなかった。
 メデイモス、確かにこれは、僕と君の今生の別れではないよ。何故なら僕は必ず君の前に現れて、そうして何千万回もそうしてきたように、君を殺すからだ。

……ハハ。なんだか君って一人でもここまで育ったような気がするから不思議だ」
「妙な事を言う。お前がいたからこうなれたのだろう。俺を拾い上げ、育て、戦いを教え込んだのはお前だ。王子だのなんだの戯言を言うと思っていたが、クレムノスの歴史や文化を知れば知るほど、俺がこうして戦えるようになってから国へ戻るのが最善の道だったに違いない」

 そうだろう、と同意を求めるメデイモスのまっすぐな瞳を、僕はもう受け取ることができなかった。
 君は知らない。僕が、将来君を殺す時の罪悪感を少しでも減らすために、君とは今回も対等に死闘を繰り広げられるように、戦う術を教えただなんて。いや、僕がこんな真似をしてもしなくても、君はかつてと同じように、誇り高く強い、本物の英雄として僕の前に永遠に立ちはだかってくることを知っている。

「お前には感謝している。……だが、次に相まみえたその時は、俺はお前を全力で叩きのめす。ふん、結局ここではお前に一度も勝てなかったからな。覚えていろ」

 悔しそうに、けれど、未来に想いを馳せて興奮した声で、メデイモスはもう、背後にあるはずのクレムノスを見つめながら口にした。
 彼のまだ小さな背中に視線を向け、そして足許に視線を落とす。

「期待してるよ」

 これが今の僕につける精一杯の言葉だった。君はそんなことはできない、と言うつもりにはなれなかった。僕はもう、君に負けることができなかったとしても。
 君はきっと、今世でも僕にそうやすやすと火種を渡さないだろう。
 もし、かつて自身を教え導いた筈の男が目の前に現れようとも、敵であるならば信念に従って、臆することなく、本気で挑んでくるだろう。
 そうでなければ困る。僕の知っているメデイモスと言う男は、そういう男だった。

――救世主、」

 その呼び名に、ハッとして顔を上げる。
 朝陽のような眩しいまっすぐな瞳を真正面から浴びて、見てしまった、と感じた。

「俺が王になるまで生きろ。救世主となったお前と再戦するのを楽しみにしている。負けても歳を言い訳にするなよ」

 ふん、と腕を組み、生意気に笑う顔が眩しい。君はいくつでも、「僕」にそんなことを言ってしまうのか。
 魂が揺さぶられ、かつて何度も何度も僕の前に立ちはだかり、救世主、と僕を呼ばう声が再生される。
 あの時、肩を並んで歩んでいた時を除けば、その声には常に侮蔑が含まれていた。今とは違って。……ずっとそうだった。

「人間は歳をとるものなんだけどなあ……

 胸にナイフを差し込まれている気分だった。この輪廻をはじめてから、歳を取ると言う概念から僕は外れてしまった。
 だけどもし、僕と君がただの人間のままで、歳を取って普通に、王と救世主として相対することになって、どちらかが負けても、確かに、歳を言い訳にはしないだろう。

「とはいえ経験は僕の方が上だ、いくら君が鍛えても勝てるかどうかなんてわからない。もし負けたとしても、まだ修業中だ、なんて言い訳は言うなよ。……君がなるべく死なずに、したいと思うことをより多く叶えられることを祈っている」

 その言葉を最後に、メデイモスは一度も振り返らずに僕に背を向け、どんどん霧の中へと進んでいく。
 僕は彼の姿が完全に見えなくなるまでその場で立ち尽くしていた。

 ただただ冷たい風が体に吹き付け、より一層僕の体を燃やし始めるまで。
 
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