乙麻呂
2025-07-02 21:00:00
17155文字
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俺がアイツでアイツが俺で!?

おわささんとシナリオ交換企画をさせて頂きました。
入れ替わりネタは想像しても書いた事は無かったので、面白かったです。
おわささん、素敵企画に乗らせて頂きありがとうございました。



こう言う時、真っ先に頼るのは霊文殿である。
古今東西あらゆる事象を記録している第一文神は、隈の色濃い目で風信と慕情を凝視した。
異物を見る目だった。
と言うのも、“南陽将軍”は侮蔑に満ちた表情をしているし、“玄真将軍”は眉間に深い皺を刻んで不機嫌を隠しもせずに仁王立ちしている。
まるで入れ替わったような様子だが、本当に「入れ替わった」と言われても困るわけで。
「早くどうにかしてくれ!」
“慕情”が喚くのを聞きながら、とりあえずこの場に裴茗を呼ぶべきかと考えた。
解決策を期待してでは無い。この異常事態を、霊文一人で対応したくないなと思ったからだ。


裴茗ならば、大抵の事では動じない。そもそも、男である風信と慕情の肉体が入れ替わった所でどうでも良い事とみなすだろう。
解決の役には立たないが、二人の苛立ちの矛先が裴茗に向いてくれるだけでも少しは霊文の負担はマシになる。
あとは、この武神二人が殴り合いなどおっ始めた時には、武神らしくその身でもって止めさせれば良い。

「おい、聞いてるのか!?」
現実逃避する霊文に“慕情”が噛み付くように言う。
普段冷淡な表情なだけに、明らかに苛立った表情をすると何だか幼く見えるなと思った。
一方、霊文に解決策を求めながらも『霊文殿に本当に解決出来るのか?』とでも言いたげな不信感を漂わせている“風信”は、手元の書簡でブン殴りたくなるような雰囲気がある。
屈強な南陽将軍の肉体ならば、殴っても大丈夫なのでは?とすら思えて来る。
「ええと…………つまり、昨夜鬼を討伐した直後に閃光に包まれ、朝起きたら互いが入れ替わっていたと」
こめかみを押さえながら、霊文は要点を確認した。
「だから、そう言ってるだろう?」
腕を組んだまま“風信”が吐き捨てる。うん、やはり一発殴りたい。
一方、“慕情”は眉を下げ、如何にも困った顔で霊文を見つめる。
「どうにかならないだろうか?」
元々、慕情は容姿だけなら細身で美しい面立ちをしているのだ。
殊勝な態度を取られると、うっかり同情したくなるような雰囲気があった。
慕情は本当に態度で損をしているのだなと、人の観察に長けた文神は思う。
思うが、口には出さない。そんな事で態度を改めるならば、玄真将軍は800年も孤高の美丈夫として天庭の神官達から敬遠されていない。
霊文はやや失敬な思考などおくびにも出さず、静かに口を開いた。
「事態は分かりました。お二人が昨晩討伐した鬼に関係しているのは確かでしょう。昨夜の討伐報告を受け、件の鬼に関してこちらで調査を進めた結果、いくつか判明した事があります」
「フン、相変わらず霊文神は調査が“迅速”だな」
“風信”が嘲笑を浮かべる。霊文は書簡を投げ付けようかと思ったが、何とか抑えて言葉を続けた。肉体は南陽将軍の物だからだ。やるならば、彼が見ていない時にすべきだろう。
「ご自身がそうなった事から予想はついていると思いますが、お二人が昨晩討伐した鬼はあの場所に罠を仕掛けていたようです。術をかけた媒体を置き、その術が及ぶ範囲内に二人以上が侵入すると、その魂が入れ替わると言った物を」
「入れ替わる…………
正に入れ替わった風信と慕情は、思わず苦い顔を見合わせた。
突然『自分は別人だ』と訴える人間が多発したのも、それならば納得出来る。


そう。風信と慕情は昨夜の討伐任務で、肝心の『別人格になる現象』に関しては調査も対策もしていなかった。
あの程度の鬼ならば、元凶を消してしまえば自ずと解決するとたかを括っていたのだ。
だって仕方がないでは無いか。
解決するには、別人になったと訴える人間を探す事から始めなければならない。周辺の村や町からその人物を探すとなると、労力がかかり過ぎる。鬼を見つけて討伐すれば事足りるのに、わざわざそんな大変な手間をかける必要がどこにある?
それに、風信も慕情も、その手の聞き込み調査は得意とは言えなかった。性格的に。
問題があるとすれば、そんな自分達に任務を振った霊文殿にある。


「つまり、その媒体の元にお二人が一緒に行けば、また入れ替わり………元に戻れるのでは無いですか?」
これで解決だとばかりに霊文が締め括る。
「よし、今すぐ行こう!」
“慕情” 風信が勇んで言った。
“風信” 慕情は面倒くさそうに頷き………………不意にその目が見開かれた。
…………………………あ」
「どうした?」
“慕情” 風信が少しばかりの嫌な予感を覚えながら眉を上げる。
“風信” 慕情 は難しい表情で唸った。
「その媒体とやらなら、昨夜蹴り壊したな」
意図せず蹴り、破片と化した小さな壺。
その瞬間、辺りを覆った閃光。
あれは、壺にかけられていた何らかの術が解放されたのだろう。
その場にいた慕情と風信は、それで術の影響をまともに食らってしまったのだ。
「ハァ!?」と “慕情”風信 が間抜け面を浮かべ、そう言えばと渋面になる。
霊文も唖然とし、一瞬笑うのを堪える気配がした。
あの玄真将軍が失態をしでかし、そのせいで二人がすぐには戻れないなど。笑いたくなっても仕方ないだろう。
“風信”慕情 に睨まれ、霊文はコホンと咳払いをした。
「ンッ……………まぁ、所詮は術に頼らなければならないような弱い鬼の仕業。有能な武神である貴方方ならば、二日もすれば自ずと戻るでしょう」
本当に二日程度我慢すれば解決するのか?
霊文の予想でしか無いが、媒体が壊れてしまった以上彼女の言を信じるしか無い。
何だか含んだ物言いにムッとしながらも、風信と慕情は不承不承了解を示すしか無かった。
「ああ………
「フン、仕方ない………
…………………え?」
その時、霊文が突然声を上げて指をこめかみに当てた。
通霊だ。
霊文の緊張した面持ちが、異常事態を告げている。
風信と慕情は、嫌な予感に思わず顔を引き攣らせた。


◆◇◆◇


二日くらい、何とかなるだろう。
何と言っても、通霊陣が棲家と言われる玄真将軍と、人界から中々戻らないと言われる南陽将軍である。
…………良い意味かはともかく、神官達は風信と慕情がほんの二日姿を見せなかったとしても、気にしない事は確かだった。
そもそも、まともに上天庭にいないのが武神である。


だが、例外がある。
たまに緊急招集される会議である。
大抵が帝君の命による緊急かつ深刻な案件で、いつもは自由奔放な武神達も、この時ばかりは真面目に…………………………………真面目とは断定出来ないが…………………兎に角、参加はする。
そして、このような会議には必ず参加して来たのが南陽将軍と玄真将軍である。
それが、特に他の重大案件に携わっているわけでも無いのに、二人揃って欠席する?
冗談では無い。
そんな事をすれば、明日には上天庭中で『南陽将軍と玄真将軍は喧嘩をして謹慎させられた』もしくは『南陽将軍と玄真将軍が武神の任を放棄してシケ込んだ(明光将軍ですら我慢してるのに!)』と言う噂が広まるだろう。
どちらも死んでも御免だ。



武神が緊急招集された神武殿に、確かに南陽将軍と玄真将軍の姿もあった。
しかし、“南陽将軍”は腕を組んだまま暑苦しさをどこかに置き忘れて来てしまったかのような冷淡な視線で他の神官達を睥睨しているし、“玄真将軍”は普段の氷人形……………物静かな雰囲気をかなぐり捨て、大理石の床を爪先でカツカツ叩くわ舌打ちするわ、あからさまに苛立った表情で辺りを睨むような視線を避けるような動きをしてソワソワと落ち着かない。
何なんだ一体??とその場の全ての神官が思った。
しかし、二人とも話しかけた奴を片っ端から殴り飛ばしそうな異様な気迫があり、誰も話しかけられない。
そんな二人が、並んで立っているのも異様であった。
二人が喧嘩でもしたのは明白であり、ならば出来るだけ離れて立っていれば良いのに。


そんな、触るな危険の札を何百と全身に貼り付けたような屈強な武神の存在など気付いていないかのように、この場で唯一の文神である霊文真君は淡々と告げた。
「武神の皆様にはお集まり頂き、ありがとうございます。さる方より、“鬼の集団が人界を襲撃するようだから何とかしろ”との忠告がありました。尚、“殿下のお耳にも入れるな煩わせたらその十倍の煩わしさを神官共にくれてやる”との注釈がありましたので、仙楽太子殿下は今回の件には携わりません」
この場にいる全員が、その“さる方”が誰なのか理解してしまった。
“南陽将軍”は冷笑し、“玄真将軍”は人目も憚らずに「クソッ」と毒付いた。
霊文は全ての反応を黙殺し、続ける。
「調べた所、確かに南方のとある村に向けて、とある鬼の集団が移動をしているのが確認出来ました。なので、武神の方から数名、その撃退に向かって頂きたいのです」
「“とある鬼の集団”?」
“南陽将軍”が鼻で嗤うように言う。
「鬼王閣下からの紹介ならば、さぞ高名な鬼の一団なのでしょうね」
うわ、言っちゃったよと神官達は顔を顰めた。
噂をすれば影がさすと言う諺があるが、名を口にする形ですら関わりたく無いと言うのが心情である。
そんな心情など微塵も解しない南陽将軍に、隣で“玄真将軍”が何とも言えない顔をしている。
“南陽将軍”の冷ややかで皮肉げな態度が、如何にも礼儀知らずだと非難する目だ。
………………これを見て普段の自分の態度を改めてくれたらなと思った神官は、一人や二人ではあるまい。
霊文は頷き、何の感慨も無い口調で言った。
「はい。青灯夜遊、戚容の率いる一団のようです」
“玄真将軍”が更に苦悶に満ちた声で「クソッ」と吐き捨て、その場の全ての神官が黙り込んだ。

青灯夜遊、戚容!?そりゃ、武神を招集して対処すべき案件だ!!

しかし、誰も行きたく無い。怖いのでは無く、関わりたく無いのだ。
戚容自身が厄介だし、戚容が集めた鬼も厄介に決まっている。
少なくとも百や二百は聞くに耐えない言葉で罵倒されるし、暴力的だし、執拗だし、やる事なす事全てにおいてタチが悪い。
それは鬼王閣下花城も同じなのだろう。
あんなのに関われば、自身の品位が下がると言っても過言では無い。
だが、放置も出来ない。村の人間を丸ごと非常食として巣穴に持ち帰ろうとするくらいはしかね無い。
誰が行く?探る様な視線が神官達の間で交わされた。
いや、正しくは、神官達の答えは既に出ていた。
だが、それを誰が口にするのか?
その時、一人の神官が果敢にも口を開いた。
こんな話を、常より更に異様な雰囲気を纏った二人に振れる者がいるとすれば、明光将軍しか居ない。
裴茗は顎を撫でながら南陽、玄真両将軍を見た。
「ふむ、南方と言う事は、やはりここは南陽将軍と玄真将軍が指揮を取るべきでしょうが……
“南陽将軍”と“玄真将軍”はギロリと明光将軍を睨んだ。
“南陽将軍”の目は「戚容の餌に明光将軍を差し出せば、明光をいたぶるのに夢中になって人間に被害が出ないでしょう」と言っていた。
“玄真将軍”の目は「ふざけるなあんな気狂いの相手なんかする位なら信徒の狂った願いを聞いていた方がマシだ」と言っていた。
その切実かつ殺意の籠った視線を受け、裴茗は全て察したとばかりに頷いた。
……………南陽将軍と玄真将軍は、どうやら唯ならぬご様子だ。仕方ない。ここは私が行きましょう」
かつて、宣姫の件で明光殿のトラブルを玄真殿と南陽殿に助けて貰った貸しもある。
裴茗はさっぱりとした様子で言った。
が、その視線は何だか無性に居心地が悪くなるような物だった。
言葉を当て嵌めるならば「そうですよね、遠征任務を終えてせっかくシケこもうと思っていたのに邪魔されて、そりゃあ苛つきますよね分かります。言動が互いに似るほど溜まってるのでしょう。同じ男として汲みますよ。ここは私に任せてお二人はどうぞスッキリして下さい」とでも言いたげな生温いものだった。
そんな目で見られて、南陽将軍と玄真将軍が耐えられる筈が無い。
「「結構だ!!」」
同時に吐き捨てると、南陽将軍と玄真将軍は憤懣やるかたない様子で踵を返した。

裴茗の前を通る際、裴茗が二人にしか聞こえないよう囁いた。
「入れ替わりなんて珍妙な事態に陥っても役目を果たさんとする姿勢には感服致します。もし助力が必要ならば言って下さい。勿論、お二人の邪魔はしませんよ」

霊文が悪友である裴茗に何も言って無い筈が無かったのだ!!
戦慄いた風信と慕情が思わず殴り飛ばす前に、裴茗は涼しい顔でその場を後にした。