もち粉
2025-06-28 08:53:09
5666文字
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歌えカナリヤ、告げよヒバリ 中


シスヒスの話
シスヒスの過去を捏造してます
あとミスさんの隊を運営してます感を出したかった

 
 以来、パッタドルは用もなくしょっちゅう執務室を訪れては「お手伝いできることはありませんか?」と殊勝な顔でのたまっては、書類整理などをしつつ居座るようになった。まるでミスルンの副官気取りだ。
 どうもシスヒスを監視しているつもりらしい。ご苦労なことだ。最近では彼女の担当囚人のリシオンとフレキまで一緒にやってくる。何をするでもなく騒ぐ二人をパッタドルが叱りつけ、雑用をさせる。
 
 チリーン……
 
 シスヒスの鳴らした鈴に、パッタドルがハッとこちらを注視する。いちいちうっとうしい事この上ない。
 
「休憩の時間です。お手洗いに行ってきて。戻ったら水分を補給してくださいな」
 
 素直に立ち上がって手洗いへ向かうミスルンを見送って、シスヒスは考える。
 なぜあの日、簡単に自分の幻覚術が解かれてしまったのだろう。幻覚術は一度かかってしまえば、それが破られるかどうかは、術者の集中などには左右されない。掛けられた者の精神力の問題だ。
 あれでは、まるでミスルンはいつでも解除できたかのようではないか。まるで「どうでもいいから」かかっていたかのように。そして「必要だから」とあっさり解除してみせたとでも?
 
 戻ってきたミスルンに、水差しから注いだ水のグラスを渡してやりながら観察するが、術に掛かっているとしか思えない。
「お顔を見せて、お人形さん」
 無遠慮にミスルンのあごを掴み、隻眼を覗きこむ。シスヒスの方が背が高いため、自然とキスを交わすような体勢になる。しかしミスルンは深い沼の淵を見つめるように、ただ立ち尽くすのみだ。
 
「シスヒス!」
 振り返って、二人の体勢に気づいたパッタドルが慌てて叫ぶ。
「身の程を弁えろ! 本来お前のような者が触れられるような方ではないのだからな!!」
 
 ――全く、うるさい。
 
 
 今は久々に二人の執務室だ。先程オッタに、備蓄係を呼びにやらせたミスルンは何事かを書類にさらさらと書き込んでいる。
 シスヒスはいつものように窓枠に腰掛け、つまらなそうに己の爪を眺めつつ、時折机に向かうミスルンに目をやる。
 
 やって来た備蓄係に、次の寄港地での小麦の購入を最低限にして、肉類を増やすように。小麦はその次の寄港地での購入の方が安価になるだろう。あの辺りは今年豊作だったからと指示を出し、金額は大体これくらいになるはずだと赤を入れた申請書を差し戻す。
 
 気づいたのだがこの男は、計算尺を一切使わないし、一度見た資料を再び取り出して確認している事がない。全て頭に入っているのだろうか。各寄港地の作物の相場まで?
 彼の頭脳は、悪魔に喰われたままでもなお、これほどまでに冴えている。ただひとつ。復讐のためだけに。
 
 シスヒスはひとつ、賭けをした。
 
 チリーン……
 
「ねぇ、隊長。次は事故にでも見せかけて、あの生意気な小娘を痛めつけてくださいな」
 
「嫌だ」
 
 返ってきた明瞭な返事に、胸を突かれた。欠片も予想してなかったわけではないのに。
「そんな事をすれば隊にいられなくなる」
 意志を宿した隻眼から、目がそらせない。
 ミスルンは手の甲で軽くシスヒスの鈴を押しのけるようにすると、部屋を出ていく。その後ろ姿をシスヒスは呆然と見送るのみだった。
 
 こんなに簡単に自分の幻覚術が破られたことはない――いや、そもそも掛かっていると思い込んでいただけなのかもしれない。
 今、はっきりと意思があった。
 あんな。いとも容易く。私を破る。
 背筋に、氷のようなものが這い上がった。私が見ていた「お人形」なんて、どこにもいなかった。
 
 
 ――それ以来、彼女は彼にちょっとだけ敬意を払うようになった。