来羅
2025-06-23 18:03:00
6421文字
Public トワウォ
 

いいねされた数だけ書く予定のない小説の一部を書く その1

ふせったーに書いていたもののまとめ。5個ずつ。風信編。

1.死神



 太い首にロープをかけた。
 首吊り用のしっかりとした黒いロープだ。
 日に焼けた肌に食い込んだロープを外そうともがく手が首を引っ掻く。その手に何度も触れてきた。その首に何度も腕を回してきた。
 ぐっと力を込めてロープを引けば、倒れた体が床を蹴る。逞しかったはずの男が、最期はこんなにも呆気ないのか。
 それは落胆なのか歓喜なのかわからなかった。ただぞくりとした興奮だけが全身を満たしていく。
 そして、ようやく。
 ようやくだっだ。
 振り返った顔と目が合った。
 驚愕に強張り、大きく見開いた瞳に無表情に立ち竦む自分姿が見える。
……ソンヤッ……!」
 叫ぶ声が空気を求めて喘ぐ。
 ようやく、ようやく、この人を手に入れられるのだ。





「──────っ」
 飛び起きた信一は、暫く何が起きたのかわからずにゼェゼェと肩で息をしてごくりと唾を飲み込んだ。
 暗い室内は見慣れたポスターやカセットテープが並ぶ自分の部屋だ。
「ゆめ」
 呟いて、その声の頼りなさにギクリとする。
 夢。夢だ。
 水でも浴びたかのようにびっしょりとシャツを濡らす汗を袖で拭う。
 夢だ。悪い夢。
「っ、大佬……!」
 手には生々しいロープの感触が残っていた。ソンヤッと呼ばれた悲鳴もまだ耳に残っている。
 夢だ。夢に決まっている。
 弾かれたようにベッドから飛び降り、階段を駆け上がる。今夜は龍捲風もまたこの数階上の部屋で休んでいたはずで、今が何時なのかはわからなかったが、そこにいるはずだった。
 バタバタと音を立てて階段を上がる信一にはすでに気づいていたのだろう。龍捲風の部屋のドアを開けたときには、すでに体を起こしていた男はベッドを降りようとしていたところだ。
「問題か?」
 城砦の厄介ごとは時と場所を選ばない。
 眉根を寄せた龍捲風は覚醒しきれていないながらも、己の右腕の息急き切った姿に目を瞬いて残る睡魔を追いやる。
 けれども龍捲風を見るなり、ドアの前でへたり込んだ信一は何も言うことなく息を弾ませた。
「信一?」
 様子がおかしい。
 騒がしく落ち着きがないと評されがちな養い子だが、問題が起きたときの冷静さと対処の速さは折り紙つきだ。
 しかしながら小さく「大佬」と呟いた信一は、呆然と龍捲風を眺めるばかりだった。
「信一、どうし」
……よかった……いきてる……
「え?」
…………ゆめだった…………
 夢だった。
 最愛の男を手にかけてなどいないし、龍捲風は生きている。
 どっと力が抜けて鼻の奥がツンとする。
 夢だった。悪い夢だ。
 龍捲風はそんな信一の様子から事態を察したようで、目を丸くしたのちに小さく吹き出した。その声でハッと正気に返る。
……あ、やば、大佬、起こした? 起こしたよな? ごめん!」
「悪夢にうなされたのか?」
 笑う声は優しい。
 こんな優しい人を、よりにもよって。
「おいで」
 夢の感触を反芻していて反応が遅れた。
 龍捲風が笑いながら手招きするのを、ポカンと見上げる。
 おいで?
 どこに?
「昔からお前は悪い夢を見ると俺のところに来るな」
 それが嬉しい、とは言わなかったが、その温かな眼差しが告げている。
「おいで、信仔」
 ベッドの端に寄って信一が寝られるスペースを作った龍捲風が、懐かしい名を呼ぶ。
「俺もう子供じゃないんだけど」
「そうか、なら自分の部屋で寝るか?」
………………一緒に寝る」
 不貞腐れた態度はさらに龍捲風を楽しませたらしい。くつくつと笑ってベッドに横たわり、上掛けをめくる。その隙間に忍び込んだ信一の頭を抱え込むように腕を回した龍捲風はもう笑ってはいなかったが、柔らかな視線は感じた。
「哥哥がここにいるから大丈夫だ」
「うん」
 そっと、恐る恐るその体に抱きつく。
 熱いくらいの体温は生きている証だ。
 とくとくとリズムを刻む心音に耳を傾けてやっと息をつく。
「おやすみ、信一」
「おやすみ、大佬」
 薄暗い室内でもその優しい顔は見える。
 だからその向こう、ベッドの脇に佇む『男』の顔もよく見えた。
(同じ顔。俺と、同じ)
 黒いスーツ。長めの前髪に隠れた油断のならない瞳。そして手には太いロープ。
 昔から信一にはその姿が見えていた。信一しか見えていなかった。
 龍捲風の側には常に、己によく似た死神がまとわりついている。